命の現場で知った自分の弱さと、救われた言葉
先日書いた夜勤記事で、ふと思い出したことがある。
ずっと前の夜勤で起きた、あの夜の出来事。
当時の私は夜勤リーダー。
メンバーは、新卒助産師のAちゃん、私、そして一回り下の看護師Bちゃんの3人。
県内分娩件数No.1の産婦人科病院で、季節は夏の終わりから秋に入る頃。
Aちゃんは経験を積んで、ひと通り1人で回せるようになってきた時期だった。
私は助産師ではないけれど、病院の特殊性から分娩経過はある程度みられるようになっていた。
とはいえ、助産行為はもちろんAちゃんだけ。
その状況に、彼女は少し緊張しているように見えた。
だから私も、早めに夕食を済ませて準備を整え、
「今日は万全でいこう」と気持ちを整えていた。
……でも、お産はいつだって、
こちらの都合なんて待ってくれない。
嵐のような深夜と、重なる判断
日付が変わって2時過ぎ。
そこから怒涛の陣痛ラッシュが始まった。
立て続けに4件の入院。
初産婦1人、経産婦3人。
この他に誘発予定の初産が1人いて、Aちゃんは5名の患者を預かることとなった。
入職して半年なAちゃんはパニック寸前だったけれど、
私は「一通り報告してくれる?」と伝えて情報整理をさせた。
で、朝までの段取りを一緒に確認した。
その後もなんとか回し、仮眠を回す余裕すらあった。
だけど、朝の5時。
風向きがガラッと変わった。
誘発予定だった初産婦さんの子宮口が、いつの間にか8センチ。
その直後、別室の経産婦さんからナースコール。
見に行くと、ほぼ全開大。
同時分娩は避けたい。
「どっちが持ちそう?」
と聞くと、Aちゃんは迷いながらも判断した。
「全開大の人はまだ陣痛の間隔も開いてるし頭が高い。誘発予定の人は破膜すれば全開してお産にできる思うから、そっちを先にしたい」
その判断を受けて、
私は経産婦さんの陣痛を逃がしながら、Aちゃんに先生を呼んでお産にするように言った。
……その瞬間、Bちゃんが走ってきた。
「経産婦さんが、いきみたくなったって……!」
かけつけてみた瞬間に分かった。
これ、もう産まれちゃうヤツ!!
急いで分娩台に載せ、モニターをつけた瞬間に自然破水→排臨。
押さえていないと赤ちゃんが出てきてしまう状況。
「先生呼んでーーーっ!!」
私は羊水まみれの手で必死に押し返しながら、お母さんへいきまないように声をかける。
命の力を手のひらで直接受け止めている、そんな感覚だった。
先生が駆けつけ、そのままお産。
この夜1人目の赤ちゃんが無事に生まれた。
この時点で朝の6時過ぎのことだった。
私は処置の間に状況を報告し、
先生は「先に全開大の経産婦、その後に初産婦の順でお産にしよう」と言い、Aちゃんに伝えた。
もういっぱいいっぱいだ。
いや、既にキャパオーバー。
応援呼ぶべきなのか……
でも、残るお産はあと2件。
モニターを見る限り、まだ少し間隔がある。
応援呼んだとして、到着するころには全部終わってる可能性もある。
分娩後の片付けをしながら、
そんなことを考え、迷いつつも何とかなるかと思っていた。
「うまれました……」
――聞きたくなかった言葉
1件目の処置を終えた私に、
ナースコールで伝えられた言葉。
「うまれました……」
……え?
聞き間違いであってほしかった。
でも、陣痛室から赤ちゃんの泣き声が聞こえる。
駆けつけてタオルケットをめくった瞬間――
そこに、赤ちゃんがいた。
頭が真っ白になった。
その場に崩れ落ちそうになった。
でも、理性が叫んだ。
「マズい!」
赤ちゃんをお母さんの足の間に挟むように固定し、タオルを掴んで叫んだ。
「先生呼んでーーーっ!!」
先生が飛んできてくれた。
赤ちゃんは泣いていた。
臍帯処置をしてベビーをかけつけたBちゃんに任せ、私はお母さんをストレッチャーに載せてオペ室へ搬送した。
一番最後に入院してきた経産婦さんだった。
入院してモニターつけてただけだったのでルートすら取れていない。
点滴を確保しながら動き回る私の心は、もう泣きそうだった。
完全に私の采配ミスだ。
放置してしまった結果の「墜落分娩」だ。
でも、そのお母さんがくれた言葉。
「元気に生まれてきてくれてよかったです。私、ラッキーですよね?これ、超安産だったってことじゃないですか。赤ちゃんもこんなに元気だし」
そう笑ってくれた。
気を抜いたら涙が溢れそうだった。
「お母さんも赤ちゃんも元気で何よりです。おめでとうございます」
そして生まれてきた赤ちゃんへも
「本当に…元気に生まれてきてくれてありがとう」
それが、あの時の私にできるすべてだった。
救われた言葉と、越えていく恐怖
すべてが終わり、ナースステーションに戻ると先生が記録を書いていた。
私は先生に謝った。
状況を把握しきれなかったこと、
応援を呼ぶべきタイミングで判断を見誤ったこと。
先生は言った。
「あの状況でよくやったと思うよ。病院で墜落分娩は避けるべきだけど、起こる時は起こる。廊下やトイレで生まれるよりずっといい。患者さんもそう言ってくれているんだから、それを受け止められる度量を持たないとね」
そして続けた。
「新卒の助産師は落ち込むかもしれない。でも君まで落ち込んだら、彼女も患者さんも報われない。落ち度だと思うなら次に活かせばいい。それをしないとAさんも、この経験を活かすことも、成長もできないんじゃないかな。」
「 あと――オペ室でお母さんにかけてた言葉、あれはさすがだと思ったよ。ちぇぶさんだったからできたんだと僕は思ってる。」
そう言われても、
初めての墜落分娩は私の心に深く刻まれた。
命が無事だったから良かったものの、一歩間違えればという恐怖。
次の当直が来るのが、正直すごく怖かった。
医療の現場は、トラブルや失敗の恐怖と隣り合わせ。
だからこそ、「あの時どうすべきだったか」を血肉にして、
次の誰かを守るために前を向くしかない。
あの夜、無事に泣き声をあげてくれた赤ちゃん。
笑ってくれたお母さん。
そして先生の言葉。
それらを胸に、私はまた次の当直へ向かう気持ちを整えた。
私にとって決して忘れられない、命の現場の記憶。
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