君も、算数を好きになる。横山明日希のSTEAM教育最前線
算数・数学の本質は「好きになる」ことにある。そう語るのは株式会社math channel代表取締役の横山明日希さん。複雑な家庭環境を乗り越えて数学に救われた自身の原体験から、子どもたちに中学受験対策だけでなく「数の楽しさ」も伝え続けています。算数・数学を嫌う人が多い理由、学習塾の現状、親子の学習への向き合い方をはじめ、当社の次世代教育の最前線に追りました。

【プロローグ】
佐野:ここに載っている「28」とは何の数字ですか。
横山(以下、明日希さん):完全数です。その数字を除く全ての約数の和が、その数字自体と等しくなるもの。例えば6の約数は1・2・3・6です。6を除く1+2+3の和は「6」になる。28も同じく1+2+4+7+14=28。完全なバランスを保つ数字のように算数・数学の楽しさも調和の中にあるんですよね。
【第1章】放課後にも算数がある日常を目指す
― math channelの事業概要について教えてください。
株式会社math channelは「より多くの人へ、新しい体験を届ける」というミッションのもと、小学生段階の探究学習やSTEAM教育、中学受験に必要な基礎の算数・数学力を重視したコンテンツを企画・運営しています。
私は大学生の頃から算数・数学に関わる仕事をしたいと考えていましたが、その楽しさや魅力を社会的に伝える仕組みがほとんど存在しないと感じていました。大学教授や個人講師が小規模で活動するケースはあるものの、社会で持続的な影響力を持つには組織として取り組む必要があるため法人化しました。
子どもたちの日常を見ても学校の授業以外で算数・数学に触れる機会は限られているため、放課後や家庭でも数や論理に親しめる機会を増やしたかった。現在(2025年10月)教室運営や出張講座に加え、企業や学校との共同企画、教材・書籍制作、動画配信、SNSなどを通じて親子で取り組める算数・数学コンテンツを発信しています。

― 社会全体では算数・数学に対してどのような課題があるとお考えですか。
苦手意識を持つ方が多いと感じます。難易度が高いと最初から距離を置いて「私なんかが数学を好きだとは言ってはいけない」と思い込み、数字を使った論理的思考を避けてしまう。結果として誤情報や疑似科学に惑わされることにもなりかねません。
― 学習塾などの教育業界ではいかがでしょうか。
多くの学習塾では試験の点数が評価軸になっています。もちろん受験では点数が重要ですが、算数・数学にはそれだけでは測れない価値がある。例えば問題に向き合う姿勢、思考プロセス、発想の柔軟さ、数学を使って面白いゲームや「数学小話」を作る創造力。点数偏重の仕組みはこうした力を伸ばす余地を狭めているんです。
一方、算数・数学が得意な子どもが「点数が高いこと」「答えが分かること」に過度な優越感を抱くケースもあります。答えが一つに定まる教科だから「答えが分かるか」「速く正確に解けるか」を競ってしまう。これも算数・数学をできるか・できないかという世界だと勘違いさせる要因に繋がります。

― math channelの強みを教えてください。
私たちは日本で唯一、算数・数学の魅力や楽しさを体系的に届けようとしている組織です。提供している教材やプログラムの95%以上は自社制作。スタッフ一人ひとりが子ども時代の経験や「面白い授業ネタ」を持ち寄り、教室やオンライン、学校連携といった多様な形式に合わせて再構築しています。この点は明らかに既存の学習塾とは異なりますね。
その反面、競合が増えることも歓迎しています。同じ志を持つ法人が増えれば算数・数学に対してポジティブに取り組む方が確実に増える。業界全体の底上げを図りたいと考えています。
【第2章】算数で育つ、多様性と心理的安全性
― どのようなお子さんがmath channelで学んでいますか。
幼稚園から小学校高学年までの子どもたちが通っています。小学校入学前の子どもは、親に連れて来られるタイプと自ら「好きだから」と通うタイプに分かれます。後者の子どもたちは自由に発想してアウトプットを楽しんでいる。受験を控えた子もいますが、机に向かうだけでなく歩き回ったり物を使ったりして体験的に算数に触れています。こんな場所は、他にはありませんね。「どんな時間よりも算数の時間が好き」と言ってくれる子は「理想の街」の絵にmath channelを2つ描いていました。
親御さんに連れて来られる子どもも、最初は状況を理解していなくても先生や教室の明るい空気に引き込まれて自然と笑顔になっている。私たちは算数に優劣をつけるのではなく「楽しい」と感じてもらう時間を積み重ねています。子どもたちが大きくなって「あの楽しい体験って算数だったんだ」と気づいてくれたらそれで十分です。

