眠り姫は不眠症(創作)・後編
続き。
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ある日、茨が城の見回りに出かけるとお姫さは熱心に医学書をよんでいました。
医学書を読んで、分からなければ辞書を引き、生物学の本読んで、時々化学やら薬学、時には子供が学ぶような理科のほんまで遡り、言葉が分からなければ辞書を引き、それでも分からなければその国の言葉を学ぶ。
行ったり来たりするやり方は消して効率の良い方法ではないはずですが、茨が医学を教えることが出来るはずもなく、お姫様のポテンシャルにかけるしかありません。
またある日は、城の小さな運動場と、騎士が使っていた器械運動道具や訓練用のプールを使って体を動かすお姫様を見かけました。
べんちぷれす、すくわっと、でっどりふとかいう3種目を中心に筋肉を鍛え、水泳はバタ足やストロークから練習を初めて有酸素運動をすることを図書室で覚えてきたようです。
懸命に自分のために努力するお姫様を茨は見守りました。
70年経てば五体満足で王子に発見されることを、世界の理につくわれた茨はしっています。
食料?家事?全然ノープロブレム。やんなくても健康と清潔は守られます。
世界の理、の別名を「童話の都合」というのですが、賢い茨は知っていました。
お姫様が、国王を憎んだところで仕方ないと思っていること。
国王が、ポンコツの極みなのはわかりきってる、それでもね。
ムカデを貶めたことを反省してることもしっていました。
茨は、もうたくさんだと思いました。
こんなに素直なお姫さまがあと70ねんひとりぼっちなんて間違ってる。
……✏️
ある日、ターリア姫が運動場をランニングしていると、ぽてん、と上からムカデが落ちてきました。
こんにちは、ムカデさん。茨さんはお元気かしら?
ムカデはビックリしました。この年頃の女の子と来たら、聞くに絶えない声でムカデが落ちてくれば必ず叫ぶのです。
ぎゃああああっ!って。だからムカデはひめをいっぺんにすきになりました。
ムカデ「茨は本体を残して、時々人の姿に化けて人探しにでかけているよ。そのあいだ、茨本体と、僕とヤモリ、ほかの茨の友達ででこのお城を守ろうってこんたんさ。茨本体はとても強いからまず安心さ。何かあれば必ずぼくらがきみをまもるからね」
ターリア姫はびっくりしました。
茨がいない、心細くて寂しいと思ったことに。
以前の姫なら
なんでおまえ人になって外に出られるん?お前だけ?ご都合主義がすぎんかこのボケが!誰か連れてこい!助けろ!
と罵倒すること必至。お姫様は15歳まで淑女教育で何を学んでたんでしょうかね。
でもお姫様にはそんなことはどうでもよかった。ここに茨が居ない。お姫様は不在を胸苦しく思ってる。
それだけでした。
お姫様はナチュラルにヒトを侮辱する父似の天然性悪でしたが、自分に正直で賢い女の子でもありました。
ここで自分を見守ってる茨に悪意がないことが分かるくらいには。口は悪いけどお互い様なことも。
……✏️
茨がいなくて寂しくなったターリア姫は、ころんとベットに転がりました。
相変わらず少しも眠くありません。
お勉強の成果も芳しくなく、どの程度の睡眠薬を飲めば眠りが来るのかは何となくわかるのですが、この体の中からムズムズとやってくる不安感がなんなのか、どの程度のものなのか、いくら本を読んでもわかりませんでした。
それは精神医学と言われる分野のものでしたが、本だけで学ぶのには限界があることをつくづくと感じます。
お姫様には人間関係の経験値が圧倒的に足りない。
スットコドッコイで何かあったら逃げ出す両親の被害者でもあるのです。
そのことはお姫様を存外に苦しめていましたが、いつまでも被害者ヅラしてはいられません。
自分で立ち上がらなければ、あと70年、この不安に支配されたままなのですから。
よるはゆっくりとふけていきます。
コンコン、とドアがノックされました。
「ヤモリです」
ドアの向こうでヤモリが呼んでいます。
入室を許可するとヤモリがするりと入ってきました。大きな瞳、愛らしい手、大きくてうすい口、ビジュのいいヤモリはカンもよく、茨の不在を知った姫を心配して様子を見に来たのでした。
ヤモリは「眠くなる成分のお茶を飲みませんか、お庭に生えているハーブを煎じてフレッシュハーブティーの準備をしました。簡単なお菓子も用意しました」
どこまでも気立てのいいヤモリさんなのでした。
