悲しみにさようなら~ミスチルの「旅立ちの唄」で亡き父に想いを馳せる~
時折、頭の中に昔よく聴いていた歌が急に降ってくることがある。それは私の中で、たいてい何かの合図になることが多い。
落ち込んでいた時、降ってきた曲を聴いて光を見出だせたり、世界に愛を見つけられたり、優しい自分に気づけたり。
だから、今回もサビが流れてすぐにAmazon Musicで検索してみた。ミスチルの「旅立ちの唄」。
イントロが流れてすぐ「恋空」の新垣結衣と三浦春馬が脳裏に浮かんだ。あの時は小学生だったっけ。
鏡の前に立ちコテで髪を巻きながら、歌詞に意識を向ける。
「この曲って、ああ、旅立った側の曲だったんだ」とだんだんと理解していく。
すぐに思考は止まり、勝手に込み上げてきた。鏡の中の自分は、瞳に涙をいっぱい抱えては零していた。
こんなふうに、勝手に涙があふれて止まらないのはお葬式ぶりかもしれない。思考する間もなく、勝手に涙が流れてくるこの感じ。
目が真っ赤になり、鼻水も垂れてきて、顔面は乱れたのと裏腹に、巻き髪は綺麗なカールを描いてる。
もう出る時間だ。
一度音楽を止めて、鞄に財布や持ち物を詰めて、家を出た。
駅までの道で、イヤフォンをさしてもう一度曲を聴き始めた。歌詞を心に刻むように、身体全身で聴きながら電車に乗り込んだ。
旅立った側って、こんなに切ないんだな……全力で応援してくれるのに、自分のことはもう忘れてもいいよ。
君が生きているこの世界で、懸命に生きていいんだよ。自分も天国で、君の笑顔を抱きしめて一生懸命に生きているから。
と言っているみたい。
電車なのに、涙が零れ落ちる。鼻水をすする音も、車内に響いている。
ああ、本当は。今この姿を誰かに抱きしめてもらいたかったのかも。
大学受験の勉強がしんどすぎて、予備校に行くまでの行きしなに、一度だけ父に強く抱きしめてもらったことがある。
「大丈夫だ、ここまでずっと頑張ってきたんだから。安心してやりな」
と強く強く背中を押してもらった。
もう一度、ただ抱きしめてもらって「大丈夫だよ」と言ってもらいたい。
何故、私の大好きな人はみんな私を置いていってしまうんだろう。
努力する大切さを教えてくれた父が、
人一倍努力ばかりしてきた父が、
楽しみもまだ全て感じないまま、
何故、死んでしまうのか。
こんなに残酷なプロセスがあっていいのか。
神様は、平等ではないと思う。
電車に揺られながら、文章を紡いで、ボロボロ泣くのも久しぶりだな。
大丈夫ですか?と声をかけてもらえたことは一度もない。
感情を出すと、こうなるからキツい。
出して終えてしまえば、スッキリするのだけど。
感情を感じている最中は、一人で痛みに堪えるしかないのが、痛みを助長させる。
でも、こうやって進んできたし、こうやって進んでいける。感じることで、抜けられる。
父の応援を背中に感じながら、今日も胸を張って生きる。
悲しみに、さようなら。
そう思って、電車を後にした。
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私は、20代で父を亡くしました。
突然のことで受け入れるに受け入れられない日々が長く続きました。
「いまは悲しんでいいよ」と言われても
父を思い出すだけで後悔が募り、苦しくてたまりませんでした。
そんなある日、突然「旅立ちの唄」が脳内で流れてきて
勝手に涙が流れてきました。
この記事は、自分が楽になるために紡いだ言葉でした。
元々、公開するつもりはなかったのですが
いま同じように苦しんでいる誰かの心に
少しでも寄り添えたら嬉しいなと思い、記事を公開してみます。
そして是非、旅立ちの唄に力を借りてみてほしいです。
心が傷ついている時、音楽や映画という芸術は心を癒してくれます。
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喪失の痛みは誰にとっても、あまりにも大きくて苦しいものだと思っています。
普段私は、カウンセラーとして活動しているのでこの記事を世に公開することにも葛藤はありました。
でも、この経験が、
誰かの心に届けばいいなと思います。
どうか、あなたの心だけは1人になりませんように。
