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政治的に正しすぎて面白くない「アンという名の少女」その2

前回のお話:

「アンという名の少女」、エピソードひとつ見るごとに「きーっ」となってしまい、留学生時代からのお友達、佐々木さんに愚痴を聞いてもらいました。

アンとマリラとマシューがビーチで仲良くピクニックしてる場面とか、絶対ありえないんですけど!マリラもマシューも、ピクニックなんかしてる暇があったら農作業に精を出していたはずだ!とか、アンがマリラに向かって反抗期の中学生みたいな口をきくわけがない!とか。

佐々木さん、「あのシリーズ、わりと好き」なのにも関わらず、愚痴につきあってくれてありがとう。

大学生の頃、赤毛のアンを読んだことのないカナダ人の友達に、こう言われたことがあります。「赤毛のアンって、ナイスな女の子のナイスな話でしょ?なんかつまらなそう」

読んだことないのに「つまらなそう」はあんまりじゃないの、と思いながらも、当時はどう反論してよいのかわかりませんでした。しかしですね、「アンのいう名の少女」で、ゲイ告白した友達にアンが「話してくれてありがとう」と言ってる場面を見て、「ナイスな女の子のナイスな話じゃねえか、つまらん!」と思いました。

原作の赤毛のアンは、今ふうの目から見ると、つまらないキャラクターなのかもしれません。野心と向上心に満ち、自立した職業婦人アンが、結婚したら良妻賢母の専業主婦に収まるなんて、昭和のアイドルじゃあるまいし!とフェミニストでなくてもガッカリします。そこを今風にアレンジするなら、「良い子の物語」に落ち着かないでもっと面白くやってほしい。政治的に正しいアンなんて、結局は「結婚したら良妻賢母」のツマラなさと一緒じゃないですか。

「アンのいう名の少女」、若い世代には好評だったようですが、シリーズは打ち切られ、シーズン3の最後にアンとギルバートが慌ただしく両思いになって強制終了。

頭の硬いおばさんとしては、「たりめーだ、原作レイプ終了万歳」と思ったものですが、あのままシリーズが続いていたら、ブーブー言いながらも見続けたはず。先住民寄宿学校の問題をどう回収するつもりだったんだろう。


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