「AIに恋愛相談してみた」 第6話
第6話 「デート」
「忘れ物は無いですか?」
「うん、大丈夫」
髪の毛は手慣れてきたセットで。
服はシンプルにシャツとジーンズ。
汗と臭い対策のデオドラントも抜かりない。
ショルダーバッグにスマホと財布を入れて準備は万端だ。
「雛鳥のようだった茂流さんがこんなに立派になって……キャットアイは涙を禁じ得ません」
「まだまだひよっこだって。正直めっちゃ緊張してるし……失敗したらどうしよう」
目に涙を浮かべ、それをハンカチで拭うような仕草をするキャットアイ。
少々大袈裟ではあるが、一方俺は佐藤さんとの初デートに人生最大級の緊張を感じていた。
「その緊張は茂流さんが勇気を持って進んできた証です。それにデートの出来不出来よりも歩み寄ろうとした事実が大事なんです」
「そうかな」
「ええ、そういうものです」
俺が佐藤さんと少し仲良くなれたのも、立花さんと友達になれたのも、真琴の相談が聞けたのも、言葉を交わし共に過ごした時間が有ればこそだ。
そんな時間ほどあっという間に過ぎ去るものだし、その価値に気づくのはずっと後になるのだろう。
「……じゃあ俺にできることは佐藤さんとの時間を大切にする事か」
「はい! その通りですが……」
「ん? どうした?」
いつになくソワソワしているキャットアイ。
恥ずかしそうに視線を逸らすことなんて、今まで一度もなかった。
「そんな真面目な顔で言われると、なんか恥ずかしいですね」
「……確かに小っ恥ずかしい事言ったかも」
柄にもなくクサいことを言ってしまって、気づいた俺も羞恥心を感じる。
あるいはキャットアイもAIにして共感性羞恥のようなものを感じていたのだろうか。
「ま、まあ自信を持って行って来て下さいということです! 私はここで見守っていますから」
「そうだね。分かった」
どんなお守りよりも効果がありそうなそれをポケットにしまって、俺は日曜の昼の街へと繰り出した。
集合場所にしていたショッピングモールの中にある時計台は、集合時間十五分前を指している。
大型商業施設に乏しいこの街唯一の遊び場であるためか、モール内は行き交う人の波が後を絶えない。
ぐるりと辺りを見回す。
佐藤さんの姿はない。ひとまず先に到着することができた。
徐にスマホの対話アプリを開いて佐藤さんとの会話を見返す。
「今日楽しみ!」という一文と可愛い猫のキャラクターのスタンプが送られて来ていた。
朝からなんて返そうか考える時間が、少し幸せだった。
道すがら当たり障りのない返信をして、あとは実際に会って話せるのを楽しみにする。
「あっ、茂流くんいた」
「っ!」
不意に声をかけられて驚いた。
少しハスキーでどこかあどけなさを残す声音。
間違えるわけがない。
パッと顔をを向けるとそこには私服の佐藤さんが立っていた。
厚みのある白スニーカーと生地に独特の風合のあるジーンズ。
オーバーサイズのスウェットは、襟元に控えめのフリルが施されたブラウスでレイヤードしていて、カジュアルになり過ぎないように落とし込まれている。
長い黒髪はポニーテールに纏められていて、快活な雰囲気がより強く全面に出ていた。
つまり、佐藤さんは今日も可愛い。
「待った?」
「……あっ、いや全然。佐藤さんはやいね」
「ははっ、茂流くんの方がはやいじゃん」
初めて見る私服に呆然と見惚れて、変なことを言ってしまっただろうか。
まだ集合時間には十分弱あるから間違ってはいないはずだ……が佐藤さんが笑ってくれているので細かいところはどうだっていいか。
「服似合ってるね、どこで買ったの?」
「ありがと! これは好きな古着屋さんで買った服」
そう言いながら少し体を回す佐藤さん。
ポニーテールが体を追うようにして揺れ動く。
「へえ古着なんだ。佐藤さんもしかしてファッション上級者?」
「うーんどうかな、好きな服を着て楽しいってなってるだけかも」
「古着好きなんだ」
「うん! 量産品じゃない一点ものの魅力っていうのかな。服そのものにそれまで着てた人とか受けた愛情の歴史があるというか……誰とも被らないのとかも古着の魅力だよね!」
少し誇らしげに胸を張る佐藤さん。
立花さんとはまた違った服に対する価値観ではあるが、服に対する哲学、あるいは愛情には奥深いものを感じる。
その姿は小柄ながらもとてもビッグに見えて、ある種の尊敬の念が芽生えた。
女子高生は皆んなこんなにファッションについて深く考えているのだろうか。
いや身近な二人が凄いだけか?
