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第52話 「神の子」って、結局なんなの?|最初に浮かんだのは、格闘家のKIDだった。


「あなたは、神の子です。」


もし昔の私がこんな言葉を聞いたら、たぶんこう思った。

神の子……?

ああ、KID?

そう。私の頭に最初に浮かんだのは、聖書でも、イエス・キリストでもなかった。

格闘家の山本“KID”徳郁さん。

“神の子KID”と呼ばれていた、あの人だった。

それくらい私は、聖書が語る「神の子」という言葉の意味を何も知らなかった。

ボクシングジム通いは、3か月くらいで辞めた。笑


私は格闘技にものすごく詳しいわけではない。

ただ、若い頃、ラップを始める前に少しだけボクシングをやっていた時期がある。

と言っても、3か月くらいで辞めた。笑

続かなかった。

それでも格闘技はちょこちょこ見ていたから、「神の子」と聞けば、当時の私の中ではまずKIDだった。

だから後になって、

「チャンティさん、神の子って本当にすごいですよ。」

「神の子には特権があります。」

「権威があるんですよ。」

なんて言われても、

正直、全然ピンとこなかった。


そもそも当時の私は、Buddhaの弟子だった。

聖書の神様を「天のお父さん」と呼ぶ世界も知らない。

創造主と言われてもよく分からない。

神の子と言われても、もっと分からない。

でも、その言葉を私に何度も語ってくれた一人のラッパーがいた。


Speedy UJだ。

レコーディングするはずが、朝になった。


Speedy UJとは、私がイエス・キリストを知るずっと前からの関係だった。

今のSpeedy UJになる以前、彼は「雄猿 」という名義でラップをしていた。MCバトルでの知名度も高く、ライブも精力的に行なっていたので、その名を覚えている人も多いかと思う。

ある時、友人の紹介で私のスタジオへレコーディングに来ることになった。

初めて会った日のことは、今でも覚えている。

たしか夜の7時か8時くらいから、まずは打ち合わせを始めた。

普通なら、

「どんな曲ですか?」

「録音はこんな感じでやりましょう。」

そんな話をして、レコーディングへ入る。

でも、そうならなかった。笑


お互いラッパーだったからだと思う。

自分が何を信じて生きてきたのか。

この世界をどう見ているのか。

何が正しくて、何が間違っていると思うのか。

人は何のために生きるのか。

私は当時、自分なりに「これが真理なんじゃないか」と思っている世界観を持っていたし、彼にも彼の信念があった。

それを話し始めたら、止まらなくなった。


気がつけば、

チュン、チュン、チュン。

外でスズメが鳴いていた。

朝だった。笑


「……朝になっちゃいましたね。」

「じゃあ、そろそろ帰りましょうか。」

結局その日は、レコーディングより、ほとんどずっと話していたんじゃないかと思う。

でも不思議なくらい、話が合った。


ラッパーというのは、自分の信念を言葉にする生き物なのかもしれない。

「私は、この世界をこう見ている。」

「私は、こう生きたい。」

それを音に乗せて、人前で言ってしまう。

だから私たちは最初から、音楽だけではなく、

「真理って、なんなんだろう?」

という話をしていた。

そして、彼はしばらく姿を消した。


その後も彼は私のスタジオへ来るようになった。

レコーディングをする。話す。また話す。

そんな関係が続いていた。

ところが、ある時期から彼を見かけなくなった。

一年くらいだったのか、二年くらいだったのか。正確な期間は今となっては曖昧だけれど、とにかくしばらく会わない時間があった。

その間に、彼の人生にはいろいろなことが起きていたという。

そして、ある時。

再び私のところへ現れた彼は、以前とは少し違っていた。


そして言った。


「真理を見つけました。」


この話は以前の記事にも書いた。

6話 お父さん、ラップがしたいです。



私たちは昔から、「真理ってなんだ?」という話をしてきた。

だからこそ、

「真理を見つけました。」

と言われた時、

私は気になった。


何を見つけたんだ?


