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カモシカvsシカ part2 カモシカはシカがいると困る

取材・文 須藤哲平(編集部)

どうやらカモシカにとってシカは「悩みの種」のようです。
東京農工大学の髙田先生は、そのことを研究で示しています。いったいどういうことか? 前回に引き続き聞いてみました。

須藤「高田さんの研究ではシカがたくさんいるところとそうでないところで比べてみると、シカが多いところでカモシカがストレスを感じているということだったと思います。そのお話を詳しくお聞きしたいと思います」

髙田「はい。まず前提として、長野県の浅間山の高山域には、シカがたくさんいるエリアとシカがあまりいないエリアの2つが近距離にあります。しかも2つの地域はどちらも高山草原が多くを占める、似たような環境条件をしていました」

浅間山の高山域(通称、カモシカ平) のシカがあまりいないエリア
浅間山の高山域(通称、カモシカ平) のシカがたくさんいるエリア

須藤「そこでどんな検証をしたのでしょう?」

髙田「シカの個体数が多いと植物にどんな影響を与えるのか? ということと、植物が影響を受けているとしたら、カモシカの採食行動にも影響を与えているのか? さらにシカが増えると、それがカモシカにどういう影響を与えているのか? を調査しました」

シカが多いと植物が変わる

須藤「まずは植物の調査を行ったのですね。高山域での調査ということは、かなり険しそうですね」

髙田「草原の中にランダムに調査区画をプロットするので、中には急なところや危ないところもあったりしますね」

険しい斜面で調査する様子

須藤「それは大変そうですね。具体的にはどんなことを調べたのですか?」

髙田「植物の被度(植物を上から見たとき、地面をおおっている面積の割合)×高さで植物の量を算出するのと、植物種の多様性を見るために花を同定して植物の種数を記録しました。また、コバイケイソウやマルバタケブキといったシカが嫌いな植物があるので、その株数がどれだけあったかを比較しています」

須藤「シカの採食で植物の量と種類がどう変わるかということですね」

髙田「調べてみると、予想通りシカが多いエリアのほうが、広葉草本の植物の量も多様性も低くいという結果になりました。広葉草本はイネ科に比べて採食されるとすぐなくなってしまうので、シカが食べることによって減ったと考えられます。一方で、明らかにシカが多いとシカが嫌いな植物ばかりが残っている、というかむしろ食われないから増えています」

シカが多くてマルバタケブキだらけになったエリア

カモシカの食事を観察する

須藤「次に、カモシカの行動観察もしているんですよね? 観察は定点で望遠鏡を使って斜面を見るのですか?」

髙田「移動しながらですね。 一つの定点からだけだと遠くのカモシカの行動を詳細に見ることができないので、移動しながらカモシカにある程度近づいて観察しました」

双眼鏡をのぞいてカモシカを探す髙田先生

須藤「結構動きがある調査というか、見つけて動いてまた観察して動いてみたいな感じですね。険しい環境で、これまた大変そうですね。カモシカの行動のどんなところを観たのでしょうか?」

髙田「そうですね。一つはカモシカが植物を食べる速さを見るために、カモシカが1分間に植物を何回噛んでいるかを記録しました。シカが多いエリアでは、これが少ない。つまり、同じ量の植物を食べるのがより遅いということがわかりました」

イタドリの葉を採食するカモシカ(個体名はムラカミ)

須藤「それだけカモシカの採食効率が落ちているということですね」

カモシカの食事を妨げる要因

髙田「それからさらに採食効率を細かく評価するために、どれくらい餌を探すために歩き回るかも調べました」

須藤「どうやって測ったのでしょう? まさかカモシカに万歩計をつけるわけにはいかないですよね?」

髙田「万歩計はつけてないですね(笑) カモシカの行動を観察して、1分間で何歩歩くのかを記録しました。するとシカが多いエリアのカモシカはよりたくさん歩き回っていることがわかりました。これは、シカがたくさんいるイネ科だらけのエリアでは、カモシカは食べたい植物を探すのにたくさん移動しなければならないということです。そのぶん、採食効率も悪くなります」

