創業者はいつまで「経営者」でいられるのか ── スタートアップの株式希薄化とCEO交代の構造
データは2026年3月時点の公開情報に基づいています。学術論文の引用元は本文中に記載しています。網羅的な調査ではありません。
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第1章:「創業者=経営者」はいつまで成り立つのか
スタートアップにおいて、創業者は会社を立ち上げる存在である。最初のプロダクトを構想し、最初のチームを組み、最初のリスクを引き受ける。その時点では「創業者=経営者」は自明だ。
だが外部資本が入るにつれ、この図式は必ずしも自明ではなくなる。
ハーバード・ビジネス・スクールのNoam Wasserman教授は、1990年代後半から2000年代にかけて設立された米国のインターネットスタートアップ202社を分析し、創業者CEOの経営継続に関する大規模な研究を行った。その結果は直感に反するものだ。
3回目の資金調達(Series C相当)までに、創業者の52%がCEO職を離れている。創業者CEOのうち、IPOまで経営者であり続けるのは全体の25%未満。そして、創業者CEOの交代の73%は自発的な退任ではなく、事実上の解任だった。
出典:Noam Wasserman, "Founder-CEO Succession and the Paradox of Entrepreneurial Success," Organization Science 14(2), 2003. / Noam Wasserman, "The Founder's Dilemma," Harvard Business Review, February 2008.
Bill GatesやLarry Ellison、Mark Zuckerbergのように、創業者が長期にわたって経営を率いるケースがメディアでは目立つ。だがWasserman自身が述べているように、彼らが注目されるのは「典型的だからではなく、例外的だから」である。
本稿では、特定の事例の是非を論じることはしない。創業者が経営者であり続けられるかを左右する構造的な力学を整理する。
第2章:株式の希薄化 ── 資金調達で創業者の持分はどう削られるか
資金調達は経営権と表裏一体の関係にある。株式を発行して外部資本を入れるということは、持分を誰かに渡すということだ。そしてその持分は、ラウンドを重ねるごとに不可逆的に減少する。
日本の創業者はどこまで持分を維持できているか
IT-Farm Corporation代表の黒崎守峰氏とガイアックス代表の上田祐司氏の対談(2023年)によれば、日本では社長の持株比率が50%程度で上場することが一般的だという。網羅的な統計データがあるわけではないが、実務者の認識としてはこの水準が目安とされている。一方、米国では創業者が10%程度で「仕上がる」のが標準的であり、米国の創業者は日本の約10倍の外部資本を集めるということだ。
出典:ガイアックス公式サイト「【投資家の目④】こんなにも違う!海外と日本スタートアップの役員構成や持株比率」2023年6月
一見すると「日本の創業者のほうが持分を維持できている」ように見える。だがこれは裏を返せば、日本のスタートアップの調達規模が相対的に小さいことの表れでもある。持分を維持しやすいのは、調達額が小さいからだ。
では、大型の調達を行った場合、持分はどの程度削られるのか。参考値として米国のデータを見ておく。Cartaの調査(2023〜2024年)によれば、ラウンドごとの希薄化率の中央値は概ね以下の通りだ。
シード:約20%
Series A:約20%
Series B:約17%
Series C:約14%
出典:Carta, "State of Private Markets" 各四半期レポート(2023〜2024年)における米国プライスドラウンドの分析に基づく中央値。
累積で見るとインパクトは明確だ。仮に創業者1人が100%からスタートし、各ラウンドで上記の中央値に沿って希薄化が進んだ場合、Series Bの時点で保有率は30%を下回る計算になる。実際には共同創業者の有無、ESOPの設計、セカンダリー取引の有無などで大きく変わるが、方向としては明確だ。Series Cでは、創業者の持分が15〜25%まで縮小するのが典型的なパターンとされている。
