ほぼ日手帳を使い続ける理由(前編)
ほぼ日手帳に興味はあるけれど、「ちょっと高いな……」と感じている方もいるのではないでしょうか。
わたし自身も、安いお買い物とは思っていません。
それでも2007年から18年間、毎年ほぼ日手帳を使い続けているのには、理由があります。
今回は、ほぼ日手帳を使い続けている理由を、前後編に分けてお届けします。
前編では、まず最初の3つ──「趣味としての手帳」「自由に使えること」「書きやすさ」について、わたしの実感をお話しします。
「その時の気分で手帳を選ぶのが楽しみ」「その年によって違う手帳を使っている」──そんな方も多いでしょうか。
わたしは2007年、ディープレッドのナイロンカバーにひかれて、はじめてほぼ日手帳オリジナルを手にしました。
それから毎年、ずっとほぼ日手帳を使い続けています。
でも、「これ一択!」「絶対おすすめ!」と声を大にして言いたいわけではありません。
なぜなら……ほぼ日手帳って、ちょっとお高いから。
オリジナル(定番サイズ)の本体だけでも2,000円以上。
カバー付きだと4,000円を超えることもあります。
さらに、革製のちょっと特別なカバーを選べば、1万円を超えることも。
「手帳にそこまで出せないなあ」と感じる方がいるのも、わかります。
いまや100円ショップでも、かわいくて実用的な手帳が手に入る時代です。
わたし自身も、ほぼ日手帳が「安い」と思ったことはありません。
それでも、なぜわたしは毎年、ほぼ日手帳を選び続けているのか。
今回は、その理由を6つに分けて、前後編にわたってお伝えしたいと思います。
前編では、まず3つの理由をご紹介します。
① 手帳は「1年分の趣味費用」
わたしにとって、手帳は“予定を管理するための道具”というだけではありません。
書くこと、使うこと、それ自体がもう趣味のひとつ。
だから、手帳代は「1年分の趣味費用を先払いしている」ような感覚です。
もし初めて買うとしたら、「続かなかったらどうしよう」と不安になりますよね。
でも、わたしはもう18年使い続けていて、「今年もきっと、最後まで使いきれる」という確信があります。
この確信があるからこそ、迷わず選ぶことができるのだと思います。
② 使い方が変わっても、受け止めてくれる
長く使っていると、書きたいことや使い方は、少しずつ変わっていきます。
たとえば──
行動記録をつけ始めたり、
体重のチェック表を作ったり、
todoリストの書き方を変えたり、
ハビットトラッカーを取り入れたり……
そんなふうに、書きたいことが変わってきても、ほぼ日手帳は、ちゃんと受け止めてくれました。
「こう使わなきゃ」という縛りがないから、そのときどきの気持ちや生活に合わせて、自然と形を変えられる。
新しい手帳を探さなくても(それもまた楽しいですが)、同じ手帳の中で、やりたいことがすっと完結する。
そんな自由さが、心地よいのです。
③ 書くときのストレスがない
毎日使うものだからこそ、「書くときの気持ちよさ」はとても大切です。
ほぼ日手帳の紙は、トモエリバーという専用の用紙。
とても薄いのに丈夫で、ペンの書き心地もなめらかです。
わたしが使っているお気に入りのペンでも、にじみにくく、裏移りもしにくい。
この「書いていて気持ちいい」という感覚が、ずっと変わらずに続いています。
以前、自作で連用日記を作ったとき、「あ、紙って大事だな」と実感しました。
インクのにじみや裏写りがあると、思った以上に気になってしまって、書きたい気持ちがふっと弱まってしまうような、そんな感覚になるんです。
「見た目が気になる」「次のページにひびく」──
たったそれだけのことでも、書く意欲に影響するんだなと、あらためて思いました。
だからこそ、「安心して書ける紙」だということは、わたしにとって大きなポイントになっています。
おわりに
ここまで、わたしがほぼ日手帳を使い続けている理由を、3つご紹介しました。
長く使う中で、「書くこと」が暮らしの一部になり、手帳そのものが自分にとって心地よい存在になっていることに、あらためて気づかされます。
後編では、手帳選びの楽しさや、毎日の「日々の言葉」への想い、そして18年続けてきたからこそ感じていることを、あと3つの理由にまとめて綴ってみました。
手帳との向き合い方や、書くことの工夫を綴った記事を「ほぼ日手帳のある暮らし」マガジンにまとめています。
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