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レジェンドがいっぱい映画 『書かれた顔』、そして、『星のカービィ』

『書かれた顔』をAmazonプライムで鑑賞する。

『書かれた顔』は1995年の映画で、監督はダニエル・シュミット、ドキュメンタリー映画、である。
2023年に4Kレストア版が公開された。

ダニエル・シュミット、の、デビュー作、テレビ映画の、『主人の蝋燭を節約するためにすべてを暗闇のなかで行うこと』がすごく観たいのだが、観る術がない……。

『書かれた顔』は、歌舞伎の女形、五代目坂東玉三郎のドキュメンタリー、というか、舞踏、舞踊、それらも踏まえて、演じる、舞う、ことに関してのドキュメンタリーである。

1時間半ほどの映画で、冒頭55分くらいは坂東玉三郎のインタビュー、化粧、そして『大蛇』の演目を交えながら、各界のレジェンドたちのインタビューや芸などで構成される。

出てくるのは、当時88歳の大女優杉村春子、当時88歳の舞踏家大野一雄、当時91歳の舞踊家武原はん、そして、当時101歳で現役最高齢の芸者蔦清小松朝じつたきよこまつあさ、という、高齢で芸事を極めている御方たちばかり。

で、そこから台詞の一切ない寸劇パートが20分ほど、最後には、坂東玉三郎の『積恋雪関扉つもるこいゆきのせきのと』、『鷺娘さぎむすめ』で終わる。

まぁ、インタビューも、女形に関すること、舞とは、芸事とは、的な、それを、ほとんどが玉三郎が話すが、観念的で、難しい、然し、やはり、女性の目線で世の中を見たことはない、的なことを言っていた、この時は40代半ば、女形の玉三郎の姿は、日本的な美、天上の美、を体現しており、物語や御伽噺に顕れる天女のように美しいのだからすごい。
そもそも、インタビューを受けている時点で、玉三郎は可愛い。女性らしさ、というのは、肉体ではなく、観念そのものを憑依させることなのかもしれない。人類が共有する潜在意識下における女人の顔、身体、動き……。

で、他のレジェンドたち、これも、まぁ、『HUNTER×HUNTER』でいうところ、ネテロやゼノ、マハ、そういうレベルの方々であり、大野一雄の晴海埠頭での舞は、確かに、オーラが溢れている。

そんな大野一雄、寸劇パートにおいて、屋形船で芸者的な玉三郎と、二人の男が戯れていると、船の窓から踊る奇怪な姿が、まさかの一雄、大野一雄、この、玉三郎と大野一雄の出会い、まるで、ピトーとゼノとの出会いのようであり、まぁ、何を言っているのか意味不明だとは思うが、即ち、それだけすごい、そんなシーンだった、そう言いたいのである。

女を学ぶならば杉村先生から、と坂東玉三郎が言う程、それだけの影響を与えている杉村春子。と、いうか、日本映画、邦画、において、あまりにも巨大すぎる影響を持つそのフィルモグラフィー、この映画、そんなレジェンドが出すぎぃ!なのだが、寸劇パート『黄昏芸者情話《トワイライト・ゲイシャ・ストーリー》』では、監督ダニエル・シュミットについた助監督は青山真治である。スタッフもまた、レジェンド、なのである。

私がこの映画を観たのは、先日書店をパトロール中に手にした『インディペンデントの栄光 ユーロスペースから世界へ』を読んだことによる。

この本、めちゃくちゃ良かった。ユーロスペース、無論、京都住み、の私、行ったことはない、そのユーロスペースを立ち上げた堀越謙三氏へのインタビュー連載をまとめたものだが、インディペンデント映画史、において、重要な監督、重要な作品に、ここまでユーロスペースや堀越氏が関わっているとは識らなかった。
レオス・カラックス、アキ・カウリスマキ、アッバス・キアロスタミ、そしてダニエル・シュミットもそうだし、彼らの作る映画に、日本からの出資、それでそこまで作品を撮っているとは識らなかった。