「じゃあおすすめのカフェに連れてってもらおうかな」
「あ、うん。行こっか」
立ち話を良いところで切り上げてカフェへと向かう。
「そういえば今日カメラは?」
「大丈夫、小型のやつ持って来た!」
トレードマークの一眼が無いことに気づいて聞いてみると、肩掛けポーチから小さなミラーレスが飛び出て来た。
ドヤ顔の佐藤さんを見てなんだか嬉しい気持ちになる。
「すごっ、抜かりないね」
「うん、写真なら任せて!」
次のデートは佐藤さんが目一杯写真を撮れるように景色のいい所にでも行こうかと考えながら話していると、いつの間にか店の目の前まで着いていた。
昼のピーク前に着いたためか待ち無く入店する。
「すごっ、雰囲気いいねここ」
「でしょ? 気に入ってくれて良かった」
案内された席に着くと興奮した様子ながらも落ち着いた店内の雰囲気に合わせて少し小声で言ってきた。
中世に描かれたような絵画が店内の随所に掛けられ、流れるジャズクラシックは落ち着きがありつつも華やかに店内を彩る。
アンティークを彷彿とさせるテーブルや椅子は非日常を体験しながらゆっくり会話ができる素敵な空間を演出していた。
膨大な数のテナントからここを見つけ出した立花さんのセンスは、やはり並外れている。
メニューを眺めてこれも美味しそう、あれも美味しそうと楽しそうに言う佐藤さんを見ているとまだ始まったばかりなのに今日は来れてよかったな、なんて考えてしまった。
数分悩んだ末に俺はナポリタンを、佐藤さんはピラフをそれぞれ頼み、飲み物は二人ともアイスコーヒーにした。
料理を待ちながら他愛もない会話をして、料理を食べて感想なんかを言いながら、また取るに足らないような、しかし俺にとっては今後の人生で何度もリフレインするであろう言葉を交わした。
「ねね、そういえば一昨日の放課後世楽ちゃんと真琴くんがショッピングしてるところ見ちゃったんだけど、あの二人ってその……付き合ってるの?」
料理を半分くらい食べた頃、興味と不安が半々くらいの面持ちで佐藤さんが聞いてくる。
そういえば真琴が立花さんを放課後デートに誘うなんて言ってたっけか。
偶然鉢合わせてしまうとは運が良いのか悪いのか。
佐藤さんが立花さんの噂について、その真偽をどこまで知っているのか分からない以上どう説明すれば……
「んーなんて言ったらいいか……」
俺が口ごもると、佐藤さんは抑え切れないと言った様子で次いだ言葉をこぼし始める。
「普段通り下校しててね……うちの最寄り駅でちょっと寄り道して帰ろうと思ったら二人がいて! びっくりしちゃって。話しかけようとしたんだけど……なんか近寄り難い雰囲気でね? これは一大スクープかもと思って慌ててカメラを起動して……」
「えぇ撮ったの?!」
「あははっなんてね。流石にしないよ。……ほんとだよ?」
佐藤さんならやりかねないと思った。
その感情が顔に出ていたのだろうか。
答えあぐねていた俺をよそ目に記者としてのポテンシャルが抑え切れない佐藤さん。
最後の困ったような反応がなんだか面白くて少し笑ってしまった。
「うーん、まあ誤解のないように言っておくとまだ付き合っては無いと思う。それに立花さんの彼氏は……まあ居ないというか何というか。あと真琴はしっかりした奴だから……もし立花さんに好意があったとしてもその辺有耶無耶にして付き合ったりはしない。だから安心して」
どこまで言うべきか悩んだ挙句、そんな嘘でも本当でも無いような答えになってしまった。
佐藤さんと言えど包み隠さず真実を伝えるのは悩みを打ち明けてくれた二人に対して不誠実であると思ったし、それは同時に佐藤さんを信用していないようにも思えてしまって板挟みにあう。
俺にできることは可能な限り考え抜いた上で、三人全員に対して誠実であり続けることだけだった。
「あ、えと。茂流くんも知ってるの? その……世楽ちゃん彼氏居ないって」
「おぉ、そっか。佐藤さんも知ってたんだね。うん、知ってた。だから立花さんが浮気とか二股とかそういうのは絶対無いから。……あとは、真琴次第かな」
立花さんと佐藤さんはクラス内でのグループは違うけれど仲がいいらしい。
どちらと話している時も、相手の話題が飛び出す事がある。
立花さんに関しては作為的にやって俺の反応を楽しんでいるようにも見えるが。
表面上の付き合いでは無いと思っていたが、立花さんからすれば他の誰にも相談できないような事を話す間柄だったのかも知れない。
きっと真琴との恋愛相談もそのうちされるんじゃないだろうか。
