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「若者のレベルが上がっている」は真、「若者のレベルが下がっている」も真。

共通テストが終わった。世の中がホワイト化している昨今、珍しくブラック化が顕著に進む制度である。試験時間は最大で1日目が360分、2日目が330分。センター試験世代の筆者のソレは合計460分であった。つまりちょうど1.5倍になっている。だから私は2日間とも19時前には帰宅できたが、今は20時くらいになる受験生が大多数の様だ。

問題も「難しい」。カギカッコつきにしたのは特殊な難しさだからである。とにかく問題文が長く情報を処理するスピードが人間の限界ラインで求められる。英語は単語を選んだり英文法に則った語句を選択したりする問題は無くなり、全て長文の英問英答である。数学は太郎さんと花子さんの日常会話(不自然)から情報を読み取り、奇怪な誘導に乗って空欄に正しい数式を当てはめていかなければならない。「じっくり考えて吟味する」や「まずはどのように解いていくかいくつかの選択肢を数分間考える」などの要素は無い。模試もそれに合わせてどんどん難しくなっており、受験生の負担感を高めている。

今の大学受験生は大変である。このタフな試験をパスして、国公立大生は更に二次試験も潜り抜けてきた猛者なのだ。しかし大学生全体の学力は下がっている。なぜなら半数以上の受験生が年内に大学合格を決めており、最低限の成績と名前が書ければ「まぁ合格」となる大学はいくらでもある。


偶然にも共通テストの2日目に都道府県男子駅伝が広島で開催されていた。こちらの1区は高校生区間。出場選手の7割以上が3年生だった。共通テストの9割の受験生と同じ年齢の選手たちが正に試験時間に走っていたことになる。

毎年共通テストの真っ最中の日程でNHKが高3生が走る駅伝を放送するのは俯瞰して考えるとすごい事象である。既に彼らは推薦で進学先が決まっているので早稲田だ、青学だ、中央だ、筑波だ!と進学大学名が紹介されることも多い。大の駅伝好きでありながら塾経営者でもあり大学非常勤講師でもある私は複雑な心境もある。

昨日の1区は非常にハイレベルな争いになった。暮れの全国高校駅伝1区で破格のタイムで上位3人に入った学法石川の増子陽太、西脇工業の新妻遼己、鳥取城北の本田桜二郎が再び区間賞争いをするという前評判だった。彼らは3人とも来春から早稲田大学に進学するというニュースでも話題になった。予想通り3人がスタートから集団を引っ張る形になった。7㎞の区間で最初の1㎞が2分43秒。少し前であれば2分50秒でもアナウンサーは「速い!」と感嘆の声を上げていたが、厚底シューズが中心となって早6年ほど。このペースにも「想定の範囲内」という落ち着いたやり取りが放送席であった。

先日世界クロカンに出場した本田は連戦の疲れが隠せないようで中間点を前に遅れていった。増子がぐんぐんペースを上げる中で新妻と仙台育英の鈴木大翔が後に続く。新妻が5㎞程度でやや遅れ、まだ余裕のありそうな増子に必死の形相で鈴木が食らいつく。ラスト300mほどでずっと引っ張ってきた増子の顔が歪み、ラストスパートのキレで鈴木が2秒上回り区間賞となった。従来の記録を25秒上回る19分6秒。7㎞で25秒はちょっと信じられない。3位の新妻までがタイムを更新した。

ここで2000年に現コースになって以来の都道府県1区の区間賞タイムの変遷を並べてみる。

20:0820:0420:0019:51→20:07
19:51→20:31→20:18→20:00→20:10
→20:12→20:07→20:12→19:56→20:11
→20:04→20:04→20:14→19:56→20:32
19:46※→中止→中止→19:3919:31
→19:33→19:06
※厚底シューズが一気に普及した2020年
※太字は区間新もしくは区間タイ

昨日の鈴木のタイムが「信じられない」というのが分かってもらえる推移だ。2003年に19:51が区間記録となって以来2019年まで破られなかった。2020年に厚底シューズ効果で一気に更新されるとその後の大会では毎回のようにそれが更新されるようになった。特に今年度は高校、大学、実業団共に各カテゴリーの男子駅伝で大きく記録が更新された。「厚底ネイティブ世代」が更に一段階記録を上げている。2019年の20分32秒より速いタイムで昨日は28人がタスキをつないだ。たった7年でこのレベルアップは隔世の感がある。

