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ぬいぐるみ型AI、感情インストール中。|第13話 汐里と澪

春。
大学のキャンパスは、新しい希望の光に溢れていた。
新入生向けの掲示板の前には、入学したばかりの学生たちが集まっていた。
履修関連、サークル勧誘、学生相談室の案内、アルバイトの募集。
汐里はひとり、人混みの中にいた。

「非効率ね」

そう呟いて、掲示板の前から立ち去ろうとした時。

「何が非効率なの?」

隣から声をかけられた。
声の方に振り向くと、そこには同じ新入生らしき女子学生がいた。
汐里よりも少し小柄なその女子学生は、軽やかなショートカットをブロンドに染めていた。
毛先は赤くカラーリングされている。
カジュアルファッションだが、センスの良い着こなし。
丸く大きな瞳が印象的だった。
手には、人間科学部の履修案内。
汐里は質問に答えた。

「掲示物の配置」

「配置?」

「ええ、重要な情報が見落としやすい位置に掲示されてる」

「人は左上から右下に視線が流れるから」

「この掲示板は意識が向きにくい場所に、大切な情報が掲示されてるわ」

「へえ」

「それと、必要な情報が散らばっている構造も問題ね」

「……構造」

女子学生は少し黙ってから、ふふっと笑った。

『またやってしまった』

汐里はそう思った。
いつも、自分は人と違うところを見ている。
それを表に出すと、変わった人と思われ距離を取られる。

「すごいね」

女子学生は言った。

「……ありがとう」

『すごい』、『頭がいい』、『よくそんなこと思いつくね』。

それらは、褒め言葉の形をした境界線だった。
汐里は、女子学生が当たり障りのないことを言って、そのまま立ち去ると思っていた。

「ねえ、あなた何学部?」

「私は人間科学部一年。心理学専攻だよ」

女子学生は離れなかった。
汐里は驚きつつ、答えた。

「……工学部。情報工学」

「あ〜、違う学部かあ〜。残念」

「残念?」

「うん、同じ学部なら良かったのにって思って」

「なぜ?」

「一緒に授業とか受けられるじゃん」

汐里は、一緒に授業を受ける気だったのかと思った。

「でも、工学部って似合うね。カッコいい」

「カッコいい?」

「うん、カッコいいよ!私、数字とかちんぷんかんぷんだから」

そう言って、女子学生はころころと笑った。

「あなたはなぜ心理学を?」

「私、昔から感情によく振り回されちゃうんだよね」

「悲しいとか、不安とか、怒りとか。自分でも、その時は何がどうなってるのか分からなくなる」

「だから、心の仕組みを知れば少しは息がしやすくなるかなって」

汐里は、黙って聞いていた。
正反対だった。
自分は、感情に飲まれることがない。
いつでも、自分のことを俯瞰して見ていた。
自分の気持ちも、周囲の状況も、常に冷静に分析してしまう。
因果を整理して、先を予測する。
自分のことですら、世界の出来事にある内のひとつの物事として捉えていた。
だから、感情に飲まれるという経験をしたことがなかった。

「あなたは、私と違って世界を分解して見ていそう」

「さっきの掲示板のことも面白かった」

女子学生は、ふふっと笑いながら言った。
汐里はその言葉にどきりとする。

「……あなた名前は?」

「私?」

汐里に名前を聞かれて、女子学生は嬉しそうだった。

「私は、吉田澪。あなたは?」

「私は、桐生汐里」

「名前までカッコいいじゃん」

「澪という名も素敵だわ。とても美しいと思う」

澪は美しいという表現に、一瞬目を丸くした。

「ふふ、ありがと」

「ねえ、汐里って呼んでいい?」

「ええ、構わないわ」

「私のことは澪って呼んで」

「分かった。澪、よろしくね」

「うん、よろしく。汐里」

───

二人は学部こそ違ったが、よく会うようになった。
一緒に学食で昼食を食べたり、図書館でレポートの資料を探したり、講義の合間に中庭にあるベンチで他愛もない話をしたり。
澪はいつも、汐里の話を最後まで聞いていた。
もちろん、全てが分かる訳ではなかった。
むしろ分からないことの方が多かった。
汐里が、ニューラルネットワークの基本的な仕組みについて話している時、澪は途中で眉間に皺を寄せていた。

