「AIに恋愛相談してみた」 第5話
第5話 「相談」
キャットアイと出会って一ヶ月と少しが経過した。
今では真琴と立花さんのペースに合わせて週三回程度ジムで筋トレをしつつ、食事や睡眠にも気を配るようになっている。
三キロの増量に成功し、心なしか筋肉もつき始めている気がした。
それに伴って本物の自信の種が芽吹き始めているのかもしれない。
と好調な俺を横目にキャットアイはなにやら難しい顔をしている。
何か話したいことがあるんだろうか?
俺は最近始めた自宅での自重トレーニングを終えて、スッキリした面持ちでスマホスタンドの前に座った。
「このままではいけません」
「えっ……色々と軌道に乗ってきた感じがするけど。佐藤さんとも前より積極的に会話できてるし」
「それは確かに良い事なんですが……このまま行くと佐藤さんと茂流さんは『お友達』になってしまいます」
「お、お友達……? どういう意味それ?」
むしろまだ友達とすら認識されていない可能性すらあることに危機感を感じた。
いや流石にもうその辺のクラスメイトよりかは仲がいいはずなのだが。
「『お友達』……それは今後絶対に恋人関係には至れない形で着地してしまった間柄のことを言います」
「はあっ?! いやっ、だって今までの流れでそんなこと……」
「そんなことが実際あり得てしまうんです」
意味がわからなかった。
だってこれまでのことは全て、佐藤さんと付き合うためにやってきたんだ。
それが裏返ることなんてあって良いはずがない……
「ですが佐藤さんと恋人になれる可能性もまだ確かにあります。ここがターニングポイント、ということです」
「ターニングポイント? 具体的には?」
「つまり茂流さんはいよいよ佐藤さんを男として落としに行く段階に至ったと言う事です」
「男として……落とすか」
まだまだ抽象的な話ではあるがその理屈は少し理解できる。
そもそも佐藤さんと付き合うためには、俺からの一方通行の思いでは関係の成立には至れない。
佐藤さんに付き合ってあげても良いと思わせる、もっと言えば付き合いたいと思わせるような存在にならなくては。
そのための清潔感や自信であり、それを獲得しようと努力している現段階においては、やっと付き合うまでのスタートを切る準備が整った段階と言えるだろう。
「というか、そもそも茂流さんは本当に佐藤さんと付き合いたいんですか?」
「え……? 何を今更。当たり前だよ」
突拍子もない質問に面食らってしまった。
しかしキャットアイがふざけているようにも見えない。
その顔は今までになく真剣なものだった。
「茂流さんは佐藤さんの何を知っているんですか?」
「まあ、そりゃ。……夢とか、趣味とか?」
ここ最近佐藤さんと話す中で手に入れた情報だ。
勇気を持って自分から話しかけに行ければ、意外と反応良く話してくれることに気がついた。
その勇気も、筋トレや清潔感である程度自分に自信が付いたが故の賜物だろう。
しかし言ってしまえば、俺が佐藤さんについて知ってることなんてそれだけだった。
「では過去にはどんな人と付き合ってきたんですか? それともまだそのような経験は無いんですか? どんな人がタイプですか? 付き合ったらどれくらいの頻度で会いたいんですか? 連絡はマメに返して欲しいですか? それとも必要最低限で実際に会って話したいですか? どんな行動に愛情を感じますか? 身体的な接触ですか? 言葉ですか? プレゼントですか? 恋人に依存傾向はありますか? あるいは自分の生活を最優先にしたいですか? トイレットペーパーはシングル派? それともダブル派? 長い間会えなくても平気ですか? それとも遠距離恋愛なんて耐えられないですか?」
「分かった分かったちょっと待て! ほんとに怖いから!」
まるで念仏のように、息継ぎの間もなく瞬きもせず捲し立てる。
暴走したAIのような、迫真的な言葉の応酬に耐えられなくなり、俺は白旗を全力でぶん回した。
「失礼、取り乱しました。とりあえず恋人になる上で重要なのはこう言った価値観です。友達とは決してしないこのような会話は、恋人候補の人とするそれです。佐藤さんとこれらの価値観が絶望的なまでにズレていたらどうしますか? あるいはどうしても許せない一つが噛み合わなかったらどうしますか? 付き合えたところで長続きするんでしょうか」
