見出し画像

グレートギャッツビーに憧れない。ノルウェイの森に寄せて


20代のころ、私は村上春樹氏の小説をずっと読んでいた。
作中によく登場するのが、F・スコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』だ。

主人公たちはこう言う。
「『グレート・ギャツビー』は、どのページから開いても面白い」──と。

もちろん、私も読んでみた。

……面白さがわからなかった。

しばらくして、村上春樹氏が訳した『グレート・ギャツビー』が刊行される。
もちろん、それも読んでみる。

……やっぱり、よくわからなかった。
正直に言えば、『ライ麦畑でつかまえて』のほうが、よっぽど面白いと思った。

さらに、映画化もされる。
主演はレオナルド・ディカプリオ。
もちろん、映画館にも足を運んだ。

……やっぱり、よくわからなかった。



こんなふうに感じたのは、私だけだろうか?
村上春樹ファンの人たちは、本当に『グレート・ギャツビー』が面白いのだろうか?

もしかすると、あの時代──
高度経済成長期のアメリカに、どこかで憧れた日本人にしかわからない、
そんな特別な感覚があるのかもしれない。



最近、ジョージ・オーウェルの『1984年』を読んだ。
村上春樹氏がオマージュを捧げた『1Q84』は、これまで何度も読み返している。

そして思う。
──控えめに言って、『1984年』はめちゃくちゃ面白かった。
この、不穏な世界。未来に現れてもおかしくない、あの重苦しいリアリティ。



心のどこかに、ずっと引っかかっている『グレート・ギャツビー』。

一度、誰かと語ってみたい。
みんな、どこに面白さを感じているのか。

もちろん、「人それぞれ」だとはわかっているけれど

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集