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日本のシステム開発はなぜ「業務に合わせて作る」のか ── SaaS・SIer・代理店ビジネスに共通する構造

「うちの業務に合わせてカスタマイズしてほしい」── SaaSベンダーが受け取るエンプラ顧客からの要望、SIerが事業会社から受ける発注、代理店経由でプラットフォームに降りてくる機能要望。商流が違っても、向きは変わらない。なぜ日本のシステム開発はこの方向に行くのか。

この記事では、商習慣から政策決定までの構造をたどり、その帰結としてDXの遅れ・標準化の阻害・ガラパゴス化が生まれていることを整理する。


データは2026年5月時点の公開情報に基づいており、引用した報道・調査・公的統計の出典は文中に記載しています。各国・各組織の状況は現在進行形であり、本記事の整理は2026年5月時点の公開データに基づく一つの見方です。

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第1章:日本のシステム開発で繰り返し観察される現象

私はIT領域で18年以上、エンジニア・PM・PdMとして働いてきた。その中で、システム開発の現場にも複数の立場で関わってきた。SaaSベンダー側として、クライアントワーク側として、そして事業会社で発注する立場としても、いくつもの現場を見てきた。

立場・業界を横断して、繰り返し観察されてきたことがある。

日本のシステム開発はしばしば「業務に合わせて作る」方向で進むということだ。

SaaSではエンプラ顧客になるほど、自社の業務フローに合わせたカスタマイズを求める声が強くなる。クライアントワーク領域では、「言われた通りに作る」が前提になっている現場が多い。プラットフォーム型のビジネスでも、顧客企業から「うちの業務に合わせた機能がほしい」という要望が、営業や代理店経由で開発側に持ち込まれる。

商流が違っても、業界が違っても、「システムを業務側に合わせる」という方向性そのものはあまり変わらない。

ところが、この方向性は世界共通ではない。経済産業省「2019年版ものづくり白書」が引用したJEITA・IDC Japanの2013年調査によれば、企業がIT投資を行う目的として、日本企業が最も多く挙げているのは「ITによる業務効率化/コスト削減」であり、米国企業は「ITによる製品/サービス開発強化」が最多である。日本のIT投資は「既存の業務をどう効率化するか」に向き、米国のIT投資は「ITを使って何を新しく作るか」に向く。

もちろん米国にも大規模SIやERPカスタマイズの文化はあり、完全な構造差というよりも、IT投資の重心がどこに置かれているかの程度差として読むほうが正確だろう。それでも、同じ「IT投資」と呼ばれているものが、日本と米国では向いている方向の重心が違う。

本記事の問いは次のとおりだ。なぜ、日本のシステム開発は「業務に合わせて作る」方向に行くのか。

SaaS・SIer・代理店ビジネスといった商流の話だけでなく、メーカーとITの違い、そして政策決定の場における人選にまで構造を辿って整理していく。

出典:
経済産業省——「2019年版ものづくり白書」
https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2019/index.html


第2章:メーカーとITで「ものづくり」の扱いが違う

日本は「ものづくりが下に見られる国」と言われることがある。だがこれは、業界を区別せずに使うと正確ではない。

メーカー(製造業)に限って言えば、日本のものづくりは社会的にも国際的にも一定の評価を受けてきた。トヨタ、ソニー、キーエンス、ファナックといった企業は世界で競争力を持っており、技術系出身の経営者も少なくない。もっとも領域による分化はあり、ものづくり白書2019自身も「エレクトロニクス系の最終製品は売上額・シェアともに低下している一方で、自動車及び部素材については上昇」と指摘している。本記事で対比したいのは個別企業の業績ではなく、「作る人が組織の中核に置かれているか」という人材配置の構造である。

製造業の現場では、設計と実装が同じ専門性の延長線上にあり、作る人が中核として位置づけられている。

ところがITに目を向けると、状況は逆になる。日本のIT領域では、作る側(エンジニア、プログラマー)が下請け化しており、上流の発注側・設計側・管理側が上位に置かれる構造が定着している。

