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AIに食われるビジネス、残るビジネス ── ホリゾンタルとバーティカルの明暗


データは2026年3月時点の公開情報に基づいており、数値は各社の決算短信・プレスリリース・調査レポートで確認しています。特定の事例を通じた構造分析であり、網羅的なサーベイではありません。

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第1章:何が食われて、何が残るのか

「AIですべて終わる」と「まだ大丈夫」が飛び交っている。どちらも解像度が低い。

実際に起きていることを見ると、AIの圧力は均等にかかっているわけではない。比較サイト、予約メディア、マッチングプラットフォーム、営業代行、ノーコードツール——領域によって受けている影響の度合いがまったく違う。同じ会社の中ですら、事業によって好調と停滞が分かれているケースがある。

この差は何か。「どのビジネスのどの部分が食われて、どの部分が残るのか」を構造で整理してみたい。

先に結論を言えば、ホリゾンタル(業界横断型)なビジネスモデルは食われやすく、バーティカル(業界特化型)に業務インフラとして食い込んでいるものは残りやすい。 この記事では、その構造を具体的な決算データとともに検証する。


第2章:ホリゾンタルが食われる構造

「情報の非対称性」がAIに埋められる

ホリゾンタルなサービスの多くは、「情報を整理・変換・仲介する」ことが価値の中心にある。

データを集めてダッシュボードにする。複数の選択肢を比較して一覧にする。買い手と売り手の間に立って紹介する。テキストを別の形式に変換する。——これらの価値の源泉は、情報の非対称性だ。ユーザーが情報を持っていないから、整理・仲介するサービスに価値がある。

AIは、この情報格差を直接埋める。しかもコストが安く、速く、パーソナライズもできる。情報格差がなくなれば、仲介の存在意義が薄れる。

さらに、ホリゾンタルなツールには構造的な弱点がもう一つある。スイッチングコストが低いことだ。業界固有の業務フローに食い込んでいないため、ユーザーは別のツールに乗り換えやすい。AIがより良い代替手段を提供した瞬間、移行が起きる。

加えて、SaaS企業のパーシート課金モデル自体が揺らいでいる。AIエージェントが10人分の仕事をこなせるなら、10席分のライセンスは不要になる。これはホリゾンタルSaaSに特に響く。バーティカルSaaSは業務プロセス全体を支えているため、シート数が減っても業務自体は残る。ホリゾンタルなツールは、そのツールで行う「作業」自体がAIに代替されるリスクがある。

もう1つ見落とされやすい構造がある。「競合に狙われる」のではなく、「ついでに埋まる」リスクだ。翻訳、文字起こし、OCR、名刺管理——こうした汎用的な機能を単体で提供しているサービスは、GoogleやMicrosoft、Appleが専用の競合プロダクトを作って攻めてくるわけではない。パイが小さすぎて狙う動機がない。しかし、汎用プラットフォームが自社サービスの精度や機能を上げ続ける過程で、結果としてこれらの専用サービスを使う理由が消えていく。電子辞書、カーナビ、ICレコーダーがスマホに置き換えられたのと同じ構造だ。

「食われる」には2種類ある。競合に正面から奪われるケースと、誰にも狙われていないのに市場ごと消えるケース。後者のほうが対処が難しい。正面の敵がいないので危機感が生まれにくく、売上が減り始めたときには既に手遅れになりやすい。

この構造的な圧力は市場データにも表れている。ホリゾンタルSaaSの成長鈍化はAIの台頭以前から進んでおり、B2B SaaSスタートアップの中央値成長率は2024年の47%から2025年には28%に低下、SaaSインデックスは2025年にS&P 500を6.5%下回った。そこに追い打ちをかけたのが、2026年1月末のAnthropicによるClaude Coworkのプラグイン公開だ。発表後にSaaS企業の株価が軒並み急落し、「SaaSpocalypse(サースポカリプス)」と呼ばれた。一方、Forresterの分析ではバーティカルソフトウェア市場は2025年の約1,335億ドルから2029年には1,940億ドルへ成長する見通しとされている。圧力はホリゾンタル側に偏っている。

