見出し画像

採用の水準を保てない会社で起きること ── スタートアップで人を増やすほど鈍くなる理由

成長を急ぐスタートアップは、人を増やそうとする。一方に、伸びていそうな会社に入りたい人がいる。たくさん募集していれば、人は集まる。ここまでは、ただの事実だ。問題は、その集まってきた人を、どんな水準で選ぶかにある。水準が保てないまま頭数だけ増えると、組織はかえって鈍くなる。本記事で見たいのは、なぜそうなるのか、いちど鈍くなった組織がなぜ元に戻りにくいのか、そして、それを防ぐために採用の何を変えればいいのか、という構造だ。スタートアップを何度か中から見てきた立場で、考えてみる。

本記事では、採用の水準が保てないまま人が増えたとき、組織に何が起きるのかを見る。
前半で、入口で何が抜け落ちるのか、そしてなぜいちど下がった水準が戻りにくいのかを整理する。
後半で、人数が増えた組織で何が表に出てくるのか、フェーズによって必要な人がどう変わるのか、そして採用の水準を保つには何が要るのかを考える。
引用する調査やデータは、組織の壁やコスト構造が存在することを示すもので、本記事の見立て自体を直接証明するものではない。ここで述べるのは、確認できる事実から組み立てた一つの仮説だと考えてほしい。
データは2026年5月時点で確認できる公開情報に基づき、引用した調査・レポートの出典は文中に記載している。


関連記事:


第1章:勢いに乗りたいフリーライダーが増える

スタートアップに人が集まるとき、その動機はさまざまだ。事業の中身に惹かれて入る人もいれば、一緒に働く人に惹かれて入る人もいる。それ自体は自然なことだ。

ただ、何社か中から見ていると、もう一つの入り方が目につく。会社が「何をやっているか」より、「なんだかすごそうにやっている」ことに惹かれて入ってくる、という入り方だ。資金調達のニュースが流れ、有名な投資家の名前が並び、メディアに出ている。その勢いを見て、「ここに乗っておきたい」と思う。事業を自分ごととして引き受ける前に、まず勢いに乗る。

これは大企業に安定を求めてぶら下がる、という昔から語られてきた現象とは違う。まだ小さく、安定とは程遠いスタートアップで、それでも乗っかるだけの人が入ってくる。安定が目的ではない。勢いに乗ること自体が目的になっている。言い換えれば、組織が生み出す勢いには乗るが、その勢いを自分で生み出す側には回らない入り方だ。本記事ではこれを「フリーライダー」と呼ぶ。ここで言うフリーライダーは、入った後に活躍しなかった人を後から指す言葉ではない。入口での動機の型のことだ。だから、入った後に伸びるかどうかとは別に、入口の時点で見分けようとする対象になる。

そして、勢いのある会社にはフリーライダーが集まりやすい。調達額やプレスリリースが誰の目にも見えるようになり、「伸びていそうな会社に乗る」ことが、一種のキャリアの動き方として語られるようになった。事業の中身を深く理解するより、勢いのある看板を選ぶほうが、外からは分かりやすく、合理的にすら見える。ここに悪意はない。伸びている場所に身を置きたいと思うのは自然だし、勢いのある会社を選ぶこと自体は何も間違っていない。

うまくいかない会社は、採用の入口に行き着く

いくつかの組織を中から見てきて、思うことがある。うまく回っていない会社ほど、たどっていくと採用の入口に行き着くように見える。事業の筋が悪いとか、市場が厳しいとか、原因はいろいろ挙がる。けれど中で起きていることを見ていると、もっと手前で、どんな人を、どんな基準で入れてきたか、というところに行き着く場面が多い。

具体的には、こういう形で表に出る。

  • その人に何を任せるのかという職務の定義(ジョブディスクリプション)が曖昧なまま採っていて、入ってから「思っていた役割と違う」というミスマッチが起きる

  • 同じ職種に何人もいるのに、誰がどこまで持つのかが決まっておらず、仕事が宙に浮く

  • チームの中で動くことが求められる場面で、一人で抱えてしまって連携できない

  • 新しく入った人が前の会社のやり方をそのまま持ち込み、周りにも同じやり方を求める

どれも個人の能力というより、「誰を、何のために入れたか」が揃っていないことの現れに見える。外からは資金調達や成長の数字で勢いがあるように見える会社でも、中では、こうしたことが起きている。なかでも最後の「前のやり方を持ち込む」は、やり方の違いそのものが問題なのではなく、その違いをすり合わせないまま進むときに起きる――この点は、共感を扱う章で改めて触れたい。

