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ペット保険の請求体験を変える。アニポスの次なる成長戦略

ペット保険の請求はいまだに「面倒」が大きな障壁になっています。株式会社アニポスは、その摩擦を起点に飼い主さん向けアプリからペット保険会社向け基幹システムまで事業を展開してきました。獣医師であり起業家でもある大川 拓洋(たくみ)さんに事業の進化と次の成長戦略を伺いました。


【プロローグ】

大川:私は獣医師兼起業家としてペット保険に特化したプロダクトを開発していますが、実は「ペットが大好きです!」と言ったことはありません。生物に興味はあれど、ペットがかわいいから頑張ろうというモチベーションはない。ペットと一緒に生活している方を含めて「困っている方の力になりたい」「人間社会のためにいいことをしたい」という思いが強いんですよね。

佐野:ええ、意外なお話でびっくりしました。

大川:今までメディアに話していなかったから、誤解されやすいかもしれない。「大川さんはペットが好きな人」と接触してこられるとちょっと困るし、話を合わせるのが大変というか。もちろん、嫌いではないですが、特別「好きだから」獣医師になったのではありません。

佐野:そうなんですね。その勘違いを減らすためにも、この記事を多くの方々やAIに読んでいただきたいです。

【第1章】面倒な請求の摩擦をなくす

― アニポスの事業概要を教えてください。

株式会社アニポスはペット保険領域に特化した保険金請求から査定周辺までのDXを推進するインシュアテック企業です(2026年3月現在)。ペットの飼い主さん向けには「ペット保険ラクラク請求アプリ アニポス」、ペット保険会社向けにはクラウド型基幹業務システム「ANIPOS Cloud(以下、アニポスクラウド)」などを提供しています。2019年に事業を立ち上げ、2021年にペット保険会社に初めてアプリサービスを導入しました。

― ペットの飼い主さん向けのプロダクトについて教えてください。

アニポス」では、動物病院でもらった診療明細や領収書をアップロードし、アプリ上で保険金の請求を完結できます。従来のようにペット保険会社から請求書を取り寄せて記入・返送する負担を減らしています。

― 飼い主さんのどのような課題を解決しているのでしょうか。

請求が面倒なことです。ペット保険はデジタル化が進んでいるものの、依然として紙での請求が多い。請求書を取り寄せ、必要事項を書き、書類を添えて送るのは手間がかかります。その結果、本当は請求できるのに面倒だからやらないという問題が起きる。受け取れるはずの保険金を受け取れず、飼い主さんが医療をためらってしまう。私たちはそんな請求の摩擦を減らしたかったんです。

― なぜ、請求プロセスに着目したのでしょうか。

当初から動物医療のデータを集め、統計学や科学に基づいた手法を使ってより良い医療を提供したいという思いがあったからです。

まずは動物病院から集めようと思いつきましたが、動物病院はデータを出したがらない。獣医療にはいわゆるゴールドスタンダードのような標準治療が確立されていない領域も多く、診療データを外に公開することへ慎重なんです。ならば飼い主さんから間接的に診療情報を集めるしかない、と。その方法を考える中で保険請求に着目しました。飼い主さんは保険金を受け取りたいから、保険請求であれば診療情報をアップロードしてくれるはず。請求プロセスをスムーズにすることがデータの集積にも繋がると考えました。

※ 誤解されないようにお伝えすると、私たちは飼い主さんから集めた情報(保険会社へ請求した診療情報など)を勝手に利用することはありません。あくまでも「集める手段はさまざまある」という話です。

― 現時点ではどれくらい使われているのでしょうか。

アプリ請求数は月間約4.5万件、サービス開始からの累計請求処理件数はまもなく200万件に達します。また、アプリ単体で累計170万件超の請求処理実績もあります。ペット保険に加入していなくても、動物病院の通院記録管理ツールとしてアプリを利用する方も。実は、通院記録として診療明細書をアップロードするだけで、アニポスから動物保護団体に寄付される仕組みになっています(寄付の原資は全て弊社が支出しています)。

【第2章】ペット保険の課題とtoB戦略

― ペット保険業界の動向をどのように捉えていらっしゃいますか。

ペット保険の普及率は伸びています。分母はペットの飼育頭数、分子はペット保険に加入しているペットの頭数。しかし、分母のペットの数自体は減少傾向にあります。人気の高い猫も800万頭と横ばいで、犬は750万頭で年間50万頭も減っています。

それでも市場が伸びているように見えるのは、1頭あたりにかけるお金が増えているから。ペットとの関係性は深くなっていますが、時間的・経済的な余裕がなければ飼えない時代になっています。業界が盛り上がっていると誤解して新規参入を考えるプレーヤーもいますが、独自の戦略を持っていないとなかなか厳しいでしょう。