「……ごもっとも」
「ラブロマンスはあくまでエンタメです。実際の恋人関係というのはこのようなしがらみの中で、お互いが少しずつ成長し、理解し、関係を構築する手段に過ぎません。もう一度聞きます。茂流さんは本当に佐藤さんと付き合いたいんですか?」
正直言って、俺の考えは浅すぎた。
佐藤さんの存在がいつの間にか頭から離れなくなっていて、もっと近くに居てほしくて、そんなフラストレーションを解放するために付き合いたいと願った。
その願いは奇しくもヘンテコなAIに聞き届けられ、短くも濃密な時間をこれまで過ごしてきた。
その中で理解した。
付き合うことに夢を見過ぎていたんだ。
近づくほどに傷ついて、別れる時はもっと痛いんだろう。
そもそも拒絶されれば、俺は再起できるかさえ分からない。
ここで逃げ出せば、拒絶される苦しみにも別れる時の絶望にも苛まれずに済む。
あるいは佐藤さんと『お友達』になれるだけで幸せなんじゃないだろうか。
せっかく話せるようになった関係が下手に崩れたらどうする。
進まなければ良かったと、俺は後悔するだろうか。
――それでも。
「何を今更。当たり前だよ」
俺の答えは変わらない。
ここで止まってしまったら、俺はきっと後悔する。
進まなかった自分と一生向き合い続ける事になる。
それは嫌だ。
なにより、佐藤さんを諦めたくない。
「よくぞ言ってくれました! 試すような真似をして申し訳ありません、茂流さんの覚悟はしかと受け入れました!」
「はいはい、じゃあ具体的に何をすれば良い? 佐藤さんを落としにいくなんて」
「何か叶えたいことがある時、最も有効な手段は『具体的で制限付きの目標』を立てる事です!」
「具体的で、制限付きの目標……?」
具体的というのはつまり「佐藤さんと付き合う」なんて抽象的な目標のままではいけないと言う事だろうか。
制限付き、というのは正直よくわからなかった。
「まず具体的な目標から決めましょう。そうですね、『佐藤さんと三回デートして、最後のデートで告白する』これでどうでしょうか」
「おお、具体的ってそういうことか。じゃあ制限付きっていうのは?」
「最後のデートは約二ヶ月後に行われる花火大会にしましょう。そこから逆算して二、三週間に一回程度のペースでデートに行きます。まずは食事だけで構いません。先ほど言った恋人候補の会話をそれとなく挟んで、お互いの価値観を確認できるとなお良しです」
「まじか、すげえ……って待てよ」
とんとん拍子に話が進んでいる気がするが、そもそもデートにすら来てくれない可能性がある。
というか俺に佐藤さんをデートに誘う甲斐性なんてあるのか?
「もし一度目のデートで断られたり、一度は行けたけど次は無かったらどうするんだ?」
「断られ方にもよりますが、その時はきっぱり諦めましょう」
「うあぁっ……」
「星の数、は言い過ぎですが茂流さんの恋愛対象になり得る方はこの世にごまんと存在します。その内の一人に出会い、そして恋には発展しなかった。ただそれだけの事です」
「……なんでもう振られたみたいになってんの?」
しかし諦めろと来たか。
何度もアタックして付き合えたなんて話を聞いたりするが、あれは珍しいが故に目立つだけの稀有な事例なのかもしれない。
「まあ断られてどうするかは断られた時に考えれば良いです。それに今までの感じ食事の数時間すら割きたくないと思われるような関係では無いはずです。とにかく一度食事に誘ってください。この期限は次佐藤さんと会話した時にします」
「ちょっ、マジかよ……話が早すぎないか?」
「じゃあいつ決まるか分からない覚悟が決まるまでゆっくりしていて下さい。その間に佐藤さんを取られても知りませんけど」
「あぁっ! もう分かったよ! 誘う、絶対誘ってみせるからな!」
「ええ、そのいきです!」
「てか誘えたとしてどこ行けば良いんだ?」
「ここからは茂流さんが自分で考えて下さい。いつまでも私がついていられ
る訳じゃないので」
柄にもなく突き放すような物言いのキャットアイ。