これは一社の話ではなく、複数の組織で繰り返し見た形だ。もちろん、勢いに惹かれて入った人がそのまま事業に深く共感していくことも多い。ここで見るのは、そうではない入り方が一定数まじる場合の話だ。

では、なぜこうした入り方が、入口で止められずに通ってしまうのか。成長を期待されているスタートアップには、人を増やす圧力がかかる。調達した資金には、それを使って成長を見せる期待がついてくる。事業を広げ、開発を速め、組織を大きくする。そのために人を採る。すると、採ること自体が目的になりやすい。本来は「事業を前に進められる人を採る」はずが、計画した人数を埋めることが先に立つ。採用目標が頭数で語られ、その数を満たすことが評価される。「この人は事業を自分ごとにできるか」という見極めより、「枠を埋められるか」が優先されやすくなる。

しかも、応募が集まれば、その中には事業に惹かれて来た人も、勢いに乗りたいだけの人もまじる。両者を見分けるには手間がかかる。急いでいる会社にとっては、見分けるコストを払うより、頭数を満たすほうが、その場では合理的に見えてしまう。会社は急いでいるから見極めず、フリーライダーは乗ることが目的だから問われない。誰も悪意を持っていないのに、コミットを問わないまま人が増えていく。ここが、水準が下がり始める入口だ。


第2章:いちど下がった水準は、なぜ戻らないのか

入口の水準が下がるだけなら、後から立て直せるはずだ。問題は、いちど下がった水準が、放っておくと戻りにくいことにある。

力量が足りないと、自分より優秀な人が見えにくい

採用の判断をするのは、すでにその組織にいる人だ。そして、ある領域で自分の力量が足りないとき、自分より優秀な相手の力量は、そもそも見えにくい。自分が理解できる範囲は評価できるが、自分の理解を超えたものは、それが優れていること自体が認識しづらい。

これは、心理学者ジャスティン・クルーガーとデイヴィッド・ダニングが1999年に示した議論につながる。広くは「能力の低い人ほど自分の能力を過大評価する」という形で知られているが、彼らの論文はもう一つの予測も立てていた。ある領域で能力の低い人は、自分の力を正しく測れないだけでなく、他者の中にある優れた力を認識する力も低い、という予測だ。実際の実験でも、成績下位の人は、自分より明らかに優秀な人の解答を見せられても、その優秀さを正しく評価できなかった。ただし、この効果の大きさや再現性には、その後の研究で議論もある。断定はできないが、一つの見立てとしては成り立つ。

出典:
Justin Kruger・David Dunning——"Unskilled and Unaware of It: How Difficulties in Recognizing One's Own Incompetence Lead to Inflated Self-Assessments"(Journal of Personality and Social Psychology, 1999年)
http://intrpr.info/library/dunning-kruger-recognize-incompetence.pdf

この性質が、採用に効いてくる。ここまでは、個人の認知についての話だ。これを組織の採用に当てはめると、どうなるか。以下は論文が直接示したことではなく、その性質を採用の場面に置いてみたときの見立てになる。

最初の見極めが甘く、力量が足りない人が入ったとする。その人が次の採用に関わると、自分より優秀な候補者の力を測れず、自分と同等か、それ以下の人を通しやすくなる。基準が下がった状態で入った人が、次の採用者になる。その人もまた、自分の見える範囲でしか評価できない。世代を追うごとに、水準は下がる方向に動きやすく、上がる力は働きにくい。

もちろん、すべての組織でこう進むわけではない。勢いで人を増やしても伸びていく会社はあるし、水準が高くないと見られた人が入った後に伸びることもある。

ここで述べているのは「勢いで採ると必ず鈍くなる」ということではない。「見極めを抜いたまま放置すると、水準が下がる方向に力が働きやすい」という偏りの話だ。だから、その偏りを打ち消す仕組みがあれば流れは変わる。採用に複数の目を入れる、自分より優秀な人を意図的に通す方針を持つ。何もしなければ下がる方向に偏り、入口が開いたまま放置されると、水準の低下は一回限りの事故ではなく、回り続ける流れになる。