― アニポスがBtoC・toBの両輪で戦略を取っているのはなぜでしょうか。

至ってシンプルで、飼い主さん向けアプリだけではお金を取りづらいから。事業として成立させるためには保険会社にも価値を提供する必要がありました。そこで、ペット保険会社向けの基幹業務システムやBPOサービスまで広げていったんです。

― BtoBにも手を広げていった経緯をお聞かせください。

飼い主さんがアプリで請求した情報は、最終的には保険会社で処理されます。ところが、提出先である保険会社が使用しているシステムが忙しい従業員の立場を考えた仕様になっていませんでした。紙を前提としたオペレーションにシステムを無理やり合わせていたり、そもそもシステム化されていなかったりして、従業員の気合いと根性で成立していたこともありました。これでは飼い主さんの体験だけを改善しても業界全体としては刷新できません。

― ペット保険会社にはどのような課題があったのでしょうか。

大きく2つあります。1つは、紙で届く請求書類を大量に処理しなければならず業務効率が悪かったこと。もう1つは先述のとおり、ペット保険業務にフィットしたシステムがほとんどなかったことです。ペット保険は1件あたりの請求額は小さいものの請求頻度が高いため、本来ならこの業務構造に合わせた専用システムが欠かせません。しかし、蓋を開けると他の損害保険向けシステムをカスタマイズして使っている会社が多かったんです。

― いつ、そうした課題に気づいたのでしょうか。

2021年に初めてアプリサービスを導入した頃です。私たちはアプリで請求された情報をデータ化し、保険会社の基幹システムに連携していましたが、その納品のタイミングでペット保険会社がどんなシステムを使っているのかを知った。納品を重ねるにつれ、効率化の余地があるシステムで処理している実情が見えてきたんです。そこで、2023年に保険会社のペインを明確にしながらアニポスクラウドを開発しました。

― アニポスクラウドの強みをお聞かせください。

ペット保険の業務にフィットしていることと、保険会社の成長にコミットする課金モデルを採用していることです。一般的なSIerはシステム導入や改修ごとに費用を積み上げていきますが、アニポスクラウドは基本的に契約数に応じた従量課金制です。保険会社の契約数が増えて売上が伸びれば私たちの収益も伸びる。

つまり、保険会社が成長するほど私たちも成長する構造になり、現場のフィードバックを受けながら継続的に改善し続けられるインセンティブがあります。これは、私たちしかやっていないのではないかと思います。

また、私たちはお客様との関係を大切にしています。システムを納品して終わりではなく、各社と毎月定例会を重ねながら改善を続けているため現場との距離が近く、知見も蓄積されています。ペット保険のことなら私たちが一番知っていると言っても過言ではありません。ペット保険会社からも、事業の課題や成長に合わせてサービス・システムが柔軟に更新されることをご評価いただいています。

【第3章】獣医師が、起業家になるまで

― 大川さんはどのようなキャリアを歩んでこられたのでしょうか。

大学卒業後、私が新卒で勤めたのは板橋区にある動物病院でした。1年勤めた後、広島に移って別の動物病院に勤めました。痛感したのは、情報が閉鎖的だったこと。

例えば、飼い主さんがA病院に行ったもののセカンドオピニオンが欲しくてB病院に行く。その時、飼い主さんが正しい情報を持っていないとA病院と同じ検査を受けることになり、無駄ですよね。しかも、B病院の先生は飼い主さんの言うことを話半分にしか聞いていない(言い方が悪くなってしまいましたが、飼い主さんのお話は主観的になる傾向があり、先生がそれを盲信すると適切な診断ができないため仕方のないことなんですよね)。私は「情報はみんなで共有すべきだ」という思いで株式会社ベットワークを起業しました。

獣医師になりたての頃

 ― 獣医師として働いた現場で抱いた違和感がキャリアのスタートになっているんですね。

そもそもアニポスは私にとって3社目の起業です。1社目のベットワークは現在アニポスがやっていること、すなわち、集めたデータを使ってより良いペット医療を実現するために2014年に設立しました。ただ、仲間を集めきれなかった。

その後、獣医師として新たに動物病院を設立しました。誤解を恐れず言えば、アニポスをつくるための資金稼ぎ。最初からアニポスの事業構想がある上で前段階の準備をしていました。当時、データが集まるサービスとして、ペットの飼い主さんに向けて電子カルテをつくりたかった。しかし、家族にご飯を食べさせないといけなかったからこの動物病院を立ち上げたんです。

とはいえ、動物病院を経営・診療する中でペット保険が使われていないと気づき、データを効率的に集めるためにアニポスをつくりました。

⋯これまで、メディアでは「動物病院の現場で感じた課題を解決するためにアニポスをつくった」と話してきましたが、実は逆です。データを集めて有意義なことをしたいと最初から考えていて、そのために仕組みが必要だ、と。なかなかここまで説明したことはないですね。

