【映画】「入国審査」感想・レビュー・解説

映画館で散々予告を観たのに、いざ上映館を調べたらかなり少なく、そのことにちょっとびっくりした(予告編の最後に読み上げられる「にゅう・こく・しん・さ」の言い方が妙に印象的だった)。確かに本作の監督は、本作がデビュー作、まったく無名の人物だったそうだが、本作『入国審査』で世界中の話題をかっさらい、一夜にして注目の映像作家になったという。「トランプ政権下におけるあれこれ」という時代背景も含めて、もっと注目されてもいいように思うが、まあ、初動を見てこれから公開館が増えたりするのかなとも思う。

本作を観ながらずっと感じていたことは、「みんなそんなにアメリカに移住したいのか?」ということだ。

さて、この点に関してはまず1つ、書いておくべきことがある。本作が「実体験から着想を得た物語」であることは鑑賞前の時点で知っていたのだが、鑑賞後に知った事実もある。それが「監督が体験したのは、故郷のベネズエラからスペインへと移住した際の出来事」なのだそうだ。公式HPにそのように書かれていた。というわけで、監督自身は決して「アメリカ」を目指していたわけではない。まずこの点には注意が必要だろう。

そしてもう1つ。これは作中でも触れられることだが、「『帰る場所があるかどうか』によって『移住したいのか?』という問いに対する考え方が変わる」という点だ。これに関しては割と物語の核の部分になっていくのでこれ以上詳しいことには触れないが、「日本という世界の中でもかなり安全な国に暮らしている僕」とはまるで違う立場にいる人もいて、だからそういう点も考慮しなければならなくなる、というわけだ。

これに関しては、日本における難民のドキュメンタリーなどを観てきたので、ちょっと違った立場からの感想もある。日本は諸外国と比べとにかく難民(移民ではない)を受け入れないことで知られており、日本にやってきたにも拘らず受け入れが認められなかった難民は「刑務所みたいな場所」に収容され、場合によっては強制送還される。彼らは国際法上の「難民」と認められ得る人たちであり(しかし日本政府は「難民」ではなく「避難民」という言葉を使う)、「自国にいるよりは日本にいる方がマシ」だと思って日本を目指すのである。にも拘らず、日本では囚人のような酷い扱われ方をされてしまうのである。

本作ではアメリカという国の酷さみたいなものが如実に映し出されるのだが、見方を変えれば、日本がやっていることの方が遥かに酷いとも言えるかもしれない。本作を観て、「ヤバいな、アメリカ」みたいに感じたとしたら、少し日本の状況に目を向けてみてもいいかもしれない。

というわけで話を戻そう。「そんなにアメリカに移住したいのか?」である。もちろん、アメリカに移住する者たちは、本作で描かれているような「尋問」を受ける想定などしていないだろうが、しかし、作中で描かれている状況からは、「この尋問がなくてもメチャクチャめんどくさくないか?」と感じさせる描写がある。

例えば彼らは尋問の過程で、様々な資料を提示していた。「弁護士の言っていることと違う」というセリフがあったので、恐らく彼らは出国前に、弁護士のアドバイスを受けて様々な書類を用意したのだろう。その中には「健康診断の記録」「資産状況を示すもの」「これまでの渡航歴」などなど、なんか色々あった。

そもそも僕には、そんな資料を用意することさえダルいなと思う。

さらに、尋問官からの質問の中に、「医療保険が年間6万ドルも掛かるのに?」みたいなものがあった(確か「6万ドル」と言ってた気がする)。アメリカには日本のような国民皆保険はないし、だから個人で民間の保険に入らないとならず、その費用が年間6万ドルぐらいという話なのだと思うが、それはさすがに高すぎるだろう。本作の主人公2人は「都市プランナー」と「ダンサー」であり、さらに「都市プランナー」の方は「しばらく無職だった」みたいな話もしていたので、そこまで実績があるような感じではないと思う。さらに、2人の資産状況を確認した尋問官が「これだけ?」と言っていたので、預貯金なども多くないのだと感じた。アメリカに移住後の仕事もちゃんとは決まっていないようである。その状況で、年間6万ドルの医療保険を払おう、というのである。

そこまでの魅力が、アメリカという国にあるのか。僕にはイマイチよく分からないなぁ、と思う。

これもストーリーに関わるので詳しくは触れないが、2人は「グリーンカード」の抽選に当選したためアメリカ移住を決断した。ネットで調べると、グリーンカードの当選確率は1%以下らしいので、「そんなチャンスがあるなら」と移住を検討するのは分からないでもない。ただそれにしたって、実際にアメリカ移住の計画を進めていく中で、「思ってたのと違うな?」みたいになったりするような気がするんだけど、どうなんだろう。