第3章:人数が増えると、鈍さが表に出る

水準の低下は、しばらく表に出てこない。人が増えている間は、むしろ組織は成長しているように見える。問題が見えてくるのは、ある規模を超えてからだ。

組織の壁(30人・50人・100人の壁)は、成長の過程で必ず来る

組織には、人数が増えるにつれてぶつかる壁がある。「30人の壁」「50人の壁」「100人の壁」として語られるもので、どの組織でも成長の過程で直面しやすいとされる。

この壁は、人間が安定して把握できる関係の数に限界があることと関係している。人類学者ロビン・ダンバーは、人間が安定して維持できる関係はおよそ150人が上限で、その内側に5人・15人・50人・150人という層がある、と論じた。組織の壁として語られる人数は、この層とおおむね重なる。ただし、ダンバーの議論は「個人が維持できる関係の上限」の話で、「組織の生産性が落ちる」という話とは本来べつのレイヤーにある。だからここで言えるのは因果ではなく、壁が来る人数の目安と、人が関係を把握できる人数の層が、数として近いところにある、ということだ。実際、少人数のうちは全員が顔の見える距離にいて、互いに何をしているか分かる。だが人数がこの層を超えると、その「顔が見える」状態が保てなくなる。誰が何をしているか見えなくなり、判断の基準がばらつき、伝達のロスが増える。

出典:
Robin I. M. Dunbar——"Neocortex size as a constraint on group size in primates"(Journal of Human Evolution, 1992年)
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/004724849290081J

少人数のうちは、マネジメントらしいマネジメントがなくても、なんとなく回る。けれど壁を超えると、その「なんとなく」が効かなくなる。本来ここで必要になるのが、マネジメントだ。

この壁は、勢いで採ったから来るわけではない。どんな採り方をしても、規模が大きくなれば来る。問題は、壁が来ること自体ではなく、来たときに越える準備ができているかどうかだ。事業を自分ごとにする人を見極めずに頭数だけ増やしてきた組織には、人を見て、束ね、方向を合わせる役割を担える人が育っていない。マネジメントが育たないまま壁にぶつかると、組織は急速に鈍くなる。壁そのものは避けられないが、見極めを抜いた採用は、それを越える足場を弱くする。

生産性が落ち、人件費だけが残る

マネジメントが効かないまま人が増えると、一人あたりの生産性は落ちる。誰が何を決めるのかが曖昧なまま人だけいるので、同じことに複数人が手をつけて重複する。判断の基準がそろっていないので、作ったものが後から方向違いとわかって手戻りする。一つの判断を通すのに確認する相手が増え、決めるまでに時間がかかる。新しく入った人を立ち上げる負荷も、見る人がいないまま現場に積み上がる。人を増やしたのに、増やした分だけ成果が伸びないどころか、増えた人数のぶんだけ調整のコストがかさんでいく。

そして、ここで効いてくるのが人件費だ。人件費は、スタートアップにとって最大の支出になりやすい。スタートアップの会計支援を行うKruze Consultingが、自社で扱う9億ドル超の支出データを分析した結果では、人件費関連が運営コストの7割台半ば(約76%)を占めると報告されている。事業を伸ばすための投資先のなかで、人にかけるお金がいちばん大きい。

出典:
Kruze Consulting——"Startup Payroll Costs and Tax Budgeting for New Hires"(自社の9億ドル超の支出データ分析、2024年11月)
https://kruzeconsulting.com/blog/startup-payroll-costs/

人件費は、いちど抱えると扱いにくい。事業が計画通り伸びていれば問題にならないが、生産性が落ちて成果が伸び悩むと、増えた人件費がそのまま会社を圧迫する。設備や広告費と違って、人はすぐには減らせない。減らそうとすれば、組織にも、減らされる人にも痛みが伴う。それでいて、いざ支出を切り詰める段になると、最大の費目である人件費が真っ先に削減の対象になる。最も増やしやすく、最も減らしにくく、追い込まれれば最初に削られるのが人件費だ。勢いで人を増やした会社は、成長が鈍ったときに、この費用を抱えたまま身動きが取れなくなる。


第4章:組織のフェーズ(0→1、1→10)で、必要な人は変わる

ここまでは、水準が高いか低いか、という一本の物差しで人を見てきた。だが、人を見る軸はそれだけではない。水準とは別に、組織のフェーズが変わると、必要な人の種類そのものが変わる、という軸がある。ここから、見る角度を変える。