ターリア「ヤモリさん、茨さんはいつ帰ってくるって仰っていたの?」
ヤモリ「あんまり長く留守にはできないから、2週間程で帰ってくるそうですよ。100年眠るはずだったのに30年で目が覚めちゃったのだから、自分も30年でお姫様にいい相手がやってきたらお城を開いてもいいんじゃないかと、魔法使いに相談に行ったみたいですよ。」
そんなに長く留守にしないことに安心したターリア姫は、ヤモリとアレコレと茨の話をしました。
ターリアは、口が悪いけど芯はしっかりしている(茨だけに)、お姫様でも臆さず意見する茨をなかなか立派な男性だと(30年ものの茨だけに)評しました。
ヤモリは気だてはいいけど女子脳なので
ヤモリ「きゃー!それって恋ですか?」
と、突如興奮して食いついてきます。デカい口で。
お姫様はビックリしてそんな事ないわよ、と言いましたが、恋かどうか分からないけれど、茨の不在を寂しく思っていることは確かだ、とイモリに打ち明けました。
ヤモリはますます興奮しましたが、素直に打ち明けたお姫様はなんだか少し普段より眠くなった気がして、ヤモリとの話を上手にまとめて、ベットに潜り込みました。
明日がやってきたら、また体を動かしてお勉強をして、ヤモリやムカデとお話をして、眠れたら眠る。
今できることを懸命にやるしかないのです。
……✏️
2週間経って、茨が帰ってきたのをお姫様は城の玄関から迎えました。
「ただいま」
「おかえり」
正直なところ、茨の魔法使いへの相談の結果は芳しくありませんでした。
魔法使いの見解は世界の理の都合上、100年経ったらイケメン王子がやって来て扉を開ける、それまで扉は開かないだろうというものでした。
魔法使い「でも。世界の理、いや童話の都合では、100年間、お城の中で何が起こってるかなんて関係ない(書いてない)のよね」
魔法使い「あなたが連れてこられる範囲の友達、そしてあなた自身と、不眠症のお姫様が、不眠症の研究をしたり、筋トレしたり、楽しく遊んでても童話の都合上なーんも問題ないのよ」
魔法使い「最後はイケメンが城をあける。100年寝てるだけの幼い姫はそのイケメンに惚れ込むだろうけど、見た目15歳のまま、自らを研鑽した115歳の姫がそのイケメンに惹かれるかしらね。童話の都合上、惹かれることにはになってるけどね。常識的に考えて難しいんじゃないかな」
茨はお姫様に魔法使いの言ったことを話しました。
お姫様は、にっこり笑って
「70年も先のことだもの。そうなったらその時考えましょうよ」
と言いました。
「今だけ、今と考えられる範囲の理想や夢のことだけ考えましょう」
「私の不安神経症はどうしたら治るかさっぱり分からないの。ただ、目の前のことに丁寧に打ち込んで、今はイモリが入れてくれるハーブティーくらいの、よわい弱いお薬を飲む。それで健康ではいられるのだからね」
茨もそれでいいような気がしました。
70年先に何があったとしても、それまでの70年の方がどう考えても長いし、それを善いものにするのは、自分たちの努力次第だからです。
……✏️
お姫様はお城の薬の倉庫を一つ一つ点検して、ヤモリが持ってきたハーブティーににた成分の睡眠導入剤をみつけました。
童話の都合上、お城の中のものは劣化しないのでちゃんと飲める状態です。
自分の眠れないほどの不安は何に由来しているのか、今のお姫様はほんの少し分かります。お姫様には愛情が足りていなかったのです。
お姫様に必要な愛情は、12個の美徳でもパーティーでも、国中の糸車を燃やすことでもありませんでした。
お姫様のすることを優しく見守ってくれる、助言をくれてまた見守ってくれる種類のもの。そういうものにお姫様は縁がなかった。
過去のことは仕方がない。茨はとりあえず優しく見守ってくれるし、何しろこの私が、いちばん私の近くにいる私が、私を優しく見守るのがいちばん手っ取り早いのです。
お姫様は薬をじっと見つめて。
そっと引き出しに戻しました。
今日はお勉強して、体を鍛えたら、ムカデとゲームをして遊ぶ約束をしています。
ヤモリとお茶をする約束もあります。
全部すんだら、茨を呼び出してお話をするつもりです。
見た目は15歳ですが、45歳のお姫様ですから、ちょっとくらいお酒だって飲んでもいいでしょう。
……お姫様じゃなくて、ターリアという女性として、自分のいま与えられた範囲で、人生を楽しんでもいいと思うのです。
70年間は、そうするの。
ターリアは倉庫をでて、図書室に向かいました。
(終)