この差を裏付けるデータがある。総務省「平成30年版 情報通信白書」が2015年時点のデータを引用したところによれば、日本のIT人材は約105万人いるが、そのうち72%がIT企業(ベンダー企業)に所属し、ユーザー企業(事業会社)に所属しているのは28%にとどまる。一方、米国はIT人材約420万人のうち65%がユーザー企業に所属している。日米でほぼ反転している。

つまり、日本のIT人材は「事業会社の外」にいる。事業会社にとって作る人は「外注先」であり、内製の中核ではない。これに対しメーカーでは、作る人は組織の内側にいる。同じ「ものづくり」という言葉でも、組織の中での位置づけが完全に違う。

出典:
総務省——「平成30年版 情報通信白書」(第1章 我が国のICTの現状)
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h30/html/nd114140.html


第3章:SIer発注文化と「決める側/作る側」の序列

なぜ日本のIT人材は事業会社の外にいるのか。

歴史的経緯として、業界では「1980年代以降、日本ではIT導入が業務効率化のための道具として位置づけられ、事業会社が外部のSIerに発注する形で進んだ」と言われることが多い。事業会社の中にIT人材を育てるのではなく、外注先に依頼するという形態が定着したことは、第2章で見た「IT人材の72%がベンダー企業所属」という現状と整合する。

その結果、業務の構造は以下のように固定化された。

  • 事業会社(ユーザー企業)が「何を実現したいか」を決め、SIer(ベンダー企業)に発注する

  • SIerは発注側の業務要件をシステム要件に落とし込み、開発を進める

  • SIerはさらに下請けに実装を流すケースも多い

ここでの序列は、要件定義のスキル分布の話ではない。業務上の方向性(何を作るか)を決める権限が発注側にあり、受注側はそれを実現する立場に置かれる、という商習慣上の上下関係のことだ。技術的な要件定義は受注側が担うことが多いが、それは「決められた方向の中での詰め」であり、方向性そのものを決めているわけではない。

この構造の中で、「決める側(発注)」が上、「作る側(下請け)」が下、という序列が定着した。商習慣として、発注側のほうが受注側より立場が強い。「お客様」という言葉が指すものが、消費者向けビジネス(toC)とtoBで微妙に違うのも、この序列の影響だろう。

IPAの調査でも、日本企業のシステム開発における内製化の割合は低い水準にとどまっている。「DX動向2025」など最近の調査では、上流の「企画」は内製化が進んでいるものの、「開発」「テスト」といった実作業は依然として外部依存が強い。「考える側は社内、作る側は社外」という分業構造である。

出典:
IPA(独立行政法人情報処理推進機構)——「DX動向2025」(2025年6月公開)
https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/dx-trend/dx-trend-2025.html


第4章:「決める側/作る側」の序列はSaaS・代理店ビジネスにも引き継がれている

SIerの受託開発で定着した「決める側/作る側」の序列は、その後にやってきたSaaSや代理店経由ビジネスにも引き継がれている。

エンプラ顧客がSaaSベンダーに「うちの業務に合わせてカスタマイズしてほしい」と求めるとき、その背後には「我々が発注側で、君たちが受注側だ」という商習慣がある。SaaSという形態自体は、本来「ベストプラクティスを多くの顧客に提供する」モデルとして米国で発展したものだが、日本に持ち込まれたときに、SIer発注文化の中で消化されている部分がある。

代理店経由のビジネスでも構造は似ている。広告プラットフォーム・保険・金融商品・SaaS再販など、代理店を介して顧客にリーチする商流では、代理店が顧客から受けた要望をプラットフォーム側に「機能として実装してほしい」と持ち込む構造が広く観察される。ここでも「要望を出す側」と「作る側」の関係は、SIerの発注構造と同じ形になっている。

業界横断で観察されるのは、「決めるのは業務側であり、システムはそれに従属する」という前提が、日本のシステム開発の現場に広く行き渡っているということだ。これは個別の業界の問題ではなく、産業全体の構造として現れている。

