「愛情不足」じゃない。「時間不足」だ―― 子どもが本音を話す大人の共通点
先日、私が尊敬してやまない、東大卒2児ママの夫さんの記事を読みました。
いや、毎日読んでるんですけど、特にこの記事でヒントを得たことを、私も記事にしたいと思いました。
子どもにとって、親は暇なほうがいい。
それは学校の子ども(児童生徒)と教員・スクールカウンセラー(以下SC)も同じなんですよね。
あまりにも忙し過ぎる教員に「暇になってよ」と言うのは酷なので(本当は暇になってほしいのですが)、まずはSCの話をします。
私も教員ではなく、SCなので。
SCは有り体に言うと、時間を売る仕事です。
「私のこの50分間を、あなただけに使いますよ」という。
その時にSCは暇なほうがいい。
子どもから見て「なんかこのSC、忙しそうだな」と思われるよりも、「SC暇そうだから、相手してやるか」くらいのほうが、本音を話してくれるんですよね。
もっと言うと、遊んでくれるんですよね。
何か問題を抱えた子や、本当は構ってほしい子は、「自分が相手に迷惑をかけること」に敏感です。
だから私が暇そうにして、子どもから相談を受けると、「親や先生には話してない。忙しそうだから、迷惑をかけたくない」という言葉をしょっちゅう言われます。
本当は私よりも、親や教員のほうが接する時間が長いはずなのに、もったいないですよね。
逆に言うと、親や教員との関わりで満たされている子は、私の前に来ないのだと思います。
だから満たされない子が私の前に来ると、ひたすらしゃべります。
それはもう、あり得ないくらいしゃべります。
聞きながら、「この子は普段、自分が主人公の話をしてないんだろうなあ」と思います。
私は「愛情不足」という言葉が嫌いです。
好きな教員がその言葉を使うと、その教員に冷めるくらい嫌いです。
もし子どもが満たされていないのであれば、それは親や教員の愛情不足ではなく、忙しさだと思います。
まあ、厳密に言えば相性や誤解、ボタンのかけ違いなどもありますが、それさえも、時間があれば解決しやすくなります。
もちろん親や教員は実際に忙しいので、「もっと暇になって」とは言えません。
だからちょっとした工夫、たとえば作り置いた料理に添える「あっためてね😄」という書き置き。
家庭訪問で届けたプリントに挟む「今度話そう😊」というメモ。
その1分で、子どもは「親や先生は、自分に時間を使ってくれる」と感じます。
1分の積み重ねが人生で、命です。
あなたはその大事な命の欠片を、どのように使いますか?
