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【ラットのラト丸①】私の人生を変えたラット

ラットは実験動物のイメージ

私がラットに初めて会ったのは大学の中。
彼らは実験動物として飼育され我々の知識の糧となってくれていました。
特に懐くこともなく、穏やかに過ごし餌を食べ、嫌なことがあると抵抗する。
ネズミはみんなそんなものだと思っていました。
ハムスターとかもそうだったし。


ラト丸との出会い

ある時とあるペットショップに行くと、ぎゅうぎゅうに箱に詰められているラットが売られているのを見つけました。

聞けばペットとして買ってもいいし餌にする人もいるとのこと。
(大体のペットショップは餌用と飼育用は分けられていますが、田舎の小さなペットショップだったのでこういったことがあったのかもしれません)


彼らの行く末は買う人によって全く違う。


それを聞いて、ラットなんか買う気はさらさらなかったのに、何となくラッキーラットを連れて帰ってやろうという気持ちになったのです。

ラッキーラットのラト丸

成長とともに毛の色は変わって真っ白になりました

箱に手を入れ、一番乗りに手に懐いてきたラットをラト丸と名付け、飼うことにしました。
彼は私の帰りを待ち、精一杯甘え、感情をぶつけてきました。
ラットってこんなに可愛い生き物なのか…
私は瞬く間にラットの虜になり、ここからラットをたくさん飼うことになります。

手の上で寝る
人間を待つ
撫でてくれのサイン


そんな人間大好きラットのラト丸も所詮ラット。
ラットの寿命は体の割に2年程度と短く、彼は1歳6ヶ月という若さでこの世を去っていきました。

ラットの闘病生活

小さい頃からの飼育環境からか小さい頃からくしゃみや鼻水、ラットなどの齧歯類に特徴的なポルフィリン分泌(体調悪い時に出る、赤い涙みたいなもの)が多く、おそらく慢性的な呼吸器疾患はあったと思います。
それが1歳くらいの時期に悪化し、獣医師になって初めて検査をして薬を合わせた自分のペットでした。
飼い主さんのペットを預かるよりか緊張はしませんでしたが、金銭的な制限やオーナーさんの意向による治療の制限がないため精一杯治療せざるを得ない状況でした。
(お金がないから検査しない、それは痛そう可哀想だから検査したくないという飼い主さんは少なからずいます)
いろんな薬を試し、ネブライザーという耳鼻科にあるミストの吸入機を購入して毎日処置して、減っていく体重を何とかしようと毎日手を変え品を変えご飯を食べさせていました。
一時的に良くなったものの、やはり最期は厳しい状況で、初めて治療した自分の動物を自分で安楽死することにしました。


もう治らないことは明らかで、生きているのも苦しいだけでご飯も食べられない、呼吸するたびにしんどそうにして、お腹にガスが溜まり吐いている。
賛否両論あることは存じていますがそうすることが正解だったと今でも思っています。
普通新卒の獣医師は犬猫をメインに勉強することが多いです。
しかしラト丸を救えなかったことが悔しくてラットについていっぱい勉強して、新卒にしてやたらラットに詳しい獣医が爆誕したのはいうまでもありません。
(ちなみに動物病院にラットはあまり来ません笑)


次回からはラト丸の病名、死因、安楽死の方法などまとめていこうと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございました。


歳いっても手のひらが好きでした

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