つまり、エンプラSaaSで観察されるカスタマイズ要望、代理店経由で降りてくる機能要望、業務にシステムを合わせる方向性は、いずれもSIer発注文化を基盤にした「決める側/作る側」の序列の延長線上にある。


第5章:構造の最終形 ── デジタル省庁の人選にまで及んでいる

ここまで見てきたのは、企業間の商習慣のレベルでの構造だった。しかし、第2章で見た「ITの作る側が下に見られる」という構造は、商習慣を超えて文化のレイヤーにも現れている。日本のIT領域では、エンジニアやプログラマーが社会的に「上層」として扱われることは少ない。年収・社会的地位・進路選択の影響力など、複数の指標で見ても、ITの作る側は他の専門職より下位に置かれてきた。

この文化レイヤーの「下に見る」と、もう一つ上のレイヤーである国家の政策決定の場の人選も、同じ方向を向いている。デジタル領域を司る大臣・部長の人選を見ると、その並行性がはっきり現れている。

ここで本記事が見ようとしているのは、現場レベルの人材登用ではなく、最終意思決定の場(大臣)の人選である。デジタル庁の現場では民間IT人材の登用が進んでいるが、それは別の論点として後で扱う。まず大臣の人選を見る。

日本のデジタル庁は2021年9月に発足した。歴代のデジタル大臣の経歴を見てみる。

  • 初代 平井卓也(2021.9-2021.10):政治家、地方紙経営者

  • 第2-3代 牧島かれん(2021.10-2022.8):政治家、政治学修士

  • 第4代 河野太郎(2022.8-2024.10):政治家

  • 第5-6代 平将明(2024.10-2025.10):政治家、家業(青果商)継承

  • 第7-8代 松本尚(2025.10-現在):医師(救急医療)、日本医科大学特任教授

5人いて、情報工学やソフトウェア開発を専門としてきた人物は一人もいない。全員が政治家、あるいは医師など別分野の専門家である。

一方、台湾は2022年8月に数位発展部(デジタル発展省)を設立した。歴代部長の経歴は次のとおりだ。

  • 初代 オードリー・タン(2022.8-2024.5):エンジニア、19歳でシリコンバレーで起業、Apple・BenQ顧問

  • 第2代 黄彦男(2024.5-2025.8):台湾大学電機系卒、米メリーランド大学情報科学博士、AT&Tベル研究員、中央研究院情報創新研究中心主任(情報セキュリティ研究者)

  • 第3代 林宜敬(2025.9-現在):台湾大学情報工学系卒、米ブラウン大学コンピュータサイエンス博士、IBM研究員、トレンドマイクロ、創業経験

3人とも、情報科学・情報工学を専門としてきた、いわゆる「作る側」の出身である。

この対比は、「日本もオードリー・タンのような人を大臣にすべきだ」という主張の根拠としては弱い。日本の閣僚は基本的に国会議員から選ばれるという制度的制約があり、文化的な「下に見る」とは別レイヤーで人選を制約している。台湾は閣僚に政治家以外の専門家を登用する文化があり、人選の制度そのものが違う。

ただし、商習慣の序列、社会的評価、政策決定の場の人選という3つのレイヤーが、いずれも「作る側を意思決定の中核に置かない」という同じ方向を向いていることは事実だ。因果の方向ではなく、複数のレイヤーが同じ方向を向いている並行性として読むのが妥当だろう。前章までで述べた「決める側が上、作る側が下」という序列は、商習慣のレベルから国家レベルまで、一貫して同じ方向を向いている。

政策決定の場に作る側出身者がいないことの帰結は、政策の中身にも現れる可能性がある。例えば、経済産業省が2024年から進めている国産AI開発プロジェクト「GENIAC」では、複数の国内企業がLLM(大規模言語モデル)開発に補助金を受け、これまでに339億円が投じられている。だが、それで何を作るのか、どの市場で勝負するのか、海外のオープンモデルとどう差別化するのか、といった「作る現場の判断」が政策設計に十分入っているかは議論の余地がある(この点は国産AI開発プロジェクト「GENIAC」の339億円は、何を生んだのかで詳しく扱った)。

