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動き続ける経営者。元シリコンバレー挑戦者が変える「日本の農業DX」

1990年代のシリコンバレー黎明期にNVIDIAへ接触し、数々の最先端技術を日本へ導いてきた男が次に挑んだのは「農業」だった―。株式会社ルートレック・ネットワークス代表取締役社長の佐々木伸一さんは、AI潅水施肥(かんすいせひ)システムで営農現場の課題に向き合い、技術と実践の両輪で持続可能な改革を進めています。公私ともにアクションを止めない佐々木さんにその理由を伺いました。


【第1章】農業課題・文化をテクノロジーで解決する

― ルートレック・ネットワークスの事業概要を教えてください。

株式会社ルートレック・ネットワークスは、2005年に創業したIoTテクノロジー企業です。現在(2025年10月)、AI潅水施肥システム「ZeRo.agri(以下、ゼロアグリ)」というスマート農業ソリューションを営農者向けに提供しています。

創業当初はまだ「IoT」という言葉が一般化しておらず、M2M(Machine to Machine)の概念に基づいてフォークリフトやカート、体組成計、燃料電池などの機器をインターネットを経由して監視・制御するプラットフォームを提供していました。2023年には農業機械大手の株式会社クボタの連結子会社となり、農業分野での社会実装を加速させています。

― 農業に特化したプロダクトを開発するまでの経緯をお聞かせください。

2008年のリーマンショック前まではIoTプラットフォームのOEMビジネスを展開して複数社と取引していました。しかし、リーマン後に大手企業が「コア技術に集中する」として新規投資を凍結。進行中のプロジェクトが全て中止になってしまったんです。行き場を失いながらも「お客様の顔が見えるビジネスをしたい」と。そんな折、総務省の広域連携事業に応募して約1億円規模の案件を受託したことが転機となり、農業の「スマート化」に取り組み始めました。

― さまざまな業界がある中で、なぜ農業を選んだのでしょうか。

農業は日本の主要産業の中で最もデジタル化が遅れており、勘と経験による栽培が主流でした。このままではアグリテックが生まれても定着せず、日本の農業の未来も閉ざされてしまう。テクノロジーの力で「根拠ある農業」を広げ、技術だけでなく文化そのものを変えていく必要があると感じました。その実現に向け、現場に寄り添いながら実証と改善を重ねています。

― どのように「農業の勘と経験」を把握なさいましたか。

東日本大震災後の風評被害に苦しむ栃木県や、岡山県の営農者の方々と約2年間対話を重ねて気づきました。新規就農者は先輩農家の教えに従って技術を学びますが、天候や土壌条件が変わると同じ指導でも日によって内容が異なります。重要なのはその違いを生む「理由」を言語化し、ロジックとして伝えること。そうでなければ技術の再現性は生まれません。そこで初めてデータと仕組みで経験を可視化することの重要性を痛感しました。

【第2章】農家の労力や負荷を減らす「ゼロアグリ」

― AI潅水施肥システム「ゼロアグリ」について教えてください。

ゼロアグリは日射予測、土壌水分やEC値(Electric Conductivity。導電率や電気伝導度を指す)などのセンサデータから、クラウドAIが「いつ・どれだけ水と肥料を与えるか」を自動制御するシステムです。少量多頻度の潅水と施肥を行うことで収量と品質の安定化、省力化、施肥コスト及び環境負荷の低減に寄与しています。

2013年の提供開始以来、全国の農家や農業試験場に累計430台以上(2025年夏時点)を導入。気候や土壌条件、作物の違いに応じたデータを蓄積し、改良を重ねています。テクノロジーで農家の生産性を上げ、持続可能な社会を実現するという理念のもと開発を続けています。

― なぜ、ゼロアグリは水と肥料に特化しているのでしょうか。

農業で欠かせない作業は主に「潅水(水やり)」「施肥(肥料やり)」「防除」「収穫」の4つ。その中でも水と肥料はコントロールが比較的容易で、世界各地で数値管理が進んでいない共通の課題領域です。そこで当社はイスラエル生まれの点滴チューブを活用し、水と肥料を一体で制御するシステムを開発しました。

従来は、潅水や施肥は営農者が天候や作物の状態を見て判断していました。「水やり10年」と言われるほど習得に時間がかかる作業をAIで自動化できれば、新規就農者でも1年目から熟練農家並みの成果を出せる。この仕組みを作れば農業全体の構造を変えられる、いわば「ゲームチェンジ」を起こせるはずだと考えました。

