合わない人が、人を磨く
一緒に仕事をしている人が冷たいと、憂うつになる。
ある物の所在を、再三上司に聞いても返事がない様子を、その人は見ているのに、何も言わない。
俺が「明日の朝、見に行く」と言うと、さすがにそれは大変だと思ったのか、物の所在を知っていることを明かした。
最初から言え!
と思う。
最近愚痴っぽくなってるので、対策も考えたい。
①「そういう人だ」と思う
アテにしない。
期待しない。
その人は「私に聞かないでください」が口癖なわりには、言うことは言う。
その人なりの考えがあるのだろう。
「極力口は出さず、言うべきことは言う」ということなのだろうか。
ならばその人には聞かず、どうしても聞きたい時は今回のように「それはさすがに大変そうだ」という状況を仮定して聞く。
それか、皮肉と気づかれない程度におだてると、気分が良くなるかもしれない。
ホント「やれやれ」なんだけど。
②ほかの人を頼る
これが平和。
聞けば教えてくれる人を頼る。
その人が知らなければ仕方ない。
その人にも大変な状況を理解してもらう。
まあ、色々な人がいるよね。
子どもたちには「友人とは揉めたほうが良い」なんて言ってるけど、大人も同様。
普段優しい人に囲まれていて、いざ冷たい人に出会うと「え?」となる。
「それ知ってたら、最初から言わない?」と。
でもまあ、それは俺の常識であって、その人の常識ではないんだよな。
その人が俺の常識に近づいてくれると楽なんだけど、それは難しい。
かと言って、俺のレベルを落とす必要もない。
基本、自分のレベルに合う人と心地良く過ごして、合わない人には対策を立てる。
ここまで書いて、また思った。
運動や勉強などは、その人の力に合わせると良い。
特別支援教育はその発想。
では、常識、人柄などは?
運動や勉強よりも優劣の評価が難しい。
しかし常識や人柄は子どもの頃から放っておくものではなく、運動や勉強以上に苦労して磨いて行くもの。
優しさとか、思いやりとか。
難しいのは、「足が速い」「知識が多い」のように、運動や勉強は、目指す方向が一直線のことが多い。
それに対して、常識や人柄は、個々によって目指す方向が違う。
さらに難しいのは、趣味のように、完全に個々によって違うのであれば、優劣は存在しない。
しかし、常識や人柄は、個々によって違うのに、何となく優劣もある。
「あの人常識ないよね」「あの人冷たいよね」(どちらも今の俺の気持ちだ)という言葉がある以上、常識があって、優しいほうが、優れているのだろう(「優」という同じ漢字を使うのは、その意味もありそうだ)。
では、どうすれば良いのか?
自分の目指す常識、人柄を磨いて行くしかない。
その途上で「あ、こんな常識があったんだ」「これもまた優しさなのか」と、目からウロコを落とし、価値観を広げて行くと良い。
自分の常識や人柄を人に押しつけない。
それは以前の記事でも自戒している。
しかし、ものすごく理想的なことを言うと、常識や人柄が合う人とレベル高く切磋琢磨しながら、「合わない人もいるよね」と共感できれば心地良い。
でもなー。
それじゃ本当の意味では、磨かれないんだろうなー。
やはり怒り、悔しさなど、不快な思いをする時こそ、磨かれるんだろうね。
まあ、いつもそれだと疲れてしまうから、ほどほどに。