339億円という予算の使われ方が「作る現場の感覚」とどれだけ整合していたか。これは個別のプロジェクトの問題というよりも、作る側が政策決定の場にいない構造との並行性として読むこともできる。

人選の構造に関しては反証もある。デジタル庁は2021年9月の発足時から民間IT人材の登用を本格的に進めており、職員数は約1,100名(2024年7月時点)。行政人材と民間人材がおおよそ半々の構成となっている。プロダクトマネージャー、エンジニア、デザイナー、アーキテクト、セキュリティ等の専門人材が「民間専門人材ユニット」として現場の意思決定に関わっている。ジョブ型採用、ジョブディスクリプションの明示、「Government as a Startup」というスローガンも、従来の行政組織とは異なる試みだ。

つまり、現場レベルでは作る側の人材を取り込む動きが進んでいる。デジタル庁の現場の動きは、最終意思決定の場(大臣)に作る側出身者がいない構造を、現場側から変えようとする試みとして位置づけることもできる。ただし、現場の判断が政策の最終意思決定にどこまで反映されるかは、また別の論点になる。

出典:
首相官邸——「閣僚等名簿」(歴代内閣)
https://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/cabinet.html

中華民国 数位発展部(moda)——「正副首長」
https://moda.gov.tw/aboutus/principal-officers

中央通訊社(CNA)——「林宜敬接數發部長 成立滿3周年『連換3任部長』」(2025年8月27日)
https://udn.com/news/story/124579/8966678

デジタル庁公式note——「デジタル庁の組織概要・ミッションと『4つのキャリアコース』について」(2024年7月時点の職員数約1,100名、行政人材と民間人材が半々の構成)
https://digital-gov.note.jp/n/n5c3d00223fb9

デジタル庁——「デジタル庁におけるデジタル人材確保・育成計画(概要)」(2024年10月)
https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/624d52c3-024a-48e9-8ec0-4ab211a4d0e1/d2a834f5/20241003_human-resource-plan_01.pdf


第6章:この構造が何を生んでいるか ── DX遅れ・標準化阻害・ガラパゴス化

ここまで、「業務に合わせて作る」方向性が日本のシステム開発に広く行き渡っていること、その背景に「決める側/作る側」の序列があり、商習慣から政策決定の場まで連鎖していることを見てきた。では、この方向性は何を生んでいるか。

3つの帰結が観察される。

DXの遅れ

業務に合わせてシステムを作るほど、システムは業務固有のものになる。長年の追加開発やカスタマイズで複雑化し、刷新するコストが上がっていく。

経済産業省は2018年の「DXレポート」で、既存システムが「過剰なカスタマイズ」によって複雑化・ブラックボックス化していると指摘した。同レポートは、この課題が解決されない場合に、2025年以降に最大12兆円/年の経済損失が生じる可能性があると警告し、「2025年の崖」と表現した。「2025年の崖」という表現自体は、根拠とされたSAP ERPの保守期限が2027年に延期されたことなどから、現在では特定の年限の警告としての意味は薄れている。ただし、レポートが指摘した本質的な問題、つまり業務とシステムが密結合しているために刷新が事業継続のリスクになっているという構造は、いまも残っている。

注目すべきは、DXレポート自身が、この複雑化・ブラックボックス化の理由として「諸外国と日本の間ではベンダーとユーザー企業の関係性が違うこと」を挙げていることだ。日本ではユーザー企業が外部のベンダーに開発を任せ、自社で内部メンテナンスができないため、ブラックボックス化が進む。これは本記事で見てきた「決める側/作る側」の序列、SIer発注文化と同じ構造を、別の言葉で記述したものである。