出典:TechCrunch——"SaaS in, SaaS out: Here's what's driving the SaaSpocalypse"(2026年3月)、SaaStr(2026年1月)、Lighter Capital 2025 B2B SaaS Startup Benchmarks、Ctech(2026年1月)、Forrester——バーティカルソフトウェア市場予測(ITトレンド「SaaSpocalypseから次世代へ」2026年記事経由で参照)

海外では既に業績に表れている

この構造が業績にどう影響するかは、海外の事例が先行している。

最も明確なのはChegg(米国のオンライン学習支援サービス)だ。学生がテキストの問題の解答を月額$19.95で閲覧するサービスで、「情報の仲介」の典型だった。ChatGPTが2022年11月に登場すると、学生は同じ質問をAIに無料で聞けるようになった。2023年5月の決算説明会でCEOが「ChatGPTが新規顧客獲得に影響を与えている」と認め、株価はその日に49%下落。これは上場企業がAIによる事業への打撃を公式に認めた最初のケースとされる。2025年Q1には売上が前年同期比30%減の1.21億ドル、購読者数は31%減の320万人にまで落ち込み、2025年中に2度のリストラ(5月に22%、10月に45%)で従業員の半数以上を削減した。時価総額は2021年のピーク147億ドルから99%超が消失し、2026年3月19日時点では時価総額約6,300万ドル(株価$0.57)にまで縮小している。倒産はしておらず、B2Bモデルへの転換を進めているが、再建の見通しは不透明だ。

出典:Chegg——2025年Q1決算発表(2025年5月)、CNBC——"Chegg slashes 45% of workforce"(2025年10月)、Higher Ed Dive——"Chegg slashes nearly half of its workforce"(2025年10月)、CNBC——Chegg時価総額ピーク147億ドルに関する報道(2025年10月)、Investing.com——Chegg株価情報(2026年3月)

Stack Overflow(プログラミング技術Q&Aサイト)でも同様のことが起きている。月間質問数がピーク時の20万件超から、2025年12月にはわずか3,862件(前年比78%減)にまで急減した。開発者の84%がAIツールを使用中または使用予定と回答しており、「同じ回答をより早く得られるなら、Stack Overflowは必要ない」というのが実態だ。

出典:DEVCLASS——"Dramatic drop in Stack Overflow questions as devs look elsewhere for help"(2026年1月、Stack Overflow Data Explorerデータに基づく)、Stack Overflow——2025 Developer Survey(AI利用率84%のデータ)

いずれも、情報の仲介(解答の提供、技術的な質問への回答)がAIに直接代替されたケースだ。仲介の構造が明確であるほど、AIによる代替も明確に業績に出ている。

日本企業にはまだ明確に出ていない ── ただし兆候はある

一方、2026年3月時点で、日本企業の業績にAIの影響が明確に表れているケースは確認できなかった。日本は企業のAI導入自体が遅れており(個人の生成AI利用経験率は日本26.7%、米国68.8%、中国81.2%)、Cheggのような「AIに直撃された」事例はまだ出ていない。

出典:総務省——情報通信白書(2025年)

ただし、兆候はある。

ランサーズが公開した「発注トレンドランキング2025」では、2023〜2024年と2年連続でランクインしていた「文字起こし」が2025年にはランク圏外に落ちた。単純な情報変換作業の需要がAIに代替され始めている。一方、「デザインデータ修正・変換」が1位に浮上しており、AIが生成したデザインの最終調整という新しい需要が生まれている。

出典:ランサーズ——「発注トレンドランキング2025」プレスリリース(2025年12月16日)

