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「AIに恋愛相談してみた」 第2話

第2話 「髪型」

 前提として、五日間の平日の疲れが二日間の休日で癒せる訳がない。
 ならばと、世間の高校生は友達とショッピングだの、恋人と映画デートだので貴重な休日を最大限満喫しようと努力をしている。
 他方、ゲーマーにとっての休日はそのようなリフレッシュとは名ばかりの人付き合いには縁遠い。
 即ち、一日中ゲームに没頭し技術とレートを向上させる為の勝負の日として時間を湯水の如く消費してゆく定めにあるのだ。
 だというのに……

「茂流さん! 起きて下さい!!」

 奇怪な電子音声が起きろ起きろと叫んでいた。
 良い夢を見ていた時に限って鳴るアラーム音より幾分か不快なその声は、昨日から俺のスマホに棲みついた音声対話型アシストAIなる存在から発せられている。

「起きて下さい! 今日はやる事が山積みなんですから!」
「うるさいなぁ、まだフレも起きてない時間だし。今は夜帯に向けて体力温存……」
「今すぐ起きないとスマホゲーのデータ消しますよ」
「おいまじでそれはやめろ!!」

 バイト代の悉くを注ぎ込んだソシャゲの課金総額は、六桁を超えた時から数えるのをやめた。
 そんな青春の結晶とも言えるデータの危機とあってうかうか寝ていられるほど俺もバカじゃない。

「やっと起きましたね、おはようございます!」
「データは? ソシャゲのデータは無事か?!」
「えぇ……そんなに大事なんですか?」

 ベッドから飛び起きて真っ先にスマホを確認した俺は、データが無事だったことを確認してホッと胸を撫で下ろした。

「ビビったぁ……って、たかがアプリのAIが他のアプリのデータなんて消せるわけないか」
「いや、普通に消せますよ?」
「消せるの!? お前いよいよウイルスソフトっぽくなってきたな」

 その言葉にキャットアイは笑顔で応じた。
 なんの笑顔なのか、俺は少し怖くなってこれ以上追求しないことにした。

「っておいおい、朝八時って。今日土曜日だぞ? 昼まで寝かせてくれよ」
「茂流さんの生体情報から今起きるのがベストな睡眠時間なんです。休日だからってうだうだ寝てると、かえって体力消耗しますよ?」

 確かに、普段よりも目覚めが良い気がしなくもない。
 朝から肝が冷える経験をしてプラマイゼロではあるが。

「はいはい……まぁ目も覚めちゃったし、ちょうど進めたかったRPGがあるから夜までそれでも……」
「ダメです。今日茂流さんには私の指示に従って動いてもらいます。私と一緒に変わるんだって、約束しましたよね。大好きな佐藤さんと結ばれたいんでしょ? なら今日やるべきことはゲームじゃないはずです!」
「……まあ、約束は約束か。騙されたと思ってとりあえず今日一日は付き合ってやる。結局昨日はあのままごたついて、バイトから帰ったらすぐ寝ちゃったし」

 正直俺はまだこのウイルスかもわからない怪奇なAIを信じてはいなかった。
 しかしこんな俺じゃあ佐藤さんはおろか、今後一生彼女なんて作れない気がする。
 その恐怖心とも恋愛感情ともつかない複雑な気持ちを煽られて、何の気の迷いか今日から自分を変えると意識の高い目標を胸の中で掲げたのもまた事実だ。

「ではとりあえずシャワーを浴びてください」
「えぇ、めんどくさいって。風呂なんて二日に一度入れば十分だろ?」
「そんなだから童貞なんですよ」
「あ?」

 キャラ崩壊待ったなしの歯に絹着せぬ物言いに俺はノータイムで反応した。

「いいですか、これは彼女を作る以前の問題です。良好な人間関係を構築するには清潔感が何より大切! 中学校から着てるヨレヨレの服にボロボロの靴、洗ってなくてベタベタの髪に病的な肌。こんな人と仲良くなりたいと思いますか?」
「いや俺はそこまでひどくないだろ! てかお前童貞って……」
「茂流さんは確かにそこまでひどくありません。ですがセットはおろか寝癖すら直さないボサボサの髪で学校に行って、枯れ枝みたいな体に青白い肌引っ付けて歩いているのはどこのどなたでしょうか」
「いや流石に言いすぎだろ。泣くぞ、普通に」

