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政治的に正しすぎて面白くない「アンという名の少女」その1

以前の記事で、赤毛のアンの聖地の残念な現状を書きました。

赤毛のアンがぶち壊しにあった件といえば、CBC + ネトフリ制作ドラマシリーズ、Anne with an E ですかね。邦題「アンという名の少女」だそうです。

子供の頃から小説を何度も読み返した者としては、赤毛のアンのテレビドラマ化、映画化、ミュージカル化には、いろいろ言いたいことがあります。

85年の映画(ミーガン・フォローズ主演)は母親と日本で観ましたが、キャストがイメージに合わずちょっとガッカリしました。アン美人すぎ、マリラ太りすぎ、ギルバートもっさりしすぎ。カナダ人にはミーガン・フォローズ版のアン大好きな人が多いんですが、あれは原作を読まず実写版しか見ていない人たちじゃないでしょうか。マシューが買ってくれた膨らんだ袖のドレスの色が原作と違っても構いなしだそうですから。(まあ普通は構わないだろう。)

この映画の続編とCBC(カナダ国営放送)のテレビシリーズは、脚本がどんどん原作とかけ離れていき、私の知っているアン・シリーズではなくなっていったので、見る気が起きませんでした。

で、「アンという名の少女」ですが、キャストがもう原作のイメージにドンピシャ。そうそう、アンはこういうギョロ目の少女なの、マリラもガリガリ感が原作通りですばらしい!ギルバートが萩尾望都の描く美少年みたいな顔をしているのも、かつての昭和少女にはツボすぎる。

しかしビジュアルは原作通りなのに、現代カナダの社会問題をねじ込んだ脚本が、自虐史観の歴史の授業みたいでなんか不自然。ミーガン・フォローズのシリーズが原作から逸脱していったときは、アンとギルバートの恋愛ドラマを二次創作的な妄想でアレンジした感じだったけど、「アンという名の少女」は、サヨクの妄想を優先した「政治的に正しいアン」になっています。

ミーガン以外のアンは認めないとお怒りのカナダ人ファンは多いみたいですが、個人的には「アンという名の少女」キャストのビジュアルが原作ドンピシャなのがなんか許せない。政治的に正しいアンこそ、なんか違う感満載のキャストでやってほしかったわ。(続く)

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