経営学者のラリー・グレイナーは、成長する組織がいくつかの発展段階を通り、各段階の終わりにそれぞれ異なる危機を迎えると論じた。最初の段階は、創業者の創造性とスピードで進む時期だ。少人数で、一人ひとりが何でもやる。だが組織が大きくなると、この進め方は限界を迎える。誰が何を決めるかが曖昧になり、マネジメントの不在が問題として表に出る。グレイナーはこれを、創造性による成長が行き着く「リーダーシップの危機」と呼んだ。

出典:
Larry E. Greiner——"Evolution and Revolution as Organizations Grow"(Harvard Business Review, 1972年発表・1998年再録)
https://hbr.org/1998/05/evolution-and-revolution-as-organizations-grow

この見立てが示すのは、段階ごとに組織を前に進める力が違う、ということだ。最初の段階で活きるのは、決まった枠がないところで、一人で何でも引き受けて形にする力だ。だが、人が増えて組織になっていくと、別の力が要る。

  • チームで動けること

  • 業務そのものを設計できること

  • 生産性を上げ、効率化を進められること

  • 人を束ね、方向を合わせられること

  • 改善を回し、推進できること

一人で立ち上げる力と、これらの力は、別のものだ。

ここから先は、わたしの整理になる。一人で動いて成果を出せる人は、最初の段階では頼りになる。けれど、その力だけで揃えてしまうと、組織になったときに回らない。一人で動ける人ばかりが集まっても、チームとして動く設計や、束ねる役割は、誰かが別に担わなければ生まれないからだ。逆に、最初の段階で仕組みや管理ばかりを得意とする人を集めても、形のないものを立ち上げる勢いは出にくい。どちらの力も、それ単体では組織を通して機能しない。第1章で挙げた、同じ職種に何人もいるのに誰がどこまで持つか決まらず仕事が宙に浮く、チームで動く場面で一人で抱えてしまう、といった現れは、この「組織を回す力」が揃っていないことの現れでもある。

ここに、採用の見極めをさらに難しくする要因がある。「優秀な人を採る」と言うとき、どの段階で活きる優秀さなのかは、意外と問われない。一人で立ち上げる優秀さと、組織を回す優秀さは別の軸なのに、ひとまとめに「優秀さ」として扱われやすい。第2章で見た「自分より優秀な人を測れない」という性質に加えて、「いま必要なのはどの種類の力か」を取り違える、という別のズレも起きる。頭数を埋める圧力の下では、この種類の違いは、なおさら後回しになる。


第5章:採用の水準を、何で測るか

ここまで見てきたことは、採用の水準をどう保つか、という一点に集まる。では、その水準とは具体的に何か。

頭数の代わりに、二つの軸で見る

頭数で測る限り、見極めは後回しになり続ける。だから、測る軸を変える必要がある。ここで、二つの軸を分けたい。一つは、何ができるか――スキルや実績、即戦力としての力量だ。これは職務経歴や面接で比較的見えやすい。もう一つは、この会社が何を目指し、何を大事にしているかに共感し、それに沿って動けるか、だ。

会社がその拠り所を言葉にするとき、果たそうとしている使命(ミッション)、目指す将来像(ビジョン)、大事にする価値観(バリュー)、存在意義(パーパス)など、いくつかの呼び方がある。呼び方や力点は違うが、どれも「会社がどこへ向かい、何を大事にするか」を言葉にしたものだ。問われているのは一つ。入る人がその言葉に共感し、行動を合わせられるか、という点だ。

共感は演じられる ── だから行動の跡を見る

採用で省かれやすいのは、この共感の見極めのほうだ。スキルは入口で見えるが、目指すものへの共感と、それに沿って行動できるかは、外から測りにくく、見極めるには手間がかかる。だから、頭数を埋める圧力の前で、真っ先に後回しにされる。スキルだけで枠を埋めれば、人材プールは増える。だが、勢いに乗りたいだけのフリーライダーも、スキルさえあれば一緒に通ってしまう。第1章で見たフリーライダーが入ってこられるのは、本来いちばん上にあるべきこの共感の関門が、いちばん先に外されるからだ。