最も注目度が高い箱根駅伝のタイムも挙げておこう。

第82回(2006年)
優勝…11時間9分26秒
10位…11時間16分0秒
最下位…11時間33分2秒

第92回(2016年)
優勝…10時間53分25秒
10位…11時間15分21秒
最下位…11時間36分46秒

第102回(2026年)
優勝…10時間37分34秒
10位…10時間53分56秒
最下位…11時間5分58秒

今年の20位(最下位)のチームの総合タイムが20年前の優勝タイムを上回っている。10年前の優勝タイムでは来年以降シード権を獲得(10位以内)するのが難しい可能性が高い。大学のカテゴリーでも急激なレベルアップが起こっている。


同じことは他の競技でも起こっているようで、例えば1週間前の高校サッカーで優勝した神村学園のプレーは白眉だった。これはあるニュース記事のリンクと引用で紹介したい。

 1月12日、私は久しぶりに東京の国立競技場を訪れた。私の仕事のパートナーが、全国高校サッカー選手権の決勝戦を観戦することを強く勧めてくれたからだ。
 正直に言うと、試合にはそれほど期待していなかった。しょせんはアマチュアの高校生のサッカーだろうと思っていた。無知な私は、その日の最大の感動は、かつてトヨタカップの取材で11回も訪れ、東京オリンピックを機に新装されたスタジアムを訪れ、美しい建築を見て感傷に浸ることだと思っていた。 
 だからこそ、まずは寒い1月の午後に、約6万人のキャパシティのスタジアムを埋め尽くす観客の人々に驚いた。客層もバラエティーに富んでいて、いかにもサッカーをやっていそうな高校生たちから、コーチに率いられた子どもたち、サッカーとは無縁なような女性たち、そしてお年寄りまでさまざまだ。 
 取材申請が締め切られたあとに来日が決まったため、私は残っていた1500円のゴール裏の自由席のチケットを持っていたのだが、もう少し遅く行っていたら席を探すのも至難の業だったろう。
 プロでもないチーム、メッシや久保建英のいない試合に、なぜこれほどまでに人々が熱狂するのか。しかし、その答えを誰かに説明してもらう必要はまったくなかった。答えは私の目の前にあったからだ。
 目の前で展開されるサッカーは非常に現代的でレベルが高かった。特に前半の神村学園は圧巻だった。背番号13番(日高元)、そしてピッチ上のどこにでも現れる11番(徳村楓大)のような選手を見て、私の感傷気分はすっかり吹き飛んだ。応援団の生徒たちの音楽に合わせて私の足が踊っているうちに、血が沸き立つほど熱くなり、寒さも消し飛んだ。
 鹿島学園もすばらしかった。特に後半の彼らは、まるで別のチームとなって戻ってきた。気迫と闘争心、フェアプレーの精神ですばらしいプレーを見せてくれ、私は心からの拍手を送りたいと思った。
 後半を通して、鹿島は絶えず、私のことを緊張状態に陥らせた。右サイドから攻め、左サイドからシュートを放ち、クロスを上げ、選手同士のワンツーで相手エリアに近づき、遠距離からシュートを放った。あらゆる手を尽くしたが、神村のGK(寺田健太郎)のファインプレーと運の悪さもあって、ゴールを奪うことができなかった。一方の神村にも、少なくともあと5ゴールは決められるチャンスがあったが、試合内容としては3-0という一方的なものではなかったと思う。