日本のスタートアップがSeries B〜C規模の調達を行えば、同様の希薄化が起きる。前述の通り日本では50%を維持したまま上場するケースが多いが、それは多くの企業がこの水準の希薄化に到達する前にExitしているからであり、大型調達を行えばこの構造から逃れられるわけではない。
過半数を割る瞬間の意味
ここで重要なのは、持分の減少は段階的に起きるが、過半数を割る瞬間は一度しか来ないということだ。経営権にとって最も意味を持つ閾値は50%である。過半数を持っていれば株主総会での決議権を握れるが、それを割った瞬間に、法的には取締役の選任・解任を含めた重要事項が外部株主の判断に委ねられる。
さらに、純粋な持分の希薄化だけでなく、VCとの投資契約に含まれるプロテクティブ・プロビジョン(拒否権条項)の存在も見落とせない。優先株主に対して、新株発行、M&A、役員報酬の変更、定款変更などに関する拒否権が付与されることは日本でも一般的になっている。つまり、持分上は過半数を維持していても、実質的な意思決定権は契約によって制限されうる。
そして後述するように、日本には米国の創業者が使える議決権の「防衛の仕組み」が制度的にほぼ存在しない。大きく調達して急成長を目指す場合、日本の創業者は米国以上に経営権を失うリスクが高くなるという、見えにくい構造がある。
第3章:日本のスタートアップでCEO交代が起きにくい構造
前章で見たように、日本の創業者は米国と比較して高い持分を維持したまま上場する傾向がある。この事実は、もう一つの問いを生む。日本ではなぜ、創業者がCEOの座を追われるケースが少ないのか。
Wassermanの研究が示すのは、主に米国のスタートアップにおける力学だ。日本でも創業者の交代が全く起きないわけではないが、その頻度は米国と比較して構造的に低い。これは創業者個人の能力や意志の問題ではなく、制度と市場環境がそのように作用している結果だと考えられる。
持分構造が「交代できない設計」を作っている
最も直接的な要因は、持分の力学そのものにある。
前述の通り、日本のスタートアップでは創業者が50%前後の持分を維持したまま上場するケースが一般的だ。過半数を保有していれば、株主総会における取締役の選任・解任の決議権は創業者の側にある。VCが「交代すべきだ」と考えても、株主総会で議決権を行使する力を持っていなければ、その意思を実行に移すことは法的に困難だ。
これに加えて、取締役会の構成も影響する。米国のスタートアップでは、Series Bの時点でVCが取締役会の過半数を占めることも珍しくない。取締役会がCEOの選解任に実質的な権限を持つ以上、VCがボードの多数派を形成していれば、創業者を交代させる意思決定は取締役会の決議として成立しうる。
一方、日本ではVCが取締役に就任しても1〜2名にとどまるケースが多く、ボードの多数を創業者側が維持する構造が一般的だ。これは調達額が小さいことの帰結でもある。大きな金額を入れるほど投資家はガバナンスへの関与を強めるが、調達額が小さければ求められる関与も小さくなる。結果として、創業者の交代を取締役会レベルで議決する構造が成立しにくい。
さらに、日本のIPOの規模自体が米国と比較して小さいという事実がある。時価総額100億円未満での上場も珍しくなく、Series B〜C程度の希薄化段階(創業者がまだ過半数を維持できている段階)でExitが可能だ。Wassermanの研究によればSeries Cまでに52%の創業者がCEO職を離れるが、日本ではそのSeries Cに到達する前に上場する企業が多い。交代圧力が最大化するタイミングの前にExitの窓が開くという構造が、結果的にオーナー社長の継続を可能にしている。
プロフェッショナルCEOの人材市場が日本にはない
もう一つの構造的な要因は、交代先の不在だ。
米国では、スタートアップの創業者を交代させた後に就任する「プロフェッショナルCEO」の人材市場が成熟している。VCが創業者の交代を推進できるのは、議決権を持っているからだけではなく、交代後に据えるべき人材プールが存在するからでもある。Wassermanの研究で創業者交代の73%が事実上の解任であることが示されているが、それは「代わりの人材がいる」という前提があってこそ成立する。