― ゼロアグリをご利用になっている営農者について教えてください。

ご導入いただいているのは、いわゆる「イノベーター」に分類される営農者です。「品質を上げたいが、ずっと圃場に張り付いていられない」「人手が足りず、規模拡大が難しい」といったお悩みを抱え、技術を積極的に取り入れようとしています。ユーザー層がアーリーアダプターへ広がるにつれ、プロダクトの機能だけでなく、導入後のサポート体制や保守が重視されるようになりました。そのために13の販売会社・約600の営業拠点を有するクボタとの連携を強化しています。

― 営農者の皆さんのBefore・ Afterをお聞かせください。

福島県でキュウリを栽培する営農者の事例では、導入前は潅水と施肥に1日3〜4時間を費やしていました。広大な敷地をハウスごとに巡回する必要があり、これだけで丸一日が終わってしまう。ゼロアグリ導入後は、潅水施肥の作業時間を約90%削減。AIが日射量や土壌データをもとに自動調整するため、猛暑時でも品質・収量が向上。作業負担を減らしつつ、成果を最大化できるようになりました。

― 農業業界では平均68.4歳と高齢化が進んでいます。導入する方は若い世代が中心でしょうか。

年齢を問わず新しい挑戦に前向きな方や、60代でも圃場を拡大して事業成長を目指す方です。一方で、長年同じ方法を続けてきた営農者の中には「残りの現役期間で数百万円の新規投資は難しい」と考える方もいらっしゃいます。ゼロアグリは、気象や潅水・施肥などのデータを2013年から蓄積し、栽培技術を次世代へ継承できる仕組みとして進化してきました。農業のスマート化や持続性を目指す方に導入していただけたら嬉しいですね。

【第3章】NVIDIA黎明期を知る男のシリコンバレー体験記

― 佐々木さんはシリコンバレーでのご経験を経て、貴社を設立なさったんですよね。

私は新卒で国分電機に入社し、主にシステム開発を2年間担当しました。その後、日本モトローラやウエスタンデジタルジャパンを経て、Intelに勤めていた友人が立ち上げたインキュベーションカンパニー「アイシス」に参画しました。ここで、シリコンバレーで生まれた最先端技術を日本市場に導入する事業化支援を手掛けました。

1990年から10年間で20社のスタートアップを担当し、IPOやM&Aなどの成果に結びつけています。代表的な成功事例はスマートフォン向けGPSソフトのSnapTrack社(後にQualcommが買収)や、ノートPC向けタッチパッドを開発したSynaptics社(後にIPO)などです。

佐々木さんが手掛けたシリコンバレーのクライアント(1990年~2000年)

当時のシリコンバレーでは毎月のように革新的な企業が生まれて連続起業家が活躍していました。彼らの姿に触発されて「日本でもイノベーションのエコシステムをつくりたい」と考え、私も2005年にルートレック・ネットワークスを設立したんです。

― 外資系企業を経て、シリコンバレーを活動拠点に選んだのはなぜですか。

国分電機時代、IntelのCPUを使った開発に関わる中で「シリコンバレーで仕事をしたい」と思うようになりました。その後、日本モトローラやウエスタンデジタルジャパンへ転職し、友人が創業したアイシスにジョインしてから念願のシリコンバレーを拠点に活動することになった。現地では、連日スタートアップの経営者や技術者、投資家と会い、技術だけでなく経営思想としてのスピード感にも圧倒されっぱなしでした。

― 1990年代、シリコンバレーと日本はどのような関係性にありましたか。

当時はまだGoogleやAmazon、Facebookは存在せず、シリコンバレーの主流は半導体や基盤技術を担う企業でした。私たちは現地投資家が注目する技術を日本市場でも展開できるかどうかを見極める橋渡し役を担っていました。当時の日本はバブル期でパソコンやゲーム、携帯電話などの製造業が世界を席巻しており、シリコンバレーの投資家たちにとっても日本市場は外せない存在でした。

社員数が20〜30人規模だったNVIDIAにも「日本なら私に任せてください」と訪問したことがありますが「すでに日本の企業と提携している」と断られました。恐らく日本の大手ゲームメーカーと共同開発をしていましたね。泣く泣く引き上げましたが、食らいついておけば良かったと思います(笑)。

