#19_水循環の全体像を陥没事故の起きた埼玉県で考える

前回は、国レベルで水循環の全体像を俯瞰した。降水から蒸発までを一つのサイクルとして捉え、人間社会がその一部をどう利用し、どう処理しているかを整理した。今回は、もう少しスケールを下げて、これまで八潮市の陥没事故で取り上げてきた埼玉県に焦点を絞り、この循環がどのように実現されているのかを見てみたい。


1.埼玉県の水循環

まず、埼玉県の水循環をハイレベルで整理すると、下の図のようになる。

出典:埼玉県「水道整備基本構想(令和5年)」および「生活排水処理施設整備構想(令和2年度)」をもとに筆者作成

山に降った雨が地面に浸透し、いくつものダムに蓄えられる。その水は県や市町村によって取水・浄化され、配水管を通じて家庭や事業所へと届けられる。使われた水は下水道管を通って処理施設へ集められ、浄化されたのち、再び河川に放流される。海のない埼玉県では、その水が東京湾へと流れ、やがて蒸発して雲になり、再び山へと戻ってくる。

2.埼玉県の水がめと浄水処理

県内の水源を確保するため、埼玉県は15のダムの建設に参画している。その代表例が八ッ場ダムや浦山ダム。こうしたダムに貯えられた水は、県営の用水供給事業によって取水され、5つの浄水場で県民に供給される約8割の水が浄水されている。この水が、埼玉県内39市町19団体に供給されており、まさに「水の入口」を支える役割を果たしている。残る約2割は、市町村が運営する浄水場で浄水されている。

一般的に取り上げられることは少ないが、埼玉県の水道用水供給事業の規模はでかい。以下図に示すように、給水先の人口や配水量等が全国No.1。

この背景には、戦後の急速な水道普及と、それに伴う地盤沈下問題がある。
当初、県内の多くの地域では地下水を水源としていたが、過剰な取水によって地盤沈下が発生。その結果、水源を表流水へとシフトさせ、急増する水需要に対応するため、県主導で広域的な水処理事業を展開するに至った。

出典:埼玉県水道用水供給事業 ANNUAL REPORT 2024

地盤沈下という言葉は、今ではあまり聞かれなくなった。しかし、水需要が急速に拡大した戦後の時代には、各地で深刻な地盤沈下が発生し、埼玉県でも社会インフラに大きな影響が出ていた。下の写真は、地盤沈下によって橋げたが外れ、通行不能になった当時の橋の様子。こうした問題に直面しながらも、先人たちは次々に起こる社会課題に向き合い、今日の上下水道インフラの礎を築いてきた。改めて、先人たちの努力と知恵によって今の生活が支えられていることを思わされる。

出典:埼玉県HP
https://www.pref.saitama.lg.jp/a0505/901-20091202-17.html

3.各家庭への配水と埼玉県民の水利用

浄水場で浄水された水は配水場・配水池への送水管やそこからの配水管を通じて各家へ給水される。埼玉県における1人1日当たりの平均給水量は314リットルで、4人家族であれば1日に約1,200リットルの水を消費する計算になる。主にはシャワー・風呂・トイレ・洗濯機・炊事に利用されるわけだが、1リットルのペットボトル1,200本分の水を使っていると思うと、自分たちの生活が県営・市町村営の水道事業に大きく支えられていることを再認識させられる。

以下の図は埼玉県民に対する給水量等を示している。こうしてみると、戦後急速に埼玉県の人口が増加し、それに伴い水需要が増え、その需要にこたえるために一気に水道(導管及びその他の工作物により、水を人の飲用に適する水として供給する施設の総体)が作られてきた歴史を感じる。

出典:埼玉県HP
https://www.pref.saitama.lg.jp/a0108/mizujukyu/h29mizujukyu011.html

4.埼玉県民の生活排水と水処理

埼玉県民に利用された水は、家庭や事業所から生活排水として下水管へと流れていく。その排水のうち、約8割は集合処理施設で浄化され、1割は個別設置の浄化槽で処理され、さらに1割は未処理のまま河川へと放流されている。

生活排水の処理を担う「下水道」は、排水管や排水渠、ポンプ場、処理場などで構成されるが、関係する省庁や運営母体がやや複雑。この仕組みについては、過去の以下記事で説明しているので、ぜひ参考にしてもらいたい。

それにしても、「1割はそのまま河川に流されている」と聞くと、少し考えさせられる。昔は全国的にそうだった時代もあるし、今も地形や人口密度などの条件で整備が難しい地域が残っている。当然、埼玉県内でも生活排水処理の進捗には地域差があり、県はその状況を毎年公表している。以下に、県内の処理普及率の状況を示す。

出典:埼玉県生活排水処理施設整備構想(中間見直し) 令和3年3月【令和5年3月一部改定】

5.河川への放流と水循環

こうして浄化された水は、再び河川へと戻される。埼玉県は海を持たないため、この「出口」はすべて川にある。その水はやがて東京湾へと流れ、蒸発し、雲になり、また山に降り注ぐ。つまり、県の中で完結しているように見える水の循環も、実際には広域的な自然の循環の一部として動いている。

このように俯瞰してみると、国レベルで語られる「水循環基本法」の理念が、埼玉県の現場ではどのように具現化されているかが見えてくる。私がこれまで取り上げてきた八潮市の陥没事故は、この循環の中で言えば「下水道管路」の部分で発生したもの。国交省の第2次提言で示されたメンテナンスやリダンダンシーの強化も、まさにこの局所的な問題を、全体の循環の中でどう再設計するかという試みとなる。

出典:埼玉県「水道整備基本構想(令和5年)」および「生活排水処理施設整備構想(令和2年度)」をもとに筆者作成

6.おわりに

下水の事故を下水だけで語り続けると、全体の構造が見えにくくなる。上水も、下水も、ダムも、処理場も、すべては一つの流れの中でつながっている。

この循環の中には多くの課題が潜んでおり、それが陥没事故であり、PFAS/PFOA問題であり、水源のひっ迫でもある。これらを抜け漏れなく把握し、重要度に応じて的確に対応していかなければ、私たちが「当たり前」に使っている水が、当たり前でなくなる日が来るかもしれない。

水循環を人体にたとえるなら、上水は血液を送り出す心臓であり、下水は老廃物を流す静脈のようなもの。どこか一つが滞れば、体全体が不調をきたす。それでも循環は止まらず、どこかが負担を引き受けて維持している。上下水道の現場を支える人たちは、まさにその循環を保つ「見えない臓器」のような存在だ。

だからこそ、上下水道の仕組みを単に「行政サービス」として見るのではなく、自分たちの生活を支える生命線として理解する必要がある。水道料金/下水道使用料の値上げや、民間への長期委託といった施策が公表されると、
感情的に反対する声も多いが、その背景にある構造的な課題や、現場の努力を知らなければ本質を見誤る。

上下水道は、いつも綱渡りのようなバランスで維持されていると思う。人口減少と老朽化という二つの波を乗り越えていくには、新たな発想と連携が欠かせない。そして、住民として私たち自身も、「どうすればこの循環を未来につなげられるか」を共に考える必要がある。反対ばかりでは循環は回らない。止めるなら、代わりに回す仕組みを出せ、と私は思う。

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