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見たいものしか見たくない時代の文芸コラム(第四回)

9月 戦後80年・湾岸戦争詩論争その後・『日本人の条件』論争

 お盆休みに久々のフットサルをして左手首を骨折しました。いまもギプスを巻いていますが、片手が使えなくなるだけで読書がこんなにも困難になるんですね。

 さて、今年は複数の雑誌が「戦後80年」を特集している。終戦月の8月が山場だろう。文芸誌では『すばる』7月「戦争を書く」という特集を組み、『文藝』秋季号「戦争、物語る傷跡」を、『群像』9月号「80年目のサマー・ソルジャー」を特集した。詩誌も同様だ。『詩と思想』「敗戦の記憶・現在の戦争」『現代詩手帖』「〈戦後〉80年への問い」といったぐあい(両誌とも8月)。
 どれも創作と評論・エッセイを載せているが、文芸誌では『群像』が比較的多く評論を載せている以外は創作が中心。詩誌は評論が充実している。
 ところで、この時評を始めて気付いたことがある。『詩と思想』は毎回の特集を、おそらく持ち回りで詩人や評論家・研究者に担当させている。なのでそのつど書き手の顔ぶれが変わるし、なにより特集がユニークで、なぜその特集なのかという理由もしっかり組み立てられている。
 今月は詩人であり韓国・朝鮮文学研究者でもある佐川亜紀がコーディネートしていて、依頼された書き手は韓国・朝鮮や沖縄、アイヌ、フィリピンなどの植民地主義的な素材・主題を扱っている。特集のテーマは「敗戦」である。なぜそのテーマを選んだかというと、「終戦」や「戦後」といった抽象的な用語ではこぼれ落ちる要素を「敗戦」という観点から拾い上げたいということだそうで、些細なことだけれど、読者は納得感をもって読める。研究誌に近いといえばいえるが、書き手の顔ぶれが似通う文芸誌には、もう少しこういう要素を取り入れてほしいと思う。
 とにかく私はおそらく世界で一番「戦後80年」に関する特集記事を読んでいるのではないか。その中で最も印象的だったのは、『新潮』9月号国分拓「“鬼”の軌跡――辿れない戦没者の姿を探して」だった。ちなみに『新潮』は現時点で「戦後80年」関係の特集を組んではいない。国分の作品はルポルタージュである。北海道で出会った沖縄戦戦没者慰霊碑に記された一人の戦死者の足取りを追うという内容だが、日露戦後に日本領となり、太平洋戦後はロシア領になる樺太に本籍を持ちながら、沖縄の小島で戦死する――沖縄戦では北海道民が沖縄民に次いで戦死者数が多いとのこと――彼の足取りからは、今では見えなくなった日本帝国の版図が透かし見える。不在を追い続けるその筆致はややロマンチックであるものの、読んで損はないだろう。
 『群像』の特集に掲載された尾崎真理子「大江健三郎と『ヒロシマ・ノート』の人々」もあげておきたい。これもルポルタージュとされている。大江の『ヒロシマ・ノート』に関わった人たちの足取りを追うという主筋は確かにルポルタージュとして労作といえる。ただし、原民喜の影響をはじめ、原爆とその被害の影響が大江作品にいかに表現されているかを検証しているところは評論的な要素が強い。とくに『鉄のロマンス』――大江と親交があった『中国新聞』記者・金井利博の著書――をめぐる読み解きは、ルポルタージュと評論的想像力があいまってスリリングであった。
 資料的価値も高いはずだが、作家に対してもう少し批判的なアプローチがあってもよいのではないかとは思った。こと原爆や原発というセンシティブな問題に関して作家は偏ったスタンスを取ってもいる。だからこそ、評価は多面的になされてしかるべきはずである。それなのに、である。日本被団協がノーベル平和賞を受賞して大江が存命なら喜びを共にしただろうという想像から始まる本作は、作家を聖人視しすぎていないか。