1990年当時のシリコンバレーマップ

― シリコンバレーで得た学びをお聞かせください。

私は「選択と集中」よりも「選択と分散」が重要だと考えています。コアをぶらさずに複数のプロジェクトを走らせ、状況に応じて市場を変えながら自分の得意領域を深めていく。外れたら次に行けばいい。挑戦を止めないことが成長の源です。

NVIDIAも最初はゲーム向けのGPU開発から始まってAI処理に特化した半導体を生み出し、2024年6月には時価総額で世界一を記録しました。市場環境の変化を見極めて活躍の場をずらしながら勝ち続けている。まさに「止まらない企業」です。

私自身、シリコンバレーで学んだ最も大きな教訓は「Stay in motion(動き続けること)」。挑戦の成否を分けるのはそれに尽きます。同じアグリテック仲間のテラスマイル生駒さんやGRA岩佐さんも、どんな局面でも立ち止まらず走り続けている。しかも、苦労していることを表に出さず、難関には胆力で突破する。その姿勢に同じ挑戦者として強く共感しています。

【第4章】釣り、消防団、K-POP「止まらない社長」のオフ

― 普段、どのようなことを嗜んでいらっしゃいますか。

長年釣りが好きで、多い時は年間40回。釣っていないのは、クジラと巨大なマグロくらいかな。イカやカワハギ、キス、タイ、ブリなど何でも釣りますね。再来週も岩佐さんとヒラマサを釣りに行きます。いつも向かう先は東京湾や相模湾、駿河湾。

釣りの醍醐味は3つあると思っていて、事前に仕掛けを作ってどうやって釣ろうかと計画を立てること。次に、船上でひたすら釣りに集中すること。3つ目は、魚が釣れたら自宅で調理して家族で堪能すること。これはビジネスにも通じますよね。準備する、戦う、成果をみんなでシェアする。

中でもヒラメ釣りが面白い。まさに静と動の世界なんです。ヒラメ釣りのコツは、底から1~2m上のタナ(魚が泳いでいる水深)を意識して、泳がせ釣りの場合はイワシを付けて海底付近に誘うこと。ヒラメのいる海底に仕掛けてアタリ(釣り人に伝わる振動・感触)が出たら少し待つ。釣り竿がピクピクしている時にいつ引き上げるかタイミングを見て、ここぞという時に竿を持ち上げるとヒラメに逃げられずに釣れます。

ビジネスでもタイミングが重要じゃないですか。早く捕まえようとすると逃げられるし、遅かったら餌(情報)を食べられるだけ。

― 佐々木さんは地元大和市の消防団にも入っていらっしゃるそうですね。

そうですね、9年前からボランティアとして参画して月に3〜4回、消防訓練や応急手当の技術習得、火災時以外でも地域の安全を守るための防災訓練活動をしています。入団した理由は、公園のイベントで起きた火災で、小さなお子さんが逃げ遅れて亡くなったニュースを知ったからです。私がその場にいたらその子を助けることができたのか、いざという時に消火器を使えるのか、と。自分からボランティアに名乗り出る人はなかなかいないらしいですが。

― 消防団のご活動ではどのようなことにやりがいを感じますか。

訓練や活動に集中していると日頃の仕事でたまったストレスを発散できるし、地域コミュニティでさまざまな方とお会いして情報交換もできます。特に、消防団の面白いところは年齢に関係なく「先に入った人」が偉いこと。だから、私の上司が20代の小学校の先生だった時期もあります。現在は消防団の三役(分団長、副分団長、部長)で部長を務めています。

実はこの経験は非常に重要。本業では長年社長をしているので、上に誰もいないし全部自分で決めて、自分でやる。どうしても「部下や現場がどう思うか」という感覚が失われてしまうんです。

― 佐々木さんはK-POPもお聴きになるんですよね。

高校生の娘がSEVENTEENやBTS、aespa、IVE、NewJeansが好きで、その影響ですね(笑)。私自身は誰が好きというよりも音楽そのものを聴いていいなあ、と。韓国には家族とよく旅行しています。K-POPグループのライブはなかなかチケットを取れないから、その代わりに街の雰囲気を楽しみながら食べ歩きしたりショッピングしたり、K-POPアイドル御用達のお店でファッションを購入したりしていますね。明洞にあるBTSメンバーの手形に手を入れて写真を撮ったこともあります。

