臨床を離れた私が、それでも「現役看護師」と名乗る理由。
「現役看護師」と名乗っているけれど、
私はもう何年も臨床現場には立っていません。
今は企業の健康管理室で、産業保健の仕事をしています。
それでも私はこう名乗っています。
ちぇぶ|現役看護師👩⚕️
「現役って言うけど、病院で働いてないよね?」
そう思う人がいても不思議じゃない。
でも私は、嘘偽りなく看護師です。
看護師として企業で働いているから。
看護師になった理由は、立派なものじゃなかった
そもそも、私が看護師を選んだ理由は、
胸を張れるようなものではありません。
高校時代、友人が看護学校の願書を余分に持っていた。
「じゃあ、もらおうかな」
そんな軽い気持ちで願書を出して、合格。
それが、私の看護師人生の始まりでした。
看護学生時代も、
「看護師免許があれば、食うには困らないだろう」
くらいの感覚。
国家試験だって、
「こんなに苦労したんだから、資格をブン捕らなきゃワリに合わない」
そんな気持ちで受けた記憶があります。
志は低かった。
でも、当時はそういう人もそれなりにいたと思います。
そして働き始めてすぐに気づきました。
これは「資格があれば安泰」なんて世界じゃない。
むしろ、 命の代償としての給与なんじゃないか。
そう思うようになりました。
「これが看護師の仕事」だと思い込んでいた
時間内に仕事が終わることはほぼない。
業務後の記録は残業に含まれない謎ルール。
始業前の情報収集は当たり前。
新人は技量不足を理由に残業が認められないこともある。
でも私は、それを「おかしい」と思いませんでした。
どこへ行っても同じだったから。
「これが看護師の仕事なんだ」
「社会ってそんなものなんだ」
そう思い込んでいたんだと思います。
それでも続けていたのは、
臨床で積み上げてきた経験・実績・信用が “臨床にしかないもの”だと思っていたから。
一度、看護学校の教員になった
そんな私ですが、一時期、看護学校の専任教員として働きました。
臨床経験があったからこそ得られた仕事です。
2年間という短い期間でしたが、ここで私は大きく変わりました。
看護師としての倫理観。
看護の価値観。
そして、
「看護師として働くって、そもそもどういうことなんだろう」
学生と向き合いながら、自分自身の看護観も揺さぶられた時期でした。
やりがいもありました。
でも父の病気で退職し、その後は臨床に戻ることになります。
そして12年後、私は燃え尽きた
臨床に戻ってから10年以上。
私はずっと 「現場で生きていくつもり」 でした。
でも現実は厳しかった。
基本給はほぼ上がらない。
賞与は減る。
休憩は取れない。
残業代は出ない。
夜中に呼ばれても手当は雀の涙。
「ありがとう」は嬉しい。
「ちぇぶさんいてくれてよかった😖」と頼りにされるのも満更でもない。
でも、
「ありがとうはプライスレスじゃないよね?」
とはずっと思っていました。
そしてある年、
賞与が“寸志レベル”に減額。
大量退職が始まりました。
なのに病院側の言葉は、
「辞めたいなら辞めればいい」
その瞬間、私は思いました。
「私たちは、こんなに簡単に使い捨てにされる存在だったのか」
積み上げてきた経験も、貢献してきた時間も、
全部あっけなく切り捨てられる。
そして私は退職しました。
「もう臨床には戻りたくない」
退職後、失業保険をもらいながら考えました。
正直、この時点で私はもう臨床に戻る気はありませんでした。
「もう、ああいう現場には戻りたくない」
そう思っていました。
そしてコロナ禍。
どうぶつの森で島を完成させました(笑)。
でも、いつまでも遊んでいるわけにはいかない。
貯金は減っていく。
転職活動を始めました。
看護師の求人を探すと、また「病院」だった
求人サイトを見ても、
病院 クリニック 訪問看護 介護施設…
もちろんどれも大切な仕事。
でも当時の私は、
「また、あの世界に戻るの?」
としか思えませんでした。
そんなとき、ある求人を見つけました。
大手企業の地方工場の「健康管理室」。
応募条件は 保健師または看護師。
「え?看護師でもいいの?」
臨床経験があれば応募できると知り、そのまま応募。
私は初めて企業で看護師として働くことになりました。
企業に入って、目からウロコが落ちた
初めて企業で働いてみて、驚きました。
「世の中には、こんな働き方があるんだ」
