中世から近世へ:史実での「冒険者たち」や「ギルド」をイメージする
(本稿は、主にラノベの設定を考えたい方へのガイドです。ガチの歴史学ではないので、お取り扱いにはご注意を。)
概念:冒険者や冒険者ギルド、いったいどこから生えてきた?
ファンタジー文学、アニメ、ゲーム、それらの中に今や空気のように存在する「冒険者」「冒険者ギルド」といった概念。これはいったい何に基づいているのでしょう。
おかしいと思いませんか貴方。それは一体、現実に存在しうるのでしょうか。そもそも何だよ「冒険者」って。
大丈夫、それは現実の史実に、存在した概念です。
そこからファンタジー方面へ伸びています。
でも、私たちにはその根っこが見えにくい。だから本稿で、そこを確認しましょう。そうしましょう。
英議会立法には「商業的冒険者法 Merchant Adventurers Act 1496」として記録があります。少なくとも15世紀末にはすでに彼らをめぐる通商実務、とくに徴収・通行の扱いが議会立法として明文化されたことがわかります。
実はこれはちょうど、イングランドとブルゴーニュや低地諸国(オランダ・ベルギー等)との大通商条約(マグヌス・インテルクルス)が結ばれた時期と一致します。他の英商人に課していた徴収(exactions)なしに、大陸側の市場へ出られるようにしようという趣旨ですね。
難しい話やめろ? すみません、もう少し平易に話した方が良さそうですね。
共同体側:「冒険者…怪しいやつめ」とならないの?
中世の閉鎖的な共同体にとって、見知らぬ「余所者 stranger」は本来、警戒や排除の対象です。しかし、彼らがもたらす希少品や情報は、正直言って喉から手が出るほど欲しいものでした。
そこで、ヨーロッパの一部では、彼らをただの「余所者」「不審者」ではなく「冒険者 adventurer」「商業的冒険者(伝統的な訳語で言えば冒険商人) merchant adventurer」と呼ぶことで、以下の効果を狙いました。
1) 「彼らは何か(商人であれば商売)のために命を懸けて旅をしている特別な存在だ」というラベルを貼ることで、共同体のルールを乱さない存在として定義しました。
2) 「冒険(adventure)」という言葉には、当時は「運命に身を任せる」「神の試練を受ける」といった宗教的・騎士道的な響きを帯びていました。これを例えば商人に冠することで、卑しいとされがちな金儲けでも無理くり「命懸けの崇高な行為」へと格上げしたのです。
一方で、古代以来、多くの伝統的な社会には、見知らぬ者を無下に扱うと神罰が下る、あるいは逆に彼らが神の使いかもしれないという「客人歓待(ゼニア、ギリシャ語クセニア。『オデュッセイア』が参考になる)」の風習がありました。
クセニア意味わかんない、イカサマじゃね?って方は、ちょうど良いのでこの機会に『キルケーの魔女』に絡めてオデュッセイアを知りましょう。
「冒険者」という呼称は、この宗教的な「客人」の概念を、実利的な商売へと接続する役割を果たしました。振り返ればそれは、資本主義が発達する上で通った過程でもあったのです。
シェイクスピアや西部劇、『七人の侍』などにも踏まえられた考え方です。ファンタジー創作などにも影響を与えていますね。
このあたりを描いたアニメやラノベの中で、もっとも史実に近い冒険者像は、『狼と香辛料』でしょう。
もっと真面目に掘り下げたい方には、まず以下の論文をお勧めします。
https://fukuoka-u.repo.nii.ac.jp/record/4856/files/A1902_0001.pdf
言語学方面の方はこちらもどうぞ。異なる共同体へ越境する際にauntrenが用いられており、Anglo-Norman の sauntrer (= s’auntrer) が 1338年の Year Books(Trinity 12 Edw. III, p.619)に見えると。
https://quod.lib.umich.edu/m/middle-english-dictionary/dictionary/MED3057
https://www.oed.com/dictionary/saunter_v
多様性:中世の人々は何のために、またどうやって旅し越境したのか。
冒険者というカテゴリにどこまでが含まれるかは、地域や時期によって幅がありそう。
なのでもうちょい大きく中世の移動者全体を目的別に分けると
商人・駐在員(merchant, agent)
行商人(pedlar, hawker, packman, chapman)
遍歴職人(itinerant craftsman, journeyman)