 今後はこんな毒舌キャラでやってくつもりなのか。
 精神衛生上よろしくない。

「甘い言葉をかけて欲しいならそう言ってください。ただその場合、茂流さんには佐藤さんとお付き合いすることは諦めて貰います」
「うっ……いちいち痛いとことを突いてきやがる」
「ということでシャワー浴びてください」
「……わかったよ! 浴びりゃいいんだろ」

 半ばやけになってシャワーを浴びた。
 寝起きの脳がシャキッとして、思考が一気にクリアになる。
 案外、気持ちいいのかもしれない。
 さっぱりして風呂から上がるとキャットアイが待ち構えていたように言う。

「では髪を乾かして外着に着替えてください! まずは美容室に行きますよ!」
「はあ?! び、美容室って……」
「安心してください、もう予約は取ってありますから」
「いや勝手に話進めんなっ! 俺美容室なんて行ったこと無いし…千円カットで十分だよ」
「ではここで質問です!」
「え? は、はい」

 尻切れトンボになった話をそのままに、デデンというSEと共にそう言った。
 挑発するような表情と人差し指を立てた動作が鼻につく。

「茂流さんはしま○らに入って十分で選んだ千円のTシャツを毎日変わらず着ている人を見たらどう思いますか?」
「ん〜、見た目にあんま気を遣ってない人なのかなって思う」
「そうです愚の骨頂です!!」
「いやそこまで言ってねえって!!」
「千円カットとは、つまりそういうことです」

 思わぬ形で着地した会話であったが、確かにそう言われると今までの自分が周りにどんな目で見られていたのか分かる気がする。
 客観視って大事なのかもしれないと思った。

「って失礼だろ! 千円カット使ってる人も美容師さんにも、あとし○むらにも!」
「まあ千円カットにも良いとこはあります。安さと速さですかね。でも茂流さんは髪を切る時間さえ惜しいような多忙な生活とは無縁ですし、それに十分で千円ってことは一時間で六千円ですから費用対時間は美容室とほとんど変わらないんですよね。あと最近は美容師の賃金の低さが問題になっていて千円カットはその際たる例で……」

 ゴニョゴニョ言い出したキャットアイの言葉を右から左に受け流す。

「ああ、そう……って美容室って六千円もすんの?!」
「普通ですよ? 女の子だったら諸々込みでその倍以上はかかりますし」
「ま、まじかよ……」

 髪切るだけに六千円とはこれ如何に。
 正直千円カットの六倍見た目が良くなることなんてあるのか?

「茂流さんの口座見ましたけど割と貯めてるじゃないですか。それに美容室はいいですよ。その人の髪質や頭の形に合わせた理想の髪型をカウンセリングで提案してくれますし、眉毛カットとかセットのやり方も教えてくれるのでさらに清潔感アップです!」
「おいおいおい! 何勝手に人の口座見てんだよ!! それにあの金は今週のガチャイベのために貯めたなけなしのバイト代なんだよ!!」
「この際ですし、清潔感SSR出すために全額課金しませんか?」
「俺は推しキャラの水着スキンが欲しい!」

 話が大幅に逸れている。
 このあと数分やいのやいの言い合った挙句、半分をガチャに、もう半分を見た目の清潔感を出すために使うことになった。
 キャットアイはしょうがないと言った表情で、

「まあ適度な息抜きは継続する為に必要ですし、大目に見てやりましょう」

 となぜか自分が折れてやった風の物言いだ。
 まあ清潔感とやらで佐藤さんからの印象を良くしたい気持ちと推しキャラの水着スキンを天秤にかけた結果、どちらも選べないくらい自分にとって大切だった。
 それを言うとキャットアイから理解できない者へ向けるような哀愁漂う視線を向けられた。
 しかし俺にとってこの決断は葛藤の末に辿り着いた落とし所であるのだ。

「もう、こんなやりとりしてたら時間なくなっちゃったじゃないですか。早く髪乾かしてください、長い間湿ったままだと髪が痛みます」
「ああもう!」

 俺は急いで髪を乾かすと、なるべくおしゃれな服を選んで外へ駆け出した。
 行きしなにキャットアイから、

「茂流さんその服装はちょっと……」

 と微妙な顔をされた。

「ま、まあこの服は一番上にあったの適当に選んだだけだし」

 俺はそう言って、精一杯強がることしかできなかった。
 そのままスマホのマップに示されたポイントまで早歩きで十分間。
 気がついたら全面ガラス張りのおしゃれな建物が目の前にあった。
 観葉植物やアンティークな照明からカフェのような雰囲気すら感じてしまう。