「茂流くんがそう言うなら……うん、大丈夫だよね! 個人的には二人が上手くいってくれると嬉しいなあ」
「ね、同感。……そういえば、佐藤さんは元彼とか居るの?」
あくまで自然な話の流れを意識して、俺は話題を二人の恋バナへとシフトさせた。
今までの会話や立花さん情報から、佐藤さんに現在彼氏が居ない事は確認済みである。
が、それ以上の情報は何も引き出せていない。
過去という比較的話しやすい所から聞く、これはキャットアイが小手先のテクニックと言って嫌っていた手段ではあるが、そんな飛び道具であっても使えるものは使うのだ。
佐藤さんはストローに口をつけながら普段より少しだけ目を大きく見開き、若干驚いたような素振りを見せたがすぐに平然と返す。
「ううん、居たことない」
「そうなんだ、意外だね」
「えーそう? 最近は多いって言うし、居ないからって焦って作っても上手くいかない気がするからねえ」
初めて聞けた佐藤さんの恋愛に対する価値観。
決して否定的というわけではないが、積極的とまではいかない、そんな絶妙な塩梅だ。
「じゃあ今は彼氏欲しいとか思ったりする?」
「うーん……居たら楽しいのかもしれないけど。でも妄想じゃあ見えない難しさもあるような気がして……ごめんなんか現実的すぎるね」
そう言いながら佐藤さんは、はにかむ様にして笑う。
そのまま今度は佐藤さんが聞いてくる。
「茂流くんはどう?」
「俺も居たことない」
「へぇ、じゃあ今好きな人とかいるの……?」
目の前に、と滑りそうになる口をすんでのところで押さえ込む。
きっと俺の好意は多かれ少なかれ佐藤さんに伝わっているはずだ。
だとすればこれはその好意がどんな言葉で表されるのかの確認か、はたまたそんな意図は無く単純な興味による質問か。
言葉の裏は読めないが、それでも俺はこう答える以外に道はない。
「うん。居るよ」
「ほんとに! へぇ、気になるな。……誰々?」
「それはナイショ」
「ええケチ」
側から見たら明らかにお互いを意識している、友達以上恋人未満の男女に見えるのだろうか。
佐藤さんの俺に対する好意に関しては、やはり分からない部分が多い。
少なくとも恋人候補にすらなれないような人ではないが、実際付き合うまでのハードルを超えらるかは現時点において正直微妙な感じだ。
好意的に受け取れば精査の最中にあると考えても良いだろう。
「佐藤さんは? 好きな人いるの?」
「私もナイショ!」
「ええケチ」
「あははっ」
人差し指を口元に当てながらイタズラっぽく笑う。
そんな仕草ひとつひとつに目が離せない。
居るのを隠しているようにも、先の質問に答えなかった俺へのささやかな復讐であるようにも思える返答だった。
その後も価値観を共有し合うような会話が続き、佐藤さんの内面を一層深く知ることが出来るような時間になった。
たまにクラスや先生間の恋愛事情について佐藤さんが口を滑らせた。
あっ、と大事なところまで言い切ってから気づくと、
「できるだけ広めないでね……?」
とどこか申し訳なさそうにも楽しそうにも見える表情でお願いしてくる。
正直クラスの大半の人と会話どころか目も合わせてこなかった俺には登場人物の名前も顔も朧げで、カップリングを覚える以前の問題であった。
「佐藤さん情報通だね。やっぱ記者のポテンシャル半端ないよ」
「えそうかな、やっぱそう見える?」
「流石は未来の敏腕記者」
少し茶化すようにその情報網と聞き込み力を褒める。
佐藤さんは演技がかった様に調子づいて答えた。
冗談のようなやり取りではあるが、実際ありとあらゆる情報網に通じて居るんじゃないかと思わせる緻密で詳細なデータベースを持っている。
立花さんと真琴の関係にもいち早く目をつけ、あるいは自分の足で、あるいは二人と仲がいい俺に聞くことで些細を集めていこうとしたのだろう。
「けど……嫌な気とかしない?」
急に真面目そうな顔になって佐藤さんが尋ねて来た。
「嫌な気って?」
「んー……うちがやってる事って、人のプライベートに自分から踏み込むことじゃん? 正直ほっといて欲しい人とか、干渉されるのが嫌な人も居るって分かってて、それでもやってる部分があって」
「なるほど……」
佐藤さんの言わんとすることは理解できる。
それは好きな事の嫌いな部分と言えばいいのだろうか。
いや嫌いとまでは言わずとも、自分の中で納得できる理由を探り切れていない様子と言おうか。
「記者の中には利益にばかり目がいって、人のプライベートについて有ること無いことを書いて、一文字何円かに変えるような人もいて……」
