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私が備えていたのは、最初の3日分だけでした

はじめに、令和8年熊本地震で亡くなられた方々にお悔やみを申し上げ、被災された方々にお見舞いを申し上げます。この記事は被災地の外にいた私の記録です。現地の状況は日々変わりますので、最新の情報は熊本県や気象庁の発表をご確認ください。

7月28日の夜から今日まで、私はひとつのチャットを閉じずに使い続けました。AIに「昨夜からの差分をまとめて」と送り、返ってきたものを読む。それを12日間、日に1〜3回くり返しました。数えると44往復になっていました。

12日分を読み返して、自分の家に何があるかを数えてみました。サバ缶をはじめ、日持ちのする食べ物はローリングストックで回しています。言葉も知っていましたし、実践もしていました。だから私は、備えのある側の人間だと思っていました。

数えて分かったのは、私が備えていたのは食べ物だけで、しかもそれが何日目を想定した量なのかを、一度も考えたことがなかったということでした。


電気は4日で戻り、水は1か月と言われました

最初に驚いたのは、ここです。

停電は7月28日の夕方に4万8,280戸まで増えました。それが7月31日の夕方に高圧配電線の復旧が完了し、8月1日にはおおむね解消しています。発災から4日です。

断水はまったく違いました。ピークはおよそ10万戸。8月4日に金子国土交通相が「8月中に断水を解消する」と述べ、首相も8月末までの完全解消を関係閣僚に指示しました。つまり1か月です。

同じ「ライフライン」という言葉でくくられているのに、戻ってくるまでの時間が7倍以上違う。私は電気も水もガスも、まとめて「数日で戻るもの」だと思っていました。3日分という言葉だけが頭にあって、その3日が何に対する3日なのかを考えていませんでした。

備えるべき日数は、たぶんライフラインごとに別々です。

同じ地震について、「復旧しました」という言葉が指す範囲がずれていた話も書きました(前回の記事はこちら)。あのときは言葉の話でした。今回は、もっと身も蓋もない話です。

容器を持っていなければ、水はもらえません

もっと具体的なところで、私は詰まりました。

宇城市は8月6日の時点で、給水を1日1回・1人あたり4リットル以内に制限していました。復旧時期は「調査中」で、まだ示されていません。そしてこの給水には条件があります。容器は自分で持参する、です。

我が家にポリタンクはありません。これは忘れていたのではなく、選ばなかったものでした。ポリタンクは18リットル入りますが、水を入れっぱなしにすると品質を保つのが難しい。だから私はペットボトルの水を買ってローリングストックで回し、期限が近づいたものはトイレを流す水などに使う運用にしていました。

判断としては悪くなかったと思っています。ただ、この運用には給水所が入っていませんでした。 給水車が近所まで来てくれても、私の家には水を運ぶ入れ物がありません。空のペットボトルを取っておく習慣もありませんでした。

4リットルという量も、数えてみると心もとない量です。飲むだけでほぼ消えます。手を洗う、歯を磨く、食器をゆすぐ、といった動作は、この4リットルの中に入っていません。

備蓄というと、私はまず「何リットル買うか」を考えていました。先に要るのは、運ぶための入れ物でした。

水と食べ物は備えて、出すほうは忘れていました

断水下でいちばん困るものは何かと聞かれたら、私は飲み水と答えていたと思います。違いました。

日本経済新聞が今回の地震について報じた民間調査によると、簡易トイレ・携帯トイレを自宅に備蓄している世帯は2割にとどまります。もとになっているのは日本トイレ協会の2023年の調査で、備蓄率は22.2%でした。同じ調査で、備蓄水は57.4%、非常食は43.4%です。水と食べ物は半数近くが備えているのに、出すほうだけが2割です。