また、検索行動そのものが変わり始めている。調査会社ヴァリューズの分析では、Google検索を通じたWebサイトへの訪問数が過去2年間で33%減少した。別の調査では、生成AI利用者の約4割が検索頻度を減らしたと回答している。この減少はAIだけが原因ではなく、SNS経由の情報取得の増加やGoogleのアルゴリズム変更も複合的に影響しているが、いずれにせよ「ユーザーが検索して、サイトに訪問して、そこから送客される」という導線の入り口が細くなっている。

出典:日本経済新聞(調査会社ヴァリューズ調査)、株式会社シード——「AI検索動向調査」(2025年10〜11月、1,504人対象)

この構造が当てはまる日本のサービスは幅広い。比較サイト(価格.com、マイベスト)はSEO経由の送客手数料やアフィリエイトが収益モデルだ。価格.com事業は売上175.6億円(前年同期比1.9%増)とほぼ横ばいで、マイベスト(月間約3,000万人利用、2022年度売上50億円規模と推定)もSEO依存度が高い。求人メディア(求人ボックス、Indeed等)は求人情報の仲介モデルで、AIが経歴と希望条件から直接マッチングできるようになれば「経由」の必要が薄れる。求人ボックスは売上144.1億円(同58.3%増)と急成長中だが、先行投資によりセグメント赤字だ。一般Q&Aサイトでは、NTTドコモが運営していた「教えて!goo」が2025年9月にサービスを終了している。終了の直接的な理由がAIかどうかは公表されていないが、ユーザーが一般的な疑問をAIに直接聞ける環境が整いつつある中で、匿名Q&Aサイトの存在意義が構造的に薄れていることは確かだ。

出典:カカクコム——2026年3月期 第3四半期決算短信〔IFRS〕(2026年2月4日発表)、マイベスト——会社説明資料(2025年)、教えて!goo——サービス終了のお知らせ(gooヘルプ)

すべてが同じ速度で起きるわけではない ── 日米の法規制の違い

ただし、Cheggの構造をそのまま日本に当てはめることはできない。日本では、弁護士法72条(非弁行為の禁止)、税理士法52条(税務相談の制限)、医師法17条(医業の制限)など、専門資格を持たない者が専門的な助言を行うことを法律で禁止している領域が広い。Cheggは学生の宿題の「答え」を提供するサービスで、資格は不要だった。しかし日本の士業Q&A(弁護士ドットコムの法律相談、税理士ドットコムの税務相談等)では、AIが「回答」すること自体が法的にグレーまたは制限される可能性がある。こうした領域は、法規制がAI代替のバリアとして機能するため、Cheggのような急速な崩壊は起きにくい。

Cheggの時価総額99%消失はChatGPT登場からわずか2年で起きた。日本企業にとって、「まだ業績に出ていない」は「構造的に安全」を意味しない——ただし、日本固有の法規制や商習慣が移行速度を遅らせる要因にもなりうる。そして法規制は単なる遅延要因ではなく、「残る」側の堀そのものになる。

作っている側が警告しているのに、なぜ止まらないのか

2026年2月のAnthropic Builder Summitでは、CEO Dario Amodeiが開発者に対して「汎用AIの性能が上がったときに自社プロダクトが生き残れるか」を問い、UIを被せただけの"thin wrapper(薄いラッパー)"は堀にならないという趣旨の議論がなされた。汎用AIが提供できる機能の上に載っているだけのサービスは、モデルの性能向上のたびに存在意義を失う。堀は「World of Atoms」——物理世界、規制、業界固有のドメイン知識にある、というのがその主張だ。

出典:Medium——"The Death of the AI Wrapper: Anthropic's Founders Reveal the Ultimate Tech Moat"(2026年2月、Anthropic Builder Summitでの発言をもとに構成された記事)

生成AIを作っているトッププレイヤー自身が「汎用AIで代替できるサービスを作るな」と明言している。にもかかわらず、ホリゾンタルな情報仲介モデルから抜け出せない企業は多い。なぜか。

