「AIに恋愛相談してみた」 第3話
第3話 「服装」
デート。
この言葉の意味や定義は混迷を極める。
しかし多くの場合その意図は、男女が予定を決めて一緒に行動することを指す。
ならば、今俺はこの世に生を受けてから約十七年で初めてのデートをしているのではなかろうか。
「森くんはどこ見たいとかある?」
「え、いや……これと言っては……」
地元で群を抜いて大きな複合商業施設に、クラスの一軍女子、立花さんと二人きり。
こんな美味しい役回りがあって良いものかと思うけれど、隣に並んでるのが俺では不釣り合いではなかろうか。
「あの……いいんですか? 俺と一緒に買い物って……誰かに見られたら、その」
「えっ、あー全然気にしないよ? だって友達と買い物来てるだけじゃん!」
陰気な思考回路を明るく照らすような笑顔に思わず返す言葉を失う。
真琴もそうだが、やはりクラスの中心にいるだけあって底抜けにいい性格をしているみたいだ。
俺なんかを友達と呼んでくれるのなら、スクールカースト全てがその範囲に収まっているのではなかろうか。
しかし、俺にはもう一つの不安要素があった。
「えっと……立花さん彼氏いるんじゃ?」
クラスの事情に疎い俺でも知っている程有名な噂。
それは……
「あっ……ね! そ、そうそう! あたしの彼ね、まあ……大学生だから器も広いし、めっちゃ優しくて私のこと一番理解してくれてるし! バ先で出会ったんだけど私のミスとか優しくフォローしてくれるし!」
「ちょ、ちょっとまって。それは知ってるというか噂には聞くんだけど……彼氏以外の男と二人でいるの誰かに見られたら変な誤解産まないかなーって、いうか……」
急にアワアワ喋り出した立花さんを同じくアワアワしながら止める俺。
勝手に思い上がって、気持ち悪い気遣いをしてしまっただろうか。
確かに、俺なんかが隣に並んでいても彼氏と見間違えられるわけがない。
良くてレンタル彼女、悪くて下僕に見える。
髪型と眉毛が少し良くなった程度では超えられないルックスの壁が、立花さんとの間には存在するのだ。
「と、とにかく大丈夫だから! あっ! そういえばお腹空かない?! ちょうどお昼時だし食べてから回ろうよ!」
「う、うん……」
ぐいと縮まった互いの距離のせいか、立花さんの髪から上がる美容室のコンディショナーの匂いが鼻口をつく。
その思考を鈍らせるような甘い香りと、謎の覇気に押されて俺は首を縦に振ることしかできなかった。
そのまま何かを取り繕うような立花さんの勢いに任せて、最上階のレストランフロアに赴いた。
「あ、このカフェ前から行ってみたかったんだ! ここにしよ?」
「うん……じゃあここで」
普通デートと言ったらもっと男がリードするものなんじゃなかろうか。
いや、それも時代錯誤な考え方かもしれないし、仮にリードしようとしても俺が舵取りなんかしたら確実に遭難する。
慣れないことはするもんじゃないが……万が一にも佐藤さんとデートに行けたとして、こんなでは幻滅されるだろうな……
「ねえ、ちょっと聞いてる?」
「は、はい?!」
「うぉ、びっくりした。ね、注文。どれにする?」
変なことを考えていたら今この瞬間上の空になってしまっていたようだ。
気がついたら一対の一人用ソファにやや低めのテーブルを挟んだ席についていた。
不思議そうな顔をした立花さんがこちらに向けてメニューを開いてくれている。
「ええと……じゃあチキンサンドで」
「飲み物は?」
「え、じゃあ、アイスコーヒにしようかな」
「おっけー、店員さん注文お願いしまーす」
ノスタルジックな雰囲気造りにこだわっているためか、呼び出しボタンなどの電子機器が存在していない。
そんなコミュ障インキャが入ったら一生料理が出てこない店で、易々と注文をこなすのはさすが立花さんだ。
「ナポリタンとチキンサンド、あとカフェオレとアイスコーヒで」
「かしこまりました、少々お待ちください」
給仕服を着た店員さんが紙に注文を取ると、一礼して去っていった。
「なんか雰囲気いいね、ここ」
「確かに、はは……」
初めて話す人、それも女子となるとどうしても会話が弾まない。
というか俺が変な答えしか返せていないのが、その原因のほとんどだ。
こんな時こそ、とすがるような思いでスマホを見る。
しかしキャットアイから送られて来ているメッセージは、
<スマホを見るべからず>
の一文のみだった。
いやいや、立花さんとの会話に集中しろってことか?