 『現代詩手帖』では、瀬尾育生宇野邦一の対談「戦争機械への感性が試されている」を紹介したい。「戦争と詩」といえば瀬尾、そして藤井貞和だろう。じっさい『現代詩手帖』の特集では二つの論文が瀬尾を取り上げており(編集から依頼があったのだろう)、『詩と思想』では藤井に二つの論文が言及している。湾岸戦争詩をめぐって論争が1991年にあったが、彼らはその論争の中心人物である。
 論争の発端は、『鳩よ!』の湾岸戦争詩特集号と『飾粽』24号に対する瀬尾の批判(「ひとこと言いたくなったこと――「湾岸戦争詩」批判」『現代詩手帖』1991・5)である。そこで『飾粽』に載った藤井の詩「アメリカ政府は核兵器を使用する」を批判し、藤井が反論(「詩は無力であるか――瀬尾育生へ」『現代詩手帖』1991・6)する。その後も何度かの応酬があるなか、『現代詩手帖』が7月号で「詩になにができるか」を特集し、湾岸戦争詩論争を大々的に取り上げるにいたる。
 主題は「政治と文学」の一変形といえるが、ざっくりまとめれば、状況に介入できない「詩の無力」をめぐる議論であった。湾岸戦争前の1980年代は文学が政治からの自立を寿いだ時代であり、政治や社会の状況をべたに語ることがダサいとされた、くらいにとらえておこう。そんな中で、藤井が詩の無力を承知しながら状況への介入を引き受けるべきだという立場であり、瀬尾は詩の無力に踏みとどまるほかないとする立場である。この年の2月には、湾岸戦争を受け、柄谷行人や中上健次らが発起人となって発表された「文学者の反戦署名声明」が議論を巻き起こしてもいた。
 加藤典洋は、この声明を批判するついでに瀬尾と藤井の論争にもふれ、瀬尾の方を評価している(『世紀末のランニングパス1991-92』竹田青嗣との往復書簡)。おそらく瀬尾の、無力との対峙の仕方において。のちに瀬尾は世代差――藤井と柄谷に対して少し若い瀬尾と加藤は団塊の世代――に注目しているが(「湾岸戦争詩からの三十年」『現代詩手帖』2020・5)、いずれにせよ、政治の重たい主題から解放されたはずの文学が、あらためて状況に介入する事態に対して、議論が起こったわけである。
 中島梓が社会にうまく適合できない生態系(摂食障害やオタク、ボーイズラブ)にスポットを当てた試み(『コミュニケーション不全症候群』1991・8)、それに1995年の二つの出来事(阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件)を受けて示された、村上春樹の「デタッチメントからコミットメントへ」(『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』1996・12)も同じ文脈にあるだろう。
 ところで「戦後80年」とくれば、30年前に「戦後50年」を背景に盛り上がった歴史主体論争――歴史認識論争といった方がよいか――の話題が出てくるかと期待していたが、特集では誰も取り上げていないようである。さすがにそれはないなあ、と思うのはもう私くらいなのかもしれない。加藤の『敗戦後論』(最初の論文発表は1995・1)をめぐって繰り広げられた論争に敬意を表し、ここで少し振り返っておこう。
 だいたいこの論争は、自国の戦死者への哀悼が先か、被害を受けたアジア各国の戦死者への謝罪が先か、という二択の主題において注目されがちである。しかしそれが支配的だったのは論争の前半だ。後半はハンナ・アーレントがしばしば参照されつつ、いわゆる「レスポンシビリティー」が主題となっていった。つまり死者への応答可能性であり、歴史認識の問題である。加藤と最も争った高橋哲哉が応答可能性において議論を組織し、加藤は不可能を含みこむ側に立った。言い換えれば、彼は無力において文学を肯定したのである。加藤がアーレントの「フリッパント(軽薄)」な語り口に関心を向けるのも、状況への介入の困難さ・無力さが語り口に反映されるのに自覚的だからだろう。加藤によれば、アーレントはユダヤ人同胞を批判するために語り口をあえて「フリッパント」なものに選んだのである。