特に、カラックスの『ポン・ヌフの恋人』と、『ポーラX』のエピソード、それから、キアロスタミの全エピソード、もう、全部おもしろい。
カラックスの2021年の映画、『アネット』でも、その制作秘話、プロデューサーというものが如何に山師的、如何に博打打ち、なのか、常人では耐えられないだろう。

私は、勿論、作品そのもの、作品論も好きなのだが、こう、興行側、の話も好きで、どれだけ出資したのか、どれだけ稼いだのか、黒字か赤字か、ペイできたのか、そういう話、映画の買付、だとか、そういうビジネス話が好き、で、そういうビジネスと共に、これだけ有名な監督が、こんなに撮るのが難しいものなんだ、という、そういう状況、お金を出さない、出す、その難しさ、そういう話も好きだし、読んでいて楽しい楽しい。どういう経緯で、誰と誰が裏で糸を引いていて、そういう話、大好き。

どの映画が、どれくらいの価格で、プリント何本でいくらで、とか、そういうお金にまつわる話、これに勝るものはそうはない。

『書かれた顔』も堀越氏のプロデュースによる映画、然し、その氏の歴史が、基本的には頼まれたからやってきただけ、と、いうのは仕事、と、いうものは、そういうものだなぁ、と思える。
好きなことを仕事にする、それは、天性の才能がある上での博打、だということだ。
無論、堀越氏は天性の才能がある、のだろうが、然し、いつもこう、博打的、綱渡り、金策に走る、そのような、危険な綱渡り、これはもう、頼まれただけ、では説明がつかないが、やはり、映画の興行は危険だ、火遊びだ。

まぁ、普通の人の人生における仕事、は、基本的には、頼まれたからやる、このマインド、重要である。

好きなことをやる、のであれば、もはや、人生を棒に振る、その覚悟が必要だ。頼まれたことをやる、これは、主体性がないように見えて、一番重要だ。人から頼まれた仕事は、まず客観性を持って行えるし、人に必要とされているという、人間が生きるうえでのそのいちばん重要な軸も備えている。

何よりも、肩ひじを張ると、やっぱりだめだ。そうすると、基本的に、こう、力が入る、入ると、ブレるし、気持ちよくない、自分の企画とかだと気負いすぎちゃう、なので、こう、俯瞰で見る、頼まれたからやる、と、いうのは大事。それは、作品づくりにおいても、そうではないのか?ん?何だかどっちが大事かわからなくなってきた。

最近、『はじめの一歩』における鷹村守が嫌なキャラクター(最近とはいえ、まぁ、もう20年くらい前からだが)になっている、そう言われている、ちなみ、鷹村は、あのブライアン・ホーク戦以降、まずはミドル級世界王者のデビッドイーグルを倒し(もう23年前)、その後、大物の世界チャンピオンといえば、WBAミドル級王者でWBCミドル級王者である鷹村との統一王座戦を闘ったリチャード・バイソン、それから、WBCスーパーミドル級のキース・ドラゴン、この二人くらいしか、激闘がなかったのではないか。

そんな彼は、現在引退した一歩に、人外になる覚悟がなけりゃあ、この線を超えるな(世界への挑戦)、的なこと言う、無論、一歩、世界レベル、ワールドクラス、なのは当然、なのだが、まぁ、つまりは、やはり、芸術はその覚悟がいる。人外になる、とは、まぁ、すべてを捨てる、とまではいかないが、捨てる覚悟、がいるし、その覚悟を持ってして挑んでも、何の保証もない獣道、茨の道、それでもその線を超えるか、という、まぁ、何が言いたいのか、というと、この映画、その線を超えている人がいっぱい出ていました、ということですネ。

芸術家も然り。

そして、このレジェンドたちが詰め込まれた映画の中、ゲームボーイを持った少年が現れる、そのゲームハードから流れる音楽は、『星のカービィ』、つまり、カービィもまた、レジェンド。





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