単にIQが高い優秀な人とギフテッドの違い
私は先日、いわゆる「優秀のテンプレート」のような友人と会って話した。
なんでも卒なくこなすタイプの人だ。
彼女に特別出来ないことがあるかと言うと、そうでもないように見える。
大学もトップ校に受かった。
英語が話せ、数学もものすごく得意だ。
性格は快活で、理解力が高く、誰とでもコミュニケーションが取れる。世渡りも上手い。
彼女と話していて、私がよく言われることは「考えすぎだよ」「そんなに気にせず、もっと気楽にいこう!」という言葉だ。
彼女に悪意はまったくなく、むしろ善意で励ましてくれていることは彼女の性格から明らかだ。
しかし、私はここで、ちょっと待って、と思う。
フットワークが軽く、体力があり、どこへでも行く。小さなことは気にしない。私はそんな彼女とはまったく異なる性質をしている。
私は他の人が気付かない些細なことにも気付いて、動揺したり、人の気持ちを汲み取って悩んだりする。環境適応も難しい。
彼女は頭が良いと言っても、ギフテッドではないだろう。
深く思考し、答えのない問いに心が動き探求する私に、彼女は「そんなことを考えたってしょうがない。白黒ハッキリさせたいの。」と言った。
ああ、やはり仲が良いと言っても、色んなタイプの人がいるなあ。
「IQが高い優等生≠ギフテッド」かもしれない、と思った。
もちろん、ギフテッドの中にはIQが高い人もたくさんいる。
しかし、ギフテッドの性質は、それだけでは説明しきれないところがある。
「考えるより、やってみたら意外と出来るものだよ!」と一点の曇りもない表情で話してくれる彼女に、私は一種の壁のようなものを感じてしまった。
やったって、できない人がいる。
繊細だとか、周囲との違いへの葛藤で環境に馴染めない人もいる。
なんだか、彼女が眩しくて羨ましい。
そう感じ、私はなんとなく寂しい帰り道を辿った。
