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離婚してよかった、とは思わないけれど

参加しているマガジン「自分棚卸し&自分発見:共同運営マガジン【アラフィフからのnote部】」には、オマケ企画があります。

「自分発見・棚卸し」という視点から、毎月テーマを二つ提案してくれる、書くかどうかは自由な、ゆるやかな企画です。

5月のテーマ1は、「人生の5月の記憶」

「若くていいね」に違和感を抱いていたことについて書きました。

5月のテーマ2は、
「失」の時が教えてくれること。

「失敗」「失恋」「失望」……そう言われて、わたしの中にすぐ浮かぶのは、20代で経験した離婚のことでした。

でも正直なところ、「何かを失った」という感覚はあまりありません。

当時も今も、後悔はなく、「あれは経験のひとつだった」と思っています。

けれど今回のテーマを見たとき、あの頃のことを改めて振り返ってみたくなりました。

結婚を選んだ理由

10代後半のとき知り合った男性と、20代半ばで結婚しました。

付き合っているときは、毎日会いたい、毎日連絡したいという感じで、お目目がハート状態。

結婚式の資金を自分たちで貯めて、社会人として落ち着いたころ、結婚の日取りを決めました。(この辺りは、色々ちゃんと考えていたんですよね……)

でも、振り返ってみると、結婚する頃には、わたしの気持ちは冷めていたんです……。

それなのに、なぜ結婚したかというと──

・亡くなったわたしの父にその男性を会わせたことで、「彼と結婚しなければ」と思い込んでいたから。今後出会う人と父はもう会えない。だから「父に会わせたこの人と結婚しなくては」と考えてしまった。

・「ウエディングドレスが似合うのは25歳まで」と、当時まわりからよく言われ、それを信じ込んで早く結婚したかった。

・仕事の忙しさと苦しさから逃げたくて、結婚退職したかった。

・結婚すれば何とかなる、自分が何とかすると思い込んでいた。

……こうして書き出してみると、本当に恥ずかしい。

ひどいっ!

なんとも未熟で恥ずかしい理由ばかり。

過去に戻れるなら、自分に説教したい!(とはいえ、当時のわたしには聞く耳がなかったでしょうが……)

なんて幼いんだろう、と我ながら呆れてしまいます。

新婚生活の違和感

その男性に対して、気持ちはもう冷めている──そんな自覚がうっすらあるまま始まった新婚生活。

私は無難に暮らしているつもりでしたが、母の一言が今でも心に残っています。

「新婚生活って、もっと幸せそうなものよ。」

母親から見て、幸せそうに見えない新婚生活を送る娘……その言葉を聞いたときの気持ちは、言葉にしづらいものがありました。

当時のわたしには、相手やそのご家族を思いやる余裕がまったくありませんでした。

とても自分中心で、ただただ「自分の気持ち」を最優先していたのです。

そんな調子ですから、当時は「うまくいかなかった理由」にも気づけていませんでした。

短い結婚生活が教えてくれたこと

「結婚すればなんとかなる」—そんな甘い考えで始めた幼いわたしの結婚生活は、短期間で終わりました。

ただ後悔はしていません。

結婚も離婚も「経験の一つ」として受け止めています。

とはいえ、その男性やご家族には、今でも本当に申し訳ないことをしたと思っています。

それから祝福してくれた親族や友人たちにも、申し訳なさがあります。

その気持ちは今も心のどこかに残り続けています。

あの頃の自分を振り返るたびに、「もっと違うやり方があったのでは?」「別の選択肢があったのでは?」と考えることもあります。

「もう結婚はしない」と思っていたけれど

そんな申し訳なさや、自分の幼さ……いろいろな気持ちが重なって、「もう結婚はしない」と決めていました。

子どもがいなかったこともあり、「もう一度結婚してみれば?」と言われることもありました。

でも、いくら未熟だった当時のわたしでも、「今の自分のままでは、また同じことを繰り返す」とわかっていました。

もしまた離婚しても、自分は「経験が一つ増えた」で済む──たぶん済むだろうと思っていました。

でも、結婚には相手がいる。

そのご家族も関わる。

それを一度目の結婚で痛感したからこそ、「もう一度」はない、と考えながら10年以上を過ごしました。

……が、これまたいろいろあって、40歳前に再婚したのです。

年齢を重ねたことももちろんありますが、あの一度目の経験があったからこそ、今の結婚生活は穏やかに、日々を大切に過ごせているのだな、と思っています。

離婚していることを、恥じてはいない

離婚歴があることを、わたしは恥ずかしいとは思っていません。

過去の経験を「なかったこと」にせず、「あってよかったこと」として受け止めていられる今。

それは、きっと今の暮らしが、自分にとって穏やかで、満たされているからだと思います。

夫との日々の何気ない会話や、休日のお出かけ、毎日一緒に食べるごはんの時間。

そんな時間を「いいなあ」と思える今があるから、過去の未熟さも、「あのときがあって、今がある」と思えるのかもしれません。

おわりに

一度目の結婚をした頃のわたしは、本当に幼くて、自分のことしか見えていませんでした。

それでも、あの経験がなければ、きっと今の穏やかな日々のありがたさに気づくことはできなかったと思います。

結婚も離婚も、自分の人生の一部。

なかったことにはできないし、したいとも思いません。

失敗だったかもしれないけれど、失敗だったからこそ、学べたこともありました。

そして何より、今の自分が「その経験も含めて、自分だ」と思えていることが、何よりありがたいです。

この記事は、「ふたりの時間と、わたし」マガジンに入れています。

夫婦で過ごす日々のこと、関係をやわらかくしていく小さな気づきなどを綴っています。

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