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大垣から赤坂へ、杭瀬川と歴史を辿る歩き旅

4/20、21東海自然歩道が目的で
今年5回目の岐阜県を訪問

20日の歩き旅で疲れ果てたので
翌日はモーニングだけの予定が
以前大垣を散策した時に気になり
次回行こうと思ってた場所のことを
ふと思い出し行くことにしました♪

大垣の宿はアパホテル🏨

モーニングはだいたい11時までやけど
前日の疲れもあり10時まで宿に滞在💨


大垣から杭瀬川沿いを歩く

大垣駅近くでは以前にも
喫茶モーニングをしてるので
再訪でも良いが今回は新規開拓🙌

明光義塾の看板が目立ちすぎて
通りすがりでは気付かなさそうな店

常連さんの自転車が並ぶ店前
店内の様子も見えにくくて
ちょっと入り辛いが入る✋

思ったより広い店内

着席するがメニューがなく…
モーニングの有無確認し注文💨
新規入店の店はいつも緊張する

モーニングセット450円

セットは1種類だけやけど
定番のトースト、卵、サラダの他
焼きそば、果物、ヨーグルトも付き
450円という値段は驚きのコスパ😋

出入り激しく一時満席になる
人気ぶりなのも納得でした🙌

パリピオ
場所|岐阜県大垣市高屋町3丁目28
営業時間|8:00~21:00
定休日|木曜

モーニングを終えて
再び大垣駅の前を通りすぎ
市街地を西向きに歩く

レトロな陶器店

いつもの歩き旅とは違って
何の変哲もない市街地やけど
初めての道はどこも楽しい✨

養老鉄道の室駅近くで
いい雰囲気の喫茶店を発見♪
空腹なら迷わず入るけどな…
悔しいけど印付けて次に持ち越し

モーニング喫茶から徒歩30分
今回歩くことになった目的地の
案内板が見えてきた🍃

杭瀬川の戦い

この戦いを知ったのは昨年9月末
今回と同じ歩き旅終わりに1泊し
大垣市内を散策した時

宿は取ったが散策する予定はなく…
事前情報なしで散策を始めた😂

初散策、歴史に疎いこともあって
大垣に城があることすら知らず😂

完全な無知やったことが幸いして?
知れば知る程興味が沸いてしまった💦

1600年9月15日の関ヶ原の戦いは
誰もが知る有名すぎる出来事やけど
どういう経路を辿り合戦に至ったのか
そもそもなぜ対立することになったのか…

歴史の授業では興味なかったのに
現地で学ぶと頭に入りやすく
多くを大垣城の展示で学びました🤩

大垣城で学んだあとに関ヶ原を訪問
歩き旅が目的なので一部だけやけど
歴史的な場所を巡りさらに興味が沸く🙌

関ヶ原の行けてない場所巡りもしたいが
今回はせっかく大垣に滞在してるので
徒歩圏内の気になる場所へ…

それが関ヶ原の戦いの前日
9月14日に勃発した杭瀬川の戦い

経緯を知り、考えてみる

以下、大垣城の展示より

8/24|東軍が赤坂に集結
西美濃の城は大垣城を除きほとんどが東軍支配となっていたが、東軍(赤坂)と西軍(大垣)は約3週間も対峙たいじを続けた。

9/14|東軍総大将・徳川家康が赤坂に着陣
大垣城の西軍将兵は激しく動揺。石田三成は重臣じゅうしん島左近しまさこんの計画を受け入れ出陣を命じた。

大垣城を出陣した島左近と蒲生備中がもうびっちゅうらは、約500の兵を伏せて杭瀬川を渡り東軍を挑発。明石全登あかしてるずみら約800も宇喜多秀家の命を受けて出陣し待機。中村隊の野一色頼母のいっしきたのもらがでてきたため、島・蒲生らは少し戦ってからわざと退却、中村隊はこれを追って川を渡った。

杭瀬川を渡った中村隊に対し、島・蒲生らの伏兵が現れて退路を断つとともに、退却していた西軍も反転して狭撃し野一色頼母らを討ち取った。中村隊の苦戦をみた東軍の有馬隊も援護しようとするが、待機していた明石全登に阻まれる。その後両軍が撤兵し西軍の勝利となり士気が大きく回復。

赤:東軍|青:西軍

その夜、大垣城の西軍は石田、島津、小西、宇喜多の順に密かに出陣し、南宮山の南を迂回して関ヶ原へ転進。その動きを察知した東軍も中山道を通って関ヶ原へ移動し、決戦の舞台は関ヶ原に移るのです。

