その先をあるく人
のっぽの祖父について書いていたら↓、
もうひとり、自分の人生に影響を与えた背の高い人のことを思い出した。
その人のことを、
「のっぽのお兄ちゃん」
と当時8歳だった私は呼んでいた。
わが家にたくさん来た客の中で、若い人は珍しかった。大学生というのは、小学生にはとても大人に見える。リュックを背負って世界を旅してきたという話に、私はひきこまれた。
あるとき彼はおみやげに、茶色い小さな石をくれた。
私のてのひらに石をのせ、そのまま自分の両手で私の手を包む。
なんで石?と正直私はがっかりしていた。するとのっぽのお兄ちゃんは、にやりと笑って大きな手をそっと離した。
ぎゅっと握った両手をそっと開く。石には真ん中にひびがあった。えっ、この石、割れている…?
両てのひらのくぼみに力を入れて、ぱっくりとひらく。
石の中には、きらきらの薄紫の結晶がザクロの実のようにならんでいた。
息をのんだ私に、のっぽのお兄ちゃんは嬉しそうに言った。
「アメシストだよ。拾ってきた」
と。
今でも私は石が好きだ。
好きであることを、あるアニメを見て再確認した。
『瑠璃の宝石』。
主人公の瑠璃は、キラキラの水晶に興味を持ち、そこから鉱物採集の世界に足を踏み入れていく。
山を歩くかれらの肌におちる木漏れ日、川のきらめき、そしてその底に光る鉱石の美しさ。
みごとな絵で表現される鉱物採集の世界を、わくわくしながら楽しんでいる。
ああそうだった、私はこれが好きだった。はるかな太古から地球が育んできたものが、長い時を経て今ここにある奇跡。
物語の中で、瑠璃を導く大学院生の凪さんもいい。知識を伝え、疑問をひもとき、そして瑠璃が道をはずれそうな時にはきっちりと制止してくれる。
自分がずんずん自分の道を行くのではなくて、ふりかえってくれるのだ。
こんなふうに先を歩く人がいるからこそ、瑠璃はその後に続いて道を切りひらき、やがてまたほかの人を導いていく存在になるのだろうな。
あー高校に地学の選択肢があったなら。残念に思いながらも、私はアニメを見てまた鉱物図鑑(←持ってる)を開き、鉱物採集に行きたいと考えたりしている。
のっぽのお兄ちゃんは私にとって、その先をあるく人だったのかもしれない。鉱物学者にはなれなかったけれど、私が本好きと知って彼がくれた『メアリー・ポピンズ』の本はその後の仕事にかかわる道を開いてくれたし、今もまだ私の本棚にちゃんとある。
私も誰かの先を行き、きちんとふりかえってあげる人になれているだろうか。