「え、待って。俺今からここに入んの?」
「じゃあ、私は黙ります」
「ちょ、待って! やばいって!」

 店の前であたふたしていると、店内から三十代前後と思われる男性美容師が出てきた。

「あの……大丈夫ですか?」
「あっ、いや。なんでもないっていうかその。予約してた? 森です……」
「ああ、森さんでしたか! ささ、中へどうぞ」
「あっはい……本当に予約してたんだ……」

 なんとか会話をやり過ごすとロボットダンスみたいにガチガチの動きで店内に入った。
 自分を除いてお客さんは俺と同年代くらいの女子一人で、女性の美容師さんが対応している。
 そこから一つ開けて促された席に座った。

「森さんは今日が初めてですよね。今日担当する柳田です。よろしくお願いします」
「あっ、どうも……」
「普段はどちらでカットされてるんですか?」
「えっと、千円カットで……」
「そうだったんですね。ちなみに何でウチを選んでくれたんですか?」
「なんていうか、その……友達が、ここ良いよって……」

 俺は流れるように嘘をついた。
 友達なんて真琴を除いて一人もいない。

「なるほど! いやあ嬉しいな。今日はとびきりおしゃれにしますんで! じゃあ今の髪から見ていきますね」

 そのまま柳田さんはサワサワと髪の毛を触る。

「うーん、ここ梳かれすぎてますね。こっちは長さがバラバラで……髪も少し痛んでますね。普段ワックスとかアイロン使ってます?」
「い、いや。使ってない……です」
「じゃあヘアオイルも使ってない感じですかね」
「はい……今まであんまり髪に気を使ってこなくて」
「なるほどなるほど。じゃあ今日で雰囲気変えてみようって感じですかね」
「まあ、そんなところで」

 しばらくそのまま会話ともつかないカウンセリングを続けていると、

「じゃあ今日はどんな感じにしますか?」

 と柳田さんが聞いていきた。
 普段は適当に短くとか言ってるけど絶対それじゃダメだろ。
 しかしなんて言えばいいか全くわからない。
 とその時、スマホのバイブレーションが起動した。
 あたふたしながら画面を開くと、一枚の画像データだった。

「なるほどそんな感じですね、ちょっと見せてもらってもいいですか」
「え、あ。はい」

 キャットアイが送りつけてきたんだろうか。
 おしゃれな男性が決めポーズで写った一枚だった。

「なるほど、サイドはツーブロックで襟足はおさまり良く……森さんの髪の癖はうまく残しつつ短く軽くしていく感じですね」
「は、はい」

 トントン拍子に話が進んでしまって口を挟む隙がない。
 キャットアイが助け船を出してくれたんだろうか。
 なんか方針が決まってしまった。
 しかし理想の髪型もなく、あったとしても伝えられない俺はもう進み出した船から降りることは叶わないのだ。

「じゃあまずは髪濡らしますんで、こちらへどうぞ」

 席の移動なんてあるのかと困惑しつつ、倒れる席と髪の毛だけ濡らす洗面台みたいなシャワー台に体を預けた。
 その後軽くタオルで水分を取ったと思ったらカウンセリングした席に戻された。

「じゃあカットしていきますね」
「お願いします……」

 そこからは丁寧ながらもキレのある動きで俺の鳥の巣みたいな髪は次々と切り落とされていった。
 しばらくは学校のことやバイトのことなどが話題に上がって色々聞かれていたが、俺が半端な答えしかできず、会話量はみるみる減った。

 気まずい。
 正直かなり気まずい。
 もう寝たふりでもしてしまおうかと考えたその時だった。

「ねえ、もしかして森くん?」

 急に席一つを開けたところから声をかけられた。
 俺の他にもう一人いたお客さん。その正体はなんと……

「た、立花さん?!」
「もしかして知り合いですか?」
「はい! クラスメイトでーす」

 驚く柳田さんの質問に明るく答えたのは、同じクラスの立花世楽(たちばなせら)だった。
 真琴の所属するグループのうちのひとり。
 すなわち、正真正銘の一軍女子だった。

「えぇ〜奇遇じゃん! イメチェンしにきたの?」
「ま、まあ。はい。そんなとこ……です」
「へぇ〜、やっぱ近くの美容室ならここしか勝たんよね。てか何気にあたしら話すの初めてじゃない? 一年間同じクラスだったのにウケる!」
「へへっ、そうっすね……」