日本ではこの人材市場が未成熟だ。前述のガイアックスの黒崎氏が指摘するように、米国では上場後に経営陣の多くが入れ替わるのが一般的だが、日本では上場後も10年経っても同じメンバーが経営を続けることが多い。これは日本の経営者が優れているからではなく、フェーズに応じて経営者を入れ替えるという慣行そのものが定着していないことを意味する。
10人の組織をマネジメントするスキルと、1,000人の組織をスケールさせるスキルは本質的に異なる。米国ではこの認識がVCと創業者の間で共有されており、フェーズに応じたCEO交代は制度として組み込まれている。日本では、創業者が全フェーズを通じてCEOであり続けることが暗黙の前提になっている。
制度と市場が作る「均衡」
これらの構造は、それぞれ独立に存在するのではなく、相互に強化し合っている。
持分が高いからVCが交代を実行できない。交代の慣行がないからプロ経営者の市場が育たない。プロ経営者がいないから交代の選択肢がそもそも検討されない。そしてその結果、創業者は持分を高く維持するインセンティブをさらに強める。
この循環は、ある種の均衡状態を形成している。日本のスタートアップ・エコシステムが「創業者がずっとCEOである」ことを前提に設計されている以上、個々の企業がこの構造から逸脱するコストは高い。
ただし、この均衡が「望ましい」かどうかは別の問題だ。Wassermanの研究が示す通り、創業者交代は企業のExitの質を高める一方で廃業率も上げる。「交代が起きやすい構造」と「交代が起きにくい構造」のどちらが優れているかは、エコシステム全体の目的によって異なる。日本の構造はオーナー企業の安定性を生む一方で、創業者が自身の適性を超えたフェーズでも経営を続けざるを得ない状況も構造的に作っているという見方もできる。
ダイニーのシリーズB調達と創業者交代 ── 均衡が崩れるとき
なお、この均衡が絶対的なものではないことを示す事例も存在する。飲食店向けクラウドサービスを提供するダイニーは、2024年にBessemer Venture PartnersやHillhouse Investment Managementといった海外VCから約74.6億円のシリーズB調達を実施した(同社プレスリリース 2024年9月26日)。そして2026年2月、創業者でCEOだった山田真央氏が退任し、共同創業者でCTOだった大友一樹氏が代表取締役社長兼CEOに就任している(日本経済新聞 2026年3月2日)。
退任の経緯や背景については、創業者と取締役会の間で見解が大きく分かれており、2026年3月時点でも詳細が公開され続けている。本稿ではその是非に踏み込まず、構造的な事実に注目する。同社の法人登記情報によれば、シリーズB調達後の取締役会は5名で構成されており、うち3名はリード投資家であるBessemer Venture Partners、Hillhouse Investment Management、およびEclectic Managementの関係者が就任している。社内出身の取締役は創業者の山田氏と共同創業者の大友氏の2名だ。つまり、取締役会の過半数がVC側にある構成が、調達プロセスを通じて形成されていた。
本章で述べた通り、日本のスタートアップでは一般にVCの取締役会への関与は限定的であり、創業者側がボードの多数を維持することが多い。しかし、海外VCから大型の資金調達を行った場合には、この前提が変わりうる。調達規模が大きくなれば、投資家のガバナンスへの関与も強まる。ダイニーの事例は、「日本では交代が起きにくい」という構造が調達規模の小ささを前提とした均衡であり、その前提が変われば力学も変わりうることを示唆している。
第4章:成功のパラドックス ── 業績が良いほど創業者CEOは交代させられる
第3章では、日本で創業者交代が起きにくい構造を整理した。では、交代が起きる環境ではどのような力学が働くのか。Wassermanの研究が示す「成功のパラドックス」は、この点について直感に反する発見を提示している。
大企業のCEOは、業績が悪いときに交代させられる。これは直感的に理解できる。しかし創業者CEOの場合、業績が「非常に良い」ときにも交代確率が劇的に上がる。
直感に反するように聞こえるが、構造を整理すると筋が通る。
創業者CEOの最も重要な初期ミッションは、プロダクトの開発を完了させることだ。創業者は課題の解像度が高く、プロダクトの方向性を定める上で最適な人物であることが多い。だが、プロダクト開発が完了し、企業が急成長フェーズに入ると、求められるスキルセットが根本的に変わる。組織のスケーリング、営業組織の構築、資本市場とのコミュニケーション。創業者が得意とする領域とは異なるスキルが必要になる。