経済産業省は、1人あたり35回分、つまり7日分を目安に挙げています。1日5回で7日、という計算です。我が家にはゼロでした。

そしてこれは、単に不便という話では終わりません。トイレが使いにくいと、人は水を飲むのを控えます。控えれば脱水し、脱水すれば熱中症になります。次の話につながります。

亡くなった方は、自宅の駐車場にいました

8月2日、熊本県はこの地震で初めての災害関連死の疑いがある事例を発表しました。車中泊をしていた70代の女性が、熱中症の疑いで亡くなっていました。

私はこの知らせを、避難所に入れなかった人の話として受け取りました。事実は少し違いました。女性が見つかったのは氷川町の自宅の駐車場に停めた軽自動車の中で、7月30日の夜のことです。発見時、車のガソリンは空で、エアコンは止まっていました。県が経緯を調べている段階で、燃料切れと死亡との因果関係が確定したわけではありません。それでも、この一文は重く残りました。

家が壊れて逃げた人ではなく、家の敷地にいた人でした。余震が怖くて家の中で眠れない、避難所は遠い、だから車で寝る。私が同じ立場でも、同じことをしたと思います。

JAFの実験では、外気温35度の炎天下に停めた車の車内温度は、何も対策をしない場合で最高57度。サンシェードを付けても50度、窓を3センチ開けても45度まで上がります。エアコンを動かしていれば27度に保てますが、燃料が切れた瞬間に27度側から45度側へ落ちます。熊本市は8月2日に38.9度、3日に40.3度を記録しました。どちらも観測史上の記録です。

給油の習慣が備えになる、という発想は私にありませんでした。今回も、クーラーを使うための燃料を求めて1キロの車列ができたと報じられています。地震のあとに満タンにすることはできません。

断水は、消火栓と透析を止めていました

私が「断水は不便」と思っていたことの、いちばん大きな読み違いがここでした。

7月30日、宇城市松橋町で住宅1棟が全焼しました。消火栓が使えず、防火水槽も枯れ、小学校のプールから水を送って鎮火まで約5時間かかっています。8月6日には同じ市内の竹やぶ火災で、水圧不足のため消火が難航しました。同じ市で、2件です。

医療も同じでした。7月29日の時点で県内44の医療機関が被害を受け、14か所で人工透析が難しくなったと厚生労働省が発表しています。氷川町の災害拠点病院は、入院患者89人を抱えたまま29日の午前から断水に入りました。

断水は生活の質を下げるだけではなく、消防力と医療そのものを止めます。 自分の家の備蓄でどうにかなる範囲を、はっきり超えています。

その背景として、災害拠点病院や避難所など重要な施設につながる水道管の耐震化率が公表されています。国土交通省の2024年度末の調査では、震度7を観測した宇城市が4%、上天草市が6%、八代市が29%、全国平均が32%でした。宇城市の4%という数字は、地震の前から出ていたものです。私は今回はじめて知りました。

買い足しでは間に合わないものが、二つありました

ここまでは買い足せる話でした。買い足せない話も、ログの中に二つ残っています。

ひとつは、電話がつながらないことです。日本製紙八代工場では、地震で電源を失い、閉じ込められた人が110番も119番もかけられませんでした。約40分後、被害を免れた従業員が消防に勤務する親族へ個人的に連絡し、そこからようやく救助要請が届いています。414人が働いていた工場で、これが起きました。家族との連絡手段を電話1本に置くのは危ういのだと思います。私は災害用伝言板を一度も使ったことがありません。使い方を知らないものは、その日には使えません。

もうひとつは、戻らないという判断です。嘉島町のイオンモール熊本では、地震の直後にいったん屋外へ避難した従業員2人が、建物の中へ戻って爆発に巻き込まれました。2階の雑貨店を運営する会社の社長は8月2日、売上金を金庫に戻してほしいと指示していたことを認め、遺族に謝罪しています。一方でイオンの社長は7月29日の会見で、避難後は館内に入らないマニュアルになっていると述べていました。ルールはあったのです。この報道を知ったとき、私は涙が止まりませんでした。