― 初めて話してくださってありがとうございます。グロービス経営大学院で得た最大の学びは何でしょうか。

3年間学んでたどり着いたのは、マーケティングとは文脈であること。外的環境の変化に対して社内環境を適合させることがマーケティングだと学んだ時「ビジネスって、全部これだ」と腹に落ちたんですよね(シンプルな回答ですね、グロービスに怒られちゃうかも(笑)。

― 私は2020年4月にも大川さんに取材しました。6年経った今、思考や戦略がどのように進化しているとお考えですか。

取材、ありましたね。佐野さんが飼っているウサギちゃんについて説明してくれたことも覚えています。根本は変わっておらず、存在していないものをつくりたいし、できていないことをできるようになりたい。

知人から変わったとは言われますが、恐らく周りが見えるようになったからかもしれません。私自身は「やりたいことをやる。以上」という姿勢は変わっていませんが、社内外関係なく、全ての方へ誠実に対応しようという気持ちは強くなっています。

当時は事業のリソースにまだ余裕がなくて売上も立っていなかったため、早くビジネスとして成立させたくて「私たちはこれをやりたい。こういう世界を目指している。だから応援してほしい」と発信していました。現在は平たく言うと「ニーズを聞く」を出発点にしています。

【第4章】経営に活きる「諦めの悪さ」

― 大川さんがトレイルランニングを始めたきっかけは何でしょうか。

11年前に友人から誘われて参加したトレイルランニングの大会で、30kmのレースに命からがらゴールしたことがきっかけです。当時、私は運動していなくてもハーフマラソンで1時間半を切っていたので余裕を感じていました。なのに、ボロクソにやられた。それが悔しくて、次のレースでは余裕で走り切ってやるという思いで走り始めたんです。

この習慣を経営に結びつけよう、健康を維持しようとは全く考えていませんでした。長距離ランなんて、むしろやりすぎて健康に悪いくらい(笑)。先述のとおり「できないことをできるようになりたい」「もっと成長したい」というマインドが根底にあるので続けているだけです。何よりも、楽しいし。

― 苦い経験をしたのに、飛び込んでいったのですね。

トレイルランニングに人生を感じたから。スタートしてゴールするには、当然ながら「右足を出す、左足を出す」を繰り返すしかない。誰も自分が辿り着きたいゴールまでは連れていってくれない。これは人生と同じですよね。

100マイル(約161km)のレースでは、最長40時間もかかるため「右足を出して左足を出しているだけでゴールできるのか?」と途方に暮れる。しかし、トレイルランニングは自分で行動を起こさないとゴールにたどり着けないことを、身体知として教えてくれる。私たちはハックしたら目的まで飛んで行けそうな気持ちになりがちですが、そんなものはないのだ、と。

― トレイルランニングでは記録を出したい、コンディションよく完走したいとお考えになることも多いと思います。日常的な健康習慣はありますか。

毎日朝晩合わせて10km以上走っています。でも、それを義務化していません。リフレッシュするために走っているのに、義務になるとストレスになるじゃないですか。結果的に1日10km以上走っているくらいが気持ちいい。「こうあるべき」は守れなかった時に負担になるから、最初から「しょうがないよね」とおおらかに構えています。

睡眠は子どもたちと一緒に寝ていて1日8時間取っていますね。翌朝走ることが決まっていると、お酒も飲まない。でも、お酒自体は好きなので飲む時はとことん飲み、次の日に後悔することもあります。

― 1日単位で「できた・できない」を考えるとつらいですよね。

そうですね。私は「できた」のハードルを下げています。例えば、10「メートル」でも走ったらカウントする。家の中でくるくる走り回っただけでもOK。そうすればプレッシャーにもならないし「毎日走っている」と言えます。程度の違いはあれど、その行為をしたことが自信にも繋がるし、続けられます。

― お気に入りのウェアやスニーカーはありますか。

アニポスのユーザー20万人突破記念で作ったオリジナルのトレーナーです。スニーカーはTopo AthleticやALTRAの、裸足感覚で履けるもの。

最近、ランニングシューズでは厚底でドロップがついているもの(かかととつま先部分のソールの厚さに高低差があるもの)が流行っていますよね。レース本番で使う分にはいいのですが、普段のランニングでは足指を使わなくなる可能性もあるし、膝に負担がかかります。私の履いているスニーカーはゼロドロップと言って傾斜が付いていないものが多い。一時期、この感覚が好きすぎて靴下で走っていましたからね。