Wassermanの表現を借りれば、「創業者CEOがこの最重要マイルストーンの達成に成功したまさにそのとき、交代の確率が劇的に上昇する」。
そしてもう一つ、逆説的だが、中程度のパフォーマンス(悪くはないが飛び抜けてもいない)の創業者CEOが、最もCEOに留まりやすい。業績が悪ければ交代圧力がかかる。業績が良ければ「もっと成長させるためのプロフェッショナルCEO」への交代圧力がかかる。どちらでもない中間地帯が、最も安全な場所になるという構造だ。
ただし、創業者全員がこの力学に従うわけではない。Wassermanの著書 The Founder's Dilemmas(2012年)によれば、5人中4人の創業者が経営移行に抵抗すると報告されている。創業者にとって会社は「自分のこども」のような存在であり、客観的には交代が合理的であっても、感情的にはそれを受け入れることが極めて難しい。
出典:Noam Wasserman, The Founder's Dilemmas: Anticipating and Avoiding the Pitfalls That Can Sink a Startup, Princeton University Press, 2012. / Noam Wasserman, "The Founding CEO's Dilemma: Stay or Go?", HBS Working Knowledge, August 2005. / Noam Wasserman, "The Founder's Dilemma," Harvard Business Review, February 2008.
第5章:VCはなぜ創業者を交代させるのか ── ファンド構造とポートフォリオの論理
創業者のCEO交代を求める主体は、多くの場合VCである。これは感情ではなく、構造に基づく合理的判断だ。
VCにはファンドの期限がある。典型的には10年。前半5年で投資を実行し、後半5年で回収する。この期間内にExit(上場やM&A)を通じてリターンを出し、LP(出資者)に説明する責任がある。個々の投資先を「最も大きく成長させる」ためにできることを探す。その一つがCEOの交代だ。
このファンド期限の構造は日米で共通だが、LPの構成は大きく異なる。
内閣府の資料によれば、米国ではエンダウメント(大学・財団の基金)と年金基金がLP出資者の65%以上を占める。彼らは超長期の資産運用を前提としており、10年のファンド期間すら「一つのサイクル」にすぎない。一方、日本ではLPの9割以上を事業会社と金融機関が占める。
出典:内閣府 科学技術・イノベーション推進事務局「スタートアップ・エコシステムの現状と課題」2022年
この差は、VCから創業者にかかる圧力の「質」を変える。
米国のVCは、エンダウメントや年金という長期志向のLPに支えられている。彼らが求めるのは純粋な財務リターンであり、投資先の事業内容に口を出す動機は薄い。結果として、創業者への圧力は「成長速度」と「Exit規模」に集中する。
日本のVCは、事業会社からの出資(CVC)が相対的に大きな比重を占める。CVCの目的は財務リターンだけでなく、自社事業とのシナジーにある。投資先の事業方針に対してLP=事業会社の意向が反映されやすい構造があり、創業者への圧力が「成長速度」だけでなく「事業方向性」にまで及びうる。
もちろん、CVCが多いこと自体に良し悪しはない。事業シナジーを通じてスタートアップの成長を加速させる例も多い。ただ、創業者の意思決定の自由度という観点で見ると、日本のほうが制約の種類が多い構造になっているという点は押さえておきたい。
ハーバード・ロースクールのコーポレートガバナンス・フォーラムに掲載された研究によれば、VCバック企業における創業者の交代は、IPOや良い条件での買収といった「質の高い流動性イベント」の実現確率を高めるという結果が出ている。
出典:Darius Palia, et al., "Founder Replacement and Startup Performance," Harvard Law School Forum on Corporate Governance, November 2017.
