笑える願いごとと、まっすぐな字に心を掴まれた日
マッチングアプリで、
写真と本人が同じ人に会えますように。
旅先の神社で見つけた絵馬に、
そんな絶望と笑いが詰まった願いが
ぶら下がっていた。
…わかる。痛いほどわかる。
私も夫とアプリで出会ったが、
それまでの道のりは地獄だった。
会った瞬間に別人レベルの人、
10年前の写真を堂々と使う人、
犬しか写ってない人。
当日のドタキャン、
ネットワークビジネスの勧誘、
完全なる体目的。
中には「趣味:旅行」が、
隣町のスーパー銭湯のことだった人もいた。
──入浴料580円。
あの絵馬の主も、きっと同じ戦場を
くぐってきたはずだ。
でも、私が釘付けになったのは内容だけじゃない。
──字が、異様に綺麗だった。
均整の取れた線、絶妙な余白。
まるでユーキャンのボールペン字講座の見本。
整いすぎて、そこに感情や迷いの隙間が
まったくない。
私は勝手に妄想した。
几帳面で、現実的な条件を持ちながら、
ユーモアを忘れない人。
もしくは、見せたい自分を完璧に演じ切れる人。
左利きの私は、習字の時間右手を強制され、
線は固まり、震えた糸みたいな字しか
書けなかった。
だから学生時代は
「字が綺麗な人=生まれつきの才能」
だと信じていた。
けれど社会に出て知った。
字は、人柄を映す鏡なんかじゃない。
誰に見せるか、どう見られたいか──
その計算と努力の積み重ねだ。
だからこそ、美しい字には、
愛情もあれば虚栄も宿る。
そして時に、美しい字を書く人が、
一番平気で裏切る。
あの絵馬には、笑える願いと、
誰かに“ちゃんと見られたい”という
意思が並んでいた。
私はしばらく、その木札の前で
立ち止まってしまった。
──この人はきっと、いい出会いを手に入れる。
ただし、写真と本人が同じかどうかは、
結婚してからじゃないとわからない。
笑顔の裏にある生活音や、ため息、
脱ぎっぱなしの靴下まで知ってからが本番なのだ。
”本当の顔”は、婚姻届を出したあとに
じわじわ現れるものだから。
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