しかし今後一生キャットアイの指示なしにはデートの一つもできないような男になるわけにはいかない。
「えぇ、ケチ。まあ確かにキャットアイに頼りすぎるのも駄目か」
「はい。ですが女性とのデート経験が皆無な茂さんのために、デートで押さえておくべき三つの基本だけはお教えしましょう」
「おお、そういうの待ってた!」
いつの間にかメガネと指示棒を身につけたキャットアイは、浮遊する黒板の上に描かれた文字をひとつづつ示しながら言う。
「ひとつ、デートは男がリードすべし。ふたつ、デートプランはあらかじめ決めておくべし。みっつ、二人で楽しくデートしましょう。以上です!」
「……なんか抽象的だな。リードってのは引っ張るって意味だろ? 佐藤さんの意思はどうなるの?」
「あくまで誘うのは茂流さんですから。どこがいい? ではなくあからじめ決めたお店でここでいい? と聞くのがベターです。万一嫌だと言われても対応できるように二の手を用意できればベストですが……まあそう言う方は自分で引っ張りたい人だと思うので、そんな時は相手に任せてみるのも一興です」
「なるほど……でリードをするためにもあらかじめデートプランは決めておくと良いのか」
「その通りです! デートコースを決めておくのはもちろん、必要に応じてはお店の予約なんかもあらかじめ取っておきましょう」
「で最後は二人楽しく、か」
「はい。ひとつめとふたつめはあくまで楽しくデートするための手段に他なりません。デートはデートプランを遂行するためのタスクではないのです。あくまで自然な流れで、時には想定外も楽しんで、二人の時間を大切にしてください」
キャットアイのアドバイスはやはり具体よりも抽象的なものが多い。
ただそれは俺自身の価値観や考えによって内容を解釈する余地が込められているとも言える。
とにかく大切なのは楽しむこと、そのためのプランとリードだと、まずは頭に叩き込んだ。
「うん、とりあえずやってみる」
「ええ。今言ったことはあくまで茂流さんが佐藤さんをデートに誘える前提の話ですからね? まずはそこから、ですよ!」
「うん、わかった。大船に乗ったつもりでそこから見ててくれ!」
と、大口を叩いたことを後悔するのに時間はかからなかった。
佐藤さんと話す機会は翌日の昼休みにやってきてしまったのだ。
佐藤さんはあれから定期的に俺の写真を撮ってくれていて、その変化を俺以上に楽しんでいるように見える。
きつい筋トレやめんどくさい見た目のケアも、これがあるから続けられた。
むしろそれが佐藤さんとの唯一の接点であるわけだから、やりがいや楽しさすら感じている。
「茂流くんガッチリしてきた? 姿勢も良くなった気がする!」
「最近ジムで筋トレしてて」
「へぇージム? 本格的だね」
「最近始めたばかりだけどね」
写真部の机の上には俺の写真がずらりと並べられていた。
数日おきに撮影されたそれは、一枚一枚は小さな変化であるけれど、通しで見ると確かな変化が見受けられる。
「ねね、お願いがあるんだけど」
作業用の長机に向かい合うように座っているためか、上目遣いで手を合わせる姿が特等席で見れる。
そのあざと可愛さでどんなお願いでも二つ返事で許可を出してしまいそうだった。
「うん、いいよ」
「まだ何も言ってないって!」
二つ返事で許可を出す俺に対してあははと笑いながらつっこむ佐藤さん。
笑うと下に垂れる目尻が愛くるしい。
「ごめんごめん、でお願いって?」
「嫌じゃなければなんだけど、これ記事にして良い? 個人で応募する賞があって……友達の大変身! みたいな感じで!」
「そういうのがあるんだ。うんいいよ、佐藤さんの記事になれるなんて人生で一番嬉しいことかも」
「えぇーなにそれ!」
冗談ではなかったのだが、ウケてもらえたようだ。
最近では新聞部で書いている記事の査読や掲示の手伝いなんかもさせてもらえて、一緒にいる時間が増えて嬉しい。
自分から歩み寄ることで相手に受け入れてもらえる経験は何にも変え難く、今までそうしてこなかった自分に対する後悔の念が積もる。
「そういえば佐藤さんはどうして記者になりたいの? 聞いてなかったよね?」