ただし、同じ研究は別の側面も指摘している。創業者を交代させた場合、生き残った企業の売上は向上する傾向がある一方で、企業そのものの廃業率も上昇する。つまり、創業者交代は「大きくExitする確率」を上げる代わりに、「企業が死ぬ確率」も上げる。
この構造はVCのビジネスモデルと整合している。ファンド全体でリターンを最大化するポートフォリオ戦略において、個々の企業が生き残ることよりも、成功した企業がどれだけ大きくなるかが重要だからだ。
出典:Jing Chen & Peter Thompson, "New Firm Performance and the Replacement of Founder-CEOs," UC Berkeley Fung Institute Working Paper, 2015.
ここに本質的な衝突がある。
創業者は「この会社の理想」を追う。Wassermanのフレームワークでは、これを「King(支配)」の動機と呼ぶ。一方、VCは「ポートフォリオ全体の期待値最大化」を追う。これを「Rich(財務リターン)」の動機に対応させると、創業者とVCの時間軸と評価軸は構造的にずれている。
Wassermanはこれを「Rich vs. King」の二律背反として定式化した。より多くの株式を手放して外部のコファウンダーや社員、投資家を引き付けた創業者のほうが、手放さなかった創業者よりも、結果的に企業価値の高い会社を築く。だがそのリターンの多くは、創業者自身がプロフェッショナルCEOに交代させられることで生まれる。
つまり、「大きく育てるほど、自分がそこにいられなくなる」という根本的なトレードオフが存在する。
なお、この構造そのものに対する問題提起も出始めている。米国の大手VCであるSequoia Capitalは2021年に、従来の10年固定型ファンドを廃止し、運用期間の定めがないエバーグリーンファンドへの移行を発表した。Sequoiaは「10年のファンドサイクルは1970年代に作られた枠組みであり、現在のスタートアップの成長速度やビジョンとは合わなくなっている」と述べている。ファンド期限が創業者とVCのミスアラインメントを生む構造であるという認識は、VC側にも広がりつつある。
出典:Sequoia Capital, "The Sequoia Fund: Patient Capital for Building Enduring Companies," October 2021.
ただし、エバーグリーンファンドが標準になるかどうかは現時点では不透明だ。LPにとっては流動性が下がるリスクがあり、日本のLP構成(事業会社・金融機関中心)を考えると、この仕組みがそのまま日本に移植される可能性は高くない。構造の変化の兆しとして記録しておくにとどめる。
以上が、VCが創業者交代を推進する構造的な合理性だ。日本のスタートアップは調達規模が小さいぶん、この力学が直接作動するケースは少ない。しかし第3章のダイニーの事例が示すように、大型の海外VC調達を行えば、日本企業であってもこの力学の射程に入る。そして日本の創業者には、米国のデュアルクラスストックのような、持分を超えて議決権を維持する制度的な手段がほぼ存在しない。
デュアルクラスストック(種類株式)── Zuckerbergの防衛手段と日本にない理由
ここまで見てきた構造に対して、「それでも経営権を維持している創業者はいるではないか」という反論はあり得る。Mark ZuckerbergやGoogleの創業者たちが使っているのが、デュアルクラスストック(種類株式による複数議決権構造)だ。Zuckerbergは約13.6%の経済的持分でMetaの議決権の約61%を支配している(2024年のProxy Statement時点)。ただしこの仕組みは「創業者が優れた経営者であり続ける場合」にのみ機能し、IRRC/ISS調査(2016年)ではデュアルクラス企業の長期パフォーマンスが下回る傾向も示されている。
出典:Meta Platforms, Inc. Proxy Statement (DEF 14A), 2024. / Congressional Research Service, "Dual Class Stock: Background and Policy Debate," IF11992.
