見出し画像

早い遅いより、死に方より、いつ死ぬかを知りたい

理想の死に方は「事故死」だ。という話、大体の人には共感してもらえないのだけど、少し前に参加した哲学カフェで、若者2人が僕の「事故死がいい」という話に賛同してくれて驚いた。

内1人は、僕と同じ理由、つまり「『死ぬ』と感じてから実際に死ぬまでの時間が短い」という点が良いのだそうだ。ホント、僕は「老衰」とか嫌い。「あー、死にそうだな」となってから、実際に死ぬまで長そうだからだ。それはダルい。「あぁ、俺って死ぬんだな」と考えている時間が極限に短い方がいいなと思う。

しかし、もう1人は全然違う理由で驚いた。「自分の死がお金になるなら、その方が良い」という理由なのだそうだ。「賠償金が家族に入る」みたいなことを想定しているみたいである。なるほど、実に現実的だ。

さて、昔は「早く死にたい」とか思っていたのだけど、最近そんな風に感じることはあまりない。メンタルが安定しているようだ。しかし一方で、相変わらず「長生きしたい」なんて感じることはない。長生きなんてダルすぎるだろ。

とまあ「死」について思うところは色々あるのだが、しかし、何よりも僕は「いつ死ぬのか」を知りたいなと思う。「死ぬ時期が分からない」って、生命のバグすぎんか? いや、ホントかどうかは知らないけど、「猫は死期を悟ると姿を消す」みたいな話もあるし、人間以外はもしかしたら「死期を知る」みたいな能力があるのかもしれない。人間だけが「いつ死ぬか」を知らないんじゃないだろうか?

バグすぎるだろ。

生まれることは選べないのだから、せめて「いつ死ぬか」ぐらいは知りたいだろ。そういう意味でも僕は、「安楽死」を社会は実装すべきだと思うんだよなぁ。

ちなみに、最近知り合った人から「死んでほしくない」って言われたのはとても良かった。別に死ぬとか死なないとかの話をしていたわけではないのだが、なんてことのない会話の返答として「死んでほしくない」という表現が出てくるのは素敵だなと思う。

いいなと思ったら応援しよう!

長江貴士 サポートいただけると励みになります!