【英国文豪、令和を歩く】第77回:Gun policy requires careful review, considering safety and public view.
京都、三条通の界隈。明治時代から続くような、重厚な木造りのカッフェー。琥珀色の照明の下、二人の奇妙な連れが向かい合っている。一人は、華やかなスカーフを首に巻き、知的な光を瞳に宿した女性、ウィル。もう一人は、ツイードのジャケットを無造作に着こなし、パイプ代わりに手にしたペンを弄んでいる男、ドイルである

ウィル、現代という時代は実に奇妙だ。特にこの『銃』という代物についてはね。私のいた頃も、ベーカー街の自室で壁に弾痕で維新のVR(ヴィクトリア・レジーナ)を描く男がいたが……今の時代のそれは、より洗練され、より無機質な殺意を孕んでいるように見える

ああ、あの冷たくて硬い、鉄の牙のことね。ドイル、あなたはいつも事件の現場で、窓枠に残された弾痕や火薬の臭いを犬のように嗅ぎまわっていたけれど……私にとって銃は、悲劇の幕を引くための、あまりに短気な筆記具だわ。剣ならば互いの息遣いを感じ、瞳に映る絶望を見届けながら命を散らすことができる。けれど銃は、指先ひとつの迷いで、言葉を交わす暇もなく物語を終わらせてしまう

確かに。私が扱った事件でも、窓の外からの一撃が、幸せな家庭を瞬時に地獄へ変えたことがあった。火薬の煙が室内に立ち込め、一陣の隙間風がその臭いを運ぶ……。現代の銃はさらに進化し、自動で薬莢を弾き出し、音もなく命を奪うものさえある。論理的に言えば、これほど効率的な凶器はないが、推理の楽しみという点では、あまりに無慈悲すぎるかもしれないな

効率的? おお、嫌な言葉ね。死に効率なんて求めてどうするの。愛の告白と同じで、死に至るまでの葛藤こそが人生の韻律(リズム)なのに。……でも、現代のニュースで見かける銃は、まるでおもちゃのような顔をして、子供の手にも届く場所にあるというじゃない。それはまるで、道化が本物の毒薬をキャンディと間違えて配り歩くような、質の悪い喜劇だわ

全くだ。私が知るある男は、杖の中に銃を仕込んだり、空気銃で影武者を狙ったりと、それなりに『工夫』を凝らしていたものだが……。今の世の中では、銃そのものが記号化され、個人の情念よりも、ただの『現象』として人を傷つけている気がするよ。ワトソンが護身用に持ち歩いていた古めかしいリボルバーの方が、まだ人間味があったと言えるかもしれない

ドイル、あなたはそうやってすぐに分析したがるけれど、私には見えるわ。あの冷たい金属の筒の中に、現代人が抱える底なしの孤独と恐怖が詰まっているのが。引き金は、言葉にできない叫びを代弁しているのよ。でもね、弾丸が心臓を貫いた後には、もうどんな美しい詩も、後悔の台詞も残らない。……ただ、硝子の割れるような冷たい沈黙が残るだけ

……。そうだね、ウィル。弾丸の数と死体の数は計算が合うかもしれないが、失われた魂の重さは、どんな名探偵にも計ることはできない。この穏やかな京都の街で、火薬の臭いではなく、この香り高いコーヒーの香りを嗅いでいられる幸せを、今は噛み締めるとしよう

ええ、賛成よ。復讐も、論理的な解決も、今は必要ないわ。このカッフェーの静寂を破るのは、スプーンがカップに当たる銀色の音だけで十分。……さあ、ドイル。次はもっと愉快な話をして?
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