病院で当たり前だと思っていたことが、当たり前じゃない。
働く環境も違う。 仕事の内容も違う。
応急処置。 健康管理。 産業保健。
とくに産業保健に関する業務は知らないことばかり。
でも、それ以上に、
ものすごくやりがいを感じました。
そしてさらに驚いたこと。
臨床で積み上げてきた経験が、ちゃんとここで役に立つ。
観察力。
異常の察知。
コミュニケーション。
病気や治療の知識。
優先順位の判断。
全部つながっていました。
そのとき思いました。
「臨床で戦ってきた時間は、この仕事につながっていたのかもしれない」
看護師は、病院の中だけにいるわけじゃない
ここまできて、
そして企業で働いて、
ようやく私は気づきました。
看護師って、病院の中だけじゃない。
臨床を離れても看護師は看護師。
企業で働く看護師。
学校で働く看護師。
教育に携わる看護師。
働き方は思っていたよりずっと広かった。
そして、
「看護師として働く」と「病院で働く」は同じじゃない。
だから私は「現役看護師」と名乗る
「臨床で働いてないのに現役?」 そう思う人がいてもいい。
でも私は、
看護師であることを捨てるつもりはありません。
臨床を離れても。
白衣を着なくても。
病棟に立っていなくても。
積み上げてきた経験は、今の仕事につながっています。
だから私は、
ちぇぶ|現役看護師👩⚕️
と、これからも名乗り続けるでしょう。
「現役」の定義は誰かが決めるものじゃない。
看護師として働いている限り、私は現役でいい。
「看護師を辞めたい」と思ったあなたへ
もし今、
「もう看護師を辞めたい」
と思っているなら、その気持ちを否定しません。
私自身、そう思ったから。
でも、
「今の職場を辞めたい」と「看護師を辞めたい」は、本当に同じ?
臨床を離れても、看護師でいる選択肢はある。
私はそれを経験しました。
だから今は、
「看護師=病院」 という枠を、
もう少し広げて考えてみたいと思っています。
これから、このnoteで書いていきたいこと
企業で働くまで、私は
「看護師の働き方はもっといろいろある」
ということを知りませんでした。
だからこのnoteでは、
「看護師=病院」という枠から少し外に出た働き方
について、私自身の経験をもとに書いていきます。
企業で働くって実際どうなのか。
健康管理室では何をしているのか。
臨床経験はどこで役に立つのか。
保健師じゃなくても産業保健はできるのか。
企業の「大変さ」はどこにあるのか。
キラキラした話だけじゃなく、
実際に働いてみたからこそわかったリアル を書いていきます。
次回は、病院と企業の違いについて
次回は、
「病院と企業、働く環境はこんなに違うのか」
という話を書きます。
臨床しか知らなかった私が企業で受けたカルチャーショック。
「え、これ普通じゃないの?」
「病院では当たり前だったのに?」
そんな驚きがいくつもありました。
もちろん、企業で働けばすべてが解決するわけではありません。
企業には企業の大変さがあります。
それでも、
「看護師として働くって、こういう形もあるんだ」
と視野が広がったのは事実です。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
もし今、
「看護師を辞めたい。でも、看護師そのものを辞めたいわけじゃない」
と思っているなら。
あなたにも、まだ知らない選択肢があるのかもしれません。
私自身も、そうでした。
💡追記(2026年8月):
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「具体的に何がそんなに違ったのか」
「臨床を辞めて企業で働いたら、何が変わったのか」
看護師資格を活かせる場所は、病院だけじゃありません。
今後、私の経験や感じたことなどをひとつずつ書いきたいと思います。
もしこの記事が少しでも「役に立った」「心がラクになった」と感じてもらえたら、ぜひ下の『スキ』やコメントで教えていただけると嬉しいです!
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臨床を離れて企業へ転職した際、私が実際に行った「職務経歴書の書き方ノウハウ」をまとめました。
🔗 保健師なし・看護師20年。20人超が応募した企業健康管理室に採用された『職務経歴書の翻訳術』