【第5章】挑戦者が社会を動かす。シリコンバレーの教え

― 農業業界全体の傾向や課題をどのようにご覧になっていますか。

日本の農業人口は現在約110万人ですが、2040年には35万人まで減少すると予測されています。衣食住の根幹であるにもかかわらず、危機感が薄いことが最大の課題です。2024〜2025年には「令和の米騒動」と呼ばれる現象も起き、米の価格が5kgあたり5,000円まで高騰しました。さらに肥料の99.9%を海外に依存している現状では、戦争や海上封鎖が起きれば農作物の生産自体が止まるリスクもあります。農業の安全保障を「誰かがやるだろう」と他人事にせず、社会全体でどう支えるかが問われています。

― そうした課題にどのように向き合っていらっしゃいますか。

私は言葉で訴えるだけでなく、自ら農業コミュニティに飛び込みました。2年前から長崎県壱岐(いき)市でアスパラガスの生産を始め、ルートレックファームと称してハウスや栽培方法そのものを実験的に変えています。

例えば、従来は地面に定植する「平畝(ひらうね)」でしたが「高畝(たかうね)」に変えて腰をかがめずに作業できるようにした。さらに畝幅を広げて日射を取り込み、品質と収量を向上させています。ハウスも、高温時でも快適に作業できる片屋根式を採用しました。まずは自ら農業のスマート化を実践して「変えれば成果が出る」ことを示さなければ文化は動きません。

― 「稼げる農業」をどのように実現していくのでしょうか。

壱岐ではルートレックファームを核に23ヘクタールの基盤整備地区を活用し、自治体やJAとともに産地開発のモデルづくりを進めています。この仕組みを全国の自治体にも開き、スマート化を志す営農者の方々と次のステージを目指しています。現在、ゼロアグリのユーザーは400人を超え、いわば農業界のイノベーター兼アントレプレナー。私はシリコンバレーで培ったITの知見を生かして技術面からその挑戦を支援しています。農業10年、IT30年の経験を掛け合わせればこれまでにない価値を生み出せると信じています。

― クボタとの連携や海外展開について教えてください。

クボタとの協業を通じて、国内の施設園芸のスマート化だけでなくアジアモンスーン地域への展開も進めています。アジアは日本よりもハングリー精神が強く、最先端技術の導入にも前向きです。課題は価格ですが、現地生産(ノックダウン)を進め、ゼロアグリのソフトウェアとCPUコアだけを日本から供給するモデルで解決しています。アジア展開は経済産業省の支援を受け、タイで気候変動適応の農業技術の普及として始動。ゆくゆくはタイの高温多湿な環境で培われた栽培技術を高温化が進む日本に逆輸入する「リバースエンジニアリング」の構想も描いています。

― 最後に、読者の皆さんへメッセージをお願いします。

シリコンバレーでは、挑戦者をリスペクトする文化があります。何度失敗しても「次は成功するかもしれない」と期待して投資する。例えば、起業家がベンチャーキャピタルに行き「事業計画に投資してください」と言うと「2回失敗しているのか。でも、3回目は成功するかもしれない。OK、投資しよう」。あるいは、起業家がピカピカのポルシェに乗って来ても「成功しているから、また次も成功しそうだ。OK、投資しよう」と。

日本では一度の失敗で負のレッテルを貼られがちですが、それでは誰も挑戦しなくなる。挑戦する人がいるかぎり、社会は前に進む。 私自身も現場に立ちながら挑戦者を応援し続けます。

最後にお伝えしたいのは「人の順序」です。1番目は挑戦して成功した人、2番目は挑戦して失敗した人、3番目は挑戦した人を支えた人。4番目は何もしなかった人、そして5番目は何もせずに批判だけする人。やはり少なくとも1〜3番を目指すべきでしょうね。「前へ!」。それが、私たち世代の責任です(「前へ」とは、体育会ラグビー部元監督の北島忠治氏が説いたもの。明治大学を象徴する合言葉)。

― 佐々木さん、お話をお聞かせいただきありがとうございました。

(企画・取材・執筆:佐野 桃木  写真提供:ルートレック・ネットワークス  最高顧問:Z)

● プロフィール「株式会社ルートレック・ネットワークス代表取締役社長 佐々木伸一さん

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