羊追い(主に羊を移動させる仕事 drover)
水夫・港湾労働者(sailor, porter)
季節労働者(seasonal labourer / harvest worker)
伝令・飛脚(messenger, courier)
巡礼者(pilgrim)
修道士・贖宥状関係(friar, pardoner)
吟遊詩人・旅芸人(minstrel, jongleur)
逃亡奉公人・逃散農(runaway servant, serf)
免許付き乞食(licensed beggar)
漂泊者(後述するどこかの教区を追い出され、元の共同体へ戻るべき存在 vagrant, vagabond)
※ カッコ内は古英語など無視で、日本人にできるだけわかりやすいようアメリカ英語にしています。jongleurのみフランス語で英語化してるから残しました。
などなど、人々は多くの目的を持って移動します。
ただし、上級国民は別口。中世末期~近世のヨーロッパでは上流階級、例えば貴族や紳士格の男性は、旅行・渡航時の身分証明を装飾剣(dress sword)で行う文化がありました。
彼らは装いや言葉や所作に加えて、装飾剣を見せるだけで堂々と旅できたわけです。これは17世紀以降、特に小さな装飾剣をほぼ身分証明のためだけに携帯する文化になりました。
チャールズ・バーニーが1770年グランドツアーの出発時に、装飾剣を忘れてドーバーから渡航できず、引き返しています。今でいう空港でパスポート忘れたのに気付くみたいなやつ。
けれど庶民は、署名印章つきの紹介状などで目的ごとに身分証明を行わなければならず、たいそう不便。
そして迎える側も不便。歓待義務の倫理とは、裏を返せば、困窮時に誰が面倒を見るか明確化しなければならないということでもある。見て見ぬ振りもできない。倫理だけでなく、疾病や感染もあり、健康リスクが統治上の関心になりうる。
そして集落や都市にとっては「危害を加えられるリスク」だけでなく「困窮者が居ついて救貧負担が発生するリスク」も脅威なので、旅人が「自分はどこに属し、困ったら誰が面倒を見るか」を示せるほど、摩擦が下がります。死なない・病気まき散らさないなら、馬小屋ぐらい使っていいぞ、的な。
イングランドではノルマン征服〜13世紀末から、地中海ではもう少し早くに都市化が進行しました。都市人口が増え、経済活動が活発になるほど、リスクも増える。
黒死病の流行以降、1377年アドリア海沿岸のラグーザ(現ドゥブロヴニク)ついでイタリアの都市国家で、検疫(Quarantine)が始まります。
なお、近世イングランドでは、「教区役人+コンスタブル(…巡査? うーんちょっとニュアンスが訳せない)あるいは治安判事」が、目を付けた余所者に対し、追放して元の共同体に戻らせることを決める権限を持っていました。何それ怖い。
証明:資格を明確化+倫理で後押し。
そこで移動者、敢えて言うなら冒険者は
① 誰かの保証
(紹介状・雇い主・領主・修道院・商人宿など)
② 目的を説明
(例えば実際に技能をもっていることを証明)
③ 帰属先=追い返し先
(どこに帰属し、困窮時に誰が面倒を見るか)
④ 健康ないし清潔
(疾病や死亡の心配が小さいよ)
を明確化して安全性と資格をアピール、さらに
⑤ 自分は adventurer だから排除しないでくれ
と主張し自分の権利を守ろうとしたわけです。つまりここで⑤は資格の補助輪として宗教的倫理を持ち出している。
自分は宗教的倫理を満たしているのだから、そちらも客人を歓待する宗教的倫理を守ってほしいと。
その象徴がこの単語「冒険者 adventurer」なんですね。
冒険者とは、もともと「投機的な挑戦者」という意味で、宗教的倫理を満たすという含意もあった。
ここが一番重要です。
組織化:ギルドから国策会社へ
近世の時代が下るにつれ、次第に組織化し、危険を賭けて遠隔地交易・植民・探検を行う者を、特権と組織で束ねるようになっていく。ここからはスケールメリットの勝負、そして利益誘導の勝負になってしまいます。
無事帰還したときだけ返済義務を負う=リスクを貸し手が引き受ける仕組みは古代ギリシアからありましたが、まずこの「冒険貸借(現代的訳語は船舶抵当貸借。英語で bottomry)」が拡大していって保険の仕組みになります。
もともと adventure(アドベンチャー)という言葉は、運を天に任せて予測不能な危険に賭ける(venture)、そんなニュアンスを帯びていました。だからこそ今でも不確実なリスクに挑む新規事業をベンチャー事業なんて呼ぶんです。
ジェノヴァでは1343年に早くも海上保険契約が成立しており、船が沈んだ時に助け合う仕組みが築かれています。
