働けないほどではない人の苦しさ
私は、働けない人ではなかった。
でも、普通に働ける人でもなかった。
出社してしまえば普通に働けた。むしろ、人よりサクサク仕事をこなせる方だった。
でも、毎日仕事へ通うことが難しかった。
朝、体が重い。眠くて、どうしても起きられない。午前休を取って、午後から出社する。
会社に着けば普通の顔で仕事をする。体調が悪そうには見えない。だから周りから見れば、ただのズル休みだった。
怠けているだけ。
甘えているだけ。
そう思われても仕方がないような状態だった。
でも、本当に起きられなかった。
毎朝が苦しかった。
「遅れます。」
「休みます。」
その連絡をすることが、一日の最初の苦痛だった。連絡をして、また眠る。
数時間後、眠い目をこすって無理やり起き、仕事へ向かう。
そして仕事は普通にできる。
だから余計に理解されなかった。
「みんな眠いけど頑張って起きてる。」
「休みたいのはみんな一緒。」
そんな言葉を何度もかけられた。
でも、私には毎日あれほど苦しい思いをして起きている人が、本当にそんなにいるとは思えなかった。自分では怠けているつもりはなかった。
本当に起きられなかっただけだった。
病院へ行けば、何か診断名がついたのかもしれない。でも少なくとも、周りからは「病気」とは見てもらえなかった。
だから、私の苦しさは見えにくかった。
私は「働けない人」ではなかった。
でも、「普通に働ける人」でもなかった。
その間にいた。
私は当時、かなり無理をしていたのに、無理をしている人ではなく、頑張りが足りない人として見られることが多かった。
もしあの頃、午後から働ける職場だったら。
毎日ではなく、週に数日休める働き方だったら。
きっと、今よりずっと楽に働けていたと思う。
実際、今の私は12時出社で週3日働いている。
それでもたまに休みたくなる日はある。
でも、あの頃とは比べものにならないくらい生きやすくなった。
あの頃の私は、働けなかったわけじゃない。
ただ、自分に合わない働き方しか選べなかった。
働けるか、働けないか。
世の中はその二択で考えられがちだけど、その間にいる人もいる。
私は、その間で長い間苦しんでいた。
私に必要だったのは、「もっと頑張れ」と言われることではなかった。
私にも、無理なく働ける形があることを知っていたら。
あの頃の私は、もう少し自分を責めずに済んだのかもしれない。
自分に合った働き方が見つけられた今、とても生きやすくなった。