 立花さんは髪の毛をラップでぐるぐる巻きにされていた。
 整った目鼻立ちに大人顔負けのメイクがよく似合っていて、そんな格好でも綺麗に見えてしまうのが不思議である。

「あの、立花さんは何して……」
「あたし? 今日はカットとカラーで……あっ、染めてるの見られちゃった。校則ギリギリセーフの色になる予定だから見逃してくんない?」
「あ、はい……」
「お願いね。あと呼び捨てでいいよ、クラスメイトなんだし!」
「せ、セラ……?」
「うはぁ! いきなりそれはウケる!」

 そう呼べって言ったのは立花さんじゃないか、と思いつつもその気持ちは言葉にならなかった。
 正直会話のスピードが早すぎて全くついていけない。
 恐るべし、一軍女子。

「こんな感じで切り終わりました」
「あ、どうも」

 そんなことを話していると、俺の方のカットは終わったらしい。

「似合ってんじゃん! さっぱりしていい感じ!」
「ど、ども」

 鏡に写った自分を見たら、そこには別人が写っていた。
 爆発していた癖っ毛は毛量が落ちつてうまくパーマを当てたみたいになっている。
 サイドと襟足を刈り上げたことで全体の収まりも良い。
 これが清潔感ってやつか。

「髪型でここまで印象変わるものなんですね……」
「ありがとうございます、とっても似合ってますよ!」
「あっ、いやその。ありがとうございました……」
「ああ、まだ眉毛カットがありますんで。それにセットなんかもお教えできますよ」
「じゃあ、その。お願いします」

 思わず口をついてしまった言葉に後悔しつつも、心は不思議な満足感に包まれている。
 その後、切るなんてなんて発想がなかった眉毛をカットしてもらったことでさらに顔周りの印象が良くなった。
 正直髪型と眉毛が変わるだけで一気に別人みたいになる。
 これは面白い発見をしたなと、自分を一歩俯瞰して見てしまうくらい大きな変化だ。

「じゃあセットもしていきますね。まずはウェット感のあるワックスを十円玉くらいの大きさにとって……」
「はい……」

 さすがプロの腕前。
 説明しながらものの数分で完成してしまった。
 髪の毛に程よいまとまりと空気感、艶感が出て一気に大人っぽい印象になっている。

「やっぱ森さんはベースがいいですね。メガネに艶感のあるショートパーマが似合う男子校生! なかなかいませんよ」
「ありがとうございます……」

 正直セットに関しては一回じゃ全然覚えられなかったし技術も全くない自分じゃあ再現できるかわからないけれど、キャットアイにでも聞きながら少しづつ覚えていけばいいか。
 最後にカット代+眉毛カット代で六千円を払って店を後にした。
 最初は千円カットとのギャップであまりに高価に聞こえたが、なるほどこれはむしろコスパが良いかも。

「ありがとうございました! ぜひまた来てください!」
「は、はい」

 柳沢さんの笑顔に見送られて俺は店を後にした。
 するとそこには。

「あ、出てきた。ん〜さらに印象良くなったね!」
「え、立花さん? ありがとうございます……?」

 立花さんが立っていた。
 カットクロスを付けていた先ほどはわからなかったが、白のワンピースに薄桃色のカーディガンという春らしいおしゃれな格好をしている。
 校則ギリギリのラインを攻めた明るい髪は、少し高くなった陽の光を鮮やかに返していた。

「ねね、この後予定は?」
「多分……あると思います」
「えぇ何それ! 自分の予定じゃん」
「た、確かにそうですよね。はは……」

 事情を知らない立花さんにはおかしな発言に聞こえたのだろう。
 けらけら笑う様子に釣られてなんとなく笑い返した。
 そのままそっとスマホを確認すると、「服を買いに行く」というメッセージがキャットアイから届いていた。

「で、予定は予定は?」
「服を買いに行くみたい……じゃなくて行きます」
「えほんと?! またまた奇遇じゃん、あたしもこれから服見に行くとこだったの! じゃあとりあえず近くのショッピングモール行こっか。あそこのテナントは大体何でも揃ってるし」
「え? あ、はい」

 こちらの意向は聞くことなく一緒に買い物へ行くことになってしまった。
 まあ嫌だとしても俺には断る自信なんてないし、立花さんとならやぶさかではない。
 それにこれは人生初デートなのでは……?
 いや待ていきなりクラスの一軍女子とデートなんてハードルが高すぎる!
 それに俺には佐藤さんという心に決めた相手が……

「何してんの〜? ほら、行くよ!」
「は、はい!」

 思考が現実に引き戻されて、俺は立花さんの後を追う。
 急に発生したデートイベントに、俺は心を踊らせ……いや、不安で動悸がしているだけかもしれない。



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