「えっと……ちょっと長くなるけど良い?」
「もちろん、大丈夫」
佐藤さんと話せる時間なんて長くなればなるほど良いに決まっている。
もはや永遠に終わらない話題が欲しい。
「うちのお父さん、流通系の会社を経営してるんだよね」
「てことは佐藤さん社長令嬢?」
「ははっ、そんなんじゃないって。従業員二人だけだし。それで小学生くらいの時かな、懇意にしてた企業が急に取引を止めるって言い出したんだよね」
「まじで? なんでそんなことに」
どこか遠い目をして話す佐藤さんは、今まで見たどの表情とまで違って見える。
その綺麗な黒目で見据える先は過去か、はたまた憧れか。
「実は大手の企業が商品の流通市場を独占しようとしてて。それだけなら経営戦略でいいんだけど、いろんな仲介業者に圧をかけて無理やり他企業との契約を潰して回ってたってわけね。それこそうちのお父さんの会社もそのうちの一つだった」
「うわぁ……黒寄りのグレーじゃんそれ」
大手企業の汚職なんて腐るほど聞く話ではあるが、実際その煽りを間近で受けた幼少期の佐藤さんにとっては、これほど鮮烈な体験は無かっただろう。
「二人とは言っても従業員さんとその家族の人生の一部を預かってるわけだし、私たちの事も養わないといけない。お父さんはそんな状況で急激に減った業績に向き合わなくちゃいけなくなったの」
「それは……なんて言うか大変だったね」
「ううん、実際そうでもなかったよ?」
「え? どういうこと?」
別の契約を取り直して業績を立て直したのだろうか、はたまた残った仕事でやりくりしたのか。
結論、俺の予想はどちらも外れた。
「ごめんね、うちまとめて話すの苦手で……。それで、仕事がなくなってどうしよ! って時に一人の記者がその大手企業の汚職を暴いて記事にしたの。流通経路を制限することで不当な利益を得ようとしている! みたいな。その記事のおかげでお父さんはもう一度仕事を貰えるようになって危機はさりました!」
「おぉー、そういう事だったんだ」
俺も小さかったからかそんな記事やニュースは見た覚えがないけれど、俺が同じ立場だったらその記者が正義のヒーローのように見えるかもしれない。
「それで話の本題なんだけど、そんなうちのお父さんの会社と、それから他の会社のたくさんの人を救ってくれた記者がかっこいいなって思うようになって、憧れて……とにかく、うちも記者になって誰かを助けるような記事が書きたいな!」
「……天使?」
「うぅーん、天使じゃなくて記者になりたいんだけどなぁ」
照れたように髪の毛を指に巻きつけながら語る佐藤さん。
俺にはそんな心を動かされる経験も、そこから見出した夢も持ち合わせていない。
なんとなく生きて、いや生きているというよりむしろ死に続けているような状態で。
そんな人生を送るはずだった俺からすれば、夢と希望に満ちた佐藤さんは一層輝いて見えた。
そうして話がひと段落ついたところで、測ったように午後の授業開始五分前のチャイムが鳴った。
「あっ、じゃあ昼休みも終わるしそろそろ教室戻ろっか」
佐藤さんがそう切り出しながら席を立つ。
これはまずい。
俺は今日佐藤さんをデートに誘うことになっている。
先ほどからそれとなく言う機会を探っていたが、思いの外夢の話題が盛り上がってしまったこともあり、何も言えないままこんな時間になってしまった。
それにいざ声に出そうとすると声帯が張り付いたようになってうまく発音できないのだ。
焦れば焦るほど頭から言葉が雪崩れ落ちて、目の前の視界すら曖昧になる。
ほら、早く言わなくては。
心ではわかっているのに、何度も練習したはずなのに、俺の口はボンドで接着したように開かない。
焦りが募るばかりの体の奥で、ドクンと心臓が大きく波打ち思考が真っ白になった。
この時間新聞部の部室には俺たち二人しか居ない。
しかし廊下に出ればそれなりに人はいるし、不特定多数の人に聞かれる可能性がある場所でデートに誘うなんてずっとハードルが高くなる。
今言わなくては。
ここで切り出すんだ。
「……どうしたの? 授業遅れちゃうよ?」
「ねえ、佐藤さん」
「ん? なにー?」
振り返りざまに少し開けていた教室のドアを閉じて、二、三歩中へと戻ってきた。
