「寂しい」ということ
「寂しさ」について考えることはほとんどなくなってきた。「『考えても仕方ない』と思うようになった」のか、「寂しさを感じないぐらい鈍感になった」のか、あるいはなんだろう、他にも色々あるかもしれない。
ただ、1つ強く感じることは、「誰かと一緒にいられれば寂しくないわけじゃない」ということだ。この点については昔、『私をくいとめて』という映画を観た時に色々考えたことがある。
作中に、こんなセリフが出てきた。
【こんなことなら、一人で孤独に耐えてる方がよっぽど楽だった。】
「メチャクチャ分かるなぁ」と思う。「『誰かと一緒にいること』で『寂しさ』は解消されているのかもしれないが、『誰かと一緒にいること』によるマイナスも享受しなければならない」わけで、「トータルとしては『一人で孤独に耐えている』方が良くない?」という話である。メッチャ共感できてしまった。
また「寂しさ」については、以前読んだ『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』のことも思い出される。「AV監督が恋愛について書いた本」という、色んな意味で手に取りにくい作品だが、非常に面白かった。
本作には「心の穴」という表現が出てくる。「心に穴が空いているから生きづらいし寂しいし、劣等感・不安・嫉妬・罪悪感みたいなものもすべてそこから出てくる」「でも、心の穴から湧き出てくるものはネガティブなものだけではなく、魅力もそこから生まれてくるのだ」みたいなことが指摘された後、「心の穴をピッタリ埋めるものなどどこにも存在しない」という話になっていく。
だから本作では、
【幸せそうな人には、心の穴がないように思えるかもしれませんが、そうではありません。自分を愛すること(肯定すること)ができてる「幸せそうな人」とは、自分の心の穴を塞いだり無理にコントロールしようとしたりせず、おりあいをつけている人なのです。】
【穴を「ふさごう」とせずに「かたちを知ろう」とする。
かたちが分かってくれば、やがて心の穴は、あなたを以前ほどには苦しめなくなっていくはずです。
それは「自己肯定できるようになっていく」ということなのです。】
みたいな結論が提示されるのだ。これも「なるほど」と感じさせる話だった。
結局のところ、「『寂しさ』を抱えたままどう自分を安定させるか?」みたいに思考することが正しい問いなのかなと思う。
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