― 小学生の学ぶ姿勢にはどのような特徴がありますか。
中学受験では、その学習範囲を効率的かつ確実に取得しようとするケースが見られます。しかし、その時点で完璧にできなくても算数が苦手なのではなく、成長段階で時間を要しているだけ。私たちは「こういう切り口もあります」と多様な方法を提示し、親御さんと一緒にその子に合うアプローチを取っています。
― 親御さんにはどのような教育方針を持っている方が多いですか。
最近は「子どもの好きなことを伸ばしたい」と考える親御さんが増えています。算数の時間をのびのびと楽しむ姿を見て「家では見せない表情をしている」と喜んでくださる方も多いですね。一方、親御さん自身が算数・数学に触れていないと、子どもの思考プロセスや「なぜ苦手なのか」を理解しにくくなる。親子がリアルタイムで学ぶ姿勢を持つことも大切です。
― math channelで学ぶお子さんの変化をお聞かせください。
例えば「他の子と同じことをしたくない」「自分の解き方で答えたい」とこだわりの強い子もいます。しかし、同じ仲間と何度も関わるうちに他者への許容度が高まり「こういう子もいるんだ」と受け入れるようになります。時間がかかる子や、速く解くけれど説明が苦手な子もいる。算数・数学への多様な向き合い方を学んでいくんです。
― お子さんたちがそう変わるように働きかけていらっしゃいますか。
意図的に導くよりも、算数・数学を好きになる時間を増やしています。100人中100人が算数を好きになるメソッドは存在しません。確率の視点で単純試算をするならば、1つの授業で好きになる確率が1%だったとしても100回投げかければ67%の子が反応します。もちろん、こんなに上手くいくことは難しいですが、1000回続ければほとんどの子が算数を好きになるかもしれない。「この子にはこれがハマる」と分かっても、翌週には変わることもある。試行錯誤を続けて子どもたちの興味が芽生える瞬間を探しています。

― 算数教室だけでなく、学校への出張講座もなさっていますね。
算数教室では子どもたちが心から「算数って楽しい」と感じられる場をつくっています。彼らが中学生になって算数・数学の授業が嫌になっても踏ん張れる力や内発的動機が上手く機能してくれたら嬉しいですよね。
学校への出張講座は単発ですが「あの時の授業、楽しかった」と思い出してもらうことが目的です。今日も小学校3年生向けに授業を行いました。「1メートルの長さのものってどこにある?」と昨年尋ねたことを子どもたちは覚えていて「先生の机が1メートルだった」と。そうした記憶に残る体験を提供しています。
【第3章】モテ期から家庭崩壊。数学がくれた光
― 明日希さんの幼少期についてお聞かせください。
私は茨城県の田舎で生まれました。小さい頃から算数が好きで、通園バスで数字を数えていた。怒ったり泣いたりすることも少なく、小学校6年生まで平和に過ごしました。6年生の頃は学校で一番成績が良くて背も高くて、複数の子に同時に告白されるくらいモテました。告白してくれた子たちと3人で行動していましたね(笑)。
ところが私立中学1年の秋、家庭内で大きな問題が起きました。両親が喧嘩し始めて、片方が家を出ていくようになったんです。「私たちは離婚する。明日希はどっちに付くのか」と。「もし明日希が嫌だって言うなら、離婚しません」と選択肢も委ねてきた。驚くのはまだ早くて「実は、あなたのお兄ちゃんは、お父さんとは違う人から生まれたんだ」とも。私だけがこの事実を知りませんでした。さすがに、この3つは受け止められなかった。
紆余曲折あって兄は母親と出ていき、私は父親と残りました。私立中学を辞めたくなかったし、家に残る以外の選択肢は考えられなかった。それに両親が離婚することは最初から決まっていただろうし、感情的だった母親に付いていくのは嫌だったんですよね。