そんな一挙手一頭足すら愛おしい。
動きに合わせて舞う黒髪が、風に揺られるカーテンのように翻って踊る。
「良かったら……今度一緒に、ご、ごはんでも……」
自分でさえ自分の声が聞き取れなかった。
ちゃんと発音できていたのかさえ分からない。
体が硬直して机から立ち上がれなかった。
最近やっと合わせられるようになってきた視線が、今はどこに向いているのだろう。
返答までの数瞬間がまるで宣告を待つ受刑者のような気分だった。
「ごはん? いいね! 行こ行こ! いつ空いてる?」
ぱあっと明るい表情をして、佐藤さんが答えた。
この表情を見逃さなくて良かった。
どうやら相手の方をちゃんと見れていたらしい。
机にまで駆け寄ってきて、両手をとんと置いた。
風に乗って流れてきた佐藤さんの匂いでそんな視界が明滅する。
それに声も届いていた。
あとデートの許可がもらえた。
そうか、デートの許可がもらえたんだ。
凄まじい喜びだった。
それ以上の驚愕で体が震えている。
「……あっ、俺は次の日曜日なら」
なんとか声を絞り出す。
飛んで回ってはしゃぎたい気持ちを、精一杯抑えて。
「次の日曜日ね、うちも空いてる! でさどこ行こうか? あっ教室行きながら決める?」
「じゃあ、そうしよっか」
頭がぼうっとしていた。
場所は事前にいくつかリストアップしておいたうちのひとつ、いつぞやに立花さんと言ったショッピングモール内のカフェになった。
行ったことがある場所の方が慌てなくて済む、というキャットアイのアドバイスを元に候補の一つに入れていたのだ。
そこからの授業はやはり身入りがしなかった。
代わりに佐藤さんとデートに行ける事の喜びが遅れてじわじわやってきて、綻びそうな口元を固く絞るので精一杯だった。
そして一瞬で迎えた放課後。
俺は兼ねてからの約束で、立花さんとチェーンのカフェで落ち合った。
自分のコーヒーを買って店内をぐるりと見渡す。
すると先に着いていた立花さんが二人がけの席の一方に座っていた。
こっちこっちと手招きされるのに従って、俺は向かい合う席に座った。
「え、なになに! なんか良いことあった?」
開口一番そう聞いてくる立花さん。
「え!? いや良いことっていうか……」
「郁美ちゃんデートに誘えたとか?」
「へぁっ?!」
「おーよかったじゃん!!」
ウルトラマンみたいな声で驚いた俺をよそに、相変わらずの観察眼で全てを見抜いてくる立花さん。
初回の筋トレから程なくして、立花さんは佐藤さんへの好意を見破った。
まあクラス内でも俺と佐藤さんはちょくちょく話すようになったし、顔に出やすい俺のとこだからバレるのは時間の問題であった。
ちなみに真琴は俺が自分磨きを始める以前から気づいていたらしい。
「はあ……立花さんはJKより探偵の方が向いてるよ」
「ふふーん、恋愛探偵と呼んでくれたまえ?」
「恋愛経験ないのに何言ってんだか」
「ちょっ、その話は掘り返さないでよ!」
「ははっ、ごめんごめん」
立花さんと話す中で見破られっぱなしの俺でもなかった。
俺と立花さんはこうしてたまに食事やカフェなどに行って恋愛相談をする仲になったのだが、その中で立花さんには大学生の彼氏はおろか、今まで恋愛経験がないことが露見した。
曰く、男から言い寄られた時に彼氏が居るからと断っていたら、あれよあれよという内に噂が広まり収集がつかなくなってしまったらしい。
俺でも知っていた噂の正体は真っ赤な嘘で、その拡散力は立花さんにアプローチした男の数に比例していたというわけだ。
「あたしだって、まさかこんなことになるなんて……」
「恋人が欲しいのに言い寄ってくる人が居なくなって残念?」
「うーん、まあ最近は彼氏欲しいなーとかちょっと思うけど……でもいきなり話したこともない人からデートしようとか、好きです付き合ってくださいとか言われたらうわってなっちゃうじゃん?」
客観的に見て、立花さんは可愛い。
それはなんのお世辞でもなくクラス、いや校内で一際輝く存在であるということだ。
素材も勿論いいのだが、自分磨きで培ったセンスやオーラは立花さんを何倍にも魅力的に見せている。