ハンザ同盟は「都市間同盟」のイメージが強いですが、北はベルゲン・ノヴゴロド・カウナスから、西はブルージュ・ロンドン・キングズリンなどに、それぞれコントール(Kontor)と呼ばれる拠点を置いており、それは都市の権益を確保する以前に、個々の商人や私的な取引団が利用できる場所でもありました。
さらには職能ごとの互助団体(ギルド guild)や、家族単位から教区単位まで様々な兄弟会(confraternity)などの互助団体が、各都市に拠点なり代理人なり信用を築いていった。11世紀から14世紀にかけて、いわゆる中世盛期には各都市の経済活動はギルドが支えるようになっていました。
1407年に特許状を得たロンドン商業的冒険者組合(Company of Merchant Adventurers of London)は、遡ると1216年に自由権を得たとされるカンタベリーの聖トマス教区友愛会が前身ではないかと言われています。
ロマ、ジプシーなどと言われた移動民たちも自分たちのネットワークを発達させていった。
ハンザ同盟のような大きな組織を除けば、場所ごと・職能ごと多様に発達し、時期によっても異なるので、一概にこうだとは言えませんが、これらが冒険者ギルドのようなイメージの源泉になったのは間違いないでしょう。
地域が違っても共通の目的と、利害調整の需要はあるわけですから。
(例えば『羅小黒戦記』の「妖精会館と分館」は、中華の明・清時代に発達した互助組織としての同郷会館・公所・行会を、ファンタジーに織り込んだ上手い例ですね。)
やがてこれらの組織は、船団を組むなど大規模化するにつれて、会社の成立、私掠許可だの、勅許会社だのにつながり、国策としてポルトガルはインド院、スペインは通商院、オランダは東インド会社(VOC)をそれぞれ設立、となっていくわけです。
17世紀には、「冒険家者」と言えばもう投機的商人、それも植民地に関わる者を指すことが多くなっていきます。
発掘:「D&D」が冒険者という概念を再発見した。冒険者ギルドは日本発か。
このように、われわれの馴染みがある「冒険者」像は、15世紀より前の中世にあったイメージ。遅くとも近世17世紀までに投機的商人(いわゆる冒険商人)に吸収されていくまでの姿にあたります。
『ダンジョンズ&ドラゴンズ』(Dungeons & Dragons、略称:D&D、1974発表)をデザインしたゲイリー・ガイギャックスは、このゲームをRPGでなくAdventure Gameと呼んでほしいと述べ、主人公たちを adventurer と定義しました。
ガイギャックスにとっては、中世末期から近世にかけての、冒険者 adventurer という単語が持っていたニュアンスこそが、主人公たちの総称として最適に思われたわけですね。
第二弾の基本セット『ホームズ・ベーシック Holmes Basic(1977)』は、その表紙からすでに 「幻想的中世ロールプレイングアドベンチャーゲームキャンペーン “Rules for Fantastic Medieval Role Playing Adventure Game Campaigns”」 と謳っています。
これらが「冒険」「冒険者」と訳され、ラノベやアニメやゲームに固定されていったのでした。
なお、ギルドについては『D&D』は当初『Expert(1984)』などで盗賊ギルドだけを明示し、ドルイドには階梯があり、レンジャーは組織を嫌うと記すなど、職能ごとの互助団体をイメージしていました。
D&Dが adventurers guild の存在に言及したのは、日本のグループSNE『ソードワールド(1989)』における冒険者ギルドより遅く、『Complete Mage(2006)』まで待たねばなりません。
ワイ、かなり明確に冒険者ギルド認めないマンなのだけれど、舞台装置としてこれを使わないと導入のハードルがめちゃくちゃ上がるのは理解している。1セッションごとに長編一本分くらいの解像度の社会設定が必要になる。セッションの際のお約束としては仕方ないかなくらいの立場。
— こんにゃく (@compaq0406) November 26, 2021
冒険者ギルドの発案は1st担当のソード・ワールド班から出たもの。ぼくはアイデアの一つとして面白いと思った。前世紀中は特に話題にもならず、ここ4〜5年で言及されるようになった。時代が定型的なものに、より移ってきたからではないか。当初は冒険者の意味付けと同時に、入門の利便性を考えていた。
— 安田均 (@yasudahitoshi2) November 27, 2021