 今月の時評のために、湾岸戦争詩関連の論文を中心に当時の詩誌・文芸誌を手あたりしだい読んでみて感じたことがある。語り口が豊かで面白いのだ。時評的な記事もまだ健在で、多くの論者が同時代の創作や評論を対象にしている。その中では批判的に取り上げるものも多々ある。少しでも想像すればわかると思うが、何かを批判するときは、遠慮があったり反論された時のことを考えたり読者をいかに取り込むかを計算したり色々思案するものである。その結果、終始批判的なものばかりではなく、逆に低姿勢で攻めたり、上げて落としたり、褒め殺しをしたり、そういう語り口の戦略が練り上げられるだろう。
 だとすると、最近の詩誌・文芸誌の評論はやや単調ではないか。今回読んだ特集記事も、偉大な先人を考察して評価するというものが多い。大江を聖人に見立てる文章もそうだが、たとえば『現代詩手帖』に載った二つの瀬尾論も、批判的なアプローチが皆無である。全体的に考察に終始している。もちろん批判をすればよいというものでもない。しかし、やはりセンシティブな「詩と戦争」に関わる議論にあって、疑問に感じることすらひとつもないなんてことがにわかに信じがたいのである。
 とはいえ、この素朴な感想は、30年前はよかったというノスタルジーでしかないのかもしれない。批判をしたところで読者は気分を害するだけだし、依頼の仕事からは干されるだろう。
 瀬尾の最近の評論集『ユーラシア的戦争について』(2024・6)は、国民国家を前提した議論を批判し、帝国的なロジックの導入に意欲的である。そこでは、技術のグローバリズムと非合理な殺戮の問題に対して親和的・両義的な危ういスタンスが見られる。民族浄化に行き着く国民国家に比して、とくにアーレントに依拠しながら帝国の相対的自由に着目している点は興味深かった。いずれにせよ、日本の一国的な戦後詩史の枠内――『荒地』以後――にあった湾岸戦争詩論争の頃からかなり移動しているように見える。
 副題の「詩史と世界史をとおって行く」にも言及しておきたい。世界史に対する比較的見通しのよい議論に比して、それに応接するはずの詩史が非常に見えにくいのだ。『現代詩手帖』の宇野との対談でもそれが気になった。ロシアとウクライナ、イスラエルとガザで起こっている現在進行形の戦争などについては饒舌に語られるが、その時代に対応する詩の形が見えてこないのである。
 左手をかばいながら藤井の『湾岸戦争論――詩と現代』(1994・3)を開いてみる。詩の無力をひとつの主題としながら、それでも多くの自詩を、言い訳や矜持をまじえつつ併載している。読みようによっては痛々しい。天沢退二郎の初期詩一片の引用しかない『ユーラシア的戦争について』は、かりに評論集ということなのだとしても、なんというか、詩を忌避しているように感じられる。それは無力に対峙している感じと少し違う。詩の無力さに立ちどまるほかなく、それでも「ひとこと言いたくなった」語り口の頃とは違い、悪くいえば開き直り、良くいえば潔さがそこにはある。湾岸戦争詩論争で露呈した「詩の無力」の問題は、依然として未解決なのではないか。そんなことを思った。
 個人的なエピソードをまじえておこう。私が大学に入って近代現代詩の研究会に入ったのは1992年である。その頃はすでに学生たちにも詩の無力なるものは前提となっていた。いっちょまえな気持ちで、何事にも介入できないという諦念とともに、中島みゆきなどポップソングを研究して迂回する――果たしてなにを?――身振りが「詩をやる」ことだったように思う。私の研究対象は、アナーキスト詩人の萩原恭次郎と、当時センセーショナルな死を遂げた尾崎豊だった。