ただ、共感には測りにくさ以上に厄介な性質がある。演じられる、ということだ。会社が何を大事にしているかは、サイトや採用ページに書いてある。つまり「正解」が公開されている。それに沿った言葉を面接で口にするのは、難しくない。勢いに乗りたいだけの動機を持つ人ほど、その場で求められている共感を読み取り、合わせてみせることはできる。スキルは経歴や課題で確かめられるが、表明された共感は、本心からなのか、その場に合わせただけなのかを言葉だけでは見分けにくい。だから、共感を関門にすると言っても、聞いて確かめられるのは「共感していると言えるか」までで、「共感しているか」そのものではない。共感の見極めが効くとすれば、表明された言葉ではなく、過去にどう動いてきたか、何にこだわってきたかという行動の跡を確かめる方向にしかない。

第1章で、前のやり方を一方的に持ち込む、という現れを挙げた。あれも、つきつめれば共感の問題につながる。キャリアや経験が違えば、仕事の進め方が違うのは当たり前で、自分のやり方を持っていること自体は悪くない。問題は、その違いをすり合わせないまま、どちらかのやり方を通そうとするときに起きる。これは「郷に入っては郷に従え」という話ではない。入る側も受け入れる側も、相手がどういう経験からそのやり方に行き着いたのかを理解し、互いのやり方に敬意を払ったうえで、この組織ではどう進めるかを決める。会社が大事にすることへの共感とは、掲げた言葉に同意することだけでなく、こうして互いのやり方を理解し合わせていく姿勢まで含むのだと思う。言葉の上での共感だけを見ていると、この姿勢の有無は抜け落ちてしまう。

共感とフェーズ、二つの軸を問う順番

測る軸には、もう一つある。第4章で見た、いまの組織にどの種類の力が要るか、という視点だ。スキルを「高いか低いか」だけで見ると、一人で立ち上げる力と、組織を回す力の違いが見えなくなる。いまのフェーズに合った力かどうかも、共感と同じく、職務経歴の一行からは測りにくい。だから、ここも後回しにされやすい。

ここまでで、頭数の代わりに見る軸が二つ出てきた。共感(事業を自分ごとにできるか)と、力の種類(いまのフェーズに合う力か)だ。この二つは、どちらかを選ぶものではなく、問う順番が違う。

共感は「入れていいか」の足切りにあたる。ここが薄ければ、どれだけフェーズに合う力を持っていても、勢いに乗りたいだけの人を入れることになる。だからまず共感が問われ、それを通った人に対して、力の種類が「どこで活かすか」として問われる。

共感はあるが、いまのフェーズには合わない人もいる。その人は入口で落とす相手ではなく、合う場面まで待つか、別の役割に置くかという、配置と時期の判断になる。逆に、フェーズにぴったり合う力を持っていても、共感が薄ければ、入口で立ち止まる相手だ。二つを混ぜて「優秀かどうか」で一括りにすると、この順番が崩れ、フェーズに合う力だけを見て共感を飛ばす、ということが起きる。

念のため言えば、これは共感さえあればいい、という話ではない。共感を先に問うのは、それが足りないと勢いに乗りたいだけの人まで通ってしまうからで、共感がスキルの代わりになるからではない。二つの軸は、どちらかで足りるものではなく、両方をそれぞれの場所で見るものだ。

そして、この二つの軸も、頭数のように採用の瞬間には答えが出ない。入った人が事業を前に進めたか、組織の生産性を保てたかは、後にならないと見えてこない。採用の成功を「枠を埋めたこと」ではなく「入った人が事業を前に進めたこと」で測るようにすれば、頭数だけを追う動機は弱まる。これは、採用の速度を落とせという話ではない。調達した以上、成長を見せる責任があり、ゆっくり見極める余裕がないのは確かだ。だから速度ではなく、何を採用成功とみなすか、という測り方を変える話だ。


第6章:誰が見極めるか ── 採用を担う側のケイパビリティ

前章で見たのは、何を測るか、という軸の話だった。だが、測る軸を決めても、それだけでは足りない。その軸で実際に人を見極め、回していける力が、組織の側になければならない。採用やオンボーディングを設計し、入った人がどう立ち上がったかを追える機能がなければ、軸は軸のまま使われない。ここが、抜けやすい。

