手紙の中の私
──ぜったい、手紙書くから。そっちも書いて。
幼馴染の彼にそう言われて、手紙だけのやり取りを始めてから、もうすぐ20年になる。
あれは、私たちが10歳だった頃。当時住んでいた団地の、隣の部屋に彼は住んでいた。
紺色のプーマのTシャツに黒いジャージのハーフパンツ。地元のサッカーチームの、やけに大きなエナメルバッグが似合っていた。
夏休みになると、彼の部屋によく遊びに行った。
彼の母親が出してくれたアルフォートや、じゃがりこを食べながら、二人でDSで遊んだ。
画面上の村には動物たちが住んでいて、ヘンテコな帽子と炎のマークのTシャツ姿の彼と、ピンクのワンピースに白い帽子をかぶった私がいた。
「果物、うちにりんごしかない」
「俺のところは、桃あるよ」
「ちょうだい」
「いいよ。けど、勝手に木ゆすらないでよ」
彼の村の服屋に、二人で行った。
「ねえ、この服似合う?」
「似合わない」
「え、ひどい、でも買う」
「買うんだ」
彼にはマリオカートではなかなか勝てなかった。
だから、どうぶつの森でよく遊んでいた。
──そんなある日、
彼は家の都合で北海道に引っ越すことになった。
彼が引っ越しをして数日経った頃。
約束通り、最初の手紙が届いた。
「元気ですか。ぼくは元気です。
学校はまあまあです。
家から学校までちょっと遠いです。
だから、前の学校のほうがよかったです。
どうぶつの森で、今度つうしんできたら、
村に来てください。ももあります。
だれと遊んでますか。
べつにいいけど、教えてください。
返事ください。短くてもいいです。」
うまくWi-Fiに接続できなくなって、
DSはいつの間にか、やらなくなっていた。
けれども、手紙でのやりとりはずっと続いた。
年賀状だと誰かに読まれてしまうし、便箋なら好きなだけ書けるから、封筒の手紙のほうが都合がよかった。
中学に入ると、勉強の話が多くなった。
彼はクラスで二番目くらいだと、書いてあった。
私は勉強が苦手で、いつも赤点ギリギリだった。でも手紙の中では、定期テストでクラスの平均は超えられたことになっていた。
高校生になっても年に数回、手紙を送り続けた。彼は大手予備校の特進クラスにいるらしい。
手紙には、そう書いてあった。
大学二年の頃、私に初めて彼氏ができたことを、手紙に書いたことがある。
次に届いた封筒は、いつもより少し薄かった。
「よかったね。もう送るのはやめたほうがいいかな?」
その彼氏とは、結局半年も経たずに別れた。
それは正直に、書いた。
彼からの返事は、いつもより早く届いた。
「いい人、またすぐに見つかると思うよ。僕はテニス部で練習漬けの毎日です。」
……その文字は少しだけ踊っているように見えた。
──それから私は、彼が読みたい「私」を、
少しずつ覚えていった。
彼とはSkypeもLINEも交換することはなかった。彼からも、交換しようと言われたことはない。
現実の私は、何人かと付き合い、三年前には名字も変わった。その名字を、彼の手紙の中でだけは、一度も使っていない。
ついこの間まで、授乳で夜が細切れだった。
吐き戻しのついた肌着を洗濯機に入れて、
その音を聞きながら、便箋に向かった。
その時の手紙には、
「最近、仕事が忙しくて」と書いた。
彼からは、
「無理しすぎないで」と返ってきた。
──私はその言葉に、少しだけ救われた。
最近返ってきた彼の手紙には「いつも大体一人」と書かれていた。彼なら私以外に好かれていてもおかしくないはずだけど、出会いが少ないのかな、と思うことにしている。
──真っ白な便箋を目の前にして、
私はふと、スマホで彼の名前を検索してみた。
トップに出てきたのは、札幌の私大のテニスサークルのブログだった。日付は10年前で、試合結果の報告記事。
コートの前で、選手たちと女子マネージャーが並んで笑っている。髪が明るくなっているせいか、どれが彼なのかよく分からなかった。たしかテニス部だったはずだから、人違いかもしれない。
私はそのままFacebookでも名前を検索した。
同姓同名の人が何人も出てくる。
1995年生まれの人が一人だけ、見つかった。
……でも、プロフィール画像の彼は知らない人かもしれない、と思った。
私はそこで、アプリを閉じた。
真っ白なままの便箋に、目を落とした。
夫と子どもは、隣の寝室で寝息を立てている。
半年ぶりの手紙で、書けることはたくさんあるはずだけど、何から書くべきか。
──書き出しは、いつものように「元気ですか」だった。
(了)
(1809字)
今回は、さちさんに事前にご了承いただいたうえで、パテック杯応募作『手紙だけの恋』へのオマージュとして掌編小説を書いてみました。
(追記)
続編となる「手紙の中の僕」が「今日の注目記事」に選ばれました。ありがとうございます。
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