お隣さんは、回覧板と話を持ってくる。
お隣のアライさんは、回覧板を必ず手渡しで届けてくれる。
ピンポーン。
玄関を開ける。
回覧板を受け取る。
ここまでは近所つきあいとして普通である。
問題はその後だ。
「あのね……」
ここから本編がはじまる。
「隣同士でも、こんな時しかうさぎさんと話せないじゃない」
確かにそうだ。
お隣なのに用事がなければほとんど会わない。
そして今回の話題は少し重かった。
「私ね、救急車で運ばれて入院してたの」
えっ。
知らなかった。
実は我が家とアライさん宅は、家の向きのせいで出入りの気配がまるで分からない。
救急車が来ても、おそらく私は気づかない。
三日ほど入院して、今は元気とのこと。
それは本当に良かった。
……で、病名は何だったかな。
聞いたはずなのに忘れた。
そのあと、お稽古ごとの話が続き、発表会があるから見に来てね、と言われた。
場所も教えてもらった。
……こちらも忘れた。
数日後。
今度はご主人と玄関先でばったり会った。
「うさぎさん、元気でしたか」
「奥様、大変でしたね」
「いやぁ、あれはよくあることで」
よくあることなのか。
安心していいのか戸惑っていると、ご主人は続けた。
「実は僕も前に救急車で運ばれたんですよ」
なんと。
散歩中にお腹が痛くなり、
歩けなくなって奥様へ電話。
「迎えに来て」
すると返ってきた言葉が…

「今、天ぷらを揚げているから行けない」
だったそうだ。
「どう思います?」
突然、私に判定が委ねられる。
「それは…困りましたね」
「だから、倒れそうになりながら、
自分で救急車を呼んだんです」
幸い点滴だけで帰宅。
大事に至らなかったらしい。
ところが話しは終わらない。

「ねぇ、夫が苦しんで電話したのに、天ぷらを優先するなんて、おかしいですよね?」
もう一度、判定を求められる。

私はなぜか、
「天ぷらって、途中でやめると美味しくないですもんね」
と言ってしまった。
違う。
今の正解はそこじゃない。
ご主人も一瞬だけ「あれ?」という顔をした気がする。
だけど、ホントに天ぷらは途中で火を止めると不味い。
いや、今はそこじゃないって。
結局、
「お二人とも今は元気で何よりですね」
という、誰も傷つかない場所へ話を収めた。

アライさん夫婦は、本当にいい人たちだ。
だからたぶん、この家では救急車も天ぷらも、時間が経てば笑い話になる。
そして私は、
次に回覧板が回ってきたら、
病名と発表会の会場くらいは、
忘れないように聞こうと思う。
……たぶん、また忘れるけれど。