DXの遅れは、単に「古いシステムが残っている」という事象ではなく、業務に合わせて作る方向性が積み重なった帰結として読むことができる。

標準化の阻害

「業務に合わせてカスタマイズする」が前提になっている市場では、ベストプラクティスに業務を合わせるという発想が広がりにくい。SaaSが「ベストプラクティスを多くの顧客に提供する」モデルとして成立するためには、顧客が業務側を寄せる前提が必要だが、日本のエンプラ市場ではしばしば逆方向の力が働く。

その結果、業界横断の標準化が進みにくく、各社が個別最適のシステムを抱える状態が続く。これは個別企業の選択というよりも、市場全体の方向性として現れている。

ガラパゴス化

業務に合わせて作られたシステムは、日本固有の業務慣行に最適化される。これは、海外展開や海外SaaSの導入、海外人材の参画でそれぞれ障壁になる。海外SaaSが日本で広がりにくい一因として「日本企業が要求するカスタマイズに対応しきれない」という指摘は、業界で繰り返し挙げられている。

具体例として、SAP ERPからSAP S/4HANAへの移行(2027年に旧版の保守期限が切れる「2027年問題」)では、長年積み上げた独自カスタマイズの扱いが大きな課題として浮上している。SAP社自身が「Fit to Standard(業務を標準に合わせる)」を原則として打ち出しているのは、日本企業のSAP導入で過剰なアドオン開発が運用を複雑化させてきた経緯と無関係ではない。「業務に合わせて作る」方向で蓄積したカスタマイズが、グローバル標準への移行コストとして表面化している。

ガラパゴス化は携帯電話の話として広く知られているが、エンタープライズシステムの領域でも同じ構造が観察される。日本市場向けにカスタマイズされたシステムは、海外で通用しない、海外のベストプラクティスを取り込めない、という形で閉じていく。

3つの帰結に共通する上流

これらは独立して語られることが多いが、たどると同じ構造に行き着く。「業務に合わせて作る」という方向性そのものが、DX遅れ・標準化阻害・ガラパゴス化の3つの背景に共通して存在している。日本のIT産業の議論で何度も繰り返し指摘される現象だが、議論が個別の症状に閉じてしまうと、根本にある構造には届かない。

出典:
経済産業省——「DXレポート ~ITシステム『2025年の崖』克服とDXの本格的な展開~」(2018年9月)
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/20180907_report.html

SAP——「SAP S/4HANAへの移行基礎知識:第2回 移行オプションの選択とプロジェクトの進め方を知ろう」(2023年11月)
https://community.sap.com/t5/enterprise-resource-planning-blogs-by-sap/sap-s-4hana%E3%81%B8%E3%81%AE%E7%A7%BB%E8%A1%8C%E5%9F%BA%E7%A4%8E%E7%9F%A5%E8%AD%98-%E7%AC%AC2%E5%9B%9E-%E7%A7%BB%E8%A1%8C%E3%82%AA%E3%83%97%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%81%AE%E9%81%B8%E6%8A%9E%E3%81%A8%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88%E3%81%AE%E9%80%B2%E3%82%81%E6%96%B9%E3%82%92%E7%9F%A5%E3%82%8D%E3%81%86/ba-p/13580918


第7章:構造を変えようとする動きと、その限界

ここまで、日本のシステム開発に「業務に合わせて作る」方向性が一貫していること、その背景にある「決める側/作る側」の序列が商習慣から政策決定の場まで連鎖していること、そしてその帰結としてDX遅れ・標準化阻害・ガラパゴス化が生まれていることを見てきた。だが、この構造を変えようとする動きが日本にも出てきている。

非IT事業会社の中でIT人材を本格的に抱える動きは、特に小売・流通業で活発化している。ニトリは20年以上にわたって基幹システムを自社内製してきた事例として知られ、2022年には「ニトリデジタルベース」を設立して内製化をさらに強化している。カインズは2019年にデジタル戦略本部を設立し、約3年でデジタル人材約200人体制まで拡大した。会員アプリやオウンドメディアを内製で開発・運用している。第5章で見たデジタル庁の現場レベルでの民間IT人材登用も、この流れの一部として捉えることができる。