まあ確かに一対一の時にスマホ見るなんて失礼か。
って、集中できるような話題もトークスキルもないんだけど!?
「ねえ、森くんってさクラスではあまり目立たない方じゃん? あ、嫌な意味じゃなくてね!」
「う、うん。間違いない」
カースト最底辺を可能な限り優しく言ってくれる。
これがカーストトップのの気遣いってやつか。
「髪型とかあんまり興味がないのかなーって思ってたんだけど、今日会ったときびっくりしちゃった! 何か心境の変化でもあったの?」
「えっ?! いや、これは気まぐれっていうか、なんか清潔感? を出したいっていうか……」
AIに恋愛相談したら髪型を整えろと言われて実行したなんて、そのまま正直に言えるはずもなく、俺はまたも曖昧な答えを返した。
「んー、清潔感! 大事だよね。あとはあとは?」
「あとは……か。えっと……」
佐藤さんと付き合いたい、なんてもっと言えるはずもない。
人に相談なんて絶対できないからAIに縋り付いたのだ。
悩んで誤魔化すようなそぶりを俺がしていると……
「好きな人がいる、とか……?」
「うぇっ?! へっ、す、好きな、人ってそんな!!」
「うわぁ、ここまで分かりやすい反応する人いるんだ」
ちょっと引き気味に苦笑いを浮かべる立花さん。
そんな哀れな存在に慈悲を与えるような目で見ないでくれ。
「その、本当にそういうんじゃ!」
「えー、誤魔化さなくていいじゃん。ね、誰にも言わないから! あたし助けになれるかもしれないよ?」
「っ……」
確かに、ウイルスと見分けのつかないAIよりかは立花さんの方がよっぽど信用できる。
しかしやはり、同じクラスの女子に、共通のクラスメイトが好きだなんて言えない。
真琴にも言えないんだから、クラスの誰だって言えない。
「誰か……気になるけど、その反応だとあたしも知ってる人だよね。クラスメイトとか?」
「へっ……??」
「あそうなんだ。うーん誰かまで当てたいけど、このままだと森くんショートしちゃいそうだからこの辺で勘弁してあげる」
「ど、どうも??」
女の勘というやつか、あるいは俺が分かりやすすぎるだけか。
とにかく立花さんはJKよりもメンタリストとかの方が向いてると思う。
「そっかーだから見た目に清潔感を、ね。最初に変えるのが髪型ってなかなかセンスあんじゃん! 分かりやすいし、制服が決まってる以上唯一できるおしゃれって言っても過言じゃないもんね」
「うん、ありがとう……」
まるで自分で考えた風に答えたがAIの指示に従っただけだ。
俺はまだ、内面的には何も変われていない。
「で今度は服ね。デート行く時絶対いるから一着は決めておきたいよね。今の格好は正直……中学生から着てる服って感じ?」
「で、デート?! って、とうとう思ってること正直に言い始めた……」
「あっ、いやいいと思う! その服も……ね! モノ大事にする人って素敵だし! ごめんね、なんかあたし熱くなっちゃって」
「あ、いやそんな……」
キャットアイにも苦言を呈された今日の服は、確かに中学生から着ている服だった。よくよく見るとズボンは丈があっていなくて絶妙に小さいし、Tシャツは首元がヨレていてシワも目立つ。
それに意味があるようで無い英字のプリントまで付いていてかなりダサい。
今まで全身ダメだったから目立たなかっただけで、なまじっか髪型が良くなったせいかそれ以外の全てが悪目立ちいているみたいだ。
「うーん。初デートにも使える清潔感のある服、だよね。よし! あたしに任せて、いいの選んだげる!」
「お、お手柔らかに……」
瞳を輝かせながら立花さんは何かに燃えている。
人の恋路に無関係な人を巻き込んでいるようでなんだか居た堪れないが、立花さんチョイスなら間違いない。
その後は適当に学校の話なんかをしつつご飯とコーヒーを楽しんだ。
ちょっと前まで怖いと思って怯えていた立花さんが、なんだか急に近くに感じられて話しやすくなった気がする。
「……うっし! 森くんに似合う服選びますか!」
「はい……!」
