伊達こそが麻雀である。<雀士は運と戦略的にどう向き合うべきなのか>第二弾 伊達朱里沙と岡田紗佳はなぜここまで差がついたのか!
「東城の配牌はいつも明るいね」
東城が4連勝の絶頂期に土田が放った言葉である。記憶によれば東城はポイントを300ポイントを超えておりMVP争いに食い込んでいた時であり、赤牌が配牌時に常備されていたのだ。しかし伊達ほどの技術がないために途中から失速した。
運の強い者が結局、麻雀は勝つゲームだということに異論はなかろう。
伊達や瑞原を見ていてもつくづくそう思う。
Mリーグ全通算ポイント1位
Mリーグ 初の3冠王
伊達朱里沙
麻雀という運ゲーにおいて 実績を見る限り、おそらくMリーグにおいて最も運の強さを持っているのは伊達である。
Mリーグ連続ラス6回記録樹立
Mリーグシーズン最低スコア-504.1
岡田紗佳
一方、岡田は運はMリーグでもハギーや中田のような最低レベルとまでは言わないが、明らかに運は悪い部類に入ると言える。
デジタル派は運不運というものも1000試合でもやれば期待値が±0へ収束すると頭から、信じ込んでいる。この大数の法則に依拠し、デジタル派の哲学も構築されている。
まずはこの思い込みを「ランダムウォーク理論」の観点よりシュミレーションした結果から論理的に突き崩してゆく。頭のコチコチに凝り固まったコバゴのようなデジタル派には前半部分に目を通してもらうだけでも十分に衝撃を与える内容となっている。
更に後半では運を上げるための秘策を3つほど提唱してみたい。これは麻雀に限らず一般の我々に通じる「開運」の話となっている。
①白鳥の巻
②本田の巻
③竹内の巻
運とは自らがコントロールすることは不可能なものであるという思い込みをデジタル派はしている。たしかにコントロールすることは不可能だが・・・ここで思考停止している限り、進歩の余地はない。そこからさらに運について掘り下げてゆく。
かなり多角的に運について論じたつもりだ。
このnoteは
雀士が戦略的に運と向き合うとはどういうことなのか?
がメインテーマである。
仕上げるまでにかなりの時間を弄した。どうしてもワインのように言葉が熟成する時間を待つある程度必要があったということになる。。
伊達こそ麻雀であり、麻雀とは運を巡るゲームであるというならば、今回はこの運というものに対して真っ向から向き合ったnoteとなる。
伊達そのものへの言及はそこまでは多くはなく、当初の予定とは若干変わった内容となっている。しかしもし伊達が麻雀であるならば、運を巡るテーマは伊達そのものを深く掘り下げることに通底すると言えるのかもしれない。
具体例を示すために、ハギーから仲林 伊達 岡田 東城 元太までいろんな人が出てくる。
タイトルは続編として書くと言った手前つけたに過ぎない。その点はご容赦いただきたい。ただ中身は自信作に仕上げたつもりだ。必ず新たな知見は得られるだろうことは品質保証する。
雀士にとって運を構造化して捉え直すはどういうことなのか?そして 運に対して戦略的に取り組むとはどういうことなのか?
まず他のnoteではテーマ自体思いつくこともない斬新さが大きな売りでもある。
「伊達こそが麻雀である。<雀士は運と戦略的にどう向き合うべきなのか>第二弾 伊達朱里沙と岡田紗佳はなぜここまで差がついたのか!」
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