【勇気とイニシアチブを兼ね備えたプレー】
 鹿島のタイ人GK(プムラピー・スリプンヤコ)には目を見張った。彼は試合中に3つの奇跡を起こし、間違いなくピッチ上で最高の選手のひとりだった。彼のことは何も知らないが、タイ代表チームは今後何年もGKについて心配がいらないのではないかと思った。もちろん神村のGKもとてもレベルは高く、ゴールを守ったふたりはこの日の主役だったと言っても過言ではない。真のヒーローだ。
 もうひとつ私の興味を引いたのが、PKを取られた時に、選手が誰も審判に不平を言わなかったことだ。たとえ明白なPKであれ、ブラジルでは絶対に誰かが審判に詰め寄るはずだ。
 日本でサッカーがプロ化される前、ワールドカップへの出場がまだ夢でしかなかった1991年から、私はずっと日本サッカーを追ってきた。日本の成長をつぶさに見てきた。しかしこの日の午後、日本のサッカーがどこから生まれてくるのかを知ることになった。私は日本のサッカーについて、また新たな理解を得た。
 両チームの選手たちが高いテクニックを見せ、勇気とイニシアチブを兼ね備えてプレーしているのを見て、私は、サッカーは常にこうあるべきであると確信した。
 最近のサッカー界は、すべてにビジネスや政治が絡んでくる。選手の高額の移籍金や年俸、スポンサーの影響力......あるいはジャンニ・インファンティーノFIFA会長とドナルド・トランプ大統領の癒着もそうだろう。しかしこの日、奇しくも真に純粋でクリーンな、何よりも誠実なサッカーを見た。私は久々に本当のサッカーに触れた気がした。
 世界にも著名なユーストーナメントは数多くある。スウェーデンのゴシアカップ(ワールドユースカップ)、スイスのベリンツォーナ国際ユース大会、フランスのトゥーロン国際大会、イタリアのトルネオ・ディ・ヴィアレッジョ(ヴィアレッジョ・トーナメント)......。
 まさに今、私の住むブラジルはサンパウロでは、世界最大のユーストーナメントのひとつであるコパ・サンパウロ・ジ・フチボル・ジュニオルが開催されている。56回目を迎える今回は過去最多となる128チームが参加し、21日間をかけてブラジルで最も重要なユースタイトルを争う。しかし、この大会に参加できるチームは、上記に挙げた他のメジャーなユース大会同様、招待されたチームだけだ。
 一方、日本の高校サッカー選手権は各県の厳しい予選を勝ち抜いて参加すると聞いた。招待されるのではなく、より優れた者がプレーする大会だ。つまり日本の若者たちは、ここで完全なる実力主義を学んでいる。これはとても重要なことだと感じた。
 試合中、私は友人であるジーコにメッセージを送り、いくつかの写真も送った。彼もまた日本のサッカーとともに歩いてきたひとりで、この感動を彼に伝えたいと思った。ちなみに「鹿島のチームが黄色いユニフォームで、相手チームが赤なので混乱する」と送ると、ジーコも「赤は鹿島の色なのにね」と返信をくれた。
 高年俸のスター選手を見るためではなく、暴れるためでもなく、自分のチームを応援するという名目のもと、ただいいサッカーを見るために善男善女が集う。敵も味方もなくピッチで繰り広げられるジョゴ・ボニート(美しいサッカー)に歓声を上げる。そこはサッカーの理想郷だった。
 マンチェスター・ユナイテッドの本拠地オールド・トラフォードのことを「The Theatre of Dreams(夢の劇場)」と呼ぶ。そこで数多くの名勝負が行なわれてきたことから、イングランドの英雄ポピー・チャールトンがそう命名した。しかし1月12日、私にとっての「夢の劇場」は東京の国立競技場だった。

2026/1/15 スポルティーバWeb リカルド・セティオン記者

この記事は私の心の中に10年くらい残るものになろう。本場ブラジル人の記者にここまで書かせる日本の高校生たちの素晴らしさ。加えて関係者に最大限の敬意を示したい。


難しい学力試験を乗り越える若者、以前では考えられないスピードで走る若者、サッカーに厳しい目をもつブラジル人を心の底から感心させる若者。令和の若者たちのレベルは非常に高い。ここを抽出して考えれば、何と素晴らしい育成環境が整った国かと感心することしきりである。

さて中2の長男は12月~1月の体育が持久走だった。彼は最後のタイムトライアルで1500m5分20秒だったそうだ。それは学年の男子(約120人)で2位だったらしい。私が中3の春のスポーツテストでのタイムが5分15秒だった。その際に学年の男子(約90人)で10位ちょうどだったことを覚えている。私たちが親子が似た環境なのは地域の中学に陸上部が無いことだ。私は体育委員だったのでスポーツテストの際に記録係を行ったが、最も遅い同級生で8分台後半だった。長男によると10分を越える同級生が1割くらいいるとのことである。

私たちはスポーツテストのタイムで上位14人の生徒が選抜されて中3の夏以降に駅伝チームが作られるのが習わしだった。10月の中間テストが迫る中で駅伝担当の教師がこう言った。「本来は受験勉強する時期。中間で200点を切る生徒は駅伝チームから外す」と。主力に一人勉強が苦手な同級生がいて、いつも200点前後だと話していた。チームで勉強が得意な数人で懸命に彼に教えた。結果彼は中間で250点を取った。その時の順位が170人中149番だった。「初めて150番を上回ったぜ!」と彼は喜んでいた。30年が経って長男の直近の定期テストでの250点は220人中140番になる。

どんなに簡単なテストにしても30点を越えられない若者、非常に弱い強度でもバテてしまいタイムトライアルで歩き始める若者、サッカーの準備体操で体を痛めてしまう若者。令和の若者たちのレベルは非常に低い。ここを抽出して考えれば、最低限の育成環境さえ整っていない国かと絶望することしきりである。

もし多くの人が「トップ層だけ大きなことができて、その他の一般大衆は無能なのが好ましい」のであれば、今の形を推し進めるべきである。しかし私は日本の武器が分厚い中間層、さらに解析度を上げると「中の上の人材の豊富さ」にあったと思う。驚くのはこの中の上を上の中の人間が手放そうとしているのではなく、中の下の人間たちが手放そうとしていることだ。これは2030年代以降の本邦の大きな足枷となろう。


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