食事を終えたあと、俺と立花さんは洋服のテナントが揃うフロアに戻ってきた。
俺の軍資金を加味した上でコストパフォーマンスの高さに定評のある、ファストファッションブランドから選んでいくらしい。
「テーマは初デートに着ていける全身コーデで! じゃあまずトップスから選んで行こうか。時期的にはまだまだ長袖でいいし、清潔感を与えながらキメすぎないとなると……」
むむむと声を出しながら悩む立花さん。
しばらくそうしていると、
「オックスフォードシャツかな! ちょ、こっちきて!」
「うぉっ!」
裾を引っ張られながらなんとかついてゆく。
散歩をする犬の気分になった。
「はい、これ。ちょっと当ててみて」
「え、これ?」
手渡されたのはなんの変哲もない白シャツだった。
それこそ、制服で着ている感じとあまり変わらないように見える。
「うーん、身幅がちょっと広いかな。まあ森くん細いから若干オーバーサイズの方が体型カバーできていっか」
「ちょ、ちょっと待って。白いシャツなんていつも制服で着てるじゃん。せっかく服買いに来たのに……」
「もっと色とか柄とか個性的なの選ぶと思ってた?」
「う、うん……」
なんとなく、おしゃれな人というと柄や色で個性を出しているイメージがある。
俺も今日はそんな風になって帰っていくものだと考えたいたので面食らってしまった。
「まあ、それもできないことはないんだけど……ファッション初心者にとって大切なことってなんだと思う?」
「えっ……個性を出しにいく、とか?」
「申し訳ないけど、あたしはその真逆だと思ってる」
「ま、真逆?! それって没個性的ってこと……?」
「悪く言えばね。けど実際柄とか色で遊べるようになるのはファッション上級者からじゃないかな? 個性っていうのはそれだけ難しいものっていうか……ともすればマイナスな要素になりかねないの」
「マイナスか……」
真剣な口調で語る立花さんは、なんだ雰囲気が変わった気がした。
ファッションに対する立花さんなりの哲学すら感じてしまうほど、ひとこと一言に重みがある。
「そう。だから最初はとにかくシンプルなアイテムを選ぶとうまく行きやすい。服屋さんで目立つのって派手な色とか柄ものばっかりだけど、本当に買うべきはこういういい意味で目が惹かれない、マイナスな要素がないアイテムなんじゃないかな」
「なるほど、確かに一理ある……!」
極めてロジカルに、しかし服にかける情熱が確かにそこにあって、価値観の根底すら揺らがされる気分になる。
「あとさっき制服と同じって言ってたけど、厳密には全然別物なの。生地をよくみて」
「……なんか、ざらざらしてる?」
「そう。 いつも制服で着てるシャツはブロードシャツって言って生地に光沢感があるの。でもオックスフォードシャツはよりラフな生地感で、シャツっていう綺麗めで清潔感のあるアイテムなのにカジュアル感もプラスできて、私服で着るのにはもってこい!」
「後半はあまりわかんなかったけど、とにかくすごいのはわかった」
やっぱり立花さんにお願いしたのは正解だった。
打算的ではあるが、女の子にウケがいい服を探すなら、女の子に聞くのが一番いいんだろう。
もちろんファッション好きな女子には少々物足りない服装にはなるかもしれないが、それでも減点が無いのはかなり大きいのではなかろうか。
「じゃあ次はパンツね。とりあえず履きまわせる万能な一本を……ってなったらスラックスかジーンズのどっちかかな」
「お、お任せします」
「んまあとりあえずどっちも履いてみよう!」
ファッションについてのあれやこれを立花さんから聞きつつ、その後選んだ服を試着してみた。
「開けるよー?」
「あ、うん。どうぞ」
パシャリと勢い良くカーテンが開けられる。
「おっ完璧じゃん! 森くん的にはどう?」
「無難だけど、シンプルな中に良さがある……感じですか?」
「なんで疑問系なの、ウケる!」
ケラケラ笑う立花さんを横目に、大きな姿見で自分の全身をまじまじ観察する。
白いシャツに黒のスラックスを試着してみた。