当然、そんな彼女が放っておかれる訳もなく、言い寄られた経験は数知れない。
「確かに、色々すっ飛ばされたら良い人か悪い人かも分からないまま反射的に断っちゃうのも無理ないね」
「うん。……まあ好きになっちゃったら仕方ないのかも。頭でどれだけ否定しても本能には抗えないんだから。実際好意を示してくれるのは嬉しいし、それはとっても勇気のいることなんだと思う。だからそれを考えると断るのもね……」
告白はする方よりもされる方がカロリーを使うものなのかも知れない。
断るなら尚更だ。
その上で立花さんが磨いてきた処世術を、どうして安易に否定できようか。
「モテるのはモテるなりの苦労があるんだ」
「苦労なんて言ったら贅沢な悩みだーって怒られちゃうよ。けど本当に切羽詰まったら彼氏とはもう別れたって友達に話せば良いから! きっとすぐに広まるよ」
「ははっ、その時は我先に立花さんにアプローチする人が押し寄せるだろうね」
「えぇー、それじゃあ元の状態に戻るだけ……ってあたしの話はいいの! でさ、どうなの実際」
出会い頭の話を切り上げて、立花さんは身を乗り出しながら聞いてくる。
「まあ、行くことになりました。佐藤さんとデートに」
「やったあ! 初デートじゃん、気合い入れていかなきゃね! 場所はどこにしたの?」
「立花さんと初めて行ったカフェ。知ってることろの方が安心できるから」
「へぇ、あそこを選ぶとはやるねえ。ショッピングモール内だからご飯の後も楽しめるし!」
「でさ、佐藤さんと恋バナしたいんだけど、どうすればいい?」
「あははっ! 何その聞き方ウケる!」
こちらは本気なのだが直球すぎた聞き方に立花さんは面食らって目を見開いた。かと思えばツボにハマったらしく声を抑えるようにして笑った。
キャットアイから助言された価値観のすり合わせ、それは恋バナの中で少しづつお互いに引き出していくものだと思う。
しかし恋愛相談なんて立花さんにしかしたことがないから、自分からどう切り出せばいいか分からない。
そこでこちらが主導する恋バナの流れを教えてもらおうというわけだ。
「本気だから、結構悩んでるんだって」
「うーん。恋愛って結構相手のプライベートに踏み込んだ話だからね。特に初対面なら急に切り出すのはやめた方がいいよね」
「……確か話し初めて数分もしないうちに立花さん俺に好きな人がいるかって聞いてきた気がするんだけど」
「あぁ……あれは高等テクだから」
「高等テクね」
「ともかく茂流くんと郁美ちゃん結構仲良いんだから、そんなに気にしなくていいと思うよ」
「うーん、そうかな」
「うんうん。ここまできたらもう前進あるのみ、だよ!」
背中を押してくれるのはうれしいが誰もが立花さんみたいなキレのいいパスを投げれるわけではない。
そのトークスキルも高校デビューと同時に磨いたものなのだろうか。
しかしその会話の間や声の抑揚は真似しようと思ってできるものでもなければ、一朝一夕に変えられるものでもない。
「そうは言っても急に切り出すのは気まずいし。あんまり……てか一度も恋バナした事ないから急に始めるのは流石にまずくない?」
「んー……まあ確かに一理ある。じゃあ外堀から埋めるのは?」
「外堀って?」
「恋愛事情がその人のプライベートの奥側にある話題なら、まずは一人の時何してるかとか、軽いお悩み相談とか、その辺でワンクッション挟む的な」
「あぁ、なるほど」
少しずつ内側に踏み込んでいく、という意味で外堀を埋めろとの事らしい。
確かにこれなら自然な流れで恋バナに持っていく事ができるかも知れない。
「それも聞きにくいならまずは自分の事を少し話して、その後同じ話題で相手の話すターンに持っていけばいいじゃん」
「すご……これ考えながら会話できるかな」
「ははっ、あたしは正直考えてない!」
なぜか堂々と答えた立花さん。
確かに考えるより感じたままに動くタイプに見える。
ならばなぜ……
「じゃあなんでそんな説明ができるの?」
「それは……たくさん話す中で上手くいった内容をあえて言語化するとこんな感じってだけ。けど茂流くんは頭で考えるタイプだろうし、流れを切らないくらいで考えながら話すのもいいんじゃない? それに考えてるのはどこまで行っても相手との会話を楽しむ為なんだし、悟られても悪い気はしないんじゃないかな」