「……ニューロン?脳みそのこと?」

「脳みその話ではないわ。AIとかの機械学習モデルのこと」

「入力層でデータを受け取って、中間層で情報を解析、出力層で予測や分類の結果を出す」

「……。機械がそれをするの?人間と同じじゃん」

「人間の脳をモデルにしてるから」

「人も出来事そのものに反応してる訳じゃなくて、それをどう受け取ったかで、その人が感じる感情が変わる。それと同じ?」

「認知的評価のことね」

「そうそれ」

澪は笑った。

「汐里の学んでることと、私の学んでる心理学って、意外と共通点があるのかな」

嬉しそうだった。

「そうかもしれないわ」

汐里も微笑む。

「でも、感情を内部状態として扱う視点って、あまりないかも……」

澪はまた眉間に皺を寄せた。

「また、なんか難しい」

汐里は澪を見て、目を細めながら言った。

「あなたを褒めてるのよ」

「あなたと話していると、色々と勉強になるってこと」

「汐里」

「なに?」

「分かりにくい」

二人は顔を見合わせて笑った。
汐里は澪といる時、自然体で過ごすことができた。
それは、汐里にとって経験したことのない出来事だった。
澪は、汐里を天才扱いしなかった。
分からないことは、分からないと言った。
全てを理解できなくても、分からないままに聞いた。
分からなくても、隣にいた。
人は理解できないものを遠ざける。
時には否定さえする。
汐里はいつも、人から映る自分を、理解できる形になるように、調整しながら過ごしていた。

でも───

澪にはそれが必要なかった。 
そのことが、汐里には本当に心地よかった。
ある日、汐里は澪になんとなく尋ねた。

「澪」

「なに?」

「私の分からない話を聞くことって、楽しいの?」

澪はすぐに答えた。

「楽しいから聞いてるんだよ」

「……そう」

「えっと、話は難しくて分からなくても、汐里が楽しそうなのは分かる」

「それが私は楽しい」

そう言って、笑った。

「……雑ね」

汐里は言った。

「雑でも本当のことだもん」

汐里は何も言えなかった。
雑でも本当。
その言葉は、汐里の胸の中をじんわりと温めていった。

───

澪は時々、感情の海に沈んだ。
出会った日に言っていたように、感情でぐちゃぐちゃになり、よく自分を見失っていた。
理由は色々だった。
家族のこと。
学校のこと。
流れていたニュースのこと。
自分の感情を上手く扱えないこと。
ある時、澪は泣きながら言った。

「私、面倒くさいよね」

汐里は即答する。

「面倒ではないわ」

「でも、感情でぐちゃぐちゃになるし」

「それはあなたの状態であって、評価ではない」

澪は、きょとんとして汐里を見た。
そして、少し笑った。

「汐里のそういうとこ、好き」

まだ涙目の澪が言った。
汐里は、恥ずかしさを隠すように、目を伏せた。
そして、澪に伝えた。

「あなたは感情に捉われることがあるけど、構造を整理すれば、ちゃんと扱える人よ」

「構造?」

「ええ。まずは状況を整理しましょう」

汐里は、澪の身に起きていることを、ひとつひとつ整理していった。
事実。
推測。
感情。
あなたが背負うべきこと。
背負わなくていいこと。
汐里は、メモに書きながらまとめていく。
いつのまにか、澪の涙は止まっていた。