構造的な理由は少なくとも3つある。

1つ目は、今の売上が構造的リスクを見えにくくすること。 Cheggはピーク時に年間売上7億ドル超、営業利益率も高かった。「今売れている」という事実が、構造的な脆弱性を覆い隠す。売上が立っている間は、ビジネスモデルの転換は「わざわざ壊す」行為に見える。

2つ目は、AIの精度が「まだ」完璧ではないことが猶予に見えること。 AIの回答にはまだ誤りがある。専門領域では不十分な場面も多い。この「まだ」を「だから大丈夫」と読み替えてしまう。しかしAIの性能向上は連続的であり、「まだ大丈夫」が「もう手遅れ」に変わるタイミングは、外から見ているとわかりにくい。Cheggの場合、ChatGPT登場から業績への影響が明確に出るまでわずか半年だった。

3つ目は、パーシート課金で成長してきた組織が、自らそのモデルを否定するインセンティブを持たないこと。 売上の大半がシート数×単価で構成されている企業にとって、「シート数が減る未来」を前提にした戦略は、既存の営業組織・KPI・報酬体系と正面から矛盾する。転換が必要だと頭では理解していても、組織の慣性がそれを許さない構造がある。


第3章:何が残るのか ── 堀は何でできているか

第2章で見たように、情報の仲介モデルは構造的に弱い。では、何が残るのか。

バーティカルSaaSの堀:3つの条件

残りやすいのは、ユーザーが「調べに来る」サービスではなく、事業者の業務フローの中に組み込まれているサービスだ。その堀を分解すると、3つの要素に集約できる。

① 法規制への準拠が価値の中核にある

freeeは会計の法制度、SmartHRは労務手続きの法的要件に準拠していることが価値だ。税制が変わればfreeeのエンジニアがコードを更新する。「法改正を追い続ける」業務は、汎用AIだけでは完結しない。法改正の解釈、当局への確認、既存機能への影響分析——これらは業界に張り付いて初めてできる仕事だ。

実際に業績データを見ても、これらのバーティカルSaaSは堅調だ。freeeのARRは343.9億円(2025年6月末、前年比+31.8%)で、2026年6月期Q2の売上成長率は前年同期比+29.5%。2025年6月期に初の通期黒字化を達成した。SmartHRのARRは200億円超(2025年5月時点)で、前年の150億円から+30%以上の成長。継続利用率は99%以上だ。いずれもAIの圧力下で成長を維持しており、第2章で見たホリゾンタルなサービスの停滞・縮小とは対照的だ。

出典:freee——2026年6月期 第2四半期決算説明、2025年6月期 決算短信、SmartHR——プレスリリース「ARR150億円突破」(2024年2月)、日経クロステック——「SmartHRが給与計算に参入」(2025年6月)

弁護士ドットコムもこの構造を体現している。法律相談Q&Aというホリゾンタルなメディア側のARRは46.4億円(前年同期比4.3%増)とほぼ横ばいだが、クラウドサイン(電子契約)のARRは72.1億円(同29.4%増)で成長を牽引している。電子契約は法的要件(電子署名法、e-文書法等)への準拠が価値の中核にあり、AIだけでは代替しにくい。

出典:弁護士ドットコム——2025年3月期 決算説明資料、株探——「弁護士ドットコム:業績の底打ち気運が高まる」(2025年3月)

② 建設・製造・物流 ── 物理オペレーションと一体化している

建設、製造、農業、物流——現場に人やモノが存在する。データ活用やAI最適化は進むが、建物を建てる、商品を配送する、電力を供給するという物理的な行為自体は代替不能だ。そして、物理オペレーションを支えるソフトウェアは、その業務フローに深く組み込まれている。スイッチングコストが構造的に高い。