こんな感じで小一時間、恋愛経験がないもの同士の恋バナは続いて行った。
「っともうこんな時間か。俺ジム行くけど立花さんは?」
「ごめん、バイト入っちゃってるからパスで!」
「おっけー、じゃあまた明日」
「うん、またね!」
立花さんから勇気をもらいつつ、俺は行きつけのジムに向かった。
俺が到着するとほぼ同時に、真琴も入ってくる。
「おお、シゲ! ナイスタイミングだな」
「真琴! 確かに……って今まで何してたの?」
授業が終わってからすでに一時間弱が経過している。
俺は立花さんとカフェに行っていたが未だ部活に復帰していない真琴がその間何をしていたのか少し気になった。
「ああ、ちょっとバスケ部の顧問と話してた」
「そっか……部活の方は、最近どう?」
安易に触れられないと分かっていながら、真琴の表情に少し悲しげなものを感じて俺は婉曲に聞いた。
「まあ、な。いい機会だし、シゲに話しとっか! 有酸素しながらでいいか?」
「あ、うん。行こう」
改まって言われると少し心配になったが、一区切りついたみたいだし話を聞くくらいなら俺にもできるはずだ。
制服からトレーニングウェアに着替えて飲み物とタオルを片手にランニングマシンのあるブースへと向かう。
二人で横並びになって軽いジョグから有酸素運動を始める。
「でさ、話ってなに?」
「どっから話すかな……」
周りでトレーニングしている人は居ないが、気を配って少し声量を落としながら会話を始める。
「とりあえず、俺部活辞めることにしたわ」
「っ! ……そっか」
真琴がここ一ヶ月よく放課後学校に残ったり、部活が終わったくらいの時間に高校に行っていることは気づいていた。
おそらく部活に関して顧問と話し合っていたんだろう。
「なんだよ、親友の大決心だぞ? やけに淡白な返事じゃん」
「まあ、ね。真琴なりに考え抜いて出した結論だし……って辞めることにしたってことはまだ辞めてないのか」
「そそ、何度か顧問と話して、辞めようって思ったんだ」
「なるほど。……けど実際、迷ってるように見えるけど?」
「えっ……何言って」
「辞める決心、本当についたの?」
「……」
真琴は何度か何かを言おうとして、そのまま口をつぐんだ。
「一ヶ月、一人で悩み続けたんじゃない? 顧問はいたかも知れないけど相談ってよりは、辞めるのを拒まれてたって感じだろうし……違う?」
「……はぁ、お見通しか。まあ一人で悩んでたって訳じゃ無いけどな」
「そうなんだ、相談できる相手が居たってこと?」
「……いや、やっぱ一人で考えてたって感じだ。とにかく、俺は確かに迷っている。辞めるのは揺るがないが……なんかこう、モヤっとしたのがここにあってな」
ちらと横を見ると悲しそうな、あるいは憔悴したような表情の真琴がいた。
親指で胸の真ん中をトントンしながら悩みの訳を語る。
額に浮かび始めた汗が、より一層悲壮感を強めていた。
「真琴はすごい」
「なんだよいきなり」
「あきらめる事も出来るしその方が絶対楽だ。それなのにちゃんと向き合って、決断してさ。でも人を頼るのが下手過ぎるんじゃない?」
「下手過ぎるって……まあ、部活のメンバーには話しづらいし、親には迷惑かけたくないしな」
「そうは言っても一人で考えんのは重すぎだって。……俺今ちょっと嬉しいんだ。あ、変な意味じゃなくて。なんていうか一緒に悩めて」
「ははっ、なんだそりゃ」
「とりあえず話してみてよ。今まで悩んだこと、考えたことをさ」
それから真琴はポツリポツリと心のうちを語り始めた。
それは取り止めも脈絡もない話だったが、その先の見えない迷路のような言葉が筆舌に尽くし難い思いの丈を語るには相応しいと感じた。
「思えば俺は、今までバスケを辞めるなんて考えたこともなかったんだ。俺はバスケが好きだったし、上手くプレイできたらチームメイトとか、監督が喜んでくれたし。親もサポートしてくれた。
けど初めてだ。初めて俺のバスケを否定されて気づいちまったんだ。なんで俺バスケしてるんだっけってな。何となくっつーか、ただ続けてきた報いみたいなもんだと思ってる。