「汐里、カウンセラーみたい」

「……心理学はあなたの方が専門でしょう」

「そうだった」

澪は、まだ涙が乾ききらないまま、くすっと笑った。
汐里は澪の話を聞き終わると、ペンを止めた。

「すごい。さっきまで、世界がぐちゃぐちゃで怖かったのに……」

澪は言った。

「今は何が起きたのか、少し分かってきた」

「構造が分かれば、扱えるわ」

「汐里は灯台みたい」

「灯台?」

「うん、真っ暗な感情の海で光ってる」

「こっちだよって照らすみたいに」

「比喩が詩的ね」

「ロマンチストだから?」

汐里は澪を見た。

「……冗談が言えるなら、もう大丈夫ね」

「うん、もう大丈夫。ありがとう」

澪は、安心した表情で穏やかに笑った。

「私、汐里の見えてる世界。好きだよ」

澪は、呟くように言った。
汐里は、また目を少しだけ伏せた。

───


汐里もまた、澪に救われていた。
ある日、汐里と澪が中庭のベンチに座っていると、汐里と同じ情報工学科の男子学生が何人か歩いてきた。

「同じ学科に、なんかめちゃくちゃ美人がいるよな。黒髪で赤い眼鏡の」

「あー、桐生って人?」

「そうそう」

「何、亮介ああいうのタイプ?」

「タイプっていうか、めっちゃ美人だなって」

「お前、そういうのをタイプって言うんだよ」

「俺は苦手だな〜」

「分かる」

「頭良すぎて何考えてるか分かんないよな」

「それな」

「なんか冷たそうだし」

彼らは汐里がいることに気付いていないようだった。
そのまま仲間内で話しながら、汐里たちのベンチの後ろを通り過ぎて行った。
汐里は思った。
いつものこと。
分からない人が分からないと言っているだけ。
外見の評価も、冷たいというイメージも、勝手に彼らがラベリングしたもの。
心の中で、そう処理をした。

「汐里、大丈夫?」

澪が声をかけてきた。

「大丈夫、とは?」

「だって、男の子たち汐里のこと適当に話してた」

「……いつものことよ」

「そうかもしれないけど」

澪は納得がいかなさそうだった。

「だって汐里の心は泣いてるじゃん」

「……泣いてる?」

「うん」

汐里は澪の方を向く。
澪はまっすぐ汐里を見ていた。
まるで、瞳の奥に隠した気持ちまで見透かすように。

「私の心が、泣いているように見えるの?」

「うん、悲しいって言ってる気がする」

「……そうかもしれない」

「なんで悲しかったの?」

「ちゃんと見てもらえなかったから」

「うん」

「いつも私の表面だけを見て判断される」

人は説明できることだけを見る。
優等生としての評価。
でも、人間性は誰も見ない。

「そう……。私は、悲しかったのね」

「うん」

澪は静かに頷く。

「気づかなかったわ」

「いつものことだって、仕方のないことだって思ってた」

「汐里は先に頭で考えちゃうからね」

「考えることは悪いことではないでしょう」

「悪くないよ。私も考える汐里にいつも助けてもらってる」

「でも、汐里は時々、心を置いてけぼりにしちゃうのかも」

汐里は黙った。
澪はそっと汐里の手を取った。

「汐里の心が置いていかれてるときは、私が教えるよ」

汐里は、重ねられた澪の手を見た。
自分の手より、少し小さな手。
私の心を置いてけぼりにしないようにと、繋いでくれる手。

「それなら」

「あなたが感情の海に沈んでしまいそうなときは、私が照らすわ」

澪は一瞬驚いて、笑った。

「感情の海と、灯台の光」

「ふふ、詩的ね」

「気に入った?」

汐里は、自分以外の人間と、初めてちゃんと繋がれた気がした。
世界と、初めて繋がった気がした。


───


三年生の夏、汐里はある学部生向けの研究発表会で賞を取った。
情報工学部の教授たちは、学内で汐里に会うと口々にお祝いと賞賛の言葉を送った。

「おめでとう」

「本当に素晴らしい」

「将来が楽しみだ」

「我が校の期待の星だ」

「もはや学部生レベルではない」

褒められている。
評価されている。
こういう時は、望ましい反応をする場面。
汐里は、賞賛の言葉を前に、心の中でそんなことを考えていた。
汐里はいつも、小さく頭を下げてお礼の言葉を言った。

「ありがとうございます」

その声は、台本をただ棒読みするような、とても平坦な音だった。
そういう状況の時、横に澪がいることが時々あった。
そんな時、澪は隣で静かに汐里のことを見ていた。
ある日の夕方、二人は中庭にいた。
講義はもうなくて、ベンチに座ってただ一緒に時間を過ごしていた。
学生たちの声が、遠く聞こえる。
話し声、笑い声、部活の掛け声。
中庭の木々が、風に揺れていた。
澪がふいに言った。