そしてその上で、本作で描かれているような尋問である。これは「アメリカ」という国を諦めるのにかなりクリティカルな要素になるんじゃないかと思う。本作の主人公は事実婚を選択したカップルで、妻(事実婚の場合も「妻」と呼び方でいいのかよく知らないけど)の方が特に、苛立ちを抱えている。まあ、普通そうだろう。「尊厳」と呼ばれるもの一切を軽々しく踏みにじられているみたいな扱われ方なのだ。

なにせ、「セックスの回数は?」みたいな質問までされるのである。意味不明すぎるだろう。彼女が「こんなの嫌がらせだわ」と口にしたくなる気持ちも分かるなと思う。さらに彼女はある場面で、「ここで◯◯して」と命じられるのだ。僕なら、それまで我慢していたとしても、この瞬間にブチ切れて諦めるだろう。いやこれは腹立つわ。

本作はどうやら2023年制作の映画のようで、ということは、ドナルド・トランプが大統領になる以前のアメリカが舞台になっていると考えるのが自然だろう。トランプ大統領は、移民政策でもかなり過激なことをやっていると思うので、恐らくこの映画が日本で公開された今の方が圧倒的に「尋問」は厳しくなっているんじゃないかと思う。僕は外国の旅行にも、もちろん海外移住にもまったく興味がないのでどうでもいいのだけど、旅行や留学や移住を考えている人にはかなり深刻なんじゃないかと思う。

ただ、少なくとも本作で描かれている状況に限って言えば、尋問官は決して「嫌がらせ」をしているわけではない(入国審査官だって暇じゃないんだから、「嫌がらせ」みたいな状況なんかないんじゃないかと思ってるんだけど、どうなんだろう)。彼らにはちゃんと「疑念」があって尋問しているのである。尋問のやり方や、不躾すぎる質問などの良し悪しはともかくとして、「なるほど、そういう状況があれば、別室に連れて行かれることは仕方ないかもしれないな」とは思う。そういう意味で本作は、ストーリーテリングが実に上手い。

冒頭は観客の誰もが、「嫌がらせ」みたいなイメージで尋問官の振る舞いを捉えるだろう。しかししばらくしてある事実が明らかになったことで、「なるほど」という感じになっていく。確かに入国審査官の立場からすれば、「この『疑念』を潰しておかなければ入国は許可できない」という感じになりはするだろう。

しかし一方で、「その『疑念』の解消のために、すべての質問は必要だったのか?」というのはよく分からないところである。ただ、本作のラストの展開を踏まえると、「そういう質問に対してどういう反応をするのか?」というチェックをしていたのだろう、という気もしてくる。「質問に対する答え」に意味があるのではなく、「質問された際の反応」や「返答する際の雰囲気」などにこそチェックポイントがあったということなのだろう。まあそう解釈すれば、理解できないこともないか、という気もしてくる。ただ、自分があんな尋問を受けたら、「絶対に許さない!」という気分になると思うけど。

さて、本作では「入国審査」が終わったところで物語も終わるわけだが、本作の面白いところは、「本当の『審査』はここから始まるのだ」と観客に想像させるところだろう。これはなかなか見事だと思う。その「審査」をくぐり抜けられるのかはなんとも言えないし、それに、「審査」に通る方が幸せなのかそうでないのかも何ともよく分からない。いずれにせよ、はっきりと断言できることは、「彼らの人生はこの『入国審査』で大きく変わった」ということだろう。

本作は、舞台はほぼ尋問室、メインの登場人物は数人(後半から出てくる男性を除けばメインは3人)というミニマムな舞台設定である。公式HPには、「わずか17日間の撮影、たった65万ドルで制作された低予算の監督デビュー作」と書かれている。77分と短めの作品ではあるが、冒頭からかなり緊迫感の続く作品であり、短さがマイナスになるような作品ではないだろう。

恐らく僕は一生拘らずに済むと思うが、本作で描かれている現実とは無縁でいられないという人も多くいるだろう。なので、冒頭で書いた通り「本当にアメリカに行きたい(行く必要がある)のか?」みたいな部分から真剣に考えてみてもいいだろう。また、排外主義が世界中に広まっているし、監督の実体験もスペインでのことだったわけで、アメリカ以外の国へと渡航する際にも同じような状況に直面する可能性もあると思う。本当に、多くの人にとって無関係とは言えない作品だろうし、そのリアルさを、ちゃんとストーリー性を持たせた上で1つの作品として成立させている本作はなかなか見事だったなと思う。

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