一度外に出たら戻らない。書いてしまえば当たり前ですが、現地では当たり前を守れる状況ばかりではないから、この地震はこういう記録の残り方をしました。家の鍵を閉め忘れた、通帳を置いてきた。同じことは自分にも起きます。そして戻らない理由は、ガス爆発だけではありません。余震で建物が倒れることもあります。

この件は、備えの話の一節に収めるには重すぎました。指示がどう届いたのかは、別の記事に書きます。

揺れを生き延びたあとに、8割が亡くなっています

2016年の熊本地震では、犠牲になった278人のうち直接死が50人、災害関連死が218人でした。8割が、揺れを生き延びたあとに亡くなっています。

今回も、死者38人が8月2日から横ばいで推移する一方、県内の熱中症搬送は309人に達しました(8月4日・総務省消防庁)。死者の数字が止まっている裏側で、その手前の数字は増え続けています。

備えの重心は、最初の一撃ではなく、そのあとの2週間に置かれるべきものだと思いました。

私が知らなかったことは、先に書いてありました

ここまで書いてきて、いちばん自分に効いたのはこれです。

上に並べたことのうち、ほとんどは地震が起きる前に調べられたことでした。断水が停電より圧倒的に長引くことも、給水が1人4リットルで容器持参であることも、簡易トイレの備蓄が2割しかないことも、自分の市の水道管の耐震化率も、全部どこかに公表されていました。私は地震のあとに、AIとのやり取りの中で知りました。

正直に書くと、この12日間でAIは何度も間違えました。私が数えたところ、訂正は8回です。共同通信の集計を拾えずに死者数を少なく報告したこと。まだ分類されていない住宅被害の数字を「一部破損」と読んで、被害の性質まで推論してしまったこと。前日の数字のまま「状況が動いていない」と判断して、実際には2万戸の断水が解消していたのを見落としたこと。命に関わる即時の情報を、AIに任せてはいけません。発表より遅れますし、拾ってくる先には汚染された投稿も混じります。

それでもAIが強かったのは、「まだ終わっていないこと」を毎日同じ形で並べ続ける作業のほうでした。報道は新しい映像を流し、私も新しい数字ばかりを追っていましたが、生活を左右していたのは動かない数字のほうだったのです。

そして、その使い方は災害の最中でなくても成立します。むしろ平時のほうが向いています。今日、自分の住んでいる市の名前を入れて、給水所はどこか、1回に何リットルもらえるのか、容器は要るのか、指定避難所で車中泊が認められているのか、水道管の耐震化率はいくつか、と聞けます。

素人にとって難しいのは、調べることではありませんでした。何を聞けばいいか自体を知らないことでした。今回、私はそれをAIとのやり取りで教わりました。地震が起きてからでした。

この12日間で私が足したのは、携帯トイレと、消臭剤の入ったトイレ用のビニール袋と、近所のドラッグストアで買った2リットルの水6本です。モバイルバッテリーが充電されているかを確かめ、防寒用のシートも用意しました。どれも1時間で揃うものばかりでした。1時間で揃うものを、私は10年ほど揃えずにいたことになります。

まだ足りていないものもあります。災害用伝言板を一度使ってみることも、自分の市の給水の条件を調べることも、まだ手つかずです。車をお持ちの方は燃料が半分になったら補給する習慣も必要かと思います。電車も止まるでしょうから、通勤では2駅分歩くようにして、電車が止まっても自分の足で歩けるくらいの体力をつけるようにしています。
防寒シートは用意したのに、今回の被災地でいちばん人を追い詰めたのは暑さでした。私の備えは、まだ自分の想像の範囲しか埋めていません。

あなたの家にある備蓄は、何日目を想定したものでしょうか。


この記事は「AIと、正しく付き合うために」にまとめています。AIの答えを鵜呑みにせず、確かめながら使うための記録です。


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