― そんな辛いご状況だったなんて⋯⋯。今の明るい明日希さんからは想像できません。
高校3年生まで、父親とは一言も話しませんでした。生活費がリビングの机に置かれて、それで自炊して生活していた。夏休み中、家に残っていた食べ物が虫の湧いた米しかなくて、虫を避けて炊いて食べたこともありますね。
それでも受験勉強を頑張れたのは、高校2年生の頃。成績はダダ下がり、授業ではいつも寝ていました。ところが、数学の授業でたまに起きて黒板に書かれた内容に発言していたら、数学の担任の先生に「才能がある」と言われたんです。
「勉強していないのに数学はできるんだ」と嬉しくなった。「生きる意味は分からなかったけれど、数学で自分の価値を見出せるかもしれない」と勉強し始めたら、成績が伸びた。自信がついて、夏休みも受験期も数学漬け。400時間中320時間、ありえないくらい数学を勉強しました。
― 先生が励ましてくださったことで、明日希さんは数学に対する思いを再燃させられたんですね。その後、早稲田大学数理科学科に進学します。
入学して気づいたのは「上にも下にも行けない」ということ。授業をサボるわけでもなく、研究者を目指すほど突き抜けているわけでもない。このままだと埋もれてしまうと悟り、改めて「自分にしかできないこと」を模索しました。ふと昔から感じていた「算数・数学の楽しさ」を思い出し、大学2年生の頃から「数学の面白さを伝える仕事をしたい。ゼロイチをつくろう」と開始しました。
ただ、算数・数学の魅力を伝える活動は「面白いけれどビジネスにならない」と分かり、大学院時代は試行錯誤の連続。一度教育業界に飛び込んで現場の課題を実感しましたが、既存の教育機関で構造を変えるのは難しくて1年で退職しました。

― 転職してサイバーエージェントやビズリーチにもいらっしゃいました。
算数・数学の魅力を広めるには「スピードと発信力」が欠かせないと考え、サイバーエージェントの広告事業本部でマーケティングや発信の知見を学びました。事業が過渡期で激務過ぎて1年半でやめましたが(笑)。
ビズリーチでは自社サービスの価値を直接届けるインハウスマーケティングを経験して「本質的な価値提供」と「伝え方の設計」を学びました。副業で算数・数学の発信活動を再開し、教育とマーケティングを掛け合わせるmath channelの原型が形になっていきました。
【第4章】数学で鍛えた思考=人生を楽しむ武器
― 改めて、なぜお子さんたちが算数・数学を好きになることを重視していらっしゃるのでしょうか。
もちろん、誰でも「できる」は目指せます。ただ、たった60分の授業で「できる」ようになることはほとんどありません。「できる」をKPIにすると算数・数学の本質から離れてしまう。
大切なのは、瞬間的な「できた」を通じて態度が変わること。つまり「好きになれるかどうか」です。「楽しい」が見つかると「好き」になり、「好き」は「続ける」に変わる。その積み重ねが「できる」に繋がります。math channelは小さな点か短い線のようなきっかけにすぎませんが、それらが蓄積して面になった時に子どもたちはできるようになると考えています。

― 算数・数学が得意だと将来にどのようなメリットがありますか。
人生を楽しむ時間が増えるでしょうね。算数・数学を避ける人生なんてゲーム番組「逃走中」でハンターから逃げ続けるようなもの。日々の中で必ず「数学」というハンターに出くわします。そこで逃げるか、立ち向かって楽しむか。
数学的素養があると、ニュースを見た時「このデータの切り取り方、偏っているな」「この有識者はこのデータを強く出しているけれどデータ自体が不完全。でも、伝えたいことがあるんだな」と気づいてニヤリとできます(笑)。算数・数学を通じて鍛えられた思考力は社会をより深く楽しむための武器になるんです。
― 算数・数学が得意な方は生涯年収が高い、ハイレベルな職に就きやすいといったお話も耳にします。
必ずしもそうとは限りませんが、未知の分野に飛び込める方や新規事業・開発に臆さず関われる方が多いですね。「最初は分からなくてもやっていくうちに分かる」という成功体験を持っているのが、数学を学んだ方の強さです。