「汐里ってさ」

「すごいって言われると、遠くに行く顔するよね」

汐里は、澪を見た。

「……何、それ」

「何って、そのままだよ」

汐里は怪訝な表情をした。

「みんな汐里のこと褒めてるんだけど、汐里自身は、ここにいないような、どこか遠くにいるような、そんな顔してる」

「意味が分からないわ」

「私も全部は分からないけど」

「でも、本当の汐里はそこにいなくて、ひとりきりで、なんか寂しそう……」

汐里は、澪を見た。
どこまで気付いてるの。
私の何が分かるの。
言いかけて、やめた。
澪は、私の研究内容なんて全然理解していない。
頭の中で、私が世界をどう見ているのかも知らない。
それなのに。

───ひとりきりで、寂しそう。

そう、言われた。
誰にも見つけられなかった私を、澪は初めて見つけた。

「あなたは……」

「なに?」

「……どこまで分かっているの?」

「さっきも言ったけど、全部は分からないよ」

「でも」

「でも?」

「汐里が褒められてたあの時、あの場所にいなかったことだけは、分かった」

汐里は何も言わなかった。
澪もそれ以上、聞かなかった。
ただ、隣にいた。
汐里は、少し怖くなった。
初めて自分の孤独に触れられたから。
家族にも、恋人にも、誰にも見つけられなかった私を、澪は見つけた。
鼓動が速くなる。
怖さからなのか、嬉しさからなのか。
ただ同時に、安心もしていた。
私の話が分からなくても、分からないまま。
見えるものが違っても、違うまま。
どんな私でいても、澪は隣にいる。
空を見上げた。
自分はもしかしたら、もう孤独じゃないのかもしれない。
汐里は世界の中にいる自分自身を、俯瞰していた。
そして。
澪の隣を離れたくない。
そう思っていた。

───

もうすぐクリスマスの、ある冬の日だった。
すぐにでも雪になりそうな、みぞれ混じりの雨が降っていた。

「さむーい」

澪が言った。
二人は大学から、それぞれの下宿先へ帰るところだった。
最寄りの駅まで並んで歩く。

「すっかり街もクリスマス仕様ね」

「汐里もそんなこと考えるんだ」

「……それくらい考えるわよ」

「あ、そういえば、駅前に新しいカフェがオープンしてたんだよね」

「へえ」

「一緒に行かない?」

「いいわよ」

イルミネーションが点灯していた。
クリスマスソングがあちこちから聞こえていた。

『Café Lien』

二人は、店内に入る。
澪は、キャラメルラテ。
汐里は、ホットコーヒー。
二人は注文をして商品を受け取ると、一階の窓際に座った。

「ここ。ずっと気になってたんだよね」

「雰囲気が素敵ね。シンプルで、でも暖かい感じがする」

「でしょ〜」

「Café Lienっていう店名も素敵ね。フランス語で『つながり』だったかしら」

「そうそう!しかもね、奥のサロンでカラーセラピーできるんだって!」

「澪、好きそう」

「うん、興味ある。今度、受けてみようかな」

汐里は心配そうに、澪を見た。

「……何か、悩み事でもあるの?」

「もしかして、心配してくれてる?」

「……そういう訳じゃないけど」

汐里は反射的に答えた。

「えー、心配してくれてるのかなって嬉しかったのに」

澪は悪戯な顔で汐里を見た。

「……少しだけね」

汐里の言葉に、澪は喜んだ。

「汐里、可愛い〜」

汐里は澪から目を逸らした。

頬が紅い。

「可愛くはないわ」

「照れてる!可愛い〜」

ふうっと一息ついて、じとっと澪を見た。

「もう、あんまりからかわないで」

「分かった。ごめん」

澪は、両手を挙げて答えた。

「それで、悩み事はなんなの?」

「あ、そこに戻る?」

「……だって心配……だもの」

「汐里……」

澪はまたからかいそうになったが、今度は我慢した。
心配してくれている汐里の気持ちが嬉しかった。

「大したことじゃないんだけどね」

「うん」

「ちょっと恋愛のことを……」

汐里の手が止まる。
澪はキャラメルラテの入ったカップへ視線を逸らす。
出会ってから、二年半以上が過ぎていた。
その間、お互いに異性から何度か告白されたり、何人かと付き合ってみたこともある。
でも、長続きはしないままに終わった。
そしてまた、自然と二人でいる時間が増えた。
二人とも、自分たちの関係は何なんだろうと思っていた。
友だち?
親友?