真夏の夜のさるすべり(赤)

 最近、大杉重男の『日本人の条件』(2024・10)をめぐって軽い論争があったので、それにもふれておこう。わが左手が悲鳴をあげるほどの存在感を示す本書は、「戦後」を主題のひとつとする。まず鎌田哲哉が本書の批判をし(「遠望の不在」『週刊読書人』6月6日)、次に大杉が反論をした(「「永遠の鬼軍曹」に「思想」はあるのか」『週刊読書人』7月18日)。さらに、鎌田への反論ついでに批判された丸川哲史が、大杉に対して反論を行った(「「易姓革命」の意味について」『週刊読書人』8月29日)。
 ここで取り扱う対象は、鎌田の批判と大杉の反論に絞りこむ。二人はかつて『重力』という批評同人誌の編集に関わっていたことがある。鎌田はこのたび新聞の二面、14000字もの分量――大杉は鎌田の半分の7000字しか与えられなかったといっている――を使って全面的かつ苛烈な批判を行った。論点は複数あるが、ポイントをあげるなら二点。第一に、1945年の「八月革命説」に対する歴史認識の問題、次に、来るべき「革命」があるとして憲法一条と九条をどうするか問題だ。ちなみに憲法一条と九条は、文芸批評のとくに「政治と文学」に関わる文脈でしばしば問題になってきた。
 大杉は、自由意志をもちえない日本を「ロボット」に見立て、憲法一条と九条の廃止がそこからの解放にとって不可欠であるとする。一方、鎌田は憲法一条と九条をセットにする大杉の見立てを批判。廃止を一条(天皇制に関わる一条から八条)に限定し、九条(戦争放棄条項)は不断の努力で存続されるべきとする。
 要約して足りる議論ではないので、詳細は個別に確認してほしい。私が気になったのは、本書を貫く「ロボット」というコンセプトである。大杉は、憲法九条をアイザック・アシモフの「ロボット工学三原則」とのアナロジーにおいてとらえ、そのロボット的憲法九条を「日本人工学三原則」と見立ててみせる。デリダや東浩紀らの「動物」と並行しながら展開していくこのあたりの議論はスリリングで面白い。
 しかしその一方で、日本(もしくは東アジア的専制主義)を「ロボット」と見立てる議論は、「NOと言えない日本」や「悪い場所」をはじめ、日本特殊論としてありふれたものでもある。文芸批評ならではの、アクロバティックともいえるアナロジカルな見立てが、新奇な観点や論点をもたらしてくれるという感じがないのである。来るべき「革命」のための予定調和的な――言い換えれば「ロボット」から「革命」へという成長史観的な――手段に落ちるところもなくはない。いわんや東アジアを「ロボット」で一括してしまうと、相互の差異が見えにくくなりはしないか。戦後憲法の超他律的性格については、イスラエル独立宣言と比較して記述する『ユーラシア的戦争について』が面白かった。
 ところで、読めば誰もが合点する本書の味わい深さは、絓秀実も指摘するように「読みの精密さ」(「狷介不羈な「可欲性」」『群像』2025・3)であろう。過去二十年のうちに発表された十九の論文はいずれも、対象とする作品・作家・状況を微に入り細に入り論じている。語り口は抑制的ではあるものの、どの対象にも容赦がなく飽きさせない。たとえば歴史主体論争と『帝国の慰安婦』事件を論じていくくだりは新味が多く、戦後の歴史認識に興味がない人も必読であろう。ちなみに、論争相手を「永遠の鬼軍曹」に喩える鎌田への反論は、全体的に攻撃的でありながらアイロニーやロマンチックな語り口を備えていた。
 しかし、この複雑な旨味のある読解を、「ロボット」から(憲法一条と九条の廃止による)「革命」へといういかにも大味な見取り図が打ち消しかねない、というか、両者がうまく交差していないのではないか(本書はおそらく後者の見取り図に合わせて前者の各論が初出に比してかなりの程度改変されているはずだが)、というのが私の感想である。

 世代ゆえか、個人的な資質ゆえかわからない。私は、文学が政治を語ることに対して、どちらかというと躊躇する方である。あの無力さから批評や研究に興味をもったからだろう。最近の文学は、小さな政治(アイデンティティ・ポリティクスや差別の問題など)の一部には積極的だが、とくに今回扱った戦争や国家といった大きな政治にはいまや無力感を通り越して、不干渉(不感症?)である。私が、瀬尾の試みに、状況と詩の接合の断念を読み、大杉の試みに、複雑な読解と「革命」の見取り図の不和を読んだのは、単にこのようなご時世を反映しているだけかもしれない。
 絓は『日本人の条件』を、「革命」の「可能性」ならぬ「可欲性(欲することの可能性)」において評価している。不可能性を引き受けながらその可能性を手放さない点を。あの時もそうだったのではなかったか。絓は、湾岸戦争詩論争について当時すでに言及している(「今日の詩的ナショナリズム」『現代詩手帖』1991・7)。「詩の無力」をめぐる議論は、詩的なものが必要とされる政治性を忘却することで成り立っていると。その上で彼は、政治の美学化ではなく、美学(詩)への政治の導入を求めたのである。
 そう、加藤や瀬尾が、詩にやむなく閉じこもることに倫理的なものを見出したのだとすれば、絓はその身振り自体が政治的な意味をもつことを指摘したのだった(ついでにいえば加藤の相棒・竹田青嗣は別の文脈で絓のメタ視点を観念的と批判している)。どちらが正解だったかという話をしたいとは思わない。問題は未決のままここにあるということだ。ただしいまは、文学にとって政治は否認や忘却の対象ですらない。政治的であるからこそ積極的に忌避されているのではないか。私はその忌避に抗うために文学+を運営している。最近そんな気がしてきた。笑いたければ笑ってください。
 いずれにせよ、読んで批判するのはたやすい。『日本人の条件』も『ユーラシア的戦争について』も膨大な時間と手間をかけて作られた労作であり、刺激的なところが多かった。「政治と文学」を考えるためにも、そんなことを考えずに批評を楽しむためにも、ぜひ一読二読をお勧めする。

真夏の暑さを粘るさるすべり(白)

▶中沢忠之。1972年生。凡庸の会。文学+WEB版編集人。


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