― お子さんに苦手意識を持たせないために、親御さんはどのような対応を避けるといいでしょうか。
子どもにラベルを貼らないことです。「この子はこうだ」と決めつけると、本人もそれを自覚して可能性を狭めてしまうから。しかも、1〜2週間後にはそのラベルよりもいい価値やいい発想をしていることはめずらしくありません。1〜2ヶ月で変わっていく子どもに対する固定概念を捨てることをお勧めします。
柔軟な発想や好奇心を持つ親御さんはご自身も算数講座に参加しています。子どもと一緒に学びながら変化できる存在であることが、何よりの教育になります。
【第5章】数学を600万人へ届けるために
― 2024年にはNHK Eテレ「3か月でマスターする数学」に、秋山仁さんやヨビノリたくみさんと共演していらっしゃいます。

おかげさまで反響が大きかったです。制作の皆さまと問題案や全体構成を議論させていただきました。三者三様の立場から意見を交わすことで、数学の面白さを多角的に伝えられたのではないでしょうか。私はビジネスの現場経験を活かして視聴者に伝わりやすい内容に調整させていただきました。
― 「算数・数学はもともと楽しいものだ」と啓蒙するために、今後もさまざまなメディアで発信なさいますか。
はい。あらゆる業界のサービスやプロダクト、コンテンツが子どもたちの興味・関心を巡ってパイの奪い合いをするため、算数・数学をメインとしていない媒体や他業界にも積極的に露出していきます。
最近ではRepezen Foxx(旧レペゼン地球)のDJ?Foy(ふぉい)さんがゼロ知識で数学に挑戦にする新感覚数学番組「DJ? Foyでもわかる数学教室」でも教えています。ふぉいさんは中卒で「√(ルート)」が分からなかったところからスタートしましたが、もともと頭の回転が速い。彼と配信することで、今まで数学に触れてこなかった方に学ぶ機会を提供できると実感しています。

― 現在は「人を巻き込むフェーズ」にいらっしゃるそうですね。
math channelの認知が拡大する一方で「昔からある存在」と思われてしまわないかを懸念しています。社会的課題を解決するために誕生したばかりの組織なのに、最近知った方には「算数・数学を魅力を届ける老舗企業」と認識されてしまう。それでは机上の空論や理想論ばかり唱えていると勘違いされやすい。
いかにmath channelが課題意識を持ち、現在進行形でトライアンドエラーをしているのかをターゲットや担い手になり得る方々にもPRしたい。アントレプレナーに馬力やフレッシュな思考が足りないとは思われたくないですね。
― 中長期的な事業戦略をお聞かせください。
引き続き、算数・数学を成績以外の指標で教える、伝える存在をいかに増やせるかを考えています。そんな存在を1万人作れたら、きっと世の中も変わるでしょうね。それが組織か、学校の先生か、親かは分からない。ただ、1万人が年間600人に算数・数学の楽しさを届けたら合計600万人。それは日本の小学生人口に匹敵します。
それを実現するため新たに制度を作る、自分が露出してmath channelの認知度を上げる、大学のプログラムに踏み込む。手当たり次第やれることをやってブレイクスルーしたところに注力します。

― 最後に、お子さんへの教育方針で迷っている皆さんにメッセージをお願いします。
1人で抱え込まず、人に話してアドバイスをもらうことをお勧めします。自分の意見に客観性を持たせると「自分がどの方向を向いているのか」「子どもが座標軸のどこにいるのか」が少しずつ見えてきます。その中で有効な手立てを10個試してみる。どれかがハマれば次の一歩が見えてくるはずです。そんな小さな行動からお悩みが少しずつ晴れていくのではないでしょうか。
― 明日希さん、お話をお聞かせいただきありがとうございました。
(企画・取材・執筆:佐野 桃木 写真提供:math channel 最高顧問:Z)
● プロフィール「株式会社math channel代表取締役 横山明日希さん」
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