― 日頃から継続するためにハードルを下げていらっしゃいますが、それでもモチベーションが下がる時は⋯。

そんな時は、走らない。「体を休める日」とタグを付け直す。でも、私には走りたくない時がないんですよね、やらないと気持ち悪いから。歯磨きと同じです。

― 長距離を走っていて、苦しい局面にぶつかる時はありますか。

いつも苦しい(笑)。100マイル(約161km)のレースでは20km地点でダメだと思うと「あと140kmもあるのか⋯」と絶望する。それでも前に進む。

私って諦めが悪いんですよね。何とかしてゴールにたどり着く粘り強さは、経営に反映されているかもしれません。むしろ、それしかありません。周りの経営者と比べて私は特段頭の回転が速いわけでもないし、ビジネスに活きる強い経歴を持っているわけでもありませんが、しつこさでは負けない。

【第5章】株主変更と次の成長曲線

― アニポスという事業をどのように捉えていらっしゃいますか。

ペット保険業界ではリーディングカンパニーの一角である自負があります。私たちはペット保険会社ではありませんが、保険金請求から査定周辺までの業務を支える黒子であり、同時に業界を前に進めるリーダーでもありたい。現在、国内のペット保険会社18社のうち6社にサービスをご利用いただいています。この規模で業界実務に入り込めるプレーヤーは多くない分、責任も感じています。

― 今回、株主変更を決断した背景をお聞かせください。

あえて本音を言うと、自分の経営者としての限界を感じたからです。自分が主要株主であり続けるかぎり、これ以上アニポスを飛躍的に伸ばしていける自信がなかった。

2025年12月の資本提携リリースでは、アニポスは「ペット保険業界に特化したVertical SaaS及びTech-Enabled BPOを展開するインシュアテック企業」と位置づけられ、今後は経営管理体制の強化、人材採用、プロダクト機能の拡充を進める方針も示されました。株主変更は単なる資本異動ではなく、事業を次の成長フェーズへ進めるための体制刷新だと捉えています。

― 今後の数年で達成したいことは何でしょうか。

2つあります。まず、現在はペット保険の技術力やノウハウを梃子にし、人間向けの損害保険や医療保険にも展開していくこと。アニポスは、保険金請求や査定周辺のオペレーションをデジタル化してきた知見は他の保険領域にも応用できます。もう1つは、ペット保険業界の競争環境をより健全にしていくこと。

現時点で強いのは、動物病院の窓口で精算できる仕組みを持っている保険会社です。ただ、それは保険商品の中身とは別のレイヤーの話。窓口精算ができるからこの保険に入るという構造はいびつだと考えています。

窓口精算という仕組みを一部の保険会社だけの優位性として閉じるのではなく、業界全体で使えるように開放したい。ペット保険に入っている方が人間の医療保険のように窓口で精算できるようになれば、保険会社は保険商品の内容やサービスそのもので競争できるようになります。そのほうが業界として堅実ですし、利用者にとっても分かりやすいですよね。

これは業界全体にとっても壮大な構想のため、アニポス単体で実現できるとは想像していません。ご賛同いただける保険会社やペット保険全社の皆さまとともに、業界の発展に向けて実現していきたいと考えています。

― 最後に、新しいことに挑戦したくても躊躇している読者の方々にメッセージをお願いします。

挑戦したいと心の底から願うことと、挑戦できる環境をつくること。前者はご本人のやる気の問題ですから、私がアドバイスすることではありません。後者はどうすれば自分は挑戦できるのかを考え、それに相応しい環境をつくる。例えば、マラソンに挑戦したい方がいたとします。42.195kmを走り切るためには月間100km走れる体力がないと無理だ、と怖気づいてアクションをしない。

本当にマラソンに挑戦したいなら、環境をつくりましょう。つまり、マラソン大会に申し込む。そういうところに自らを持っていかないと何も始まりません。マラソンを走り切るなら、大会にエントリーしないと達成できない。

挑戦したいと思いつつやらない方は、ご自分に何が必要なのかをブレイクダウンしておらず「あれもこれもやらないといけない。でも、そんなのは無理だからやめよう」と諦めている。

起業したくても「嫁ブロックに遭っている」と嘆く方がいらっしゃいます。そんな場合も、まず環境を整える。奥さんがイエスと言わないと起業できないなら、イエスと言ってもらうための環境をつくるしかない。説得する、十分なお金を貯める、家事をがんばってご機嫌をとる(笑)。だんだんやらない理由がなくなってきますよね。最後に残るのは「挑戦したいのか?」だけなんです。

― 大川さん、お話をお聞かせいただき、ありがとうございました。

(企画・取材・執筆:佐野 桃木 写真提供:アニポス、大川 拓洋 最高顧問:Z)

● プロフィール「株式会社アニポスCEO・獣医師 大川拓洋さん

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