【映画】「ホールディング・リアット」感想・レビュー・解説
状況の説明が少ないので、特に外国人には理解が難しい部分もあるが、非常に興味深い作品だった。ちなみに僕は、少し前に『ネタニヤフ調書』というドキュメンタリー映画を観ていたこともあり、たぶん普通の人よりは本作をよく理解できたんじゃないかと思う。
本作で扱われているのは、2023年10月7日にイスラエルで起こったある事件を発端にした家族の物語である。その日、ガザからやってきたハマスがキブツ・ニールオズ(「キブツ」とはイスラエル特有の農業共同体を指す)を襲撃、400人の住民の内30人が死亡、70人がガザへと連れて行かれた。世界的に報じられた、大事件だ。
そしてその人質の中に、アメリカ・ニュージャージー州出身のイスラエル系アメリカ人であるリアットとその夫アヴィヴがいた。アヴィヴのことは分からないが、少なくともリアットはアメリカ国籍を有しているようだ。そして事件発生から2週間後、リアットの遠縁に当たる映画製作者がリアットの家族にカメラを持って密着し始めた。
本作は、その記録である。
さて、イスラエルで何が起こっているのかざっくりとでも分かっていないと、本作の物語もよく理解できないので、僕が『ネタニヤフ調書』を観て知った事実の中から、本作に関係しそうな情報だけざっくり説明していこう。
『ネタニヤフ調書』のメインとなるのは、イスラエルのネタニヤフ首相の汚職事件である。映画では、様々な疑惑が取り沙汰されていた。そしてついに起訴される。そうなれば当然、ネタニヤフ下ろしが始まるだろう。ネタニヤフは、「このままでは政権を維持できない」と考え、苦肉の策を採る。かつては距離を置いていた極右と手を組むことに決めたのだ。
そんな極右(右派過激派)は、ネタニヤフがいる党と連合政府を組んだことで、過激な政策や行動を起こすようになる。ネタニヤフは、政権を維持するため(つまり、逮捕を免れるため)に極右の行動を見過ごすしかない。
こうしてイスラエルでは、パレスチナ人に対する今まで以上に厳しい対応が取られるようになったのだ。そしてそのような状況下でハマスによる襲撃が起こったのだ。
さらに驚くべきことに、『ネタニヤフ調書』では、「ハマスを延命させるために、ネタニヤフがカタールを通じて資金援助をしていた」という話まで出てくる。そんなことしなければ、10月7日の惨劇だって起こらなかったかもしれないのだ。当然、イスラエル国内ではネタニヤフに対する非難の声が出るようになり、デモも頻発しているが、それでもネタニヤフは今も首相の座に居座り続けている。
というのが、本作『ホールディング・リアット』を観る上で知っておいた方がいいかもしれない背景である。
さて、本作でメインで映し出されるのは、リアットの父親であるイェフダである。彼は自身で「物事を自分の思い通りに動かしたいタイプだ」と評していたが、しかし今の状況では自分に何も出来ることがなく、忸怩たる想いを抱えている。
そんな中、「アメリカに代表団を派遣しよう」という話になる。イスラエルとアメリカの結び付きは強いのだろうし(あまり詳しくないが)、もちろんリアットがアメリカ国籍を有していることも関係している。リアットの母ハーヤは「私はここ(イスラエル)で頑張りたいけど、夫はアメリカでの懇願こそ唯一の解決策だと考えているみたい」と、アメリカ行きをあまりよく捉えていないようだが、イェフダからすれば「自発的に動けることがあるならやる」という感じだったのだろう。
しかしこのイェフダが、なかなかにややこしい存在として描かれる。
代表団には他にもハマスの人質になった家族が複数含まれており、彼らの共通の願いは当然「人質(家族)の解放」である。そしてそのためには、「有力者に個人的な話を訴え、相手の心を動かす」というのが最適解だ。イェフダを含めた代表団の面々は、事前にそういう説明を受けていたと思う(そんなシーンがあった気がする)。
しかしイェフダは、話す機会が回ってくる度に「イスラエルへの不満」を口にする。「イスラエルだって7000人のパレスチナ人の人質を取っているのに、そのことは驚くほど言及されない」「ネタニヤフは戦争継続のために人質のことを軽視している」みたいなことを言うのだ。イェフダは、リアットの妹タルや息子の1人であるネッタと共にアメリカにやってきており、そんな家族がイェフダに「政治の話には関わらない方がいい」と忠告しても、「これも大事な話だ」と言って譲ろうとしない。
なるほど、自分で言っていた通り、「物事を自分の思い通りに動かしたいタイプ」なのだなと思う。
彼のこのスタンスが、結果にどう影響したのか(あるいはしなかったのか)はイマイチよく分からない。ただ、素人目に見ても「良い効果をもたらしているとは思えない」という感じはした。同行していた「政治アドバイザー」(みたいな肩書だったと思う)も「人質の話とイスラエルの政治の話は混ぜない方がいい。政治家が協力しにくくなるから」と結構強めの主張をしても、イェフダが譲る感じはなかった。
もちろん、イェフダの主張も理解できる。仮に今回の問題が解決して人質が返ってきても、本質的な問題が解決しなければ同じことはずっと起こり得る。目先の「人質の解放」ももちろん大事だが、その先についても考えなければ危険な状態が続くだけだ。恐らく、そういう感覚があったのだと思う。そしてまあ、それはその通りだろう。なにせ、本作中で言及されていたわけではないが、「ネタニヤフがハマスに資金援助している」という話があるわけで、だとすれば、もはや問題の根本はネタニヤフだと言っていいだろう。だったら、人質の解放と同時に、そちらもどうにかすべきではないか。
