20260329
髪を洗わせてもらった。
まだ手術跡を濡らすことは出来ないので、ウイーンと伸びるシャワーヘッドで。
はじめて使ったのでびしょ濡れになったけど、頭スッキリした~!
あと、濡らすとちゃんと髪がくるんくるんになったので安心した。
パーマ落ちてない!!
午後、母が見舞いに来る。
カフェオレと豆大福を持って……なぜこの組み合わせだったのだろう?
どちらも美味しく頂いたけど、お昼食べすぎたので大福は半分しか食べられなかった。
もうちょっとだけでも食事の量を減らせないか確認中。
出てきちゃうと、残すの勿体ないから無理してでも食べちゃうんだよねー。
母が帰ってから原稿。
軌道に乗りつつある。1万字をやっと超えた。
ここからどう、物語を転がそうかしら。
消灯してから「グレート・ギャツビー」を読む。
読み切って、今、しんみりとしている。
ギャツビーのいたいけさに同情し、トムの傲岸さに憤慨し、デイジーの浮つきに嫌悪を抱きながら。
読めて良かった。
翻訳物は、原書がどんなに面白くても、訳者の文才に左右されてしまう。
私はそのことを、「惡の華」で思い知った。あんなに苦い経験はない。トラウマになったくらいだ。
以来、海外作品を避けてきた。
しかしその中でも村上春樹の訳には信頼を置いていた。
「ティファニーで朝食を」なんか最高だと思う。
レイモンド・チャンドラーの「長いお別れ」は、訳者は違うが、カリ≠ガリというバンドの「ギムレットには早すぎる」を聴いて読んだ。
そうやって少しづつ信頼を取り戻していって、ここ数年は意識的に海外作品を読もうと努めている。
ディーリア・オーエンズ「ザリガニの鳴くところ」はとても良かったし、ガルシア=マルケス「百年の孤独」は言わずもがな。
カルミネ・アバーテ「ふたつの海の間で」ももちろんのこと、小声書房のフェアで出したテッド・チャン「息吹」も新しい世界をくれた。
とりわけ、新潮社のクレストでは、まだまだ読みたい本が沢山あるのだが、こうやって書き出すと結構読んできたような気もするし、まだまだ足りない気もする。
次に読む本は飛鳥部勝則「抹殺ゴスゴッズ」にする予定だ。
あと一週間は入院の予定だから、読み切れるだろう。
家にはサリンジャーの短編小説も積んである。
帰る楽しみがあるのはいいことだね。