そこで彼が語り始めたのが、イエス・キリストだった。

「あなたには、創造主がいます。」


Speedy UJは、私にいろいろなことを話してくれた。

あなたには創造主がいること。

その神様が、私たちを造られたこと。

イエス・キリストのこと。

そして、

神の子として生きること。


「神の子って、本当にすごいですよ。」

そんな話を何度もされた。

神の子には特権がある。

神の子には権威がある。

父なる神様との関係がある。

今の私なら、その言葉が何を意味しているのか少しずつ分かる。

でも、当時の私は、

「へえ……。」

くらいだったと思う。笑


分からない。

本当に分からなかった。


なぜなら、私の中にはまだ、

「私を造った父がいる」

という発想そのものがなかったからだ。

「神の子」という言葉には、「父」がいる。


今になって考えると、おもしろい。

私が「神の子」と聞いて最初に浮かべたのは、“神の子KID”だった。

もちろん、格闘家のニックネームとしての「神の子」と、聖書が語る「神の子」という意味はまったく同じではない。

でも今の私には、一つのことがとても大切に見える。

「子」という言葉には、

必ず「父」がいる。


私は2歳の頃に両親が離婚し、父をほとんど知らずに育った。

だから私にとって、「父」という存在そのものが、長い間どこか遠かった。

そんな私が、

「神の子ですよ。」

と言われても、分からなかったのは当然だったのかもしれない。


でも聖書を開くと、本当に「父」と「子」の話が何度も出てくる。

イエス・キリストを受け入れた者には、神の子どもとなる特権が与えられる。

ヨハネの福音書1章12節

そして、神の御霊によって、

「アバ、父よ。」

と呼ぶことができると書かれている。

ローマ人への手紙8章15〜16節
ガラテヤ人への手紙4章6節

※「アバ、父」とは、新約聖書に出てくる言葉で、神様を親愛の情を込めて「お父さん」「パパ」と呼ぶ表現です。アラム語の「アバ(お父さん)」とギリシャ語の「パテル(父)」を合わせて使っています。


Speedy UJが言っていた、

「神の子。」

という言葉。

私は後になって、聖書の中でその意味を少しずつ知るようになった。


以前の私は、自分の価値をどこか外側に探していた。

ラップが上手ければ。

人から認められれば。

仕事がうまくいけば。

すごいと思われれば。

自分には価値がある。

そんな生き方をしていた時期が長かったと思う。


でも聖書を読むようになって、順番が逆だと知った。

愛されるために何かを成し遂げるのではない。

まず愛されている。

そこから、生き始める。


イエスさまが公の働きを始められる前、バプテスマを受けられた時、天から父なる神様の声が響く。

「これはわたしの愛する子。わたしはこれを喜ぶ。」

マタイの福音書3章17節


まだその後に記される数々の奇跡を行う前だ。

十字架にかかる前だ。

大勢の人々を癒やす前だ。


まず、

「愛する子」

だった。


私はこの順番が、とても好きだ。


私たちは、

何かができたから愛されるのではない。

父に愛されているところから、生き始める。


22話 NARUTOと、イエス・キリスト。|父の愛と「私は誰なのか」

でも、「愛されている」で終わりではなかった。


ここも、私が少しずつ知ってきたことだ。

「神の子なんだから、神様に愛されてる。よかったね。」

もちろん、それは本当に素晴らしい。

でも聖書が語る神の子としての人生は、そこで終わらない。


子どもは、父を見て育つ。

そして少しずつ、父に似ていく。


聖書には、

「神は愛です。」

と書かれている。

ヨハネの手紙第一4章8節


ならば、神の子として成長していくということは、

愛されることを知るだけではなく、

愛する者になっていくことでもある。


赦す。

仕える。

与える。

祈る。

困っている人を見る。

敵さえ愛する。

自分だけ良ければいい、ではなくなる。


もちろん私は、まだまだできないことだらけだ。

失敗もする。

妻に謝ることもある。

子どもに言い過ぎてしまうことだってある。

でも、そこでまた聖書が語る、御言葉へ戻る。


父は、どういう方なのか。

私は、誰なのか。


そこへ戻る。

「国籍は天にある」と言われても、最初は分からなかった。


聖書には、

「私たちの国籍は天にあります。」

と書かれている。

ピリピ人への手紙3章20節


これも最初は、

「どういうこと?」

だった。


私は日本に住んでいる。

住所だって日本にある。

パスポートだって日本。

なのに、

国籍は天にある?