しかし、これらの動きが日本のIT産業全体の構造を大きく変えるところまで来ているかというと、まだ初期段階だ。IPA「DX動向2025」では日本企業の85%以上がDX推進人材不足を訴えており、この水準は米独より高い。個別の事例として進んでいるところはあるが、産業全体の構造として変わりつつあるかは、まだ判断しにくい段階である。

出典:
日経クロステック——「DX先進企業は内製へ、セブンや無印がITエンジニア大量確保に動く必然」(2021年12月)
https://active.nikkeibp.co.jp/atcl/act/19/00339/112500001/

ITmedia ビジネスオンライン——「デジタルを生かした顧客戦略の奏功で売上拡大 カインズに見る伝統的組織と次世代のリーダーシップ」(2022年10月、デジタル人材約200人を新規雇用)
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2210/27/news002.html

IPA(独立行政法人情報処理推進機構)——「DX動向2025」(2025年6月公開)
https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/dx-trend/dx-trend-2025.html


第8章:構造は連鎖している

ここまでの整理をまとめると、以下のようになる。

  • 日本のシステム開発は「業務に合わせて作る」方向で進む傾向が、業界・商流を横断して観察される

  • 一方、米国はIT投資の目的を「製品/サービス開発強化」に置いており、向いている方向の重心が違う

  • 背景には、IT人材の72%がベンダー企業に所属するという、SIer発注文化を基盤とした構造がある

  • 「決める側(発注)が上、作る側(下請け)が下」という序列は、SaaS、代理店ビジネスにも引き継がれている

  • 同じ序列は、メーカーには当てはまらない。メーカーでは作る人が組織の中核にいる

  • そして、この序列は国家レベルの政策決定の場の人選にまで一貫して現れている

  • この構造の帰結として、DXの遅れ・標準化の阻害・ガラパゴス化が生まれている

  • 構造を変えようとする動きは出てきているが、産業全体としてはまだ初期段階にある

つまり、業務に合わせて作る方向性、エンプラ要望に押し切られる現場、デジタル政策に作る側出身者がいないこと、これらは別々の現象ではなく、同じ構造の異なるレイヤーでの現れである。

ここから見えるのは、日本のIT産業がなぜ局所的な変化では動きにくいかという構造の輪郭である。

SaaSベンダーがエンプラ要望に押し切られる現象を、セールスとプロダクトの組織設計の問題だけで説明しようとするのは、おそらく射程が狭い。SIer発注文化の中で「決める側/作る側」の序列が定着していることと、SaaS・代理店経由ビジネスで観察される御用聞き的な要望の流れは、同じ方向を向いている。

同じことは、政策決定のレイヤーでも観察される。デジタル庁が現場レベルで民間IT人材を登用しても、最終意思決定の場に作る側出身者が上がる経路が細い状況は変わっていない。GENIACのような国家プロジェクトの設計に「作る現場の判断」がどこまで入っているかという論点と、最終意思決定の場の人選の構造は、同じ方向を向いている。

商習慣・人材配置・社会的評価・政策決定。これらのレイヤーがいずれも同じ方向を向いているため、一つのレイヤーだけを変えようとする試みは、他のレイヤーの方向性と整合しない限り部分的な変化にとどまりやすい。第7章で見た非IT事業会社の内製化や、デジタル庁の現場の動きは、構造を変えようとする試みであり、その射程をどう広げていくかが論点になる。

「うちの会社で業務に合わせたカスタマイズが進んでいる」という個別の現象は、現場の判断や力量だけで生まれているわけではない。産業全体に共通する構造の中で起きている。何をするか、あるいは何をしないかは、その認識を持ったうえで個別に判断する話になる。本記事は、その判断の前段にある「構造の地図」として書いた。


2026年5月


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