建設業界特化のANDPAD(アンドパッド)はこの構造の好例だ。クラウド型建設プロジェクト管理サービスとして利用社数23.3万社・ユーザー数68.4万人を超え、導入企業数で8年連続シェアNo.1。2025年秋にARR 100億円を突破した。建設現場という物理的なオペレーションの中に組み込まれており、一度導入すると容易には切り替えられない。さらにANDPADは③の「業界固有データ」の堀も併せ持っている。

出典:アンドパッド——プレスリリース「導入企業数8年連続シェアNo.1」(2025年12月)、ANDPAD Tech Blog(2025年12月)

③ 業界固有のデータが堀になっている

介護報酬の改定ロジック、医療の診療報酬体系、金融の規制対応——業界特有の知識とデータの蓄積は、汎用AIでは簡単にキャッチアップできない。バーティカルSaaSが何年もかけて蓄積した業界データは、それ自体が参入障壁になる。②で触れたANDPADは「建設業界最大級の活動データが集まるプラットフォーム」を自称し、蓄積した現場データを活用して建設特化型AIプロジェクト「ANDPAD Stellarc」を始動している。物理オペレーション(②)と業界固有データ(③)の両方を堀にしている事例だ。

3条件の重なりが堀を深くする

この3つが重なる領域は堀が最も深い。たとえば医療系SaaSは、診療報酬体系(規制)と病院の業務フロー(物理オペレーション)と患者データ(業界固有データ)の3つが重なっている。

ただし、この堀は永続的なものではない。AIの学習速度は速い。規制情報は公開されているものも多く、業界データも時間をかければ蓄積できる。堀が深いのは事実だが、それは「攻略に時間がかかる」という意味であって、「攻略不能」という意味ではない。

別の観点からの留保もある。バーティカルSaaSが堅調なのはAIのおかげで堅調なのではなく、AIの影響をまだ受けにくい構造にあるだけだ。業界自体が縮小すれば、AIとは無関係にバーティカルSaaSも影響を受ける。「AIに食われない」と「事業として安泰」は別の変数であることには注意が必要だ。

ホリゾンタルでも堀を持つケース

ここまでの議論は「ホリゾンタル=弱い」という方向に寄っているが、ホリゾンタルな構造でもAIに食われにくいケースはある。LinkedInはその典型だ。求人マッチングという情報仲介モデルを持っているが、12億人超の登録者が築いたプロフェッショナルネットワーク(職歴・スキル・人的つながり)は、AIが外部からゼロで再現できるものではない。FY2025(2025年6月期)の売上は約178億ドル(前年比+9%)で、AI時代にも成長を維持している。堀はバーティカルだけにあるわけではない。ネットワーク効果やデータの蓄積が十分に強ければ、ホリゾンタルでも堀になる。

出典:Microsoft——FY2025 Annual Report、LinkedIn Pressroom

ただし、LinkedInの堀の中核は「情報の仲介」ではなく「ネットワークそのもの」にある。第2章で述べた「情報の整理・変換・仲介が価値の中心にある」サービスとは構造が異なる。ホリゾンタルだから食われるのではなく、価値の中心が情報の仲介にあるかどうかが分岐点だと言い換えたほうが正確だろう。


第4章:ホリゾンタルからバーティカルへの転換は可能か

ホリゾンタルが食われてバーティカルが残るなら、ホリゾンタルな領域にいるプレイヤーは「バーティカルに転換すればいい」ということになる。実際にそれを実行した事例がある。

ランサーズの転換

ランサーズはフリーランスのマッチングプラットフォームだ。「発注者と受注者の仲介」というホリゾンタルな構造を持っている。2025年3月期(通期)で売上高45.9億円・営業利益1.1億円とV字回復を達成しているが、その背景にあるのは単なる業績改善ではなく、ポジションの転換だ。

ランサーズは2025年5月に「AX(AIトランスフォーメーション)カンパニー」への転換を宣言し、3つの施策を打っている。AI人材の登録推進(2024年の約3,600名→2025年6月に9,000名超)、「ランサーズAI大学」でフリーランスにAI教育を提供、「ハイブリッド型AIエージェント」で企業のAI導入を支援する事業の立ち上げ。

