壁打ちのススメ。ぶつけられ、跳ね返し、ぶつけられてまた跳ね返し
今日も今日とて、定例会議の終わると、不可思議な言葉を口にしている自分に気づく。
「ほいじゃあ、いったん持ち帰りま~す」
おい、こら、自分。持ち帰る。何をだ。弁当か。いや、持ち帰るのは結論である。結論という名の、会議前より幾分か重くなった不安である。
プレゼンをしたものの結論が出ない。そんな会議を何度も経験すると、僕はだんだん会議というものを天気予報みたいに思い込み始める。
「明日の午後の会議では不安が晴れ、結論が広がるでしょう」
まあ 、大概の場合予報はハズレて今日と同じ漆黒の曇天だったりするのであるが。
さて、本題。
世の中には「壁打ち」という行為があるのだね。お恥ずかしながら、ぼかあ、つい最近知りました。
この間、社長に呼ばれて「おい、壁打ちの相手になってくれ」なんつって言われてさ。
最初に聞いたときは、ああ、社長も日頃から反省の度合いが足りぬ僕に堪忍袋の緒が切れ、僕を社屋の壁の前に立たせ「テニスボールをラケットで半狂乱になってガンガン打ちまくるの刑」に処すのだな、と思ったらぜんぜん違った。
ビジネスにおける「壁打ち」とは、自分の考えやアイデアを誰かに話して、反応や質問をもらいながら整理・改善する行為。
語源をたどれば、ほらやっぱりテニスで、壁にボールを打って返ってきた球で練習すること。ビジネスでは「相手を壁のように使って思考を跳ね返し、考えを深める」という意味で使われる。
「あの~社長、壁打ち相手っちゅうのは、どのようなスタンスで話を聞きゃあいいんすかね?」
「壁打ち相手に求められる役割は、答えを出すことではないぞ。俺の発想や方針に適切な質問をしてくれること。前提や思い込みを指摘してくれること。異なる視点を持っていること。話を整理する手助けをしてくれることだ。まったく、おま〜は、そんなことも知らんのか、おま~は」
実際に僕が社長の壁打ち相手になったのは「熱中症対策」に係る今後の社の方針についてだった。
「どのような熱中症対策が本当に必要なのか?」「社員や現場にとって効果的な対策になっているか?」「単なる注意喚起ではなく、行動変容につながる仕組みになっているか?」などに関して社長の発想や方針を跳ね返す壁になったのである。
社長は「正解を教えてくれ」ではなく「この考えについてどう思う?」「抜けている視点はあるか?」と僕に問うてきた。
はじめこそ戸惑ったが、よく考えてみれば普段の仕事そのものが社員の壁打ちの壁みたいなものなので、僕はすぐに要領を掴んだ。
要するに、相談は、相手から解決策や助言をもらうことが目的。壁打ちは、自分の考えを相手に聞いてもらって整理し、より良い答えに近づけることが目的。その相手が僕。僕は壁。
考えてみれば、世の中には、実に様々な「壁」があるよなあ。
雨風から家族を守る家の壁。行く手を阻む壁。越えようとしても越えられない壁。はたまた、疲れ果てた人が寄りかかる壁。
壁打ちの壁が求められるのは、答えを出す壁でも、塞ぐ壁でもなく、考えを跳ね返すこと。
重ねて申すが、振り返ってみれば僕のサラリーマン人生は、誰かの壁打ちの壁としての役割を担ってきたようなものだ。僕はみんなのお手軽な壁だ。
もし職場で一人で考え込んでいることがあったら、答えを求める相談ではなく「ちょっと壁打ち相手になって」と誰かにお願いしてみるとよいかもしれない。考えは、出してもらうより、跳ね返してもらった方が身になることがある。
「じゃあ次も壁打ち頼むな、ふじちゅう」
己の考えを僕という壁にぶつけて考えを整理した社長は、すっきりした面持ちでその場を去った。こうして僕は、本日をもって社長公認の壁になったのでありまする。
……だけども。問題は。今朝の会議。結論がない。
やばい。呑気に社長の壁になっている場合じゃないっつうの。どうしよう。今朝持ち帰った会議の結論、明日までに出さなくちゃ。
……誰か、僕の壁になってくれ。
わーわー言っとります。時間だで。さいなら。