そう言った記事が世に蔓延ることも事実で、注目を集めて数字を挙げているのもまた事実だ。
その行為の善悪について問うことは難しく、需要があるから供給しているだけと見れば市場の原理に則る摂理のようにも見える。
しかし佐藤さんの理想とする記者がそうでない事ははっきり分かった。
「そっか……確かにそんな記者も居るかもね。けど、佐藤さんは絶対良い記者になれるよ」
「ほんと?」
「うん、少なくとも俺は佐藤さんに写真を撮ってもらえるのが嬉しいし、校内新聞の文章とか構成を何度も何度も練り直してるとことか、記事にかける思いの強さが伝わって来てかっこいいなって思う」
「え……改めて言われると恥ずかしい、かも」
「ははっ」
佐藤さんは複雑な内心を映し出したような表情で、少し赤くなりながら目を逸らして答える。
面と向かって褒めることなんて無かったから、俺も恥ずかしい。
けれどそれを悟られないように笑って誤魔化した。
「けど、そう言ってもらえて嬉しい。ありがと」
「いえいえ、まあ流石に寝起きを撮られたのは恥ずかしかったけど」
「えぇっ、だってあの時の茂流くんの格好面白くてつい!」
いつぞやの昼休みに撮られた写真を思い出して、不思議なおかしさで笑い合あった。
「はぁ、料理美味しかったね」
「うん! いいお店教えてくれてありがとう!」
「そろそろ出る?」
「……実は、ケーキが気になってて」
口惜しさは残るも頃合いかと思って切り出すと、佐藤さんはおそるおそるという感じに季節限定のケーキが一面にデカデカと描かれたメニュー用紙を手に取った。
「へぇいいね! 頼もうか」
俺としてはこの幸せ空間に浸り続けるためなら昆虫食だって食べる自信があるので二つ返事で提案に乗る。
「うーんけどケーキは別腹と言っても結構満腹で……」
「じゃあ一つをシェアするのはどう? 半分じゃ無くても好きな分食べてくれればいいから」
「ほんと……? じゃあ食べたい!」
「おっけー、コーヒーのおかわりもする?」
「うん!」
我ながらうまい提案をしたと思いつつ、ケーキひとつと取り皿とフォークを二つずつ、それとコーヒーのおかわりを頼んでもう少しだけカフェでのひと時が継続することになった。
結局ケーキは半分ずつ食べることになった。
佐藤さんは満腹と言っていたのが嘘みたいにパクパク食べ進めて、一口食べる度に幸せそうな表情を浮かべている。
その笑顔に夢中になって、ケーキの味はよく覚えていない。
食事の後はショッピングモール内の本屋や雑貨屋などを巡って、あの漫画が面白かったとか、このバレッタが可愛いとか言いながらあても無い散策をした。
家電量販店ではカメラの本体とかレンズについて佐藤さんが色々と教えてくれた。
撮った写真の編集をするためのパソコンを探しているそうで、そっち方面に詳しい俺が今度は少しばかりの知識を垂れ流す。
それから佐藤さんは古着だけでなく色々なジャンルの服が好きなようで、服屋を見るのも楽しかった。
気になる服を見つけては手に取り体にあてがう佐藤さんを見て、色々なコーデを一気に見れた感覚になった。
もちろん全部似合っていたし可愛かった。
「あっ、ここ外に出れるんだよね!」
「行ってみよっか」
最上階の一部はウッドデッキとして外に出ることができ、小さな空庭のようになっている。
春の終わりを告げる温かな風を体に感じながら、ベンチに腰掛けた。
斜陽が空の輪郭を橙赤色に染め始める時間だ。
名残惜しくもデートの終わりは近い。
「ねね、写真撮ろ?」
「いいね、佐藤さんのカメラ?」
「うん! ちょっと待ってね」
徐にカメラを取り出すと焦点距離や輝度の設定を軽く弄って、画角を写すディスプレイを百八十度回転させた。
「すごっ、画面見ながら撮れるんだ」
「いいでしょ。自撮りもできちゃう」
佐藤さんはカメラのレンズを二人の方に向ける。
どちらからともなく、体を近づける。
少し重なった指先に気づかないふりをして、笑顔を作った。
思えば今まで二人で映った写真は一枚もなかった。
佐藤さんが俺を撮るか、校内新聞用の写真を撮るところしか見たことがない。
これからも二人で映る写真をたくさん増やしていきたい。
これまでのお返しに俺が佐藤さんを撮るのも良い。
「それじゃあ記念に一枚」
シャッターが切られる。
笑顔で映る二人の距離は、一ヶ月前よりも少しだけ近づいた気がした。
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