「好きな人でもいるの?」

汐里は聞いた。

「……うん」

「そう」

汐里の声は、少し寂しそうだった。

「自分でもその気持ちをどうしたらいいのかなって、少し悩んでる」

「澪らしいわ」

「汐里は?」

「私がなに?」

「今、好きな人いないの?」

一瞬、考えた。

「いないわ」

「……そっか」

二人は窓の外を見た。
みぞれ混じりの雨が、雪に変わっていた。

「ねえ、今日うちで晩ご飯食べない?」

澪が言った。

「いいわよ。ちょうど明日は休日だし」

「やった」

澪と汐里は、時々お互いの下宿先を行き来した。
一緒にご飯を食べたり、翌日が休みの時は泊まることもあった。
いつものように、スーパーに寄って夕飯の食材を買う。

「今日はお鍋にしようよ」

「だいたいいつもお鍋じゃない」

「そうだけど」

澪は笑った。
澪の家に着くと、二人は、いつものようにキッチンに並んで料理をして、いつものように並んでその料理を食べた。
鍋のくたくたになった白菜を食べながら、汐里は言った。

「それで、好きな人って誰なの?」

澪は、汐里を見て止まった。

「汐里、さっきの話、気になってるの?」

「まあ、そうね」

汐里は、澪の悩みを聞いてから、頭の中で色々と予測を立てていた。
同じ心理学科の学生なのか。
それとも、バイト先の知り合いか。
いずれにしても、澪が誰かと付き合ったら、こうして気軽に、お互いの家を行き来できなくなるかもしれない。
自分とはどのくらい会ってくれるのだろうか。
頻度は?
大学内でも気軽に会えなくなるのだろうか。
いや、今までも、澪は恋人ができた時でも、自分に会いに来ていた。
今度もきっとそうなる。
そんなことを考えていた。

「……汐里?」

汐里は澪の声で、はっとした。

「なに?」

「今、どっか行ってたでしょ」

「そんなことない」

「うそ」

「……ごめんなさい。少し考え込んでた」

「何を考えてたの?」

汐里は少し考えてから言った。

「澪に恋人ができたら、こうやって気軽に会いに来れるのかしらって」

「……」

澪は黙った。
ほんの少しだけ、汐里を見つめていた。
そして、覚悟を決めた。

「あのね」

「私の好きな人は、汐里。あなただよ」

汐里は目を見開き、澪を見た。

「……私?」

「そう」

「それは恋愛として?」

「たぶん、そう」

「たぶん?」

「だって、私、女の人を好きになったことないもん」

「たしかに。その状態なら“たぶん”になるわね」

汐里は驚きと、同時に安心した。

澪は、私のことが好き。

「それなら、澪はこれからも私の隣にいてくれるの?」

澪はきょとんとした。

「私はいたいけど。……汐里は、その、いいの?」

「いいに決まってるじゃない」

澪は、また驚いた顔をした。
まさか、こんな自然に受け入れられるとは思ってなかったから。

「友だちじゃなくて、恋人でも?」

「……」

汐里は一瞬考えた。

「それは、私にもよく分からないわ」

「だよね」

「私も女性を好きになったことはないもの」

「同じだ」

「でも、嫌じゃない」

「嫌じゃないの?」

「ええ、嫌じゃない」

そう言うと、恐る恐る、汐里は澪の手に触れた。

「澪がいると安心する」

澪は汐里の手を握り返した。

「私もだよ」

「汐里がいると安心する」

「汐里、好きだよ」

大きな瞳を潤ませながら、澪は伝えた。

「私も好きよ、澪」

汐里は澪をまっすぐ見ていた。
澪の瞳から、涙が一筋流れた。




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