みたいな意図だとすれば、まあ理解できなくもない。さらに想像力を働かせれば、「人質の家族が、人質の解放を差し置いて政治的な主張をしている」というのも重要なポイントだと考えていたのかもしれない。人質の家族以外の人が「人質の解放よりも、まずは根本的な解決を」と主張すれば、炎上しかねない。その点、人質の家族の主張であれば無碍には出来ないだろう。そんな風に考えて、「これは人質の家族にしか出来ないことだ」みたいな使命感を抱いたりもしていたのかもしれない。
まああくまでも想像でしかないが、しかしそのように考えたとしてもやはり、彼のスタンスは浮いている感じがしたし、僕の目にはあまり適切なものには見えなかった。
さて、それはそれとして、リアットの妹タルも、「アメリカでの自分の行動」に苛立っていた。彼女はそもそも「他人に助けを求めること」が好きではないようだ。だから、色んな人に陳情して回っている状況が嫌だと話していた。「もちろん、姉のためになるなら仕方なくやるけど、自分にとって好ましいやり方ではない」とのことである。まあ、この気持ちも分かるなと思う。いや、「分かる」と言えるほど何か近い経験を有しているわけではないのだが、「なるほどな」という感じがした。
さらに、ネッタはまた違った感覚を抱いているようだった。彼もまた「アメリカで話したことに意味があったのかは分からない」と言っていたが、その上で、「何度も話すのは辛い」とも零していたのだ。
というのも、ネッタはまさに、ハマスが襲撃した時キブツ・ニールオズにおり、その襲撃から命からがら逃げ延びたからだ。彼の経験は恐らく多くの人の心を動かしただろう。しかしそれと引き換えに、ネッタは自身の経験について話す度に、あの日の出来事を追体験せざるを得なくなってしまうのだ。その辛さに、彼は苦悩していた。
とこのように、残された者たちがそれぞれ違った形で事態に向き合う姿を描き出していく。イスラエルに留まった母ハーヤも、帰国した夫イェフダと口論する場面が映し出されていた。夫婦間で今回の出来事に対する考え方・対処の仕方に隔たりがあるようで、それでつい口論になってしまうのだ。
もちろん一番辛いのは拘束されたリアットだと思うが、残された者たちもそれぞれなりにしんどい状況に置かれており、まさにそのような姿がカメラに収められていた。
さて、これは書いてもいいと思うのだが、リアットは無事解放される。当初はアメリカ国籍であることが有利だと考えられていたが、実際には、アメリカ人を解放しないことでアメリカと交渉できるとの考え(ハマスがそう発表したわけではないが)から、解放者リストに名前が載らない日々が続いたが、ようやくという感じだった。解放が決まった際には、イェフダのスマホにバイデン大統領から電話があり、その様子も映し出される。
で、そんなリアットが語る話が興味深かった。
例えば、何かのラジオ番組に出演した時のこと。彼女は、「自分を拘束したハマスの兵士の母親と姉(か妹)がずっと私の世話をしてくれた」「初日からずっと『あなたの安全と健康は私が守る』と言われていた」みたいな話をしていた。もちろん、先が見えない日々に気苦労は絶えなかっただろうが、少なくとも身体的にしんどい状態には置かれなかったようである。
また、公園らしき場所(リアットはホロコースト記念館のガイドでもあるらしいので、その記念館の敷地内かもしれない)のフェンスを見ながら「イスラエルの『フェンス』に対する考え方が好きになれない」と話し始める場面もあった。そしてその中で、「10月7日を境に、私の見解は変わった。フェンスの向こう側を見てしまったから」と言っていたのだ。
リアットの妹タルはある場面で、「イスラエルの住むすべてのユダヤ人は、大切な人をパレスチナ人に殺されている。でもそれはパレスチナ人にしても同じで、彼らの大事な人をイスラエルのユダヤ人が殺している。そんな状況で、どうやって共存なんか実現できる?」と口にしていた。「世界一解決が難しい問題」とも評されるし、タルが言う通り、「解決の可能性など見えない」というのが多くの人の実感だろう。
恐らくそれはリアットにしても同様だったと思うが、彼女は先に言及したラジオの中で、こんな印象深い表現で未来について語っていた。
【10月7日までは、「和平」は選択肢の1つだったけど、今ではもう「和平」しかない。】
人質として長く拘束され、辛い目に遭ったはずの彼女の発言すべてが、ある意味で「親パレスチナ」であるように感じられたし、個人的にはそのことが一番印象的だったかもしれない。もちろん、これはリアットの感覚であり、人質になった他の人たちが同じように考えているかどうかは知らない。何となくの感触では、リアットの感覚はかなり特異的なものであるように感じられる。
ただ、「憎しみの連鎖をどこかで終わらせる」以外に解決の道筋はない気がしているし、そしてそうだとすれば、リアットの「変化」はその希望を感じさせるものであるようにも思う。
対立構造を分かりやすく描き出すドキュメンタリー映画もあるし、それはそれで全然良いと思うが、本作は「客観的には『明白な対立構造』が存在する状況において、様々な分かりにくいややこしさを積み上げていく」みたいな作品であり、非常に興味深かった。知識ゼロで観ると結構しんどいかもしれないが、「あまりにも複雑でややこしい問題」に触れてあれこれ調べてみるきっかけになるかもしれない。
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