経緯の説明を読む限りでは
杭瀬川の戦いは動揺する西軍の
士気を高める練習試合な感じか…

西軍は勝利して士気は高まったが
東軍を本気にさせてしまい
関ヶ原では形勢逆転したのかも🤔

関ヶ原の戦いについては
様々な思惑が錯綜してるので
結果を決める要因ではないにしても
歴史上重要な出来事に違いないやろな🍃

現地を巡ってみる

いつもは下調べなしで巡るが
今回は先に色々学んでから巡る♪
とはいえ関ヶ原の戦いみたいに
明確な場所は特定されてないみたい

車道から土手へ登る

土手から見下ろす杭瀬川(右側)
川の奥、山が凹む場所が関ヶ原辺り

現地に立つ説明板

看板あるのでこの場所で
間違いないが川筋の変化により
場所は定かではないらしいが
せっかく来たので周辺を散策

河原にある村社日吉神社
中央奥の山は伊吹山

近くに川が見えないかなと
河原の道を歩いてみたけど
草が生い茂ってて全く見えず💨

古戦場跡を離れて北上
JR東海道線近くまで行くと
道から杭瀬川が見れた✋

杭瀬川の戦いを目的に歩いて
モヤモヤするけど一応目的を達成…
さて、どうしようかと考えながら

とりあえず杭瀬川を辿る

分かりやすいもの沿いに歩くと
何も考えなくて良いので楽
そんな安易な理由で辿る😆

歩きながら面白いもの無いか…
何かあれば立寄ってみるか…

杭瀬川沿いは舗装路が続き
何不自由することなく歩ける😂

何かないかと探してるつもりが
結局歩くことに熱中してしまい
何も見つからず距離だけ延びる💨

面白さは無いが見納め桜
今年は満開が遅かったので
4/21でも咲いてる花を見れた🌸
若葉とのコントラストも良い🍃

蛇行してた杭瀬川が直線に…

日常化したひたすら歩き旅で
何もない場所歩き続けることを
苦にならなくなったのは良いが
どこかで止めないと終われない😅

古戦場跡から歩くこと1時間
中山道赤坂大橋で川沿いを離れる

中山道赤坂宿

時刻が12時半を過ぎてたので
昼食も企んだが店が見つからない🤔

赤坂港跡
赤坂港会館

川を交通の手段としていた1900年初期頃、川港の赤坂港には500艘を超える船が往来したといわれる。この地域は、古くから石灰や大理石産業が盛んで、産業の町として賑わいを見せていました。赤坂港会館は、明治8年赤坂の四辻にあった屯所(警察署)を復元したもので当時の様子が紹介されています。

岐阜の旅ガイド
旧中山道に沿って歩く

横切る線路は廃線感漂ってるが
金生山から産出される石灰石を運ぶ
貨物列車が1日数本走ってるそう

旧清水家住宅

古い建物内でカフェ営業する
フリーサロン福和里を見つけたが
帰路アクセスの都合で入店を断念💨

時刻は12:45、近くの美濃赤坂駅から
大垣方面への電車が13:12発
それを逃すと16:07で3時間待ち😨

30分近くあり急ぐ必要ないが
のんびりする暇もない
かといって3時間滞在も辛い
結果、駅へ向かうことにしました😆

四ツ辻の道標

旧中山道は歩いてみたい道
けど今回は前日の疲れもあって
様子見…な訪問になりました

東西に延びる旧中山道から分岐
駅へ続く南向きの道に入る

駅への道も板張りの壁が続き
良い雰囲気を醸し出してる

美濃赤坂駅舎
西濃鉄道の市橋線

石灰石の貨物列車が走る線路も
広大な美濃赤坂駅の構内に繋がる

駅舎脇からホームを望む

美濃赤坂駅は大垣駅から約5km
周辺で産出される石灰石、大理石の
輸送を目的に1919年に開業した
東海道本線の赤坂支線というらしい

こういう機会でもないと乗れないので
短い乗車時間を楽しみました♪

13:16、数時間前とは逆の風景
車窓から杭瀬川を眺める👍

11:45、土手から電車を眺めた

10分に満たない乗車時間で
大垣駅に戻り空腹のまま乗換え
昼飯食べれたのは14時半でした💦

この記事で巡った場所

モーニングした喫茶店パリピオから
杭瀬川の戦い古戦場跡を経由して
美濃赤坂駅まで約7kmの散策

実際の戦いが行われた場所は
定かではないといわれつつも
大垣城(西軍)と岡山本陣(東軍)
それぞれ陣地からほぼ直線上が
案内板のあった場所になるので
大きくズレてないんやろなと推測

メインの目的は達成できたけど
ついでで立ち寄った赤坂宿は
時間の都合でほぼ散策できず…

次行く機会があれば中山道と共に
東軍の岡山本陣にも寄ってみたい♪

関連記事

初めて大垣を散策した日
有名な関ヶ原の戦いの詳細を知り
現地を訪問したい気持ちが増した🤩

歴史は卓上で学ぶのではなく
地図を片手に現地で学ぶのが良いな♪
学生時代、歴史に疎かったのは
想像しにくかったからで
逆に好きな地理と絡ませたら
興味が沸いてたやろなと今さら思う😂

■2024.09.29|初めて大垣を散策

■2024.11.30|東海自然歩道で関ヶ原入り

■2024.12.14|東海自然歩道で関ヶ原を巡る


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