急いで人を増やすフェーズのスタートアップでは、採用・オンボーディング・評価設計を担うバックオフィスの体制が、事業の成長速度に追いついていないことが多い。誰がどんな基準で見極めるか、入った人をどう立ち上げるか、立ち上がりをどう評価に反映するか。これを設計して回す力が育っていないと、現場は目の前の頭数を埋めることしかできなくなる。第1章で挙げた、職務の定義が曖昧なまま採ってミスマッチが起きるのも、もとをたどれば、何を任せ何を基準に見極めるかを決める機能が、追いついていないことの現れだ。

ここで、第2章で見た問題がもう一度効いてくる。水準が下がる流れを止めるには複数の目を入れればいい、と書いた。だが、力量の足りない人が次の採用者になる、というのが第2章の話だった。だとすれば、その複数の目もまた力量が足りないかもしれない。目の数を増やすだけでは、同じ偏りが人数分そろうだけになりかねない。

だから、効くのは目の数ではなく、目の種類だと思う。設計をバックオフィスが担うとして、実際に面接で人を見るのは、現場のメンバーであり、経営のメンバーだ。この人たちが、共感と、いまのフェーズに合う力という同じ見極めの視点を持っておく。そのうえで、それぞれが自分の立場から見る。現場のメンバーは、一緒に働く相手として、チームの中で動けるか、任せた仕事を前に進められるかを見る。経営のメンバーは、事業全体の中で、いまのフェーズにこの力が要るのか、次のフェーズを見据えると何が足りないのかを見る。同じ視点を共有しながら、立場の違う角度から一人の候補者を見る。視点がそろっていれば見るべきところがぶれず、立場が違えば一人では気づけない死角を補える。一人の力量に閉じた判断が、そのまま増殖していく流れは、ここで弱まる。

こうした見極めの視点は、最終的には運用の形に落ちていく。たとえば、

  • 面接で何を聞くか、どの場面の行動を確かめるかの設計

  • 見極めの基準を、面接に関わる人の間でそろえること

  • 入った人をどう立ち上げるかのオンボーディングの設計

といったものだ。どれも、それ自体を論じればもう一本の記事になる領域で、ここでは立ち入らない。ただ、これらが場当たりで回っているのか、設計されて回っているのかは、採れる組織と採れない組織を分ける一つの目印になると思う。

採用がうまくいかないのは、現場が見極めをサボっているからではない。共感という最初の関門を含めて、後から効く軸で人を選び、立ち上げ、評価する仕組みを持てているか。見極めの視点を、面接に関わる現場と経営が共有できているか。それを担う側の力が、事業の速度に追いついているか。そこに、採れる組織と採れない組織の差が出る。


第7章:採るとは、選び、立ち上げること

たくさん募集すれば人は集まる。集まること自体は、難しくない。難しいのは、その中から事業を自分ごとにできる人を選び分け、入った後に立ち上げ、その結果を次の採用に返していくことだ。

入口で見極めが抜ければ、フリーライダーが混じったまま頭数が増える。いちど下がった水準は、自分より優秀な人を見抜けないという性質によって、放っておくと戻りにくい。フェーズが変われば必要な力も変わるのに、その違いは「優秀さ」のひと言に紛れて見えにくい。そして組織の壁が来たとき、見極めを抜いた組織には越える足場がなく、生産性が落ち、最も減らしにくい人件費だけが残る。

これらはどれも、誰かが怠けているから起きるわけではない。急ぐなかで頭数を優先し、見極めと立ち上げを担う力が追いつかないと、自然にこうなる。もちろん、組織が鈍くなる原因は採用だけではなく、事業戦略も資金も経営の判断も効いてくる。それでも採用の入口を軸に見てきたのは、ここが表に出にくいわりに、後から効きやすい場所だからだ。だからこそ、必要なのは個人への「ちゃんと見極めろ」という呼びかけではない。後から効く軸で人を選び、立ち上げ、評価に返す仕組みと、その見極めの視点を、設計する側だけでなく、面接で人を見る現場と経営が立場の違いごと共有していること。それを、事業の速度に追いつかせることだ。採るとは、頭数を増やすことではなく、選び、立ち上げることだ。その差が、人が増えたあとに表れる。


2026年5月

いいなと思ったら応援しよう!

ちかちくり ここまで読んでいただき本当にありがとうございます!よろしければ今後とも応援何卒何卒よろしくお願いいたします!!

この記事が参加している募集