出典:ランサーズ——決算情報(Yahoo!ファイナンス)、Media Innovation——2025年3月期決算説明会レポート(2025年5月)、ランサーズ——AI人材1万人突破プレスリリース(2025年8月)

これは何をやったかというと、「誰でもいいから仲介する」ホリゾンタルなマッチングから、「AI人材に特化したインフラを提供する」バーティカルなポジションに移ったということだ。AIに奪われる側の案件(文字起こし等)が減る前に、AIを使う側の案件とインフラを自ら作りに行っている。

転換の条件と限界

ただし、この転換は誰にでもできるわけではない。ランサーズが転換できたのは、既に300万人のフリーランス基盤を持っていたからだ。その基盤の上にAI教育とAI案件のインフラを載せた。基盤がない企業が同じことをやるのは難しい。

また、ランサーズの転換が長期的に成功するかはまだわからない。AI人材の登録者数が増えても、案件の供給が追いつかなければプラットフォームとしては成り立たない。数四半期の決算で成功と断定するのは早すぎる。


第5章:おわりに

AIの圧力を受けるのは、情報の整理・変換・仲介が価値の中心にあるホリゾンタルなビジネスだ。比較サイト、求人メディア、Q&Aサイト、SEO記事型メディア——検索流入に依存するモデルは、検索行動そのものが変わることで構造的に影響を受ける。残りやすいのは、業務オペレーションに食い込んだバーティカルなビジネスであり、特に法規制・物理オペレーション・業界固有データが堀になっている領域だ。ホリゾンタルからバーティカルへの転換は不可能ではないが、堀も永続的ではない。堀がある間に何をするかが問われている。

自分自身、ホリゾンタルなサービスとバーティカルなサービスの両方に中から関わってきた。業界横断型のツールを作る側にいたこともあるし、特定の業界に入り込んでその業界の構造を一から掴みながらプロダクトを設計する側にいたこともある。その中で体感してきたのは、バーティカルに深く入った事業は「AIが来ても壊れにくい」だけでなく、そもそも顧客との関係が質的に違うということだ。業務フローの中に入り込んでいるサービスは、顧客にとって「使っているツール」ではなく「業務の一部」になっている。その差は、構造として見ると明確に分かれる。

自分のビジネスはどちら側か ── 3つの問い

もし自社のサービスがAIの圧力を受ける側にいるかどうかを確認したいなら、以下の3つの問いが判断材料になる。

① 自社の売上のうち、「情報を整理して渡す」ことで成り立っている比率はどれくらいか。 情報の収集・比較・変換・仲介が価値の中心にあるなら、その部分はAIに代替されるリスクがある。売上の何割がこの構造に依存しているかを見る。

② 自社のサービスを解約した顧客は、翌日の業務が回らなくなるか。 「不便になるが回る」なら、スイッチングコストは低い。「回らなくなる」なら、業務フローに組み込まれている。この差が堀の有無を分ける。

③ 自社が5年間で蓄積したデータや業界知識のうち、汎用AIが半年でキャッチアップできないものはどれか。 それが堀だ。逆に、公開情報を整理しただけのデータは堀にならない。

これは処方箋ではなく診断だ。どちら側にいるかがわかれば、次に何をすべきかの判断は変わってくる。

この記事では企業やサービスの構造を分析してきた。ただ、ホリゾンタルとバーティカルという軸は、企業単位の話だけではない。同じ問いは個人の仕事にも当てはまる。自分の仕事のうち、「情報を整理して渡す」部分はどこか。特定の業界や領域に深く入り込んで蓄積した知識や関係性はどこか。——ホリゾンタルな部分とバーティカルな部分は、一人ひとりの仕事の中にもあるのではないだろうか。


2026年3月


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