きっとトッププレイヤーはバスケは人生そのものだとか、バスケは自分のアイデンティだとか、そんなかっこいいことを言うんだろうさ。でも俺は違う。バスケを続ける理由は今まで続けてきたからで、高尚な理由なんてない。もちろんそんな理由がなくたって続けたければ続ければいいと思う。でも俺の場合反論はおろか自分の中で納得する理由の一つも思いつけなかったんだ。
別に先輩を恨んでいるわけじゃない。むしろ浅はかな俺の思考に気づかせて貰えたことに感謝すらしてる。それに今までもチームメイトからの嫉妬とかレギュラー争いのいざこざとかは経験してきたから今更誰かに辞めろって言われても、はいそうですかと従う俺じゃない。でも問題は俺の内側にあった。一旦バスケを続ける理由について考え出したらさ、何で続けてきたのか、何で続けていくのかわかんなくなっちまった」
そんなことを、繰り返し繰り返し真琴は語った。
真琴のバスケに対する哲学か、あるいは悲鳴は、はっきり言って理解できない部分が多い。
世の中の悩みのほとんどは当人にしか理解できない代物なんだろうからそれも必然か。
他人の悩みは当人にしかその真意を理解できないという意味で全部同じだし、裏を返せば真の意味で同じ悩みを抱える人間は誰一人存在しないのだろう。
理解した上で、それでも俺は答えになっているか分からない言葉を返し続けた。
俺にできることはそれだけだった。
筋トレ中は周りにトレーニングをしている人が居たら話すのをやめて、居なくなったらまた少し言葉を交わした。
「……なんか、すっきりしたわ」
真琴がそんなことをぼやいたのは今日のメニューを終えて、シャワーを浴び、制服に着替えて帰路に着こうとした時だった。
「そっか、そりゃよかった」
「ああ。やっぱ筋トレはいいな! 悩みなんてすっかり無くなっちまったよ!」
「いや俺のおかげじゃないのかよ」
「ははっ! 冗談だって、聞いてくれてありがとなシゲ。今度メシでも奢るよ」
「とびきり美味いのをたのむ」
帰りの電車に乗って俺たちは家路についた。
その間部活の話は一言も出てこなかった。
代わりに、
「なあ相談ついでにいいか?」
「ん? 言ってみ」
「俺さ、立花のこと好きなんだ」
「へぇ……え?」
真琴がとんでもないカミングアウトをしてきた。
「けどなぁ……立花彼氏いるっていうじゃん? こういうのってキッパリ諦めるべきだよな。略奪愛から生まれた恋は略奪愛によって終わるって相場が……」
「いやいや諦めんなってッ!!」
「おぉ?! いきなりどうした」
さっきの相談は全部どっちつかずの返答しかしなかったのに、こればっかりはハッキリ言わずにはいられなかった。
立花さんの存在しない彼氏については真琴の預かり知るところではない。
そしてそれは余計な情報を与えないためにもこの瞬間において真琴に言うべきでもない。
よって俺のアドバイスは、
「えっと……立花さん彼氏? と、あんまり上手く行ってないらしいっていうか、価値観の違い? まあそんなんだから! むしろ今がチャンスだって!」
と何とも中途半端なものになってしまった。
しかしこれ以外に立花さんの尊厳を守りつつ親友の恋路を後押しする方法なんて思いつかなかった。
「お? おぉ……何でシゲが知ってんだよ。まあいいや、じゃあいっちょ男見せっか!」
「そうだ! 別れる前から動ければ他のライバルに差をつけられる!」
「ああ! っておいおい何で別れる前提で動いてんだよ……好きな人の不幸を望むってどうなんだそれ」
恋の不条理に話題がシフトした段階で俺たちは帰り道を違えることになった。
「じゃあまた明日」
「おう! 今日はほんとサンキューな!」
その後真琴はバスケ部を退部した。
そのニュースは校内の一大騒動となった。
真琴は質問されるたびに俺なりに色々考えた結果だと答えて、それ以外は何も言わなかった。
一部では真琴を退部に追いやったとしてバスケ部の部長が槍玉に挙げられた。
そうして一週間ほどたった頃、その話題を口にする者は誰一人として居なくなっていた。
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