見出し画像

洋書レビュー:煩悩=FUCK?マンソン流「なんちゃって仏教」がウケた時代


10年前のベストセラーです。話題になり、書店でもよく見かけたので題名は知っていましたが、今回はじめて読んでみました。

まず思ったのは「10年前のアメリカ、今よりかなり平和だったな」ということ。

この本は、ミレニアル世代のブロガーが書いた自己啓発の書。対象は当時の若い男性(20代から30代くらい)。「恵まれているのに満たされない俺たち」の苦悩を説明し、「良い人生とは」を説教くさくならずに語る。そのために選ばれた言葉遣いが、F*ck の連発でした。これが爆発的にウケた。

古い本だな、と感じた一番のポイントは、「ソーシャルメディアって素晴らしい。でも実は…」という語り口。今どき、SNSが素晴らしいなんて言ってる人は誰もいません。SNSが不幸製造機として機能していることが誰の目にも明らかになった今、この本は時代の空気を知るための資料として読むと面白い。

著者マーク・マンソン自身が、「恵まれているのに満たされなかった若者」です。裕福な家庭に育ち、遊び相手の女の子はよりどりみどり、人生選び放題のはずなのに、なぜか満たされない。

面白いのは、マンソンが「出家以前のお釈迦さま」に自分を重ね合わせ、人生はクソだと悟っている点。煩悩=FUCKS という翻案は、雑といえば限りなく雑なんですが、間違ってはいません。

アメリカで仏教・東洋由来の自己啓発といえば、「マインドフルネス」とか「禅っぽいなにか」とか、意識高すぎて近寄りがたいものになりがちです。その点、マンソンは FUCKを繰り返す経文で衆生の心を掴んだのです。

「人生はクソの集合体である。本当に大事なクソだけを選んで生きよう」
「大事なクソとはなにか。それはロックスターになることでも大金持ちになることでもジェニファー・アニストンのおっぱいを触ることでもない」

雑で下品な説法、実にアメリカ的です。

もともとアメリカは成功神話が強い国。しかも10年前といえば、SNS長者が「ふつうの人の成功物語」を大量生産し始めた頃。その中で「他人と自分を比較しないこと」「成功しなくていい」「平凡こそが幸せ」を説いたマンソンは、確かに画期的でした。

しかし10年たってから読むと、この本は平和ボケした時代の、贅沢な悩みへの回答だったとも感じます。

マンソンはミレニアル世代の苦悩の源として sense of entitlement という言葉をよく使っています。王子時代のシッダールタのように上げ膳据え膳の環境に慣れてしまうと、自分は特別扱いされて当然、という意識が生まれてしまう。恵まれすぎた世代は、「自分はもっと評価されるはずだった」「こんな人生を引き受けた覚えはない」という感覚に苦しむのです。

マンソンが説く「本当に大切なクソを選べ」は、「選び放題の人たち」には刺さる。選び放題の人たちとは、アメリカでいえば中産階級以上の若い白人男性。しかしその中産階級はものすごいスピードで縮小しています。

現在、北米では「男性の危機」「男性の孤独」がよく議論されていますが、「大事なクソを選べ」というメッセージは、2020年代の危機にはあまり効力がないでしょう。sense of entitlement を拗らせてミソジニーに救済を求める若い男性を救う自己啓発は存在するのでしょうか。

ちなみに、最近のマンソンは同じ自己啓発でも「本を書いて万人に語る」スタイルから「AIを使ったパーソナル自己啓発」にシフトしたようです。「成功しなくていい」と説きながら成功してしまったマンソン自身も、やり方を変える必要があったのでしょう。

AIだのパーソナライズだの、マンソンよお前もマーケティング業界か?という気持ちにはなりますが、もともとこの方は思想家ではなく「自己啓発ビジネス」の人。思想の商品化においてきちんと進化しているともいえます。

けしてビジネスを馬鹿にしているのではありません。マンソンはこの本でも「子供を亡くした苦しみを知らない若造が苦しみを語るな」というような批判を受け、反論せずに実に誠実に対応しています。

自分の言葉が届かない場所を、無理に占領しようとしないマンソンには好感が持てます。他人の痛みを横取りしないという意味で、かなり倫理的な人物だと思います。


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集