須藤「警戒についても観察していたとのことですが、それはカモシカのどんな行動でしょう?」

髙田「 警戒って日本語だとひとつなんですが、英語だと、アラート(Alert)とかビジランス(Vigilance) などいくつか種類があります。アラートは警戒する対象物が明らかにあるときの行動。例えば、物音がしてその方向を見たり、捕食者を発見したときなどですね。対して、ビジランスは対象物がいるかいないかを確認するための行動。草食獣は食べられる側の動物なので、周囲の危険を早期に発見する必要があります。そのための行動ですね。カモシカの場合は植物を食べてる途中に、ふと顔を上げて周りを見る行動がそれです。研究では、この行動の頻度が違うかどうかを比べています。結果は予想通り、カモシカのビジランスの頻度はシカが多いエリアで高くなりました。どうやら、カモシカはシカの存在を普段からに気にしているようです。これも採食効率の低下をもたらします」

須藤「シカがたくさんいるとカモシカはソワソワするんですね」

カモシカのストレスチェック

須藤「論文では、さらにカモシカのストレスについて生理的な検証もされているみたいですね。カモシカのストレスはどうやって測るのでしょうか?」

髙田「カモシカの糞に含まれるコルチゾール代謝物というホルモンの濃度を測ります。いわゆるストレスホルモンです。結果を見ると、シカが多いエリアで数値が高くなりました。シカがたくさんいる地域では、カモシカが圧倒的にストレスを感じている状態だと言えます」

カモシカの糞(ため糞)

髙田「このストレスの原因は、植物調査の結果から、単純に餌資源が少なくて食物の質が落ちるためが一つ。もう一つは、行動観察の結果から、たくさんシカに会うことでたくさん警戒しなきゃいけないことだと考えられます」

須藤「納得です。ところでカモシカの糞からストレスホルモンはどうやって取ったのですか?」

髙田「カモシカを観察していると、ときどき糞をするので、排泄直後の糞を取りに行きました。ホルモンを採取するためには糞が“新鮮”でないといけないので、時間との戦いです。夕方に糞をしすぐに行けないときは、24時間くらいは大丈夫なので、その場所を覚えておいて、次の日に糞を取に行ったりもしました」

須藤「これまた大変そうな」

髙田「しかもマイナス20度以下で冷凍保存しないといけないので、調査メンバーと一緒にドライアイスと冷凍庫を調査の拠点にしている山小屋まで背負子であげました」

山小屋まで冷凍庫を背負っていくカモシカ調査メンバーの矢野氏

須藤「山小屋まで冷凍庫をあげたんですか!? 普通に歩いても2時間くらい登りますよね」

髙田「そうですね。マジ大変でした(笑)」

カモシカの生態が明らかになっていく裏の知られざる苦労も垣間見えました。

さて、さらに気になるのは「実際、カモシカとシカがご対面したらどうなるの?」ということです。フィールドに張りついてカモシカを観察している髙田先生はこの直接対決も観察し、論文にしています。

ということで、次回は「実録!カモシカとシカが出会ったら」をお送りします。


髙田隼人先生 プロフィール
 東京農工大学 農学部附属野生動物管理教育研究センター 特任准教授。山梨県富士山科学研究所研究員を経て2022年より現職。専門は行動生態学。ニホンカモシカを中心に、ニホンジカやコウモリ類、食肉類など幅広く野生哺乳類を研究対象とする。研究手法としては、フィールドで対象動物を直接観察することにこだわりをもつ。


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浅間山でカモシカを追った研究エッセイ!
『カモシカと進化をめぐる冒険 山の上の生存戦略』

髙田隼人 著 / 四六判 / 232ページ ISBN 978-4-8299-7262-5
2025年11月17日発売 定価2,200円(本体2,000円+10%税)


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