日本の読者にとって重要なのは、この防衛手段がほぼ使えないという事実だ。東証は議決権種類株式の上場について「コーポレート・ガバナンスに歪みをもたらす可能性が高い」としてネガティブなスタンスを取っており、実際に種類株で上場した企業は2014年のCYBERDYNE1社のみ。それも軍事転用防止という極めて特殊な事情による例外だった。EY Japanによれば、日本では上場前に種類株を普通株に転換するのが通例だ。
出典:AND Beyondコンサルティング「種類株上場は可能なのか?」2017年 / EY Japan「種類株を残してのIPOは可能でしょうか」
つまり、日本の創業者が経営権を維持するには、株式の持分そのもので過半数を守るしかない。大きく調達すれば持分は不可逆的に希薄化する。第3章で触れたダイニーの事例が示すように、米国の創業者が持つ「議決権の防衛壁」なしに大型調達を行えば、取締役会構成の変化を通じて経営権の重心は投資家側に移りうる。日本のスタートアップが「50%を維持したまま上場する」のが一般的なのは、裏を返せば「大きく調達して急成長する」モデルとの両立が構造的に難しいということでもある。
第6章:資本構造を「再設計」するという選択
Rich vs. Kingの二律背反は、外部資本が入った瞬間に始まる構造的な力学だ。だが、この力学に正面からぶつかり、資本構造そのものを再設計する選択肢がある。MBO(マネジメント・バイアウト)による株式の非公開化だ。
以前の記事(「ラクスルが印刷で勝ち物流で苦戦する理由 ── 業界の壁を3軸で構造化する」)で、ラクスル創業者の松本恭攝氏(現会長)のMBOについて「上場企業の時間軸では3軸が複雑な業界のDXに本腰を入れにくいという構造的制約を外そうとしている事例」として分析した。ここでは同じ事例を、創業者と資本構造の力学の観点から見直す。なお、ラクスルのMBOは2025年12月に発表され、2026年3月現在TOBが進行中だ。
MBOが完了すれば、四半期ごとの決算開示義務がなくなり、短期的な収益成長を市場に示す圧力が消える。これは第5章で述べた「VCの時間軸と創業者の時間軸のズレ」に対する一つの解答だ。上場企業の株主は流動性があるため、短期で売却できる。そのぶん、経営にも短期の成果を求める。MBOはその構造を外すことで、創業者が長期的な視点で事業に向き合う余地を取り戻す。
ただし、MBOは「制約を外す」行為であって、「問題を解決する」行為ではない。非公開化しても、事業上の課題(物流であれば商慣習の複雑さやステークホルダーの多さ)は何一つ変わっていない。資本構造を変えたことで「できるようになること」はあるが、「できること」が増えるかどうかはこれからの話だ。
もう一つ注意すべきは、MBOは誰にでも取れる選択肢ではないということだ。MBOにはPEファンド等のバイアウト資金が必要であり、それを引きつけるだけの事業規模と収益性が前提になる。初期段階のスタートアップには構造的に使えない手段であり、「資本構造の再設計」はある程度成長した企業にしか開かれていない。
第7章:結論 ── 資本構造が決めるもの
本稿で整理してきたことは、以下の構造に集約される。
創業者は会社を作ることができる。しかし、経営者であり続けられるかどうかは、情熱や能力だけでは決まらない。資本構造が、それを大きく左右する。
資金調達のたびに持分は希薄化し、過半数を割った瞬間に法的な意思決定権の重心は外部株主に移る。業績が悪ければ交代を求められ、業績が良くても交代を求められる。この構造は個人の能力とは独立に作動する。そして日本の創業者には、米国のように議決権構造で経営権を防衛する選択肢がほぼ存在しない。持分そのもので過半数を守るか、MBOで資本構造を再設計するか。いずれも条件と制約がある。
VCのファンド期限、LPの構成、議決権の制度設計、投資契約の拒否権条項。これらはいずれも、創業者個人の意志とは独立に存在する構造だ。そしてこれらの構造は、最初の資金調達の時点ではあまり意識されないことが多い。
Wassermanの研究が示しているのは、RichとKingの両方を手にできる創業者が例外的な存在であるということだ。この二律背反は善悪の問題ではなく、構造の問題である。どちらを選ぶにせよ、その選択が何を意味するかは、資本構造の力学を理解して初めて見えてくる。そして多くの場合、それが見えるようになるのは、選択の結果が不可逆になった後だ。
2026年3月
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