でも少しずつ、私はこう受け取るようになった。

この世界の価値観だけで、自分が誰なのかを決めない。

人の評価だけで、自分の価値を決めない。

世の中が「これが成功だ」と言ったから、それだけを追いかけない。


私は、誰に属しているのか。


そこを知った上で、

この地上を生きる。


天に属しているから、地上をどうでもいいと思うのではない。

むしろ逆だ。


天の父の愛を、この地上で生きる。

家庭の中で。

仕事の中で。

音楽の中で。

街の中で。

困っている人の前で。


闇に対して、光を。

憎しみに対して、愛を。

恐れに対して、信仰を。


私は、

「国籍が天にある」

ということを、

そんなふうに少しずつ学んでいる。

なぜ、御言葉にとどまるのか。


神の子として生きる上で、JTMで何度も何度も教えられてきたことがある。

御言葉にとどまること。


なぜ、そんなに御言葉が大切なのか。


私は今、

自分が誰なのかを忘れないためでもあると思っている。


この世界には、いろいろな声がある。

「お前には価値がない。」

「もっと成功しろ。」

「もっと持て。」

「もっと人より上に行け。」

「そんな失敗をしたお前は終わりだ。」

自分自身の感情だって、毎日変わる。


でも聖書を開くと、

父が何と言っているのかへ戻ることができる。


私は知られている。

私は愛されている。

私は一人ではない。


御言葉にとどまるということは、私にとって、

自分の本当のアイデンティティーへ戻ることでもある。


そして51話でも書いたように、

神は愛だ。


だから、

御言葉にとどまることは、

愛にとどまることでもある。


51話 聖書って、結局なんなの?|この一冊で、私は「神の子」だと知った。

私は、息子を見ながら「子」であることを学んでいる。


今、私は父親になった。

長男と一緒にラップをする。

一緒に賛美する。

一緒にステージに立つ。

御言葉を伝える。

ただ愛する、祈る。


私は父親として息子を育てているつもりだ。


でも実際には、

息子を見ながら、

「子どもって、こうやって父を信頼するんだな。」

と私の方が教えられることがある。


そして気づく。

私も、

天の父の前では子どもなんだ。


私が長男に、

「大丈夫だよ。」

と言う。

その時、

私自身も父なる神様から、

「大丈夫だ。」

と言われているように感じることがある。


私が息子を愛する。

その何倍、何十倍、何百倍も、

いや、比べることなんてできないほど、

天の父は私を愛してくださっている。


私は父親になってから、

「神の子」

という言葉を、

頭だけではなく、

家庭の中でも少しずつ学ぶようになった。

そして、まだ分からなかった言葉がある。


Speedy UJは最初の頃から、

「神の子には権威があります。」

という話をしていた。


ロギオンからも、

私は「神の子としての権威」ということを少しずつ教えられていく。


でも、

これも最初は本当に分からなかった。


権威って何?

偉くなるってこと?

何でも好きにできるってこと?

祈れば何でも思い通りになるってこと?

言葉に力があるって、どういうこと?


そして聖書を読んでいくと、

目に見える世界だけではなく、

目に見えない世界についても、たくさん語られていることに気づいていく。


祈り。

御名。

御言葉。

信仰。

霊的な戦い。


Buddhaの弟子だった頃の私は、別の入り口から「見えない世界」を探していた。

でも聖書を通して、

私はまったく違う角度から、

その世界を知り始めることになる。

まとめ|「神の子」とは、父を知ることだった。


最初に「神の子」と聞いた時、

私の頭に浮かんだのは、格闘家のKIDだった。


聖書が語る「神の子」の意味なんて、

何も知らなかった。


でもSpeedy UJと出会い、

「真理を見つけました。」

という言葉を聞き、

JTMへつながり、

聖書を開き、

少しずつ分かってきた。


神の子とは、

自分を特別に見せるための肩書きではなかった。


愛されるために、

何かを証明し続ける生き方でもなかった。


父がいる。


私は、その父に知られている。

愛されている。

そしてイエス・キリストを通して、

神の子どもとして生きる道が与えられている。


でも、

愛されていることを知って終わりではない。


父を知り、

父のことばにとどまり、

父の愛を受け、

その愛を誰かへ流していく。


私はまだ、その生き方を学んでいる途中だ。


でも一つ、

今の私が思うことがある。


神の子として成長するということは、

「特別な人になること」ではなく、


父に似ていくことなのかもしれない。


では、

Speedy UJがあの頃から話していた、

「神の子に与えられた権威」

とは、いったい何なのか。


祈ると何が起きるのか。

御言葉には、なぜ力があるのか。

そして聖書が語る、

「目に見えない世界」とは何なのか。


次は、

そこへもう一歩進んでみたい。


Buddhaの弟子から、キリストの弟子へ。

痛みは証に。光は闇に勝つ。

Blessings to you.


── 関連記事 ──

▶ 第6話 お父さん、ラップがしたいです。|Speedy UJとの再会から、Pistissとして歩き始めるまで
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▶ 第22話 NARUTOと、イエス・キリスト。|父の愛と「私は誰なのか」
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