36歳まで実家暮らし。料理を覚えたら人生が変わった
36歳まで、実家にいた。
今でもこういう言い方をするんだろうか?
いわゆる「パラサイト・シングル」ってやつだ。
小学生の頃はご飯を炊いたり、大根をおろしたり、買い物、洗濯などのお手伝いをしたりした。
しかしそれ以降は、一切家事をしなかった。
実家に貢献しなかった。
あ、31歳くらいの時か。
母が1年あまり入院した時は、さすがに父と協力した。
姉は俺が23歳くらいの時に結婚して、もう実家を出ていた。
俺が36歳で実家を出るきっかけ。
それまでも、父とはソリが合わなかった。
「だったら早く家を出ろ」って話だが、楽さと俺の仕事の経済的不安定さに甘えて、ズルズルと実家にいた。
36歳の頃、サッカーのW杯があった。
父は昔から、テレビを見ながら文句を言う。
その時も、日本代表選手がミスするたびに、「ダメだな」「ヘタくそ」を連発した。
サッカーを楽しく見たい俺は、たまりかねて「うるさい」と呟いた。
父はキレた。
俺は「もう限界だ」と思った。
そして、やっと一人暮らしを決心した。
遅い遅い自活だった。
一人暮らし。
自由だ。
時間も空間も、自分の好きに使える。
しかし、引っ越し当日の夜から、自力で食料を調達せねばならない。
35歳から婚活を始めたこともあり、「家事ができるようになりたい」とは思っていた。
炊飯器、冷蔵庫、電子レンジ、調理器具などは、引っ越し後1週間で、徐々に揃えて行った。
仕事の帰り、毎日ヤマダ電機とニトリに通った記憶がある。
まずは米。
研いで炊く。
これは楽勝。
自分のためだけに炊く米は格別。
おかず。
料理はできない。
とすると、スーパーの惣菜コーナー。
トンカツ、焼き鳥、コロッケ。
半自炊ってやつだ。
どれも俺の大好きなメニューだが、「さすがにそればっかはマズイでしょ」という気持ちが、日に日に強くなる。
そこで決心した。
野菜を食べようと。
「今週はキャベツの週」「長ネギの週」と決め、惣菜と野菜を買った。
ヤマダ電機の店員に勧められた大きな冷蔵庫に、キャベツが半個。
一人暮らしなので、少しずつ消費した。
「いや、もう料理しようよ」という想いが、胸を決壊する。
ついに実家から持ってきた、料理本を引っ張り出した。
料理本は、母が入院した時に買ったが、父が弁当を買いまくったため、お蔵入りになっていた。
料理本の前から順に作る。
しょうが焼き、とん汁、炊き込みごはん。
ハンバーグ、スパゲッティミートソース、チキンドリア。
麻婆豆腐、回鍋肉、青椒肉絲。
最後のページまでクリアした時、俺は料理をマスターした。
魚は安いが、火加減と時間が難しい。
天ぷらと春巻は恐ろしく手間がかかるので、二度と作らない。
それでも、スパゲッティカルボナーラなどを自分で作れた時は感動した。
その後の婚活でも自信になった。
結婚し、出産直後は俺が料理した。
子どもが少し大きくなり、妻のパートが夜になった土日も、俺が料理した。
今は妻のパートが昼のため、俺はほとんど料理していない。
妻は料理が嫌いだが、俺は料理が好きなので、いつでもスタンバっている。
