夜中の戯言@ぶっちゃけ格好ええ方がええに決まってる
関西で生まれ育った俺には、ずっと「東京は敵」という刷り込みがあった。やすともの漫才に代表される東京/大阪ネタでも東京モンはカッコつけばかりで声も小さくて、どこかオカマっぽい、スカしてる。みたいなイメージが当たり前のようにあった。俺自身も、オモロさこそ正義という空気の中で育って、その価値観にきっちり影響されてきた。
「オモロいのが正義」という感覚自体はいまも揺らいでへん。ただ、大人になるにつれて、「カッコつけること=悪や」では無く、何でもかんでもさらけ出して“ぷっちゃけ文化”のほうが、勘違いしたどこか恥ずかしく感じる瞬間が増えた気がする。あと声量をオモロいと思てる奴は死ねばいいと思てる。
たしかに、往年の巨人が掲げた「巨人軍の選手は紳士たれ」とか、方言を禁じてまで“お行儀の良さ”を押しつけるナベツネ的な美学には、いまも素直には頷けない。でも、形だけじゃなく中身が伴っているなら、自分の振る舞いにプライドを持つこと自体は、別に悪い事やない。
一番醜いのは、実力不足を開き直りでごまかす事や。だからこそ、俺は「実力不足やからこそ、なおさらカッコつけていたい」とは感じている。カッコつける事はスカしてるんやない美学やと。
結果、「オモロい=カッコええ」となった。
でも今や負けが込んで、正直しんどい。ぶっちゃけてまうとこが所詮関西人よな俺も。
せやからぶっちゃけ格好ええ方がええに決まってる。
俺の中のカッコよさって今だにコレ。高速で子猫を抱いた浅野温子をマスタングから降ろして置いてきぼりにするダンディズム。お前がぁ欲しい〜♪