普段の制服とアイテムでいえばほとんど変わらない。
しかし素材や服のシルエットだけでここまで印象が変わるなんて、ファッションは不思議だ。
「あの、なんかアドバイスしてくれてありがとうございます、立花さん」
「どういたしまして! 変わろうって努力してる人、あたし好きなんだ!」
「うぇっ?! あ、はい……ありがとうございます」
急に好きとか言われて面食らってしまったが、少し考えればそう言う意味ではないことは理解できる。
そんなこんなで選んだ服の他に、無地のTシャツとジーンズも買った。
立花さん曰く、カジュアル寄りの二着らしい。
それでもこの四着ならどんな組み合わせで着ても良いとのことだ。
実質四パターンの組み合わせを手に入れる事ができて、大きすぎる進歩と言える。
「じゃあ今度はあたしの番ね。色々見に行きたいから着いてきて!」
「あっ、うん!」
購入と同時にタグを切ってもらい、シャツとスラックスに着替えた。
髪型も、服装も変わって過去の自分とは本当に別人になってしまったみたいだ。
感動もひとしお、アドバイス料の返済かと思うほど休日で賑わうモール内を、その後散々連れ回されることになった。
「あぁ……疲れた」
ボフッと音を立てる自室のベッドに、前屈みで倒れ込む。
家に帰った時には、日は殆ど沈んでいた。
何十着もの服を見たり試着したりして、結局何も買わなかった立花さんは友人と夜ご飯の予定があるらしく、別れの言葉を告げると元気に去っていった。
あれが一軍の体力か。
遊び慣れしてない俺は既に活動限界だというのに。
「いやぁ、いい一日になりましたね!」
久しぶりに声を聞いた気がする。
スマホを開くとキャットアイが満面の笑みでそう告げていた。
「まあ、こんな休日も悪くないかも」
「ですです! まさか立花さんが茂流さんのお友達になってくれるなんて……こんな暁光またと有りませんよ!!」
「本当に……何で俺なんかを気にかけてくれたんだろう?」
思えば次の予定までの空き時間とは言え、とてつもなく献身的なサポートをしてくれた。
オタクに優しいギャル、何て言葉があるがあれは妄想の産物では無かったのか。
ともかく打算で動いているようには見えなかったし、そんな事考えるのは失礼に値するだろう。
「ではシワになる前に服を脱いで下さい。今日は疲れたでしょうし、ご飯を食べてゆっくり休見ましょうか。ゲームも夜更かししない程度にならオッケーです!」
「分かった……ふあぁ〜……」
ギリギリ意識は保っているが、既に寝落ち寸前だった。
それでも何とか部屋着に着替えて晩御飯を食べに行く。
リビングに入った途端、見た目がガラッと変わった俺を見て驚きを超えた呆然が家族から帰ってきた。
「兄ちゃん……頭打った?!」
「いや切ったんだよ」
妹が意味不明な気遣いの言葉を向けてきた。
切ったのは頭じゃなくて髪か、と思ったが勢いに任せたツッコミだったのでスルーする。
コップに水を注ぐ姿勢のまま固まっているため、今し方溢れ始めてテーブルに波紋を作っていた。
「へえ、いい感じにしてもらったじゃない!」
「そうだな。しかし急に色気付いて好きなコでも出来たのか?」
両親からも驚愕まじりの視線を向けられる。
妙に感の鋭い父の質問は無視する形で席についた。
その後もめったに外出しない俺が、今日はどうしたのと色々聞かれたが体の疲れもあって適当にあしらいつつ夕食を終える。
風呂から上がって再びベッドに入ると、もう指先一つ動かすのすら大変なほどに睡魔が襲ってきた。
「あやべ、今日のデイリーミッションこなさなきゃ……」
スマホでソシャゲを立ち上げるが重い瞼が邪魔をして画面がよく見えない。
「……お疲れ様でした。また明日も頑張りましょうね! デイリーミッションは私にお任せください! おやすみなさい茂流さん」
「キャットアイ……アプリゲーも、でき……るの……」
どこまではっきり答えたのかは覚えていない。
しかし微睡の中でそんな声が、どこか遠から聞こえた気がした。
続きはこちら
